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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2008/04/19

「おばた」さんのコメントにお答え

228日付の私のコラム記事に対して、早くも翌日に「おばた」さんがコメントを書いてくださっていたことに、つい昨日になって気付きました。対応が遅れてすみません。

私は漁船に体当たりしたイージス護衛艦「あたご」について、「部内応募で艦名が『ながと』に決まりかけ、さすがに『時期尚早』として見送られたという」と書きました。これに対して「おばた」さんは、「本当か?」と疑問を呈されました。それまでのイージス艦「金剛以下の命名はいずれも旧海軍の巡洋戦艦と重巡洋艦の山岳名に由来している。長門は旧国名で旧海軍では戦艦につけられていた」から、「長門が候補に挙がったというのは疑問がある」ということです。

14DDGの名で三菱重工場長崎造船所で建造されていた艦は、2005824日の命名・進水式で今津寛防衛庁副長官によって「あたご」と命名されました。このことは写真入りで『朝雲新聞』に報道されていたと思います。「ながと」の名が見送られた経緯については、05819日付の共同通信配信記事で報道されています。ご確認ください。

なお、「おばた」さんも書いておられるように、すでに旧国名を付けた護衛艦、つまり旧海軍の戦艦を彷彿とさせる艦が建造中であることに、注目すべきだと思います。07823日にIHI横浜工場で命名・進水式が行われ、093月に就役予定の「ひゅうが」は、なんと全長197m18000tで、「最大の護衛艦」の記録をまたまた書き換えました。ヘリ搭載護衛艦とされていますが、写真を見ると空母そのもの、甲板を張り替えるなどで軽空母に改装することが可能と思われます。旧海軍の戦艦「日向」が、戦争末期に航空戦艦に改装されたことを考えても、意味深長な命名ですね。陸軍と違って海軍は切れ目なしに海上自衛隊につながっていますから、旧軍復活と騒いでも迫力に欠けるのかもしれませんが。  (大内要三 2008419日)

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