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平権懇 2007年第5回学習会 戦時に向かう言論統制と日本国憲法の精神

2008/02/26

戦時に向かう言論統制と日本国憲法の精神⑧

20071215日 田島泰彦

抵抗の支えとしての日本国憲法

いずれにしてもいまの状況を見ると、ますます言論統制という面でも、戦時へと一歩一歩向かっている状況ですし、さらには戦時自体に足を踏み込む事態もあるというのは、残念ながら事実と言わざるを得ません。ただ、我々がこういう現実を仕方がないと黙っていなければいけないかというと、これは戦前とちょっと違うところがあるだろうと私は思います。

すなわち我々の憲法はいま改正のターゲットになっていますけれども、いまのところ憲法が変えられるという状況はないわけです。日本国憲法、とくにその中でも9条に書かれている平和条項、徹底的な非武装・非軍事の平和条項と、さらにいっさいの制限を受けない表現の自由の規定ですね、こういうものを我々が持っている限り、やはり非常に有力な抵抗の武器になるのではないか。

戦前の厳しい状況を考えると、明治憲法はそういう役割を果たすのはやはり難しかったわけです。それと比べると、先人たちの努力によって我々が作り上げてきた成果でもあるわけですけれども、我々は闘いに挑む武器というか手段を持ち得ているということですね。これはやはり我々がきちんと再確認すべきことです。日本国憲法があることによって多くの人たちに、いろいろ訴えることが可能なわけですね。とりわけ表現の自由という武器をもって、まあ表現に対する言論の規制は強まっていますけれども、全部なくなっているわけではもちろんないわけですから、そういうものも使って人々に働きかける、いまの事態が何であり、どうしなくてはいけないのかを言うことはもちろんできるわけです。そういうことを支えにして、いま向かっている方向に異議申立をして諍っていくということが、我々のすべきことかなと考えています。

状況は厳しいのは確かですけれども、そういうところを希望に持ってやっていくしかないかなというのが、いま思っていることです。

[付記]

軍事をも含む言論・メディア統制については、私の下記の文献を参照されたい。『この国に言論の自由はあるのか表現・メディア規制を問う』(岩波ブックレット・2004)、「統制される言論とジャーナリズムから遠ざかるメディア」法の科学38(2007)

なお、GSOMIAについては、福好昌治「軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の比較分析」レファレンス200711月号も参照のこと。

2008/02/25

戦時に向かう言論統制と日本国憲法の精神⑦

20071215日 田島泰彦

GSOMIAの成立と今後の動向

GSOMIAというのはあまり耳慣れない言葉かもしれませんけれども、こういう日米の軍事的な秘密保護協定が、今年の8月に成立しました。私は条文を早く知りたかったんですけれども、どこの官庁のウェブサイトのどこの部分に掲載されているかがなかなか分かりづらくて、少し時間がたってやっと分かりました。「秘密軍事情報の保護のための秘密保持の措置に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定」というものです。

GSOMIAというのは、ある種の総称的な中身でして、General Security of Military Information Agreement というのが英語の表記です。日本語で言えば「軍事情報包括保護協定」です。

一部のメディアは多少報道しましたけれども、あまり大きな報道はされていないので、多くの人たちが認識しているというのとはかなり違う事態だと思います。ただしこれはかなり大事な問題で、今後の日本の秘密保護法制がどういう形で動いていくか、そのもっとも重要な根拠的な規定になっていく可能性があるわけです。

これはいったいどういうものか。アメリカは他の国とGSOMIAという一連の協定を二国間協定として結んできました。60数カ国がこういう協定を米軍と締結していると言われています。ただそのうちの20数カ国は協定の中身も秘密にしているので、克明に全部を調べることはできません。

何のために協定を結ぶかというと、基本的には米軍と他の国との間で相互に軍事秘密を提供した場合に、了承も得ないで勝手に第三国に提供したり等々ということがあるとまずいと、だから秘密保護を両国間でしっかり保護しましょうという話です。しかし向いている方向は、アメリカから他の国への情報提供が主要な側面ですね。アメリカに対して他の国が情報を提供することは少ない。相互の協定ですから、秘密保護のシステムは相互に守らなくてはいけないんですけれども。

