読む・読もう・読めば9 詩人が激するとき
疲れたときには小難しい本は読めないから詩集を開く。谷川雁や鮎川信夫を読むともっと疲れそうで、黒田三郎になる。大きな活字の遺稿詩集『流血』はクロス貼り函入り、函の挿画は糸園和三郎と、贅沢だ。フランス装の『詩集悲歌』はページを切らずに、覗き込むようにして読んでいる。どれも少部数だからできる凝った造本なのだ。著者の想い、印刷・製本職人の矜恃、そして編集者の心意気。
若い詩人のリリシズムは、年月を経て次第に生活者の悲哀に流れていく。国語教科書に載った『ひとりの女に』や『小さなユリと』収録の作品群はたしかに傑作だが、晩年の、なんでもないことをなんでもない言葉で書く技に、救われる思いがする。著作集には生前には詩集に収録されなかった拾遺詩編や初期作品も載っていて、興味深い。
初期の評論は別として、詩作品ではやわらかな言葉しか使わなかった黒田が、いちどだけ激した作品を書いたことがある(『渇いた心』収録「引き裂かれたもの」)。「二千の結核患者、炎熱の都議会に坐り込み一人死亡」という報道を目にしたとき、1950年代の話だ。患者の待遇改善を求める運動のなかで亡くなった貧しい女性は、近く誕生日を迎える幼い娘に書きかけた手紙を持っていた。「ほしいものはきまりましたか/なんでもいってくるといいのよ」。黒田は書く。
それは/どういうことだったのか/識者は言う「療養中の体で闘争は疑問」と/識者は言う「政治患者をつくる政治」と/識者は言う「やはり政治の貧困から」と
そのひとつひとつの言葉に/僕のなかの識者がうなずく/うなずきながら/ただうなずく自分に激しい屈辱を/僕は感じる
一人死亡とは/それは/一人という/数のことなのかと/一人死亡とは
決して失われてはならないものが/そこでみすみす失われてしまったことを/僕は決して許すことができない/死んだひとの永遠に届かない声/永遠に引き裂かれたもの!
他人の苦しみ・悲しみ・痛みに寄り添うこと。運動の初心を、黒田は書いた。(大内要三 2007年6月14日)
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