平権懇2009学習会「日米安保条約50年の現実」

科学技術史の研究者が、ミサイル防衛など米国の軍事経済と日本の産業・技術の一体化について解説する。

日本軍需産業のゆくえ

12月12日(土)14時~16時

13時45分 毎日新聞社受付集合 407会議室へ移動します

会場  毎日新聞社会議室  参加費500円

講師 山崎文徳さん 立命館大学。論文「『被害』の最小化と精密誘導兵器」「アメリカの軍事技術開発と対日『依存』」「原爆症認定集団訴訟運動の到達点」など。

世界経済危機とアメリカ「覇権」への挑戦(終了しました)

10月9日(金)18時30分から

会場・文京シビックセンター スカイホール

http://www.b-academy.jp/b-civichall/access/access.html

講師 岩田勝雄さん 立命館大学経済学部教授

日時・会場は変更することがあります。

「へいけんこんブログ」で随時ご確認を。

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2009/11/08

稲垣純さんを偲ぶ会

会員の稲垣純さんを偲ぶ会の日程のみが決まりましたのでお知らせします。

■稲垣純さんを偲ぶ会 2010年2月20日(土)午後
杉山 隆保

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2009/11/06

“安保条約50年を問う”集い

なぜ今、仕事がないのか? なぜ暮らしが不安なのか?

オバマ新大統領のこれからはどうなるのか?

来年、安保条約50年目をむかえます。

安保条約について縦横無尽に語っていただきます。

ご一緒に学習を深めてまいりましょう。

講師  畑田重夫さん(国際政治学者)

日時  11月21日(土)14時開場、14時30分開会

場所  練馬区役所 19階会議室

    西武池袋線(地下鉄有楽町線・新都市線乗入)練馬駅、

    都営大江戸線練馬駅 徒歩5分

参加費 500円

主催 “安保50年を問う”集い実行委員会おりづるの会、新日本婦人の会練馬支部、東京土建練馬支部

連絡先 星(03-3999-2407)

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2009/10/28

読む・読もう・読めば 65

密約も約束のうちか

元毎日新聞記者の西山太吉氏は、沖縄返還に関して米国が支払うべき土地原状回復費用を日本政府が肩代わりする密約の存在をつかみ、公務員の国家機密漏洩を教唆したとして有罪となった。米国側は25年後に公文書を開示し、密約は明らかになったが、日本政府は存在を否定した。西山氏らはいま日本側の密約文書の開示を求める訴訟を起こしており、12月1日には東京地裁に交渉の当事者であった元外務省アメリカ局長の吉野文六氏が出廷して証言する。吉野氏は以前から密約の存在を肯定していた。岡田克也外相も密約関連文書を調査・公開するよう命じているから、密約文書の開示は近いと思われる。

西山氏が有罪になった件以外にも、日本政府と米国政府の間には密約がいくつもあるようだ。とくに重要なのは、核持込み容認の密約だろう。「持ち込ませず」がウソなら非核三原則はザル法であって、「核のカサ」の存在と相俟って、日本は核廃絶を主張する倫理的優位性を失う。では、国民に対して秘密にされていた政府間密約は、公表されると無効になるのだろうか。古い話になるが、1978年3月14日の参議院予算委員会で、上田耕一郎議員が質問している。

上田「もし日本の首相あるいはその代理人が外国の元首あるいはその代理人と秘密の取り決めを行った場合、そういう取り決めは国際法上効果がありますか。」真田法制局長「理論上の問題として両国のそれぞれの締結権限者が締結した取り決めは、仮にそれが不公表のものであっても、国際的にはそれはそのことだけをもって無効だと言うわけにはまいらないというふうに考えます。」大森条約局長「政府が交代しても、国が同一である限りはそれは効力は続くと言わざるを得ないと思います。」

密約もまた約束のうちだという。しかし上田質問は続く。「総理大臣個人が結ばないで、代理人に権限を与えて結んだ場合はどうですか。」大森「国際法上、総理大臣の代理人といったようなものが権限を持つといったような、そういう地位というものはございません。」上田「秘密の取り決めが日本の国益を害するものであった場合、そういう秘密の外交措置を行った総理大臣、これは処罰されますか。」瀬戸山法務大臣「残念ながら日本にはそういう処罰する刑法がございません。」

密約文書の署名者が問題だ。佐藤首相本人か、代理人か。非核三原則でノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作氏は故人となったが。  2009年10月28日)