しかもこのシステムが大事なのは、個別的な問題ではないということです。提供された軍事秘密についてはいっさいの保護の対象にするという協定です。あらゆる提供された軍事情報を包括的にカバーするということです。日米安全保障協議委員会でこの構想が議論されて、この810日に正式に日米間で合意されました。

その概要を言いますと、ひとつは先ほど言ったように、軍事情報を譲渡した国の了解なしに受領した国が第三国にその軍事情報を譲渡してはいけないということです。条文で言うと、第6条のaからfまでに書かれています。

2番目に非常に大事なことは、ではどういう形で提供された情報を保護するかという話です。譲渡した国と同程度の保護の措置をとらなければいけないというルールになっています。アメリカが日本に対して軍事情報を提供したとき、提供された日本の政府は、アメリカが自国で情報を保護しているシステムと同じような程度できちんと保護しなくてはいけない。アメリカには防諜法という法律がありますが、これはかなり厳しい法律で、刑でいうと10年くらいの刑ですね。しかも軍人だけではなくて、一般市民も軍事秘密を漏らした場合には対象になります。

ではここでいう秘密軍事情報とは何か。第1条、定義の規定のいちばん最後のところを見ていただきたいんですけれども、「秘密情報は口頭、映像、電子、磁気若しくは文書の形態又は装備若しくは技術の形態をとることができる」。なんでもみんな保護の対象だと書かれているわけですね。

さらに秘密区分についても、譲渡した国のレベルに合わせて受け入れた国のなかで扱わなければいけない。アメリカには秘密区分が3つあります。第4条のところに「同等の秘密としては次の通りとする」と書いてあります。top secret, secret, confidential というんですね、重要度に応じて。だからそれに相応して日本側も秘密指定をしなければならないと書いてある。

注意が必要なのは、この協定は今年8月に結ばれたということです。先ほど言った今年7月の「秘密保護と保全に関する訓令」では、日本の国内の省秘は秘だけになっている。そういう変動したときに日本のほうでどういう扱いをするのか、検討の余地はあると思います。

あと条文のなかで注意をしていただきたいのは、第7条の部分と、第16条の部分です。提供された軍事的な秘密情報に、誰がアクセスできるのかということについて、かなり詳細に書かれています。7条では公務員、16条のほうは契約企業、要するに民間企業で秘密の軍事情報にアクセスできる、そういう人についての規定です。両方とも共通して大事なことは、秘密軍事情報の取扱資格をきちんと明確に定めて、そういう資格がない人は、その人がどんな地位がってもアクセスできないということです。これをクリアランスと言っているようですけれども、要するに秘密の軍事情報へのアクセスをきちんとしたシステムにする、秘密軍事情報取扱資格を整備して、その人たちだけが情報に接することができるシステムを日本でも作るとことを要請しているということです。

それではいったいなぜ、こういう日米の軍事情報の秘密保護の新しい展開が見られるようになったか、その背景の問題です。

従来、政府は必要がないとは言っていないが、作るつもりはありませんと国会答弁で言っていたんですけれども、にわかに作ることになったんですね。その背景は何かというと、ひとつはやはり日本とアメリカの軍事協力の進展です。アメリカというよりもアメリカの軍事戦略に日米が深くコミットし、協力をしていくという、日米の軍事的な一体化の方向に向かって動いている。

従来、日米の関係の中心的なモチーフは何であったかというと、基地の提供がひとつ、もうひとつはお金の提供です。そういうスタイルは対等に向かうというよりも、上と下の関係ですね。しかしそれだけでは足りない、パートナーとして日本が軍事的な役割を強め、アメリカとの軍事的な関係をより一体化する、軍事作戦も含めてやっていくということになると、これはたんにお金の問題とか基地だけの問題ではなくなります。軍事作戦を一緒に推進し展開していくためには、軍事情報の提供が不可欠です。すると、提供された情報をみだりに漏らされては困る。みだりにというのは、他の国だけではなくて、国民とかメディアを含めてのことですが、そういうものからちゃんと守る必要がある。それがひとつです。

もうひとつの背景は、それとも密接にかかわりますけれども、ミサイル防衛システムの日米共同開発をはじめとする日米の防衛企業の関係の進展です。たんに政府だけが軍事情報を共有しようという話ではなくて、さまざまな企業による軍事技術、さまざまな形の装備の展開での協力を、どんどん強めているわけです。こういう日米防衛企業の協力関係を背景にして、お互いに必要な軍事情報を共有して守るというふうになる。

