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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2008年6月

2008/06/29

読む・読もう・読めば 34

小学校は大丈夫か

中国の四川大地震で、省都成都の高層ビルにはほとんど被害がないのに、多数の学校で校舎が倒壊して、それだけでも6500人以上が死亡したと伝えられる。役人が業者から賄賂をもらい手抜き工事をさせた疑惑で遺族が抗議したところ、当局が弾圧したという(612日付読売新聞ほか)。日本の学校は大丈夫なのか。岩手・宮城内陸地震のように、不意打ちに近い大地震もあるし。620日付朝日新聞によれば、文科省調査で「公立小中学校1万棟、震度6強で倒壊の恐れ」という。

文科省の発表原文を同省ホームページで読んでみた。「公立学校施設の耐震改修状況調査の結果について」という620日付の文書だ。高校、特別支援学校、幼稚園の数字も出ているが、繁雑になるので小中学校だけ見ると、耐震診断実施率の全国平均93.8%、耐震化率62.3%。全国の小中学校の3分の1は大地震が来れば倒壊する、ということだ。こういうことを気にせずにはいられないのは、大地震等の災害の際の地域の避難場所として小学校が指定されているからだ。今回の新聞報道はそのことに全く触れていないけれども。家が壊れたから学校に避難したところ、学校も壊れていた、というのでは話にならない。

都道府県ごとの数字も出ているので、千葉県のところを見る。耐震診断実施率は96%と高いが、耐震化率は56%と低い。100年かかってあまり進歩していないと感じるのは、1902年に津波で倒壊した学校を全町民の日掛け貯金で12年かけて再建した、千葉県御宿町の物語を一昨年、書き下ろしで上梓したからだ(『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』窓社)。御宿では国からも県からも援助が得られなかったので、町民自身の力で学校を建てた。

いま学校耐震化工事の地方自治体負担は約1割、ほとんど国の費用でできる。それでも工事をしないのは何故だろうか。少子化でいずれ統廃合されるから、それまで放っておくのか。学校ごとに耐震診断の結果を公表しているのは全国平均で51.8%というのも、いかにも住民に知らしむことを避けたい役人のやりそうなことだ。  (大内要三 2008629日)

2008/06/21

基地被害と環境を考える⑤

○環境保全国家へ

最後に安全保障の話をします。今までの安全保障は軍事活動が中心の安全保障でして、これはウエストファリア条約を機に誕生した。国家が領域、主権、国民を侵略から軍事力をもって守護するというのがその内容です。抑止理論が誕生するなかで、安全保障のディレンマということが言われるようになるわけですね。自分たちの国が強くなって安全になると、他の国にとってはそれが脅威になる。そうしたら他の国は、相手の国が強大だから自分の国も戦力を整えなければいけないと考える。で、大きくなると、また反対側の国は戦力を整えなければいけなくなる。自分の国の安全が相手の国の不安定につながるということで、ゼロサム的な性質を持つと言われていて、その中で軍拡が進んで、軍事環境問題も深刻になっている。そういう安全保障はどうなんだろうと。

最近の概念として、環境安全保障というものがあります。その特徴のひとつは、非軍事的な脅威も安全保障の範疇とするということです。つまり資源の枯渇や気候変動なんかの環境問題によって、人々の安全が脅かされるんだったら、それを守るのも安全保障の一種だと。今までのように他の国から戦争を仕掛けられることへの防御だけが安全保障の範囲ではない。一方で、敵国が存在しなくても脅威が存在するとした。結局、環境安全保障だと環境的基盤を脅かされるかどうかが重要なのであって、脅かす主体というものが自国の人なのか、それとも敵なのか、そういうことは関係ないということです。

もうひとつの特徴は、国家安全保障ではなくて、個々の人間だったり人類全体だったり、なかなか定義が難しいんですが、人間を単位とする安全保障というものが考えられるようになってきているということです。環境保全による人間の安全保障がなぜ大事かというと、軍事活動による国家安全保障では環境破壊による脅威に対応できないからです。軍事活動自体が環境事態を深刻に破壊するものであると。安全保障の対象を、軍事的脅威から、もっと非軍事的脅威を重視するように変わっていくということが、大事じゃないかというような話が出てきています。