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2009/10/14

読む・読もう・読めば 64

「友愛」の祖

鳩山由紀夫首相は就任の少し前、月刊誌『VOICE』に「私の政治哲学」という文章を特別寄稿した。これが切り縮められて『ニューヨーク・タイムズ』電子版に掲載され、言うことを聞かない者は誰でも反米だとされてしまう米国で問題になった「事件」については、池田龍夫さんが「日刊ベリタ」(http://www.nikkanberita.com/)掲載論文で分析しているので、ここでは書かない。NYタイムズが端折ってしまった冒頭部分には、祖父・鳩山一郎の政治信条がクーデンホフ・カレルギーから学んだ「友愛」であることが書かれていた。現民主党のいう「友愛」はこれを引き継ぐものだという。

では、半世紀前の鳩山一郎首相とは何をした人なのか。在任は19541210日から561220日までのほぼ2年間と、長くはない。保守合同を実現し、さらに「ハトマンダー」と揶揄された、いかにも無理な区割りの小選挙区制を導入して憲法改正を目指したが、果たせなかった人、というのが第一印象だろう。しかしこの首相の他の「業績」にも鋭い目を向けているのが、荒川章二・静岡大学教授の『豊かさへの渇望』(「日本の歴史」第16巻)だ。2箇所を引用してみる。

その1、家族計画推進。「鳩山一郎内閣時代は、19552月の総選挙で、新生活運動の拡張を選挙公約とするなど世論の焦点とし、家族計画を重点とする生活改善運動が広く展開された。」専業主婦+一家の主人+子供2人を「標準世帯」とする近代家族が理想像とされたのは、このあたりからだった。少子だからこそ教育に力を入れる、つまりは受験競争もここに始まる。

その2、核持ち込み容認。「鳩山首相は19553月、原爆貯蔵を認める発言をし、野党の追及によってその撤回を迫られる。結局鳩山内閣は、在日米軍は核兵器をもたず、将来も日本の承諾なしに持ち込まないという架空の日米合意をつくりだし、追及を逃れた」。

さらには第五福竜丸事件の幕引き、横田基地の拡張、などなど。鳩山一郎内閣は米国からの自立を求める憲法改正指向のはずが、従属を強める結果になった。米国を手本に近代家族もつくった。その意味でも、なるほど1955年体制を作ったのは鳩山一郎内閣だった。お孫さんは『VOICE』論文の結論部分で、米国と中国の間で「いかにして政治的経済的自立を維持」するかが今後の課題、と書く。先々代の「友愛」路線から何を学び、何を引き継ぐのか。 20091014日)

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2009/10/01

横田基地移転後の航空総隊司令部の役割

池田吉人(軍事基地問題研究家)

2009年8月22日 平権懇学習会報告

航空総隊司令部を横田に移転することは、米軍再編、とくに日本とのかかわりでいちばんやりたかったことではないかと思います。その中で新しい日米関係、つまり日米軍事同盟の新たな段階を作ってきた。なぜかと言いますと、自衛隊を本格的に米軍の戦争の中で使っていくという体制を、この航空総隊の横田移転を契機に作り上げる、という狙いがあったと思うからです。

 いわゆる日米統合運用調整所の問題、それからミサイル防衛の問題等もあるわけですけれども、航空自衛隊の総隊司令部が単なる総隊司令部として横田に来るのではなくて、24時間フル稼働する、戦闘集団に作り替えたうえで横田に設置される。このことが、新たにはっきりしてきました。

A

 【資料1】で2006年5月8日の『産経新聞』に掲載された、「航空自衛隊の組織改編案」の図を見ます。これまでは航空総隊(司令部=府中)」があって、その下に北部航空方面隊、中部航空方面隊、西部航空方面隊、南西航空混成団と、ダダッと部隊名が並ぶ。これをコンパクトにまとめてしまう。輸送集団とか補給関係のような後方支援的なものは別の組織に持っていって、戦闘集団を作り上げる。そういう航空総隊に作り上げていくことで、米軍と同じレベルで戦えるような、そういう組織に作り替えようというのが狙いです。とくに航空総隊司令部にAOC(航空運用センター)を設置するという問題があります。

少し詳しく説明しますと、現在の航空方面隊は2から3に統合して、航空救難団は航空総隊に加わる。輸送航空隊は航空輸送集団に一元化される。航空総隊は司令部要員を200程度増員して24時間常時体制に切り替える。  

 そういう中身が2006年の段階で発表されたんですね。航空自衛隊のホームページを見ていましたら、田母神氏がこの問題について発言していました。今すぐ航空自衛隊の組織を改変しなければいけない、ケニー司令部を参考にしながら、航空運用センターを設置することも重要だと、田母神「論文」問題が起きる前に講演しています。

 また日米空軍の友好協会(JAAGA)で2008年11月20日に、空幕運輸情報部長の中島空将補という人が講演をしております。今後の航空自衛隊の運用態勢について、「日米協力のさらなる強化のために、ロードマップの進捗と整合をはかり」「次のような取り組みを進めよう」と言っています。その中で航空総隊司令部の機能強化について、「防空及びBMDは極めて短時間に対処する必要」があると。

