読む・読もう・読めば8 ミニコミの力
旧聞に属するが、ナガサキの現役市長、伊藤一長さんが暴力団幹部に銃撃され死亡した事件について考え続けている。個人に対するテロルという卑劣な方法、銃器拡散についての警察と暴力団のなれ合い、といったものへの憤りは、私の中では、ナガサキの土地柄に対する想い、それを造り上げてきた人々への追憶によって増幅される。
元長崎大学学長の土山秀夫さんは書いている(『核兵器・核実験モニター』279-80号)。「長崎県全体ではあるが、過去5年間の統計を見ても年間9~17件の殺人(一部には心中も含まれている)事件があり、全国では青森県とともに最低記録を争っている。もちろん長崎市でも同傾向にある。かつて筆者が法医学の教授に直かに聞かされた話としてこんなことがあった。当の教授が長崎大学に転勤すると決まったとき、先輩から『不謹慎な話かも知れないが、長崎は殺人が少ない都市なので法医学研究の上では余り勉強にならないかも知れんぞ』と言われた由である。」
「長崎の証言の会」の緊急声明(4月19日)は書いている(『ヒロシマ・ナガサキ通信』175号)。「伊藤一長長崎市長は、就任当初の『平和行政は国の責任』という主張を乗り越え、率先して平和を市政の課題として、核兵器廃絶の運動を被爆都市ヒロシマと共に、世界に訴え続けてきた。……核武装疑惑の米艦船入港反対を表明し、国民保護計画の中の核兵器対処法を保留した……姿勢を私たちは評価していた」。
そうだったのか、それなのに、と改めて想う。ミニコミに掲載されて少数の読者の目にしか触れない、けれども読む人の心に染み込む、このような文章の力強さを想う。
(大内要三 2007年5月29日)