まとめようと思います。

現在主流である軍事支配による国家安全保障というものを、アメリカなんかはやっています。そういったものを批判するためにどうするかというと、やはり現実の被害を正確にとらえた上で批判していくことが大事なんじゃないのかと思います。

国家安全保障という名目だったり、あるいは抑止という名目によって多額の軍事費がどんどん投入されているわけですが、そういったものは本当に人の安全保障にとって重要なのかとか、維持可能性を考えたときに意味があるのかと考えたときに、観点が出てくるのかなと思います。それは軍事活動がどれだけ公共性が少ない活動であるかを示して、環境保全の重要性を訴えるということにもつながっていく。

軍縮というものは平和を考えるうえでは大事だと思うんですけど、そこに環境保全の立場から軍縮が必要だという視点も組み入れていくのがいいのではないかなというのが、私の立場からの考え方になるわけです。

2008/06/20

基地被害と環境を考える④

○軍事活動は平時でも環境問題を引き起こす

004 次は、なぜ戦時ではなくて平時の軍事環境問題を取り上げるかということです。まず、日常的に深刻な被害が生じる。戦時の場合は戦時中だけなんですが、平時の場合は戦争が起こらなくても常に被害がずっと発生している。騒音の場合には、軍用機は騒音を小さくして飛ぶなんてことはしない。そして、そういう被害を受ける人たちは誰なのかというと、本来国防、安全保障で守られるはずの自国民だったり、アメリカと日本で考えたら「同盟国」の住民に対して被害が与えられる。安全保障というものは内外的な脅威から自国民を守るために行われているんですけど、本来守られるはずの人たちの基本的人権を、軍事活動というものが侵している。

抑止理論のような、戦争が起こらなければいいのではないかというような話では解決できない部分があります。戦争が起こらなくても深刻な軍事環境問題が生じているし、人権侵害が生じています。抑止の理論では、相手が強くなればこちらも強くならなければいけないので、どんどん軍拡が進んでいきますけど、その軍拡が進むにつれて、どんどん軍事技術も高度化していって、環境破壊的な飛行機や物質が作られる傾向がある。そういうふうに考えるときには、抑止理論をもとに平和が達成されたとしても、環境問題から見るとどんどん深刻な事態が生じていくというふうに考えています。

横田基地公害訴訟を事例として取り上げようと思ったのは、平時の軍事環境問題に取り組んだものとしてはいちばん早いものだからです。76年から訴訟が始まっているので、30年間経ったところで総括ができるのかなと思ったので、この問題というものに着目しました。

騒音はベトナム戦争のときからではなくて、1950年以降、周辺住民はずっと深刻な被害を受けていたわけです。しかし軍事活動は公共性がすごく高いと言われているようなときは、たとえ米軍機による被害を訴えても、それが聞き入れられないんじゃないかとか、そういうことを言うこと自体が、周りから白い目で見られる。そういう状況があったので、なかなか運動を組織しづらかったということです。

横田の昔の訴訟のまとめの冊子を読んでいて出てきたんですが、運動が起こるきっかけになったのが、基地の拡張が行われようとしたことです。そのときに助けになったのが、1972年の横田基地内の都有地返還訴訟と、75年の大阪空港高裁判決です。都有地返還訴訟のほうは、軍事活動とか米軍機とかの問題であっても訴訟を起こすことが可能なんだというイメージを作ったことが大きかった。大阪空港高裁のほうは同じ騒音被害なんですけど、被害を認め差し止めを認めたりとか、将来請求まで認めるとか、画期的な判決が出た。だから軍事問題であっても、被害を軸にして訴訟を起こせるんじゃないかということがあったようです。

横田基地公害訴訟以前にも基地反対運動がいくつかあるわけです。画期的な判決を得たという意味では、砂川事件や恵庭事件というものがあります。砂川事件は伊達判決で安保の憲法違反というものを指摘したわけですし、恵庭事件だと自衛隊違憲に近いような判決が出ています。

恵庭事件の場合は

北海道

なんですが、ジェット機の爆撃が野崎さんの家の近くで行われていて、騒音や振動で乳牛に被害を受けた。それで野崎さんが自衛隊の通信線を切断するんですね。その通信線切断について自衛隊法で犯罪じゃないかと言われるわけなんですが、自衛隊自身が憲法9条との関係でどうなのかという問題が法廷で争われていく。勝ったことは勝ったんですが、つまり通信線切断については無罪になったわけなんですけど、ジェット機爆撃の被害については基本的に補償されなかった。