つまり改良されるまでのバッジシステムでは、アナログ形式でしか対応できなくて、データーの解析なども不十分だった。米軍と比較すると雲泥の差があったわけです。それくらい遅れていたんですね。それをようやくジャッジシステムに変えて、衛星等も使いながら、全自衛隊の情報をデジタル化して一元化する。というような形にようやく持っていったわけです。遅れてきたものをまず取り戻す。併せて「米軍との共同統合運用調整を円滑にし、防空及びBMD(Ballistic Missile Defense=弾道弾ミサイル防衛)に関わる司令部組織間の連携を強化する目的で、防空指揮群や作戦情報隊とともに」総隊司令部を横田に移転するのだと、中島空将補は講演で述べているわけです。つまりそういう点では、今度の航空総隊の横田移転は、単なるミサイル防衛の問題ではなくて、日米の航空作戦を強化していく、という狙いが浮き彫りにされています。

同時に第5空軍との間で日米航空運用調整所を設置する。この点でも中島空将補は、「米軍が実施している24時間恒常的に実施する作戦サイクルを導入して、こうした活動を行うAOC(Air Operation Center=航空運用センター)を総隊司令部に常時開設し機能強化を図る方向で検討をしている。」と述べています。横田に来る前にもうすでにAOCについても検討している。そして横田に来たときは自衛隊のAOCと米軍のAOCが機能できるような形にもっていこうと考えているわけです。

A_2

 将来的にはどうするか。【資料2】は松尾高志さんと情報を交換しながら作った図です。実は発表されたロードマップにはこの日米共同運用調整所の陸海空というのが入っていないんです。ところがさっきの「未来のための変革と再編」の共通戦略目標にはAOCが運用調整所の関係で出ていたんです。どうなっているのかといろいろ調べて、最近中島空将補の講演から裏付けも取れて、やはりこの図の方向でいくことが見えてきたわけです。

 日米共同統合運用所は、横田基地に設置されるわけですけれども、第5空軍司令部と航空自衛隊航空総隊司令部が、「航空関係」の日米共同運用調整所を作る。陸の関係は、座間の在日米陸軍司令部に第1軍団司令部が入って、陸上自衛隊の中央即応集団司令部と陸の関係の日米共同運用調整所を作る。海の場合も同じような形で、海上自衛隊の自衛艦隊司令部と在日米海軍司令部が日米共同運用調整所を作る。陸・海・空それぞれの共同運用調整所がつくられる。この共同運用調整所は、あくまでも指揮センターではなくて調整所ですから、それぞれがつかんだ情報をここに集めて、そして日米共同統合運用調整所に持っていくというような図式になるわけです。それを将来的には作っていくということになるかと思います。

A_3

 次にミサイル防衛との関係です。自衛隊の弾道弾ミサイル防衛司令部が横田にできます。ミサイル防衛では航空総隊司令部が【資料3】の陸海空自衛隊の統合任務部隊の役割を果たします。イージス艦で集約されたものを海上構成部隊がつかみ、空では航空自衛隊の高射部隊と警戒管制舞台がつかみ、最終的には航空総隊司令官と統合幕僚長のところに集約されるという形になってくる。それが日米共同統合運用調整所に集まってくるわけです。

 こういう役割をもって航空総隊司令部が横田に配置されるということを、十分に理解していただきたいと思います。指揮センターとか戦争司令部ができるというような誤った見方もあるんですが、そうではありません。航空自衛隊と米軍との関係、そしてミサイル防衛司令部との関係が、航空総隊司令部が横田へ移転した後に作られるということを理解していただきたいと思います。

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2009/09/28

読む・読もう・読めば 63

ミニコミの終わり方

1992年に創刊され、自衛隊海外派兵の動きを中心に軍事・安保問題の報道・論評に活躍してきた月刊誌『派兵チェック』が、この12月刊行予定の200号をもって終刊する。律儀に購読料の精算についての連絡があった。終刊の理由がなんとも具体的で身につまされる。「ここ数年の間に複数のメンバーの入院や手術を伴う病気、親の介護等による活動時間の制約などが重なり、財政的問題を『体力』でカバーすることも困難になりました(毎月の発送作業に3人集まることすらなかなか難しい状況にまでなってしまっています)。」太田昌国さんの鋭いコラム、池田五律さんの的確な論評、いつも愛読していました。ありがとうございました。

