2015年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト

「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月

2007/03/29

読む・読もう・読めば4 パンフレットの力

19771225日の朝、在ラオス日本代理大使の杉江清一・妙子夫妻が自宅寝室で惨殺された事件は、ビエンチャン市人民裁判所が翌年8月29日に5人組の「犯人」に判決を下した以後も、疑惑に包まれている。早々に怨恨説をマスコミに流して幕引きをしようとした日本外務省の対応も奇妙だったが、「CIAならびに右派分子があやつった事件」と国営放送で報道したラオス当局の対応も奇妙だった。

杉江がラオスに持参した本の中に、松本清張の「象の白い脚」と、マッコイの「ヘロイン」があった。ともに麻薬をテーマにした本である。ラオス・タイ・ビルマ国境のゴールデン・トライアングルと呼ばれる地域は、中国革命に敗れて逃げ込んだ中国国民党の残党が、モン(かつてメオ族と呼ばれた)の民間薬だったアヘンを資金源として活用したところとして知られる。最盛期には世界の7割の非合法アヘンをここで生産したという。ベトナム戦争中はCIAがラオスでシークレット・ウォーを展開し、麻薬と武器の輸送のため航空会社まで設立した。杉江事件の犯人とされた者には、確かにこの航空会社の関係者がいたが。殺された杉江は、ラオスの麻薬について調べるうち、成立したばかりのラオス革命政府に都合の悪いことを知るに至ったのだろうか。

そして今。ラオスは国を挙げて麻薬撲滅運動を進めている。観光客が、ヘロインばかりでなく大麻、覚醒剤等を含めすべての麻薬を、所持するだけでも、摘発されれば最高刑は死刑だ。

しかしベトナム戦争を含むインドシナ解放戦争中には、あらゆる汚い手が双方で使われた。麻薬の錬金術はまさしく人の良心を麻痺させる。偽満州国の資金源のひとつが麻薬だったように。そしてインドシナ解放勢力の一部も、麻薬ビジネスに手を出したことが語られている。シアヌーク(カンボジア国王)の身辺警護を長く務め、カイソン(ラオス人民革命党議長)記念館の建設に協力した北朝鮮労働党が、1990年代になってアヘン大増産にかかる以前には、どこからアヘンを入手していたかも気にかかる。

いずれは杉江事件の真相も明らかになるのだろう。しかし、そのためには、真相追及を訴え続けることが必要だ。杉江清一の父、杉江清が、杉江妙子の父米山義一とともに、1979年に「在ラオス臨時代理大使杉江清一同妻妙子の殉職について」というパンフレットを作って外務省関係者に配布し、国会図書館にも納めたことで、疑惑は疑惑として生き続けている。パンフレットに杉江清は書いた。「私共の言説には二人の生命と私共の人格がかかっていることを申し添えます。」            

(大内要三 2007328日)

2007/03/24

弁護士の四季1 母の死

毎年、梅の季節になると母が亡くなった頃のことを思い出す。もっとも母が亡くなったのは、もう20数年も前の話である。それでも、いまでも思い出すのである。

母は、2月の寒い晩、お風呂に入って出ようとして、そのまま脳血栓で倒れ、2週間くらい意識がないまま亡くなった。病院に入院している間、いつ母の死の連絡が来るかと思おうと、何をしても落ち着かず、当時上映していた「男はつらいよ」を見ていても少しも面白くなかった。

なるべく、ベッドの側に座って母の様子を見たりしていたが、いつも眠っていて、少しも反応がなかった。倒れたとき、医師が、何ごとかの手当をすると、意識は戻らないにしても半年くらいは生きられがどうしますかと聞いた。私は、少し考えたが、その手当を断った。意識のない母では、生きていてもらっても本人にとっても子ども達にとってもつらいだけだと思ったからである。いまでも、この判断は間違っていないと思っている。

ある日、母の顔をぼんやり眺めて、昔のことなどを思い出していたら、母が手で髪の毛を整えるような仕草をした。私はそれを見て、女の身だしなみを気にするような母を思って、急に母がいとおしくなり、涙が止まらなくなった。もう一度、元気な母と話したいとつくづく思った。

しかし、母はそれから3日くらいして、いってしまった。脳死の報道を聞くと、母の死を思い出すのである。

        わが母も墓石となり梅香る     信行

(榎本信行)

自衛隊イラク派兵違憲訴訟 定点報告1

政府は「イラクにおける人道復興支援活動および安全保障活動の実実施に関する特別措置法」(イラク特措法)を2年延長する「改正案」の延長幅をめぐって与党との調整が難航し閣議決定が遅れている。だが、ここはイラク特措法の延長を断念し自衛隊を撤兵すべきである。なぜならば、現在、イラクに展開している航空自衛隊の活動の7、8割は多国籍軍支援であり、イラク人民に対する加害者になっているからである。「人道復興支援」などというまやかしは止めるべきだ。以下に現在も闘われている「自衛隊イラク派兵違憲訴訟」の進捗状況を報告する。