では結果として日本の今後の軍事秘密法制がどういう形で動いていくかというと、端的にいうと、現行の日本の国内法をもっと強化するというのがひとつです。もうひとつは、まだ作られていない立法措置について、新しい法律を作る必要がある。例えば国会議員に対して軍事情報保護について規制をストレートにできるようには、なっていないわけですね。いちばん新しいところで言うと、秘密保護新法というのを考えていく必要があるのではないかと言われています。これは何かというと、軍事転用可能な技術リストを作成して、公務員に対しても罰則を強化する、さらには軍事転用可能な技術リストを漏らした民間人を法律で規制する。要するに秘密保護新法を作る必要があるのではないかということです。

最終的にはアメリカの防諜法のような方向で、日本の新しい秘密保護法制を再編し、強化していくことは必至だろうと思います。

2008/02/24

戦時に向かう言論統制と日本国憲法の精神⑥

20071215日 田島泰彦

軍事秘密の再編

そういうことも踏まえてさらに、日本の軍事秘密が再編成されていきます。

従来は自衛隊の秘密というのは、まず庁秘という類型のもと、先ほど見たような自衛隊法に定めるような秘密がありました。秘密の区分については「秘密保全に関する訓令」というのがあって、機密、極秘、秘という形で定められていたわけです。それともうひとつ防衛秘密というのがあって、MSA秘密保護法、すなわちアメリカから提供された装備品などについての秘密があります。さら3つ目は米軍の秘密、これは刑事特別法に定められている。この3種類の秘密があったわけですね。

それが9.11以降の状況も踏まえて、次のような形で再編されました。細かく4つに分かれたわけです。ひとつは省秘です。最新の訓令は今年(2007)7月に改正されたものですが、そのなかで省秘については、従来あった秘密区分、機密・極秘・秘とあったのを機密と極秘は廃止して、秘だけにするという扱いになりました。

では機密と極秘はどうなったかという話ですが、秘密性の高いものについては新たに防衛秘密、すなわち2001年に自衛隊法改正で作った防衛秘密のなかに統合されることになった。従来のMSA秘密保護法の防衛秘密は、現在は防衛秘密ではないわけです。現在の防衛秘密は2001年の自衛隊法改正、96条の2によって作られたということになります。MSA秘密保護法のもとで米軍によって提供された装備品等についての秘密は、新たに特別防衛秘密に変えられました。そして刑事特別法に定める米軍の秘密は、従来のままです。

こういう4つの秘密に再編・整理されました。

なお特別防衛秘密と米軍の秘密は、省秘や防衛秘密と異なっています。どこが異なっているかというと、探知・収集も犯罪の類型として対象とされているということです。探知・収集の行為ですから普通の市民も対象とされて、しかもかなり重罰が課されます。例えば秘密を漏らした場合、確か最高刑は10年ですね。

イージス艦の自衛官が逮捕される事件がありましたが、あれはどこに該当するかというと、MSA秘密保護法に基づく特別防衛秘密を漏らした、という類型になります。

2008/02/23

戦時に向かう言論統制と日本国憲法の精神⑤

20071215日 田島泰彦

防衛秘密法制の成立

時間がオーバーしましたので手短に、軍事秘密保護の問題に入っていくことにします。

軍事秘密保護をめぐっては、とりわけ9.11以降、非常に大きな再編と強化がもたらされてきました。直接のきっかけは防衛秘密法制の成立、自衛隊法改正の問題です。

従来自衛隊の秘密を保護するシステムが現にあったわけですが、これは一般の国家公務員が職務上知りえた秘密を漏らしてはならないというのと同じで、自衛隊法のなかに自衛隊員の守秘義務の規定があった。この秘密というのは服務規程としての秘密であって、それをさらに超えて防衛秘密という形で秘密の保護と強化をはかるというのが、2001年の自衛隊法改正の動きに連なります。

分かりやすく言うと、かつて議論した国家秘密法、そのある種のミニチュア版を作るということです。国家秘密法を成立させるのは非常に難しかったわけですが、格好の9.11という出来事が起こって、ほとんど議論しないままに自衛隊法改正によって新たな国家秘密法の枠組みの一部が、全部ではないんですけれども、できてしまった。