1984年創刊、地域誌のニューウェーブとして名をはせた『谷中・根津・千駄木』、通称「谷根千」も、この8月の94号をもって刊行終了した。「売れ行きに比べ印刷費などの経費がかかりすぎること、坂だらけの町を自転車で配達するのがきつくなってきたこと、4半世紀のうちにスタッフをめぐる環境も大きく変わったこと」によると、産経新聞は報道している。いまや作家となった同誌編集人のMさんは、東大新聞研→編集者→フリーの経歴を持つ方だが、自著に収録しようとした某短文を、いつ、どの雑誌に、どのような題で書いたかも忘れて、かつて私のいた某社編集部に問い合わせてきた(しかも本人でなく単行本の編集者が)。こういう人のつくる雑誌の終刊には、あまり同情しない。

これも創刊25年になる「古本と古本屋さん、すべての本を愛する方のための情報誌」、『彷書月間』も、来年10月の300号で休刊と予告されている。古本屋大賞出身の石田千さんのエッセイ、愛読していました。編集・発行人の田村治芳さん、どうぞお大事に。

大出版社の名物雑誌の休刊が続くのも淋しいが、ミニコミの終刊はもっと淋しい。活字文化の多様性は、ネット文化で代位されるものではないと思う。  2009年9月28日)

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2009/09/25

米軍再編と横田基地

近森拡充(東京平和委員会)

2009年8月22日 平権懇学習会報告

 今日は横田基地の友好祭ということで、実際に中へ入ってみました。あらためて実感されたかと思いますが、非常に広い所です。ではその横田基地で、米軍再編でいま何が進んでいるのかということを報告します。

 まず、いわゆる米軍再編とは何かということです。これまでにも故・松尾高志さんが平権懇の学習会で報告されているかと思いますが、米軍再編はいわゆる三重構造になっています。冷戦が終わって、新しい脅威と呼ばれるテロやゲリラに対して迅速に対処していくために、米軍の能力を高めていく。軍の再配置だけではなくて、軍のありかた、戦争・訓練のやりかた、ドクトリン(戦略)、国防総省のあり方まで変えていく(=変革)ということを、全体として押さえておく必要があるかと思います。

 在日米軍基地の再編は、アメリカの政策の中ではどういう位置づけになるか。米軍変革のなかで Global Posture Review(GPR)、日本語で言いますと「地球規模の米軍戦略と軍の再編成」となりますけれども、その中に在日米軍基地の再編が入ることになります。

GPRとはいったい何なんだということですけれども、大雑把に言いますと5項目があります。これは米議会でのローレス国防次官(当時)とかの証言をまとめたものです。①同盟国の役割強化、②不確実性に対応するために米軍が柔軟に対応していく、③即応展開体制、事態が起こったときにすぐに部隊を展開できるようにする、④米軍戦略も地域ごとの戦略ではなくて、地球規模の戦略に転換していく、⑤米軍を展開するに当たっては数ではなくて能力を重視する。この5項目の個々の項目が独立してということではなくて、相互に関連しあって在外米軍基地の再編を進めていくということです。

では在日米軍基地の再編は、どういう経過で進んできたのか。この間の経過をざっとまとめてみます。スタートしたのは2002年の12月です。日米安全保障協議委員会、これは日米それぞれの外務・防衛トップの会談であることから、通称「2プラス2」という言い方でメディアには流れますけれども、文書上では「SCC(Security Consultative Committee)」、この発表が米軍再編のスタートです。ここで確認されたのは、①新しい安全保障環境における日米両国の防衛体制の見直し、②両国間の安全保障に関する協議の強化、ということです。

当時アメリカは米軍変革を進めていました。一方で日本では現行の防衛大綱の策定があったわけですね。この2002年12月から2005年2月まで3年ほど空いてしまうんですけれども、この間にはいろいろ紆余曲折がありました。

最初に再編計画で具体的に出てくるのは、横田にある第5空軍司令部と、グアムの第13空軍司令部を統合するということと、陸軍第1軍団を座間に移転すること、この2つだけでした。ところが日本のほうから反発があって、それがいったんオジャンになってしまう。新しく仕切り直しをして合意したのが、2005年2月の「共通戦略目標」、10月の「未来のための変革と再編」、そして2006年5月の「再編実施のためのロードマップ」ということになります。

こういう経過で米軍再編というものが進んで、その後2007年の5月にはあらためて2+2が行われて、「同盟の変革」という合意が行われ、国内では米軍再編を進めていくための「再編特措法」と呼ばれるものが成立します。いま横田では着々と米軍再編が進んでいるという状況です。

では横田基地にかかわって米軍再編にどういう項目があるのか。これも松尾さんがよく言っていましたけれども、米軍再編の文書でとらえるときに特に重要なのは、2005年10月29日の「未来のための変革と再編」です。ここで、日米両政府は米軍と自衛隊それぞれの役割・能力・任務について合意するわけですね。それに基づいて、いわゆる基地再編といわれるような項目や、共同訓練だとか厚木に部隊を移すとかの話が出てくるんです。