■自衛隊イラク派兵差止北海道訴訟

・第15回口頭弁論 4月16日(月)午後1時30~3時 
   平和的生存権に関する総論・各論に関する主張及び追加立証(予定)
 ・第16回口頭弁論 5月28日(月)午後1時30分~3時
   イラク派遣自衛隊の活動実態に関する主張、立証の追加(予定)
 ・第17回口頭弁論 6月25日(月)午後1時30分~3時
   イラク戦争の実態・国際法・憲法違反に関する主張・立証追加(予定)
■自衛隊イラク派遣違憲仙台訴訟

▽平和的生存権訴訟

・最終弁論(予定)8月29日(水)午後4時~

▽住民訴訟    1024日(水)午後4時~

■イラク派兵違憲訴訟の会・栃木

 ▽一審、控訴審は敗訴判決

 (派兵差止・違憲確認は却下。損害賠償請求は棄却)

 ▽上告審で係争中

■イラク派兵違憲訴訟の会・東京(本人訴訟で約100の事件)

 ▽一審はすべて敗訴判決

 (派兵差止・違憲確認は却下。損害賠償請求は棄却)

 ▽控訴審は一人(1事件)を残してすべて敗訴判決

  425日(水)午後1時25分~

 ▽上告審は4人が敗訴判決(却下)。4人が係争中

■「派兵は決定的違憲」市民訴訟(山梨)

 ▽終結=一審は敗訴判決

 (派兵差止・違憲確認は却下。損害賠償請求は棄却)

■イラク自衛隊派兵違憲裁判の会(静岡)

 ▽一審、控訴審は敗訴判決。

 (派兵差止・違憲確認は却下。損害賠償請求は棄却)

 ▽上告審で係争中

■自衛隊イラク派兵差止訴訟の会(名古屋)

 ▽1~6次の一審はすべて敗訴判決

 (派兵差止・違憲確認は却下。損害賠償請求は棄却)

 ▽第7次の一審判決は敗訴判決

 23日に示された判決は派兵差止・違憲確認は却下。損害賠償請求は棄却でしたが平和的生存権について「基底の権利であり最大限尊重されるべき……」と述べました。弁護団は「2歩前進」と評価している。次回に詳しい報告を行う。)

 ▽控訴審(一次~五次原告訴訟)
 ・第4回口頭弁論(同時進行審を含む)524日(木)午後1時30

 ▽内田裁判官ほか国陪訴訟控訴審

 ・第2回口頭弁論 5月9日()午後2時~(名古屋高裁)

■やめて!イラク派兵・京都訴訟の会
▽一審は敗訴判決=323

 (派兵差止は却下。損害賠償請求は棄却)

■自衛隊のイラク派兵差止裁判をすすめる会(関西)

 ▽一審は敗訴判決

 (違憲確認は却下。派兵差止・損害賠償請求は棄却)

 ▽控訴審で係争中

■イラク派兵費用差止関西本人訴訟の会(大阪)
▽一審は敗訴判決(国費支出差止請求は却下、損害賠償請求は棄却)

 ▽控訴審も敗訴判決

■自衛隊イラク派兵差止訴訟おかやまの会

 ▽第一次・二次訴訟 、第三次訴訟係争中

■自衛隊イラク派兵違憲訴訟の会・熊本
 ▽第1次~第二次係争中
 ・第9回口頭弁論 4月20日(金)午後1時~
 ・第10回口頭弁論 6月18日(月)午後1時30
  小林武・愛知大学教授の「平和的生存権」に関する証人尋問

(杉山 隆保・2007323日)

2007/03/14

読む・読もう・読めば3 クロスメディア・プロモーション

「R25」誌が政府公報を掲載している。222日配布の131号では「君は、給与明細の異変に気が付いていたか?」というタイトルで所得税と住民税の変化を、マンガ入りで4ページにわたって説明しているのだ。なるほど。で、「R25」の広告料はページあたり250万円。今回の政府公報は1000万円ということになる。広告効果からすれば安いが、弱小会社に払える額ではない。 

ご存じのとおり、「R25」はリクルートが発行する週刊のフリーマガジン、つまり0円。毎週木曜発行、48ページ、25歳から32歳までの男性サラリーマン向けに、首都圏の駅など4700カ所のスタンドに置かれる。充実した内容で20047月創刊以来順調に部数を伸ばして、いまやなんと60万部だという。商業週刊誌のトップクラスを上回る数字だ。金曜日にはもうスタンドから姿を消しているから、愛読者はかなり多いのだろう。女性版の「L25」も昨年11月に創刊された。

フリーマガジンであることが曲者だ。商業新聞・雑誌は購読料収入が半分だから、読者とクライアントの両方に目を向けているのだが。「R25」の広告を一手に扱っているのはメディア・シェイカーズ。電通とリクルートの全額出資で、クロスメディア・プロモーションに特化した会社として059月に設立された。会社設立時のニュース・リリースによれば、「マスメディア、フリーマガジン、インターネット、モバイルにおける広告を……ターゲット属性に合わせて最適に組み合わせるコミュニケーション手法」だという。