具体的に言うと、防衛庁の長官、現在は防衛省の大臣ですけれども、それが一連の防衛秘密を指定する権限を与えられる。自衛隊法96条の2です。「長官は、自衛隊についての別表第4に掲げる事項であって、公になっていないもののうち、我が国の防衛上特に秘匿することが必要であるもの……を防衛秘密として指定するものとする。」

別表の第4というのが防衛秘密に指定される情報の項目と内容です。1から10まであります。自衛隊や防衛に関する情報は、ほとんど全部、基本的にはカバーされているということになります。

これが単なる服務規程ではないのは、自衛隊員だけがこの防衛秘密を守らなければいけない、漏洩してはいけないということだけではないんです。防衛秘密にかかわりのある人たち、一般の国家公務員も規制の対象なんですね。さらには公務員だけではなくて、防衛庁と取引をしている民間部門の防衛産業に従事している人たちも規制の対象にされる。しかも処罰もいろいろな形で拡大されて、未遂罪も対象になる。過失犯も対象になる。さらには国外犯も対象にする。さらには防衛秘密を漏洩する行為に対して、共謀した人も処罰の対象になる。処罰はさらに重罰化して、従来の自衛隊についての秘密では懲役1年以下だったのが、最高は5年になりました。

これによって自衛隊の情報が出にくくなるということだけではなくて、自衛隊に対して市民やメディアがはたらきかけるような行為、取材行為や調査活動についても法律の網が広くかけられることになるわけです。

2008/02/22

戦時に向かう言論統制と日本国憲法の精神④

20071215日 田島泰彦

憲法改正と言論統制

3つ目は憲法改正の問題です。表現の自由の問題は、憲法改正の非常に重要なアイテムになってきました。9条だけが憲法改正問題のターゲットではなくて、21条の表現の自由を改変するというのも、非常に大事なテーマになってきた。

ストレートに21条に制限をつけようというのは、なかなか難しいですね。戦前の明治憲法のように言論の自由を法律の範囲内にとどめるというのは、そう簡単にはできない。けれど他の手段を使うと、いろいろな形で制約ができることがあります。いちばん有力なのはプライバシーの権利を使うことです。プライバシーの権利は今のところ日本国憲法に書いてないので、それを明示的に導入する、これがいちばん有力なやり方だと思います。

これについては、どこの政党も賛成しています。共産党と社民党は別で、憲法改正自体に反対ですが、民主党も公明党も自民党も、みんな賛成しているわけです。国民世論も、かなりの率でプライバシー権導入に賛成です。しかしここで言うプライバシーというのは、権力を縛るためのプライバシーではまったくない。住基ネットなんていうとんでもない制度を政府が作ってけしからんから、憲法にプライバシーの権利をちゃんと入れて、政府による国民のプライバシー侵害をやめさせようということならまだ話は分かるけれども、そんな議論は全然していません。

すなわち言論の自由とか表現の自由、あるいはメディアに対する有力な規制、それを縛るものとしてプライバシー権を作ろうという話になるわけですね。言論統制のためにプライバシーを憲法改正という手段でやってくる。いちばん国民には、憲法改正に抵抗がない問題なんです。新しい人権はいいとか、プライバシーはいいことだとか、そういうことで国民にも受け入れられる。

9条からいきなり憲法改正するというのは、安倍さんがコケたということもかかわりますけれども、おそらくやらないと思うんです。まずいちばんやりやすいところで改正の実績を作る、そういうやり方になってくる。

もうひとつ注意しなければならないのは、9条改変がもたらすこと、すなわち平和主義が変えられるということがもたらす表現の自由にとっての意味です。例えば自衛隊を正規の軍にしていくというようなことを、自民党の新憲法草案も、あるいは読売新聞社の提案もしている。9条改変がなされるということは、言論の自由の問題と非常に深くかかわるわけです。はっきり言って憲法に正式に軍隊が正面から掲げられるということは、言論統制の重大な理由、後ろ盾が公然とできるということです。戦前もそうですし、他の国もだいたいそうなんですね。言論の自由は大事かもしれないけれども、国の安全とか戦争ということになったら、それは制限されても仕方がないという、いちばん究極の根拠になるわけです。