この文書の「安全保障・防衛協力の態勢を強化するために不可欠な措置」という項目で、区分としては「政府全体として取り組むべき措置」、「自衛隊と米軍との間で取り組むべき措置」というふうに合意されるわけです。政府全体として取り組むべき措置としては、「緊密かつ継続的な政策及び運用面の調整」だとか、「計画検討作業の進展」「情報共有及び情報協力の向上」といったことが合意されています。米軍と自衛隊との間で取り組むべき措置では「相互運用性の向上」だとか「弾道ミサイル防衛」といったことが入っています。

これを踏まえたうえで「再編に関する勧告」があります。「未来のための変革と再編」では横田基地にかかわって合意されたのは、主に4つです。①共同統合運用調整所を設置する、②航空総隊司令部と第5空軍司令部を併置する、③横田空域の返還、④軍民共用の検討。

これが2005年10月に合意されて、その後年が明けて5月に「再編実施のためのロードマップ」が「2プラス2」で合意され、期限が明記されます。①共同統合運用調整所の設置については、防空とミサイル防衛に関する調整を併置して行う機能を含む。②航空総隊司令部の併置については、2010年度に横田に移転。③横田空域については、2006年10月までに返還空域を特定し、2008年9月までに管制業務を日本に返還する、とされています。

航空総隊司令部については、後ほど池田さんから説明がありますので、簡単にします。航空自衛隊の中にはいくつかメジャー・コマンドと呼ばれるものがありますけれども、そのうちの戦闘機だとかミサイルを持ち、偵察・警戒の分野を扱う集団が航空総隊です。航空自衛隊の実動部隊ですね。現在、航空総隊司令部は府中基地に置かれています。その司令部が、関連部隊として作戦情報隊だとか防空指揮群を連れて横田に来るということです。

ちなみに府中基地の司令は誰がやっているかというと、航空総隊司令官ではなくて、防空指揮群の司令です。この防空指揮群は要するにレーダーサイト等を統括する部隊です。ミサイル防衛に関しては統合任務部隊が自衛隊では編成されますけれども、航空総隊司令官がこの指揮官になることになっています。実際、今年の4月の北朝鮮の「ロケット発射事件」のとき、航空総隊司令官が行動命令に基づいて指揮官に任命されています。

では、この米軍再編の進捗状況を見ていきたいと思います。

共同統合運用調整所ですが、これは米軍の文書などではBilateral Joint Operations Coordination Center(BJOCC)という言い方をしています。日本では「共同統合作戦センター」という言い方もしていますが、同じものです。2005年10月29日の「未来のための変革と再編」で、この共同統合運用調整所の構築が指示されました。何で分かるかというと、その2年後に出された「2+2」の合意文書のなかに明記されています。これが実際にどうなったかというと、2007年11月17日の『スターズ・アンド・ストライプス』、米軍の准機関紙と言われているメディアですけれども、そのなかに、2006年2月の日米共同指揮所演習(キーンエッジ)で使用したと報じられています。24時間態勢で最大150人が12時間交代で勤務したと。在日米軍司令部地下に設置されて、この演習のときにはまだできていなかったんですけれども、航空総隊司令部とは地下トンネルで結ばれることになっていると報じています。

2007年5月の「同盟の変革」では、共同統合運用調整所について、かなり細かいことが明示されています。2006年6月から7月の北朝鮮ミサイル発射事案ですけれども、このときに「日米は、自衛隊の連絡官が配された横田飛行場の暫定的な調整施設を通じてのものを含め、適時に情報を交換した。」「二国間の政策・運用調整の継続的な向上の重要性を実証した。」ということが文書の中にあります。

以上見ているように、共同統合運用調整所というのは、米軍と自衛隊の作戦や指揮に関して、その司令部というよりは運用調整をしている。情報共有だとか諜報共有にその機能を発揮しているということが言えると思います。

ミサイル防衛にかかわっているわけですけれども、実は日本は早期警戒衛星で探知するシステムは持っていません。これは米軍の情報を頼っています。米軍のほうから共同統合運用調整所を通じて自衛隊の中央指揮所と総隊司令部に伝達されるということです。日本には早期警戒情報、つまりミサイルが発射されたという情報を処理するものとしては、2006年6月に青森県の車力にXバンドレーダーが、2007年10月に三沢基地にJTAGS(統合戦術地上ステーション)と呼ばれる早期警戒情報を受信するシステムが配備されて、そこがキャッチするということです。

