読む・読もう・読めば 20
一般国民の正義
ジャーナリストの大多数は、不特定多数の人々に対して、これだけは伝えたい、これだけは読み取ってほしい、という思いで書いたり発言したりしているのだ。だからいちばん不愉快なのは、「大衆はバカだから分かるわけがない」と断定されることだ。
次々と著作を世に出している起訴休職中外務事務官、佐藤優氏(鈴木宗男議員の事件に関連して起訴された)の透徹した頭脳と鋭利な文章には感心するが、違和感を覚えるのは、例えば彼の最初の著書『国家の罠』の次のような箇所だ。田中真紀子外相によって日本外交が混乱していたころのこと。「新聞は婆さん(田中真紀子氏のこと)の危うさについてきちんと書いているんだけれど、日本人の実質識字率は五パーセントだから、新聞は影響力を持たない。ワイドショーと週刊誌の中吊り広告で物事は動いていく。残念ながらそういったところだね。」幸いにこれは佐藤氏自身の発言ではなく、彼の「信頼する外務省幹部」の発言である。
しかし同じ本の別の箇所では、検察官との会話で、同じようなことが語られる。検察官「僕たちは、法律専門家であっても、感覚は一般国民の正義と同じで、その基準で事件に対処しなければならない」。佐藤「一般国民の目線で判断するならば、それは結局、ワイドショーと週刊誌の論調で事件ができていくことになるよ」。検察官「そういうことなのだと思う。それが今の日本の現実なんだよ」。佐藤「それじゃ外交はできない。ましてや日本のために特殊情報を活用することなどできやしない」。
佐藤氏は情報のプロではあるが、キャリアは20年にすぎない。その彼が外交は「国民の目線」ではできず、「特殊情報を活用」して初めてできることだ、と言うのだ。なぜなら国民は新聞記事を読み解く能力などなく、「ワイドショーと週刊誌の中吊り」で判断しているのだから、と。その情報のプロが国家の利益のために働いたことが「一般国民の正義」で有罪になるとは、と佐藤氏は言いたいらしい。佐藤氏の事件についてはここでは判断しないが、このような物言いはいかがなものか。(大内要三 2007年11月29日)

