読む・読もう・読めば4 パンフレットの力
1977年12月25日の朝、在ラオス日本代理大使の杉江清一・妙子夫妻が自宅寝室で惨殺された事件は、ビエンチャン市人民裁判所が翌年8月29日に5人組の「犯人」に判決を下した以後も、疑惑に包まれている。早々に怨恨説をマスコミに流して幕引きをしようとした日本外務省の対応も奇妙だったが、「CIAならびに右派分子があやつった事件」と国営放送で報道したラオス当局の対応も奇妙だった。
杉江がラオスに持参した本の中に、松本清張の「象の白い脚」と、マッコイの「ヘロイン」があった。ともに麻薬をテーマにした本である。ラオス・タイ・ビルマ国境のゴールデン・トライアングルと呼ばれる地域は、中国革命に敗れて逃げ込んだ中国国民党の残党が、モン(かつてメオ族と呼ばれた)の民間薬だったアヘンを資金源として活用したところとして知られる。最盛期には世界の7割の非合法アヘンをここで生産したという。ベトナム戦争中はCIAがラオスでシークレット・ウォーを展開し、麻薬と武器の輸送のため航空会社まで設立した。杉江事件の犯人とされた者には、確かにこの航空会社の関係者がいたが。殺された杉江は、ラオスの麻薬について調べるうち、成立したばかりのラオス革命政府に都合の悪いことを知るに至ったのだろうか。
そして今。ラオスは国を挙げて麻薬撲滅運動を進めている。観光客が、ヘロインばかりでなく大麻、覚醒剤等を含めすべての麻薬を、所持するだけでも、摘発されれば最高刑は死刑だ。
しかしベトナム戦争を含むインドシナ解放戦争中には、あらゆる汚い手が双方で使われた。麻薬の錬金術はまさしく人の良心を麻痺させる。偽満州国の資金源のひとつが麻薬だったように。そしてインドシナ解放勢力の一部も、麻薬ビジネスに手を出したことが語られている。シアヌーク(カンボジア国王)の身辺警護を長く務め、カイソン(ラオス人民革命党議長)記念館の建設に協力した北朝鮮労働党が、1990年代になってアヘン大増産にかかる以前には、どこからアヘンを入手していたかも気にかかる。
いずれは杉江事件の真相も明らかになるのだろう。しかし、そのためには、真相追及を訴え続けることが必要だ。杉江清一の父、杉江清が、杉江妙子の父米山義一とともに、1979年に「在ラオス臨時代理大使杉江清一同妻妙子の殉職について」というパンフレットを作って外務省関係者に配布し、国会図書館にも納めたことで、疑惑は疑惑として生き続けている。パンフレットに杉江清は書いた。「私共の言説には二人の生命と私共の人格がかかっていることを申し添えます。」
(大内要三 2007年3月28日)

