読む・読もう・読めば 23
看板と中身
昨年、国民投票法がさまざまな制約を課されてかろうじて成立することにより、表だっての憲法改正は遠のいた。昨年の政局を単純化して言えば、「9条の会」が安倍改憲政権を打倒したのだ。しかし今年に入って、インド洋で侵略戦争遂行国のためのガソリンスタンドを再開する法案が成立したように、私どもの国家は戦争協力国、戦争参加国であることを続けており、憲法9条という看板の裏はあまり人様にお見せできるものではなくなっている。
丸山眞男は1964年11月の憲法研究会で、「憲法9条をめぐる若干の考察」と題して次のように語った。
「1928に締結され、日本自身も加わった『不戦条約』においては、第1条で『締約国は国際紛争解決のため戦争に訴えることを不正とし、』かつ『国家政策の手段としての戦争を放棄すること』を厳粛に宣言しました。大日本帝国といえども、原則としては国策遂行の手段としての戦争放棄にかつて一度はコミットしているわけであります。……戦前においてすでに原則としてコミットしていたものを、新憲法のなかでただ明文化したにすぎないことになります。……平和主義の理想の堅持については、改憲論者も含めて全員一致しているということは、実質的にはなにごとも言わないのに均しいのではなかろうか。」
「私は、第9条の規定には、それよりもう一歩進めた思想的意味が含まれていると思うわけです。ということは、第9条、あるいはこれと関連する前文の精神は政策決定の方向づけを示しているということです。政策決定の方向性を現実に制約する規定である。したがって主権者たる国民としても、一つ一つの政府の措置が果してそういう方向性をもっているかを吟味し、監視するかしないか、それによって第9条はますます空文にもなれば、また生きたものにもなるのだと思います。」
「ますます空文」になった9条を守れと言うだけでは、「実質的にはなにごとも言わないのに均しいのではなかろうか」。中身を掘り崩すことに抗すること、中身を作っていくことが9条を守ることなのだと、当たり前のことをあらためて感ずる新年が明けた。
(大内要三 2008年1月14日)
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