その意味で、軍事秘密をもっと強化しようとか、自民党の新憲法草案では軍法会議まで作ると言っているわけですから、そうなればもういろいろな理由をつけて言論の規制・統制を大手を振ってできる。いま自衛隊はまだ曖昧な状態ですから、なかなか軍事を根拠にというのは、ある時点までしかできないところもあるんですね。憲法を改正すれば、一気にそれを突破できるということだと思います。

2008/02/21

戦時に向かう言論統制と日本国憲法の精神③

20071215日 田島泰彦

有事法制とメディアの指定公共機関化

2番目は有事法制をめぐる問題です。有事法制全体が、戦時のための法制度をいかに作るかという話だったわけですが、そのなかにメディアも公然と組み入れられることになっていったわけですね。

いちばん大きいのは、いわゆる「指定公共機関」という仕組みです。すなわち有事法制を支えるのは政府と自治体だけではない、民間のある種の公共的な、あるいは国民に重要な影響を与える機関には、有事法制を支える部隊として必要な措置を政府が求めなければいけないという、そういう仕組みを作ることになった。そしてそのなかにメディアも取り込むことになったわけです。

最初に、有事法制の大枠を作った法的な枠組みである武力攻撃事態法で、指定公共機関の仕組みが作られていきます。第2条の「日本放送協会その他の公共的機関及び……公共的事業を営む法人で、政令に定めるもの」、これが指定公共機関とされたわけですね。NHKはもう明示的に書いてあって、それ以外の公共機関も含むというふうにされた。第6条では指定公共機関は、「国及び地方公共団体と相互に協力し、武力攻撃事態への対処に関し、その業務について、必要な措置を実施する責務を有する」と書かれた。それを受けて14条では内閣総理大臣はそうした措置につき総合調整を行い、15条ではさらに指示を出し、自らまたは関係大臣を指揮して措置を実施する。こういう枠組みが作られたのですね。

そしてそれを踏まえて2004年になって、国民保護法が作られて、指定公共機関の制度の詳細は国民保護法で定められることになったわけです。

指定公共機関、それから指定地方公共機関というのは地方ですが、放送局なども含め対象とされた。指定公共機関のほうは政府により政令で指定されるキー局とか准キー局で、これは16ありましたが、最終的には全部受け入れます。指定地方公共機関は知事によって指定するというふうになった。

指定公共機関や指定地方公共機関は何をするかというと、国民保護に関する政府の基本方針や都道府県の計画に基づいて、まず「国民保護のための業務計画」というのを作らなければいけない。そういう業務計画を作るとともに、武力攻撃事態等対策本部長(首相)による警報、都道府県知事による避難の指示、さらには都道府県知事による緊急通報を、放送しなければいけないという義務づけを負うということになりました。単にアドバイスとかではなくて、義務として命令に服する。すなわち政府の有事体制の一画にそういう形で放送局が受け入れられるということになるわけです。

で、中央も地方もすべて政府が望んだ局は、最終的には全部、受け入れました。地方の放送局には多少の批判や抵抗もありましたけれども。

2点だけこの問題について留意が必要だと思います。

ひとつは、有事法制問題というのは実は有事だけの話では全然ないんですね。有事のために平時に何をするかというのが、有事法制のひとつの柱です。すなわち有事のときにどうするかを念頭に置いて、業務計画を平時に作る。放送局はもう作っているわけです。

また有事になったときに何かしようとしても、何もできない。有事を想定して平時に訓練をするという話になります。もうすでにやっているわけです、日本の各地で。例えばテロリストが襲来したら、どのように避難をしてどういうことをやるかと。そのなかでメディアにも協力させているわけですね。訓練にはいろいろ問題もあるし批判も一部にありましたが、そういうことは全然報道も放送もしないで、いかに有事の訓練をうまくやれたかということを延々と流すようなことをやっているわけです。

もうひとつ注意しなければいけないのは、メディアで指定(地方)公共機関になっているのは放送局だけということです。しかしこの枠組みが永遠に固定化されるわけではない。新聞社とか他のメディアの人たちはやれやれと思っているかもしれませんけれども、じつは武力攻撃事態法のなかでは放送だけが指定公共機関になるなどとことは、全然書いてないんですね。「公共的機関及び公益事業を営む法人で法令に定める者」が、基本的には指定公共機関になりうるわけですから、いろいろな状況が生じてくれば、新聞社や通信社も当然必要になってくるわけです。

