自衛隊イラク派兵違憲訴訟 定点報告13 ①
「自衛隊イラク派兵差止北海道訴訟」一審判決に対する弁護団見解①
「自衛隊イラク派兵差止北海道訴訟」の第1審の判決が昨年の11月19日に示されました。「イラク派兵違憲訴訟」の発端の訴訟でもありますので「弁護団の見解」をご紹介します。なお、訴訟は控訴されています。
判決に対する弁護団の見解(記者会見での説明要旨)
1.2007年11月19日午後1時10分、札幌地方裁判所民事1部(竹田光広裁判長)は,04年1月28日に元自民党代議士・防衛政務次官の故箕輪登氏が提起した自衛隊イラク派兵差止等請求訴訟について、派兵差止については請求却下,損害賠償(慰謝料)請求については請求棄却とする不当判決を言い渡した。
判決に立ち会った原告らは、札幌高裁に控訴する意向を明らかにした。
2.本訴訟は、自衛隊のイラク派兵は、自衛隊創設以来の政府見解である「専守防衛」に反するとして、他ならぬその政府・与党に籍を置いてきた箕輪登氏が提起した訴訟である。その後、憲法9条と自衛隊に関する憲法解釈の違いという「大異」を留保し、「自衛隊の海外派兵は違憲」という大同で一致する道内32名の有識者が追加提訴した。
本年9月結審までの3年7か月,米英が開始したイラク戦争が国際法違反の侵略戦争であること,自衛隊の活動実態は憲法9条が禁止する「武力の行使」にあたること、「人道復興支援」という虚構の下に行ったイラクの人々に対する戦争加害行為を、のべ26名の原告意見陳述、1439点の書証,箕輪登氏と山田朗氏の証人尋問なとによって明らかにし,憲法が国民に保障した「平和のうちに生きる権利」が侵害されたとして、自衛隊イラク派兵の違憲性を真正面から訴えてきた。裁判官に対し、今こそ憲法の番人としての職責を果たすよう求めた。
しかるに、判決は、平和に生きる権利の具体的権利性を認め、自衛隊の海外派遣が違憲判断の対象になり得ることを一般論として認めた今年3月23日名古屋地裁判決から大きく後退する内容であり、厳しく批判せざるをえない。
3.判決は、原告らの差止請求が、「行政権の行使の取り消し、変更又はその発動を求める請求を包含するもの」であるから、民事上の請求としては差止請求が認められる余地は無いとして、不適法であるとした。
しかし、行政法上の救済規定がないからかような法律構成をしたのであり、かかる法理を認めた判例もある。今回の判決の立場は、憲法を守るべき司法府が、下位法に規定が無いことを理由にその職責を放棄するという、「法の下克上」を認めるものであり、到底容認できない。
4.判決は、憲法前文と第9条の「恒久平和主義が憲法が希求する極めて重要な理念であることはいうまでもなく、平和のうちに生存することは、平和的生存権の保障の基礎的な条件であって、人権の保障と平和の維持が密接に関連するものであることは否定できないところである」と言いながらも、その具体的権利性については「そもそも、原告らの主張する平和的生存権にいう『平和』とは、理念ないし目的としての抽象的概念であって、その内包する内容も多様なものであるし、その外延も必ずしも明確なものとは言い難い。『平和』とは、必ずしも個人の内心において達成し得るものではなく、他者との関係も含めて達成し得るものであって、これを達成する手段、方法も多様なものであると言わざるを得ないのであるから、憲法前文の定める「平和のうちに生存する権利」自体から、個々の国民が有する平和的生存権の具体的な意味・内容を直接に導き出すことはできない」とし、にべもなく否定した。
これは、原告らが全力をあげて主張・立証した「人権の中の人権」としての平和的生存権の意義と内容を真摯に検討することを放棄し、さらに、平和を「個人の内心」の問題に矮小化し、挙げ句、「他者との関係も含めて達成し得るものであり、これを達成する手段、方法も多様なものである」と言うに至っては、憲法の非戦・非武装の規範すら忘れ去り、武力による「平和」実現も許容しかねない言い方である。この無思慮、無定見に慄然とする。
5.さらに判決は、原告らの被侵害利益としての生命・身体,自由、幸福追求に対する権利について、「原告らが,平和のうちに生きたい、戦争行為や人殺しには加担したくないとの心情を被ったとしても、その苦痛そのものは、多数決原理を基礎とする間接民主主義の下において、国家が決定、実施する措置、施策が自ら信条や憲法及び法解釈に反することによって生ずる個人としての反感、不満、不快感、焦燥感、挫折感等の感情であると言わざるを得ない」と、切って捨てた。
わが憲法が裁判所に違憲立法審査権を付与したのは、多数決原理に基づく立法・行政行為により違憲行為が行われ得るからこそである。あのヒトラ-政権でさえ、当時最も民主的とされたワイマ-ル憲法の間接民主制の下で成立したものだった。この間接民主制の落とし穴を、人権保障を基本とする「法の支配」により克服することが、戦後国際社会と立憲国家のテ-マであった。今回の判決は、少なくともわが憲法の恒久平和主義に関し、司法府の行政府に対するチェック放棄の宣言であり、司法の自殺行為である。
その裏返しとして、判決は、原告らの主張を政治的少数者の「反感、不満、不快感、焦燥感、挫折感等の感情である」と決めつけた。「戦争に加担することを拒絶する権利」の本質は、再び「侵略した側」として歴史に刻まれたくないとする戦後平和憲法の下で培われてきた日本国民のまっとうな「平和を求める良心」である。戦争体験の有無や年齢、宗教や職業など人によってバックボ-ンは異なっても、大多数の国民が共有するいわば「公的良心」とも言うべき性格を有し、その内容は明確である。この探求を放棄し、様々な分野の第一人者の訴えを、低俗なレベルでしか理解できない裁判官には、もはや人権や平和を語る資格がないとさえ言えよう。
(杉山隆保・2008/01/11)
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