情報共有に関してもうひとつ重要なのは、バッジシステム(自動警戒管制組織)の情報提供です。米軍は自衛隊のバッジシステムによる防空情報を持っていなかったんですね。2007年4月から24時間、米軍に提供を開始したと報じられています。このバッジシステムはバージョンアップされて、ミサイル防衛に関する能力が付与されて、ジャッジシステムに移行されました。この配備は入間基地から始まったんですけれども、正式運用は今年の7月1日からだと、航空自衛隊のホームページに掲載されています。これにともなってバッジシステムは廃止されます。

航空総隊司令部の移転はどうかということですけれども、これは昨年の2月に移転工事推進式典が実施されて、3月から移転工事が開始されています。今日、横田基地に入ってクレーンが上がっているところだとかを見ていただきましたけれども、まさに在日米軍司令部=第5空軍司令部の前に航空総隊司令部が来ることになっています。庁舎は地上3階地下2階で、延べ床面積27000㎡と、かなり広いものです。また、在日米軍司令部の斜め前に野球場があったんですけれども、これをつぶす形で機械棟が設けられる予定になっています。

これらの施設の建設費ですけれども、予算文書を年度別に並べてみると、2007年度から2009年度までで約488億円かかっています。米軍の横田基地に自衛隊の施設を移すので、米軍施設の一部、保育所なんかも移すことになるんですけれども、その費用も全部、日本もちになるということです。横田移転に係る公務員宿舎がいま武蔵村山市に整備中ですけれども、その費用もこの中に含まれます。以上が航空総隊の移転です。

横田空域についてですけれども、これは米軍再編の議論が進んでいるころから、返還がかなり進んでいました。2006年9月からは、横田ラプコン(Radar Approach Control)=米軍の航空管制が必要としない場合は、民間機が2000フィート低く横田空域を通過することがすでに始められていました。2006年10月には横田空域の返還空域が特定されて、管制塔に自衛隊の管制官を配置することが合意されました。2007年5月からは教育訓練および調査研究を目的として、横田ラプコン施設に自衛隊管制官4名を配置するということが、『日本経済新聞』に報じられています。昨年の7月に国土交通省から、横田空域の返還を9月25日に実施すると発表されて、予定通り返還されました。

横田空域は「関東複雑空域」と言われる、羽田や成田のエリアがからんで非常に複雑で、かなり航空路が過密なエリアの東側に、1都8県におよぶ空域としてあります。民間航空機はその横田空域を避ける形で、大きく一気に上がって横田空域を通過するか、遠回りをして横田空域を避けるかしかなかったんです。この空域の一部が返還されることによって、今まで民間機が飛べなかった空域を飛ぶことができるようになりました。

横田空域返還に軍事的な狙いがあるのかどうかは、おそらくあるんではないかと思っているんですけれども、なにぶんそれを裏付けるような情報はありません。民間機はここを通過することによって燃料と飛行時間を節約できる、飛行時間といっても2分とか5分の違いなんですけれども、また航路を複数持つことができるというメリットが強調されたわけですけれども。在日米軍再編はひとつのパッケージというふうに言われていますので、アメとムチのアメの部分だと思います。

軍事的な狙いでひとつ言えるのは、厚木の上空は飛ばなくなったということです。今まで相模補給廠のなかに座間NDB(座間デパーチャ)という航空標識がありました。その部分は通らなくなった、それがもしかすると軍事的な意味としてあるのかもしれません。

今日、管制塔がふたつあるのを見ていただきましたけれども、大きい管制塔が間もなく運用開始です。今日見たところでは、新しい管制塔に人は入っていなかったと思います。レーダーも回っていなかった。まだ古い施設を使っていて、設備の移転が行われているのではないでしょうか。

軍民共用は東京都の石原知事が一生懸命宣伝しています。これは「再編実施のロードマップ」ではスタディグループを立ち上げて1年以内に結論を出すということで、実際2006年の10月にスタディグループは立ちあがったんですけれども、実際には何の進展もしませんでした。基地外にターミナルを設けるという話が今年の1月に新聞に出たんですけれども、これは横田基地東側の住宅エリアの北側、いま畑になっているエリアにターミナルを作るという話です。実際にはそういう計画はないということになりました。実際に民間空港を作るとなると、もっと安全帯をとらないといけなくなってしまう。これは拝島駅にかかってしまうんですね。周辺市町村には軍民共用を推進する声がありますけれども、実現可能性はきわめて低いと思います。

いわゆる米軍再編の中には出てきていないんですけれども、横田基地の動きを見ていく中で重要なことのひとつは、2007年1月の「ケニー司令部」。正確には第13空軍第1分遣隊の設置です。ケニー司令部とは一言で言うと、戦時に関連する航空機の部隊を、これは陸海空を問わず、一括して指揮する部隊です。米軍の中では「戦闘司令部」、War Fighting Headquarterと位置づけています。今までの第5空軍だとか第11空軍司令部との関係ですけれども、これは軍令(Force User)と軍政(Force Provider)の分離という形で、部隊の管理等については第5空軍とか第11空軍、いわゆるナンバード空軍が行うんですけれども、戦時には一括して部隊運用についてはケニー司令部が行う。横田にそのケニー司令部の分遣隊ができたということなんですね。

