読む・読もう・読めば 30
パール・バックの原爆小説
『大地』3部作で知られる米国のノベル文学賞受賞作家、パール・バックは、むしろ社会活動家として評価されるべきだろう。ピーター・コンは『パール・バック伝』(丸田浩ほか訳、舞字社2001)で、文学史から抹殺された彼女の作品群の再評価をめざしたが、あまり成功していない。かえってバックが精力的に展開した、女性の権利拡張運動、公民権運動、アジア文化紹介運動、不幸な子どもたちの里親運動、そして反核運動のありようが、この伝記からは浮かび上がる。70冊といわれる彼女の作品のほとんどは、これらの運動の資金を得るために書かれたのだった。
私はこの伝記から、バックが1950年代に反核運動にかかわり、59年には撤退してしまう経緯について知りたいと思った。しかし谷本清がノーマン・カズンズと組んで始めた原爆乙女(と日本では報道されたが、ここでは「ヒロシマ少女達」と書かれている)の渡米治療運動を支援したことについては10行ほど、反核運動とのかかわりは主に関連作品について3頁ほど書かれているだけだった。バックは原爆製造にかかわった科学者たちへのインタビューをもとに、戯曲『ある砂漠の出来事』と、小説『暁を制す』(のち『神の火を制御せよ』の題で邦訳、丸田浩監訳、径書房2007)を、ともに1959年に発表した。
『神の火を制御せよ』は、原爆開発の物語だが、実在しない若く美しい女性科学者をヒロインにすることで成立している。人物描写はありきたりで会話もぎごちない。濡れ場のないハーレクインといった感じのメロドラマだ。核廃絶の主張はなく、倫理問題に解消されている。原爆が使用されず戦争が続いたら「低く見積もって」50万の米兵と250万の日本人の生命は失われただろう、というプロパガンダを無批判に使っているし、広島被爆の情景はわずか4行、戦後日本を訪れた米国人科学者は記者に対してパール・ハーバーを持ち出して反撃する。要するに徹底して通俗的であることで大衆小説として成功したのだ。バックが原水禁大会に来日して日本の文学者と論議する機会がなかったのは残念。
(大内要三 2008年4月29日)
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