さらに、放送局が指定公共機関になって規制を受ける、あるいは命令に服することになったときに、新聞社が無縁の存在としていられるか、という話です。国の大事のときに政府が放送局に対して、これをしなさい、あれをしなさいと言うときに、あるいはこれをやったほうがいいですよということも含めてやられたときに、自分のところは別ですということを新聞社が毅然と言えるかどうか。先ほどのイラク戦争の取材ルールは、放送も新聞も一緒に検閲を受け入れたわけですね。ひとたび放送が政府の支配下に置かれたときに、おそらく新聞もそれに抵抗するのは易しいことではないだろうと思います。しかも新聞と放送は提携の関係があるわけですね。

他の国の例を見ると、戦時的な規制を念頭に置いた法律を作ったときに、それを支えるためには、法律では厳しい規制はなかなか難しいけれども、自主的なレベルだったらやれる可能性がある。

イギリスの場合は、政府と主要なメディア機関がインフォーマルに自主規制のシステム、DAシステム(Defense D)をかなり前から作っている。これは法律に根拠がある制度ではないし、強制力がはたらくことはもちろんないんですけれども、事実上は政府とメディアが国防に関する問題のありそうな情報をどうコントロールするかということを、自主規制でやってきたんです。もしかしたらそういう仕組みがある時点で動き出す可能性も十分秘めていると思います。

2008/02/20

戦時に向かう言論統制と日本国憲法の精神②

20071215日 田島泰彦

イラク派兵と取材・報道ルール

自衛隊がイラクに派兵された際に、メディアの取材や報道について厳格な規制、ルールというのが作られて、それに非常に大きな影響を受けてイラクの報道・取材がされるようになりました。2004年です。これは皆さんおそらくご存じのことと思うんですが、ただ当時の報道からいうと、そんなにメディアは大きな扱いをしなかったんですね。ルールができたときに、メディアによっては大きな扱いをしたところもありますけれども、それを系統的に大きくかつ何度も伝えていくというやり方は取っていない。

2004年の311日ですが、日本新聞協会と日本民間放送連盟、要するに新聞と民放を束ねる業界団体ですけれども、ここが窓口になって、防衛庁と協議をして、一連の自衛隊取材に関するルールというのを決めました。それまでずっと協議していたわけですね。

具体的には4つルールを作りました。「イラク人道復興支援活動現地における取材に関する申し合わせ」というのがひとつです。2つ目が「『イラク人道復興支援活動の現地における取材に関する申し合わせ』に基づく日本新聞協会、日本民間放送連盟と、防衛庁との確認事項」です。3つ目が、これも長いですが、「イラク人道復興支援活動に係る現地取材について」という、これは防衛機関あて防衛庁長官官房広報課長の名前で出したルールに係わる資料です。それから4つ目が、「イラク及びクウェートに所在する自衛隊部隊に係る立入制限区域への立入取材申請書」という、防衛庁長官官房広報課長あてで出した文書です。

相当な分量もあるものなので、今回すべてこと細かに述べることはできませんけれども、要するに何なのかといえば、ある種の戦時的な情報統制のためのルールということです。戦時の典型的な情報統制ルールは検閲です。軍にとって都合が悪い情報は報道させない。そういう検閲のルールも、しっかり含まれています。

しかも非常に大事なことは、防衛庁なり自衛隊なりが強権を発動して、情報のコントロールを押しつけるということだけではないんですね。防衛庁がそのことを望んでいたわけですけれども、それをメディアが受け容れたということです。だから合意したルールになるわけです。

検閲に関する部分について、先ほど挙げた2つ目の資料の「情報の取り扱いに関する事項」の部分を見ますと、非常に明確なルールが書かれています。

「……現地部隊」、これはサマワに行った自衛隊を指していますが、「の生命及び安全の確保並びに現地部隊の円滑な任務遂行に関係する情報については、……報道によって安全確保等に悪影響を与えるおそれがあり得ないことを十分に確信した上で報道します。」

これはまだ序の口であって、その後。

「なお、下表右欄に例示する安全確保等に悪影響を与えるおそれのある情報については、防衛庁又は現地部隊による公表又は同意を得てから報道します。」念を入れて( )の中に、「それまでの間は発信及び報道は行われません」。

すなわち、自衛隊にとって「悪影響を与えるおそれのある情報」について事が生じた場合は、防衛庁がOKを与えないと報道してはならないと言っているわけです。要するにこれは軍の検閲です。