指揮系統について通常の部隊管理の流れは、太平洋軍の下に太平洋空軍があって、第11空軍、第13空軍、第5空軍、第7空軍がある、ということになっています。これを戦時には第13空軍のところにあるケニー司令部が運用する。13空軍司令部とケニー司令部は実質的に同じ司令部なんです。言い方を変えると、ふたつの顔を持っている。ここが戦時には一括して航空部隊を指揮する、という指揮系統ができているということです。分かりづらいかと思いますけれども。

実際に第1分遣隊はどういう役目を持つのかということですが、これはまさに航空自衛隊とどう調整していくか、という部隊です。陸上自衛隊・海上自衛隊にも航空部隊がありますので、自衛隊の航空部隊と米軍の航空部隊を調整する役目を持っているのだと思います。

横田基地の第5空軍司令部の要員も、この第13空軍第1分遣隊の設立によって、約130人いたうちの約80人がケニー司令部のほうに移っています。『産経新聞』のネット版、2007年12月23日報道によれば、航空自衛隊の連絡官をハワイに、要するにケニー司令部の本隊のほうに派遣しているということがあります。密接な相互運用性の向上という米軍再編の方向がありますけれども、これを行う司令部というか司令部の派出所というか、これが横田にできている。

もうひとつ米軍再編と直接は関係ないんですけれども、昨年2月に在日米軍司令官の交代がありました。在日米軍司令官は第5空軍司令官が兼任していますけれども、ブルース・ライト中将からエドワード・ライス中将に代わりました。エドワード・ライスはどういう人物か、『日本経済新聞』の昨年5月に紹介記事が載りました。在日米軍司令官として初のアフリカ系米国人ということが強調されているんですけれども、重要なのは彼の経歴です。今までは戦闘機乗り、ブルースはまさにF16のパイロットだったんですけれども、エドワードは爆撃機のパイロットなんですね。それだけではなくて、太平洋空軍の副司令官が前職で、ケニー司令部の司令官を兼ねてきた。米軍が在日米軍司令官に彼を持ってきたということは、13空軍司令部第1分遣隊を置いたことと非常に関連があるのではないかと思っています。

これからどうなるか。在日米軍司令官はだいたい任期2年なので、彼の任期はたぶんあと1年ですけれども、自衛隊もいま新しい防衛隊群などへどんどん変わっていこうとしていますので、いろいろと日米がより連携をしていく仕組みが進行するのではないかと思います。

今までの話とまた変わるんですが、横田基地にいるのは第5空軍の374航空団ですけれども、それとは別に大型輸送機を扱う航空機動軍(Air Mobility Command)の部隊がいます。大きい部隊ではないんですけれども、航空機動軍の部隊は他にも嘉手納とか韓国の烏山にもいます。これらをとりまとめる中間的な司令部、支援管理部隊という言い方をしますけれども、そういう司令部が昨年の6月にできました。それが515航空機動運用群と呼ばれるものです。司令部の要員は10名程度と言われます。航空機動軍自体も再編を進めていて、効率よく管理運営していくということです。

国連軍の司令部は今まで座間にあったんですが、任務が以前に比べて低下して、むしろ在日米軍司令部と密接になってきたということで、2007年11月に座間から横田に移ってきました。先ほど在日米軍司令部の庁舎のところで国連旗をごらんになったかと思いますけれども、横田には国連軍の部隊がいますので、国連旗があります。国連旗は在日米軍基地のすべてにあるわけではなくて、7箇所ですね。そういうものが移ってきました。これも小規模な施設で4名程度、これが外務省のプレスリリースによれば、横田基地の施設の中に置かれたということです。

以上、米軍再編に伴う横田基地の動きを中心にお話ししました。横田基地は他の基地に比べて静かな基地と言われて、関心が低いところではあるんですけれども、やはり戦争をする基地であるということについては変わりないわけです。特にその頭脳が横田にあることの意味を、もっと伝えていく必要があるように思います。

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2009/09/23

新政権で「防衛大綱」はどう変わるか

 ☆ 宇宙平和週間 首都圏イベント ☆

■ 新政権で「防衛大綱」はどう変わるか ■

 衆院選大勝により新政権を担う民主党が、自公政権が年末に予定していた「防衛計画の大綱」改定を来年以降に先送りする意向だと報じられています。「防衛大綱」改定をめぐっては、自民党国防部会が6月に提言を発表し、麻生前首相の私的諮問機関である「安保防衛懇」も8月に報告書をまとめ、提出していました。それらには、軍事費の増額や兵器の国際共同開発のための武器輸出禁止三原則の大幅緩和、集団的自衛権行使の解禁、「敵基地攻撃能力」の保有などの危険な内容が盛り込まれていました。 