恵庭事件や砂川事件、米軍や自衛隊の憲法違反を真正面から問う訴訟は、裁判所の態度、「国家の統治行為に関しては、高度の政治的問題に関しては裁判所は判断しない」という態度によって、停滞していきます。そのなかで横田訴訟は、9条とか安保とかいう話ではなくて、実際の被害というものを基礎として軍事活動の問題を取り上げたことに意味があったのかなと思います。公害訴訟の典型的な方法であったと思います。

横田基地訴訟の成果としては、ひとつは被害が深刻だということを訴訟として明らかにしたことです。旧訴訟だと758人、つまり一部の人だけが被害を訴えているだけじゃないのかと言われたんですけど、新訴訟では6000人近くの原告がいる。いまは横田基地だけじゃなくていろんなところで、厚木や普天間などで訴訟をしているわけですが、被害が深刻だということを明らかにしたのは大きかったなと思います。

成果の2番目は、日米両政府の責任を明らかにしたことです。日本の裁判所だと米国自身の責任は問えないんですけど、間接的にでも、法的責任は認められなかったにしても、責任の一部がアメリカにあるということは、示せただろうと思っています。

成果の3番目は、軍事活動に一定の規制をかけたことです。つまり飛行が自由にできないようになったということと、賠償金が得られるようになったこと。将来請求は結局認められなかったんですが、過去の損害賠償は訴えれば得られるような状況になっている。ただ範囲とかの問題はいろいろあるわけなんですが、いちおう75Wというところでは得られる。夜間総早朝の飛行差し止めは認められなかったんですが、その期間の飛行回数は明らかに少なくなっているという状況があります。

90デシベル以上のところでは、提訴時の1976年と比べて高裁判決時の2004年では、総騒音回数が50パーセントに減った。土日の騒音回数が37パーセントになった。22時から6時までの騒音回数が6パーセントにまで減っている。そういう意味では、訴訟したことによって、軍事活動に一定の規制をかけられたと言えると思っています。

横田基地訴訟で明らかにされたこととして大事だと私が思うのは、軍事活動といっても今までのように、戦時中とか戦後すぐとか、主にまあ冷戦期ですね、かつてのような無制限の公共性が認められなくなってきているということです。基地周辺住民の人権や環境を侵害するような軍事活動は、許されなくなっている。人権や環境といった要素が、以前に比べて非常に重要な意味を持つようになっている。

軍事活動というものは基本的に国がやるものです。環境保全も、環境経済学の理論のなかで公共信託財産の話があります。一人一人の市民が企業の汚染を止めるのは難しい。規制を国がしていかないと、環境保全はできない。国は公共信託財産である環境を市民から委託されてそれを管理する義務を負っているという考え方があるわけです。そういった意味では環境保全というものも国の重要な公共政策です。軍事と環境のどちらを優先するのか、公共性ってすごく難しいというか曖昧な概念なんですが、時代とともに移るような公共性の概念で、いまの公共性というものがどういうものなのかというのが、大きいテーマになっていると思います。

2008/06/19

基地被害と環境を考える③

○軍事環境問題とは

003  軍事活動が引き起こす環境問題を「軍事環境問題」と私は呼んでいるんですが、一般には戦争による軍事環境問題がまず注目されやすいだろうと思います。ベトナム戦争における枯葉剤がとくに有名ですね。湾岸戦争では劣化ウラン弾が使われたと言われていますし、油が燃え上がることによって資源が浪費されたと言われます。

 1st IWME、MEはミリタリー・アンド・エンバイロメントですが、2003年に第1回の軍事と環境に関する国際ワークショップが沖縄で開かれました。2005年には2回目が開かれて、その後は開かれていないんですが。いろんな国の人が軍事活動が引き起こす環境問題について話し合おうというところで、ベトナムや湾岸の例が報告されました。

 ベトナムにはすごい量の爆弾が投下され、そしてそれがまだ残っている。ベトナム戦争では人ではなくて環境自体を破壊しようという目的の兵器、枯葉剤が投入された。いま元の森を取り戻そうと植樹をしているんですけれど、完全には動物も植物も戻って来ない、まだまだ時間はかかるだろうという話をされていました。