その「悪影響を与えるおそれのある情報」として表に書いてあるのが10項目、厖大な対象です。例えば8番目を見ると、自衛隊の「隊員、家族等の個人情報」が書かれています。9番目を見ると、「地元住民・部族等との信頼関係を損ねるおそれのある情報」、その例としては「地元の宗教・社会・文化の観点から特に反感を持たれるおそれのある隊員の日常の行動」。さらに10番目には「その他、防衛庁広報課又は現地部隊が別途具体化する事項に関する情報」、その例として「部隊及び隊員に係る練度、士気その他の無形の要素であって、実際に発揮し得る能力の低下又は要求水準以下での停滞を惹起しているもの」まで含まれているわけですね。

この表をトータルに眺めてみると、かなり包括的です。例えば向こうの人が自衛隊員を殺傷したというようなケースは、幸いに実際にはなかったようですが、「悪影響を与えるおそれのある情報」のカテゴリーに当然入ってくるわけですね。このルールにのっとると、報道がされない可能性が非常に強かったわけです。自衛隊員がテロリストでも何でもない普通の市民を間違って撃った場合でも、これもおそらく「悪影響を与えるおそれのある情報」のカテゴリーに入ってきますから、簡単には報道されることにはならない。そういうあからさまな防衛庁や自衛隊による情報のコントロールがこのルールのなかに謳われていて、しかもメディアがそれを是認したわけです。

ストレートに戦時的な状況であっても、報道や言論に検閲を行うというのは非常に問題になる事柄です。戦時には仕方がないという考え方は一方ではあるかもしれませんけれども、実はそういう状況になったときこそ軍が何をするか分からないわけですね。情報を意図的に出したり、あるいは情報操作するためにコントロールしたりということが、いちばんやりやすい状況になる。

自衛隊のイラク派兵は、有事法制の下、有事が発動されている状況ではないわけです、形式的には。政府は非戦闘地域に人道復興支援で行っている、まったく戦争とは違うと言ってるわけですね。しかし実際にはきわめて戦時的な検閲、戦時情報統制がもう、きわめて乱暴になされた。

さらに4月になってイラクで日本人の拘束事件が起こりました。防衛庁はサマワに行っている日本のメディアに対して避難勧告をして、C130輸送機を差し向けた。大半のメディアの記者はそれに乗り込み、それに乗り込むはのはまずいと思った若干のメディアは、タクシーを雇って陸路を行ったのですが、基本的には日本のメディアは415日の時点でみんなサマワからいなくなったんです。つまり陸上自衛隊が行ってから帰るまでの大部分の期間は、現地で取材・報道する日本のメディアがいないなかで、あの歴史的なイラクへの自衛隊派遣というのがやられたということです。

サマワからメディアが撤退してしまったために、いろいろな問題が起こりました。基地のなかに砲弾が飛んできたことも何回かありました。しかし実際にそれがどうなっているかということは、防衛庁・自衛隊の情報しか公にされないんですね。第三者の目でメディアがチェックするという機会がそもそもない。これではかつての我々の国の状況と、隔たりがないわけです。すなわち、かつての戦時中に大本営発表を右から左にただ受けてメディアが流す、具合が悪いことは当局に隠されている、それとまったく同じだということですね。

もう何十年も前に、大本営発表はインチキで真実のカケラもないと、日本の国民は肌で感じたし、あんなことは絶対にしてはいけないというふうに思ったはずですね。ところが何十年かたって、それとほぼ同じようなことをやっているわけです。やはり戦時ではないのに戦時的状況がみごとに生まれている、ひとつの典型的な側面というふうに私は思います。

有事でも戦時でもないのに、有事的状況、戦時的状況が言論の取材・報道というレベルで生じてしまったら、いったい本当の有事や戦時になったらどこまで行くのかという話ですね。ですから、このイラク派兵についての報道ルールをきちんとメディアも検証して、なぜこんな状況になったのか本気で反省をしないと、ズルズルまた行くのではないかと思います。

