読む・読もう・読めば 22
浮遊する団塊
1947年から49年にかけてこの国に生まれた者たち(出生数は約800万だが、現存しているのは約680万ともいう)を「団塊の世代」と名づけたのは堺屋太一さんだった。じつは団塊と呼ばれて一緒くたに扱われるのをもっとも嫌う(くせに大多数が没個性)のが本人たちであって、「みんなちがってみんないい」と言われたいのだ。大学進学率22%なのだから「全共闘」のひとりよがりなど片隅の話だし、専業主婦率が史上もっとも高い年代なのだから「自立」にもやや遠い。
ともかく便利な言い方だから、反発しつつも「団塊」の用語を使う。その団塊にデカい顔をされて圧迫感を覚えてきたであろう世代の三浦展さんは、『団塊格差』でこう書く。
「団塊世代は、中卒、高卒であれば、自分の意志で就職先や仕事の内容を決めることはまずなかった。大卒者ですら、理科系なら研究室単位で就職先が決まっていたし、文科系でも法学部を出て官僚になるというコースが厳然と存在した。……言い換えれば、ほとんどの団塊世代にとっては、実質的には職業選択の自由はなかったのだ。もちろん女性は男性以上に職業選択、進路選択の幅が狭かった。こうしたことに対する不満が彼らをして、子どもが自由に自分の好きな仕事を選ぶことを望ませたのであろう。」
結果、団塊の子の27%がフリーター、ニート、派遣であり、団塊自身も定年になってあらためて「自分さがし」を始める者が少なくないという。そうだろうな。なんか気の毒だがなんか気持ち悪い。
この60年間の日本社会の構造変化のうち、どの部分をどのように担ってきたのか、早くも自分史を書き始めた団塊には問いたい。時代に応じての変わり身をすべて正当化するような、あるいはヒトのせいにするような、開き直りの偽インテリ元サヨクは嫌いだ(むろん人ごとではない)。こうして「2007年問題」といわれた、団塊大量定年が始まった2007年は暮れる。 (大内要三 2007年12月28日)
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