読む・読もう・読めば18 発刊の辞
活字が文化であった時代はとうに終わり、活字もまた(まだ)文化の一端(片隅)である時代になって久しい。正確に言うなら活字とは1文字ごとにバラせるハンコのことなので、電算写植普及以後は活字媒体などという言葉は実態に合わないが、とりあえず慣例により新聞・雑誌・書籍等を活字媒体と呼ぶ。その活字文化を今なお誇らしげに語っているのが、文庫の巻末に麗々しく掲げられている「発刊の辞」なのだ。
岩波茂雄氏は1927年に書いた。「今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう」。
角川源義氏は1949年に書いた。「私たちは徒らに百科全書的な知識のジレッタントを作ることを目的とせず、あくまで祖国の文化に秩序と再建への道を示し、この文庫を角川書店の栄ある事業として、今後永久に連続発展せしめ、学芸と教養との殿堂として大成せんことを期したい」。
野間省一氏(講談社)は1971年に書いた。「いたずらに浮薄な商業主義のあだ花を追い求めることなく、長期にわたって良書に生命をあたえようとつとめるところにしか、今後の出版文化の真の繁栄はあり得ないと信じる」。
文庫を古典の廉価版から大量消費本へと変身させたのは角川だった。岩波は売れ行きによって文庫を数年で品切れにし、古書価の動向を見て復刊する。講談社は文庫の巻末に書誌を掲載することを数年で止めてしまった。いまや新潮・文春・朝日・ハヤカワ・創元・徳間・幻冬舎・ちくま等の各文庫が「発刊の辞」を掲げることをしていないのに、上記3文庫が恥を感じることなく今なお巻末に毎度毎度このような初志を掲載し続けていることは、痛々しくも頼もしいことだと思う。
(大内要三 2007年10月29日)
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