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2008/02/19

戦時に向かう言論統制と日本国憲法の精神①

平権懇 2007年連続学習会 第5

20071215日 田島泰彦

はじめに

表題は「戦時に向かう言論統制と日本国憲法の精神」となっていますが、日本の今の言論の自由とか表現の自由が、とくに有事に関する問題であるとか、あるいは戦時的な動向とのかかわりでどうなっているのか、どういう方向にいま向かおうとしているのかということが全体のテーマです。日本国憲法とのかかわりは、おそらく充分に議論できないと思いますが、最後のところで少し触れるという程度にしたいと思います。

本論に入る前に2点ほど少し話をさせていただきます。

ひとつは、いま我々がいるこの国の状況を、どういうふうに私は認識しているかということです。

後で具体的に触れますけれども、例えば有事法制というのが作られた。2003年に最初の武力攻撃事態法ができました。あるいは自衛隊がイラクに行くということも起こりました。だから、かなりきな臭いなと、とくに戦前の経験を持たれている方などは、相当危ないところまで来ているなと、多くの人が認識しているかもしれないですね。ただそうは言っても、戦時とか戦時的状況というのは今とは違うだろうという認識が、一般的には依然としてあるのではないか。

しかし私は表現の自由とか言論統制の問題にかかわってきたので、有事とか戦時とかは遠い先の話ではないなと思います。確かにいま具体的に日本で有事法制が発令されているわけではありませんが。今日は「戦時に向かう」という表題ですが、これはかなり穏やかな表現であって、シビアな見方をすると、もう我々の国自体が戦時のある部分に入っていると、すなわち我々の立っている足のどこかの部分で、もう踏み込んできているかなというのが、私の率直な認識です。

自衛隊が武器を持って紛争地帯に入っていく、紛争地帯で活動するということがあった。これまでにも湾岸戦争でもアフガニスタン戦争でも自衛隊派遣がなされたのは事実です。しかしこの段階で自衛隊がイラクに公然と行くというのは、やはりかなり重要な意味を持っていたというふうに思います。海外に出かけて行って軍隊が活動するというのは、かなり重要なメルクマールですね、実は。自衛隊ができたときに参議院で国会決議があって、自衛隊が外に出さないと全会一致で決めた。数十年の過程のなかで、違う事態が生まれたということです。

しかも有事法制の議論は1970年代の後半ぐらいから始まったわけですけれども、このときは少なくとも研究の段階なんですね。実際に有事法制を作って我々の国をどうするということは、全然次元の違う話だったはずです。しかし小泉首相は9.11事件の直後の段階で、有事法制を作る必要があると国会で明言した。従来の経緯からして簡単にはできないだろうと私たちは思っていたところが、2年たって有事法制ができたわけです。武力攻撃事態法という大枠がまずできて、その後国民保護法ができて、有事法制の整備が一気に進んだ。

有事法制という言葉では明確ではないんですけれども、要するにこれは戦時の特別の仕組みです、平時の話ではなくて。ひとたび国が攻撃される等の事態、戦時的な状況が生じたときに特別の強力な国家体制を用意し、かつ平時には保護されてしかるべき市民の自由や権利が制限できる、そういうシステムが公然とできたということになります。

実はこれはメディアも非常に深いかかわりを持っています。一連の言論的な統制・規制が次々に始まっています。イラクの取材・報道統制もそのひとつですし、市民のレベルでも、イラク派兵について批判的なビラを配ったら逮捕されて起訴される、そういうことが平然と行われている。そして最後は憲法改正の問題まで行き着くわけですね。

憲法改正というとだいたい9条はどうなりますかという話になりますけれども、それは本丸であるのは確かですけれども、実は表現の自由をどうするかというのも非常に大きなテーマで、表現の自由自体が憲法問題であるわけです。

こういう一連の事態を見ると、これは普通のときの話ではないんですね。やっぱり有事とか戦時ということを頭に置いておかないと正当化できるような話ではない。非常に特徴的な、戦後の日本を画するような事態が一気に、とりわけ9.11以後に進んでいる。ですから、もしかすると変な方向に行くのではなくて、かなり恐ろしい方向にもう動いている、足跡がひとつ一つ重なりつつあるという段階かなと思います。

さて、そういうことを私の認識としてお話をした後で、具体的には2つ、議論しておきたい。戦時的な言論状況、言論統制というのは、いったいどういう状況になっているのか、というのがひとつです。それからもうひとつは、軍についての秘密保護のシステムの強化とか整備ですね。限られた時間ですけれども、議論をしていきたいと思います。

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