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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2007/06/05

日米同盟の近未来②  松尾高志

4 (07.5.26 平権懇報告)

●日米同盟はどのように変質してきたか

そのことを日米同盟に即して考えていくと、どういうことになるか。冷戦が終わってから日米同盟は2回変質しています。最初は90年代の半ばで、日米安保の再定義と言われておりますが、クリントン政権のもとでガイドラインをバージョンアップしたんですね。そこで自衛隊が行動をするエリアを本土防衛から拡大して、周辺事態への対処、リージョナルに自衛隊を出して日米で共同作戦をする、という段階に入りました。当面のシナリオは、朝鮮半島で事が起こったときどうするか、ということで共同作戦計画の立案作業が進みます。

冷戦の最中は古いガイドラインのもとで、ソビエトと戦う戦争の一環として日本は本土防衛で戦えばそれでいい、ということだったわけですけれども、ソビエトが崩潰した後は、自衛隊を外へ出して戦うように日米同盟が大きく変質します。この変質のプロセスで周辺事態法という法律ができますが、リージョナルに自衛隊が海外へ出て行くときの、米軍との共同作戦の在り方で、大きな桎梏が生まれる。これまで内閣法制局の見解は、集団的自衛権は持っているが行使し得ない、という枠がありました。日本防衛については個別的自衛権の発動でまったく問題はないわけですけれども、日本が攻撃されていないにもかかわらず、アメリカがやっている戦争に際して兵站支援のオペレーションをするのは、集団的自衛権に当たるのか当たらないのかが問題になって、内閣法制局が線引きをするわけです。アメリカがやっている武力行使と一体化するオペレーションは集団的自衛権に当たるからできないが、一体化しないものについては問題ないという解釈でもって周辺事態法律案を作って通しました。

単純に考えてみますと、戦争というものは、戦闘正面でドンパチやるだけでは成り立たないわけです。後方から前線への物流、兵站支援のオペレーションをやらないと戦争はできない。そこをまず切り離して、戦闘はしません、兵站支援だけですよというふうにして、なおかつ兵站支援の中でも武力行使と一体とするものとしないものという区分けをして、ガイドラインの別表40項目を実行しうるようにした。

戦闘地域で一緒に作戦行為をやれば一体化になるが、非戦闘地域ならば構わない、という前提で話が進みました。そこで問題になったのは、例えばアメリカの軍艦に対して自衛隊が洋上補給をする場合に、ある一定の海域でやっていたとして、戦況が変わってそこが戦闘地域になったときにどうするかということです。周辺事態法の国会審議では、そのオペレーションを中止して自衛隊は離脱するというふうに説明をしたわけです。そういう、軍事合理性から考えると矛盾、不合理が生じるので、米軍からも自衛隊からも、これではやっていけないという不満が出る。一緒に戦っているにもかかわらず、途中で状況が変わったら自衛隊はさっさと逃げるということで同盟はもつのかと。そういう話になるわけです。

再定義が終わった段階、周辺事態法ができあがった段階で、そういうことが問題意識として登ってきた。再々定義をして、集団的自衛権が行使できるようなシステムに切り替える必要がある、という声が上がってまいりました。これが第一次のアーミテージ・ナイ・レポートで打ち出されたものです。集団的自衛権が行使できるようなシステムに切り替える必要があると。

日米安保の最初の再定義をやった当事者に、カート・キャンベルがいます。民主党系ですからブッシュ政権では在野です。彼は、最初の90年代半ばの日米安保の再定義は官僚のレベル、実務者のレベルでネゴシエーションをして、それを文書化したけれども、もう一回再定義する場合は、政府を挙げて、言論界、経済界、政界をひっくるめて、大きな問題として扱うべきだと、そういう提案をしておりました。そうこうしているうちにテロが起こるわけですね。

ブッシュの二つの戦争に対して小泉政権は、それぞれ特措法でもって自衛隊を出しました。兵站支援のオペレーションです。アフガニスタンの戦争のときは、NATOも、イギリスを除いては兵站支援のオペレーションをしているわけですが、NATOの場合は集団的自衛権の行使として実施したわけです。ところが日本の場合は、その兵站支援のオペレーションが集団的自衛権に当たるのか当たらないのかという議論を国会でしたときに、小泉首相は、あまり汲々詰められてしまうと答弁に窮してしまう、という答弁をやって、まあ彼のキャラクターがあるものですから、まかり通ってしまった。そういう意味で、集団的自衛権行使の問題についてはファジーな段階に入ります。

しかも、安保再定義のときには先に合意文書ができて、それを実現する行動が後に続くことになりますが、アフガニスタンでは実質上、再々定義がここで実践的には始まってしまう、という事態が起こります。イラクでも特措法を作って自衛隊を出して、サマーワの陸上自衛隊はもう撤退しておりますが、クウェートに出している輸送機はまだ兵站支援のオペレーションをやっております。そういう意味で、2つの対テロ戦争をともに戦うという中で、日米同盟が変質を始める。

同時に、日米間の戦略対話と言っておりましたが、外交・防衛の担当者による日米協議が、ずっと行われていきます。で、3つの2+2の合意文書としてそれが結実して、今日にいたるわけです。一番最初に申し上げましたように、基地の在り方を変える、軍の在り方を変える、同盟の在り方を変える、この3点セットがワンセットで協議では進んでおりました。アメリカの方では、抽象的な議論から始めてだんだんと具体的な議論にしていく、そういうプロセスを踏んでやるんだと言っておりましたが、日本側の対応が、選挙があるとか、さまざまな理由で遅れに遅れたんですね。

このような作業はアメリカは日本とだけでなくて、韓国ともやっておりますし、NATOともやっております。韓国、NATOのほうが協議は早く終わって、次の段階へもう移っておりました。日本は対応が遅れたので、アメリカのほうから基地問題でリークを始めたんですね。ですから、この米軍再編問題が基地問題と捉えられるのは、報道のプロセスにも問題があるわけです。

この協議は、ブッシュ政権になってからすぐ始まっております。外務省、防衛庁、国務省、国防省との間の審議官級の協議をずっとやって、節々に2+2を開いて確認するという手順をとってきました。基地問題から話が吹き出しましたので、アーミテージが日本に来て仕切り直しをして、3段階の2+2の合意文書をもって、これを進めるということにしたわけです。

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