民主党は、現在の改定案の見直しを表明しているものの、党内から武器輸出禁止三原則の緩和論やトマホーク巡航ミサイル保有論が公然と噴き出すなど、その行方は予断を許しません。 4月に強行された「ミサイル防衛」発動の検証も交えながら、「防衛大綱」改定の危険性を問い、軍縮に舵を切るために何ができるかを考えます。 ぜひご参加ください。

◆日時:9月26日(土) 午後2時~5時(1時30分開場)

◆会場:東京・アカデミー茗台 7階学習室A(丸の内線「茗荷谷駅」7分)

 地下鉄出口1から春日通りを右(後楽園方向)に徒歩7分、   

    文京区立茗台中学校のビルに併設(入口は別)    http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1995

   [TEL:03-3817-8306、文京区春日2-9-5]

◆講演:青井未帆さん(成城大学准教授)  

 「武器輸出禁止三原則の緩和が意味するもの」[青井未帆(あおい・みほ)さんプロフィール] 成城大学准教授・憲法学。共著に『憲法学の現代的論点』(有斐閣、2006年)。論文に、「武器輸出三原則を考える」(「法律時報」77巻 2号、3号、4号/2005年)、「安全保障と民間会社の関わり~武器移転の視座から」(「法学セミナー」2007年1月号)など。

◆報告:4月「ミサイル防衛」発動を検証する   

~PAC3反対の現場から(浜松、朝霞、習志野、入間など予定)

◆発言:民間人戦地派遣の問題点(重工産業労組:渡辺鋼さん)など ◆資料代:700円

◇「宇宙平和週間」(10月3日~10日)とは? 

――今夏に来日講演を行ったブルース・ギャグノンさんがコーディネーターを務める「宇宙への兵器と原子力の配備に反対するグローバル・ネットワーク」が呼びかけて毎年行われるもので、世界各地で宇宙軍拡やミサイル防衛に反対するアクションが取り組まれます。本集会は時期は少し早いですが、その一環として行います。

◆主催:「防衛大綱」を問う集会実行委員会

<呼びかけ団体>  平和の声・行動ネットワーク(入間) パトリオットミサイルはいらない!習志野基地行動実行委員会  非核市民宣言運動・ヨコスカ  ヨコスカ平和船団  核とミサイル防衛にNO!キャンペーン  ピープルズ・プラン研究所

◆連絡先:ピープルズ・プラン研究所     

(TEL)03-6424-5748 (FAX)03-6424-5749      

(E-mail)ppsg@jca.apc.org      

〒112-0014 東京都文京区関口1-44-3 信生堂ビル2F

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2009/09/15

読む・読もう・読めば 62

勝ち方・負け方

もう2週間も前の話だが、総選挙で当選した民主党候補者たちが「バンザイ」をする姿が次々と映像で流れた。正しくまっすぐに耳の横に両手を挙げたのは自衛隊仕込みの某さんだけで、たいていは掌を見せる「お手上げ」あるいは一等賞ゴールだ。明治天皇巡幸で始まった、天皇の長寿を願って叫ぶ「万歳」が、ここまで安売りされるようになったのか。

負けた各党のコメントを採録しておく。

自民党の麻生総裁。「多くの同志を失い、残念至極に思っております。総裁としての責任を強く感じています。」「自民党は必ず態勢を立て直して政権を奪還いたします。」

公明党の太田代表・北川幹事長。「公明党は『生活を守り抜く』『政治は実行力』と主張し、今までの実績を訴え、理解をいただきたかったが、十分浸透できなかった。」「公約実現に全力を挙げる。その実現に当たっては、自民党との間に築いてきた信頼関係は大事にしたいというのが基本的な考えだ。」

幸福実現党「総選挙の結果を受けて」。「本党の主張した正論が国民に十分には理解されなかったものと思われますが、国難への警鐘を鳴らしたという点で、宗教政党としての重要な使命は果たしえたと思っております。」「選挙区によっては、母体である幸福の科学の信者数にもはるかに届かない得票数もあり、信者の信仰と政治選択に分離があるものと思われました。」

負けたときのコメントこそ、政治家の真価を見せるものだと思う。分かってもらえなかった、というのは、分からなかった国民大衆が悪い、と言っているのと同じだろう。グチを一切言わなかった麻生さんのコメントを、いちおう誉めておきたい。(2009914日)

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