 湾岸戦争のときには油田に爆撃があって炎上し続けたために、ものすごい量の石油が無駄になったし、二酸化炭素もすごく排出されることになりました。町も完全に破壊されたし、劣化ウランの影響による腎臓病もあります。そういうように軍事環境問題というものは、やっぱり戦争のときにものすごくひどい形になるという意味で、戦時中の問題がクローズアップされることがすごく多いんですね。

そのなかで私が専門にやっているのが何かというと、後でやる軍用機騒音の問題だったり、基地汚染の問題だったりする。そういうものは、戦時ではなくて平時に起こっている軍事環境問題です。それを扱う意味というものも、自分では考えていかなければいけないと思っていて、その整理もこのあとしていこうと思っています。

 なぜ環境保全という観点から軍事活動を考えないといけないのか。自分も始めたときには人の生き死にとか、そういう問題のほうが重いので、環境から考えるのはすごく軽い感じになってしまうのではないかと思いながらやっていました。あと平和という観点から問題をとらえたほうがいいとか、経済学でやるのであれば財政学、つまり国家財政の話からこの問題を見ていくというようなこともあり得ると。いろんな視点があるけれども、環境というものから見ることによって見えてくる独自なものは何なのか。

 ひとつは公害問題、とくに日本の環境経済学というものは、宮本憲一先生や都留重人先生が作ってきたものなんですけど、やっぱり根底にあるのは4大公害などの深刻な被害で、どういうふうに被害者の方々を救済するか、そして同じような問題を二度と起こさないためにどうしたらよいか、そういうような観点から構築された理論というものがある。自分が基地汚染の問題に取り組もうと思ったのは、まさにそういうことをやりたいがためというのがあったので、こういう環境保全の観点からこの問題を取り上げるのには、意味があるんじゃないかと思ったのが1点。

 2点目は、環境保全という視点からだけ見えてくることだと思います。冷戦が終わった後に軍事費は96年までに3割ぐらい減るわけですね、世界的に。それ以降は徐々に増加していく。現在アメリカの軍事費は年間5000億から6000億ドルぐらい。これは世界の軍事費の5割超の額ですけれど、イラク戦争によってまたどんどん軍事費が増えていく。これをどう見るか。第二次世界大戦後、核戦争なり大規模な戦争というものが起こっていないことを見て、抑止政策による平和が実現された評価する人もいるわけですね。けれども、そういう平和はいいものなのかという視点から見たときに、地球環境の保全、環境問題の視点から見たときには、そういう平和はダメなんだよと。すなわち維持可能ではない。だったら括弧付きの平和であっても、軍縮、軍備を少なくしていかなければならないということが、見えて来る。それを以下で説明していこうと思います。

 まず、軍事活動というもの、軍事活動問題というものを環境問題の視点から見たときに、どういうふうなものか、それがどういうものかを見ていこうと思っていまして、環境問題一般の話をまずしていこうと思っています。

 日本の場合を考えていただけばいちばん分かりやすいんですが、昔の4大公害問題の場合だと、それはまずポリューションの問題、汚染の問題だったんですね。そういう汚染の問題、公害問題から環境問題へと言われているような流れのなかで言われているのが、領域としての自然保護という問題だったり、町並みやアメニティの保全という問題です。

質的な次元では、例えばアスベストは30年とか40年して発症する目に見えない被害だったり、そういう質が違うような問題が出てきている。化学物質の話なんかはこういうのが非常に多いんです。

 空間的な次元では、ある地域の問題というよりも、地球全体の問題、地球温暖化はそうですし、そういう問題が増えてきた。時間的な次元でも、世代間の問題としてすごい長い時間かかって問題が出てくる。というふうに見てくると、軍事環境問題というのは、この性質というものを全部持っている。沖縄の辺野古の問題では自然破壊の問題がありますし、イラクでは戦争が起こると町は一瞬にして破壊された。