要するに、国民投票法が通れば、改憲促進広告はこういう形でも行われるのだろうな、ということだ。ウーム。          (大内要三・2007314日)

2007/03/11

3月31日学習会「自衛隊は何を考えているか」

今年の連続学習会企画は「対テロ戦争の時代に」という通しテーマで行います。詳細につきましては、下のご案内をご覧ください。たくさんの方に参加していただけるよう、宣伝にご協力ください。この連続学習会以外にも、国民投票法、参院・地方選、米軍再編促進法など、時に応じて必要な発言をしていきたいと思います。ではまた学習会の会場で、お会いいたしましょう。

2007/03/07

平権懇2007年連続学習会 ご案内

対テロ戦争の時代に

第1回 

自衛隊は何を考えているか

――米兵・自衛官人権ホットラインの経験から

3月31日(土)午後3時~5時

講師 小西 誠 こにし まこと

1949年生まれ、米兵・自衛官人権ホットライン事務局長。

1969年、航空自衛隊内で治安訓練に反対するビラを掲示

し、裁判で無罪となる。著書に『反戦自衛官 : 権力をゆ

るがす青年空曹の造反』( 合同出版、1970年)、『自衛隊

のイラク派兵 : 隊友よ殺すな殺されるな!』(社会批評社、

2004年)、『自衛隊そのトランスフォーメーション』(社会

批評社、2006年)等がある。

第2回 

日米同盟の近未来

5月26日(土)午後3時~5時

講師 松尾高志 まつお たかし

1945年生まれ、ジャーナリスト、関東学院大学非常勤講師。

編書に『日米ガイドラインと戦前「有事法制」』(全5巻、

港の人、1998年)、共著に『平成自衛隊改造 : 海を渡った

“知られざる自衛隊”の実態 』(労働旬報社、1993年)、

『軍の論理と有事法制』(日本評論社、2003年)等がある。

第3回 

アメリカ帝国の落日

7月28日(土)午後3時~5時

講師 高野 孟 たかの はじめ

1944年生まれ、ジャーナリスト、株式会社インサイダー

代表。テレビ番組『サンデープロジェクト』『朝まで生テ

レビ』等に出演。著書に『最新・世界地図の読み方』(講

談社、1999年)、『滅びゆくアメリカ帝国』(にんげん出版、

2006年)等がある。

第4回 

イラク戦争と報道規制

9月15日(土)午後3時~5時

講師 前坂俊之 まえさか としゆき

1943年生まれ、毎日新聞記者を経て静岡県立大学国際関

係学部教授。著書に『兵は凶器なり : 戦争と新聞1926-

1935』(社会思想社、1989年』、『メディアコントロール

: 日本の戦争報道』(旬報社、2005年)、『太平洋戦争と

新聞』(講談社学術文庫、2007年)等がある。

各回 参加費500円

連絡先・090-5341-1169 杉山 090-2641-0230 大内

会場:大阪経済法科大学

東京麻布台セミナーハウス

http://www.enjoytokyo.jp/NT002Map.html?SPOT_ID=n_7823

東京メトロ日比谷線・神谷町駅・1番出口

より桜田通りを東京タワー方面へ徒歩3分

2007/03/01

読む・読もう・読めば2 小児科医を救え

病院で働く小児科医は疲れている。平均でも、週60時間以上の勤務、完全休日は月2回以下、1日の睡眠時間は6時間未満。月5回の当直の仮眠時間は限りなくゼロに近く、当直明けの日も通常の日勤。このような環境では女性医師は子育てをしながら勤務を続けることは難しい。しかも一般の公務員と同じ給与体系でサービス残業が長いから、計算すると時給1500円、それ以下の人もあるという。

小児科は現在の診療費では必然的に赤字になるので、小児科を廃止する病院が多い。都内では1990年から98年までに57病院で小児科がなくなった。若くして病院を出て開業する傾向も強まっている。病院はさらに疲弊する。医師に論文を書くヒマがなくなれば、小児医学も衰退するだろう。

という現実を、どれだけの人が知っているだろうか。疲れきった医師に子供の治療を任せて大丈夫だろうか。私たちは、医療の現場で起こっていることを、あまりに知らないのではないか。

難病の子を持つ編集者、堀切和雅さんは小さな出版社を興し、5人の小児科医へのインタビューと、4人の小児科医からのメールをもとに、『小児科を救え!』という本をまとめた。上に引いたのはその内容の一端だ。共著者となった研修医の千葉智子さんは、小児科医だった父を過労自殺で失っている。それでも小児科医になる千葉さんに拍手を送りたいが、「あとがき」を書くヒマもないというのが切ない。

編集:ユビキタ・スタジオ、発売:KTC中央出版、定価1800円+税。

(大内要三・2007228日)

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

無料ブログはココログ