軍事環境問題というものは、そういう要素すべてを備えているだけではなくて、軍事活動というものほど環境にダメージを与えるものはない。というのは、どれだけ資源を使うかを考えても分かります。そういうことを考えると、環境問題をやっている人は、これまであまり軍事活動に対して目を向けてこなかった。少なくとも研究としては、この問題を取り上げる人というのはいなかったわけですね。しかし環境問題をやっている人は、いますごく増えてきている。それでも、まだ軍事活動が引き起こす問題、環境問題については、取り上げる人が少ない。だから軍事活動を環境保全の立場から見直すということが、いま必要になっているだろうと思います。

2008/06/18

基地被害と環境を考える②

○フィリピン調査の経験から

002  フィリピンの問題に関して簡単に経緯を説明します。フィリピンとアメリカの間で結ばれていた軍事基地協定を、フィリピンが1991年に延長しないと通告しました。それで全面撤退するかどうか米軍が迷っていたところに、ピナツボ火山の噴火が起こりました。クラーク空軍基地とスービック海軍基地がけっこうなダメージを受けて軍事的機能も低下したこともあって、92年までに米軍は完全撤退することになりました。ピナツボ火山の噴火で被害を受けたのは米軍だけではなくて、フィリピンの方々もでした。住む場所を無くしたフィリピンの方々が米軍基地の跡地に一時的に住んで、そこで汚染された地下水を利用したことによって被害が起きました。

 マニラからバスで3時間ぐらい、クラーク基地があったところが経済特区になっています。基地跡地を民生転換して発展していこうと。海辺のスービック海軍基地があったところも経済特区になっています。この2つの地に調査に入ったわけです。

クラーク基地跡の真ん中にCABCOMという、基地が返還された後に一時的にテントを張って、新しい住む場所が見つかるまで住ませていたところがありますが、ここが被害がいちばんたくさん起こったところです。一定期間経った後にCABCOMは閉鎖されて、そこで生活していた人々はまわりのいろんな村落に移って行ったのですが、移った先にも調査に行きました。汚染のひどいCABCOMの井戸も、まだ入れたので見ました。

 軍事基地ではいろんな化学物質や有害物質を使っていまして、管理していればまだいいんですけど、フィリピンの場合は例えばジェット燃料が漏れたときには、土に染み込ませてしまえばいいと。それが地下水や土壌を汚染して、そういった水を飲んだことによって、被害が発症したわけです。

 脳性小児麻痺になった子がいますし、洗濯婦をしていて全身皮膚症状になった人がいます。親が有害な水を飲んでいて、子どもに脳性小児麻痺の障害が出た例があります。水俣病と一緒です。原田先生が言われるには、お金を持っている人だったらミネラルウォーターを買って飲むけれども、買えない人は油が浮いていたり味がおかしい井戸水を飲むほかに手段がない。経済的弱者や子ども、お年寄りに被害が多く出る。生物的弱者というふうに言われますけれど、そういう人たちに被害が集中するのは、他の環境問題にも類似した点だと指摘されていました。

 スービックでもいろんな有害物質を使っていて、それが川に流れ込む。そこで生活している人がたくさんいて、被害が出る。本当に環境汚染と言ったほうが良くて、どういう物質がどういう経路で、どういう被害に繋がるかがすごく分かりづらいんです。化学物質を保存していた倉庫で働いていた人にも被害が出るし、そういう人の子どもも被害に遭った。もうひとつはスカベンジャーと呼ばれる、米軍が捨てるものの中から使えそうなものを拾ってきて生活している人たちの子どもが被害を受けました。

 経済的あるいは社会的に弱い人たちに被害が集中して、その被害というものは元に戻らない深刻なものが多い。フィリピンでそういう人たちをじかに多く見て、帰ってきたときに、フィリピンの人たちに対して自分が何ができるんだろうと考えました。それを研究でやるにはどうしたらいいのか、研究でやらないとしたらどうすればいいのかと。まあ、いろんなことを考えていまこういう道を歩いているわけなんですけど。

 基地汚染の一般的な話をしますと、基地汚染の発生源としては、兵器製造の際に出る有害物質があったり、兵器や有害物質の不適切な管理をしたときに有害物質が出て、それが地中や地下水に染み込む。メンテナンスでもそうですし、飛行機に給油するときに漏れる。あとは有害物質を何の処理もしないで埋め立てたりする。

 フィリピンの場合に被害の原因は、米軍が有害物質をずさんに管理して、何の処理もせずに埋め立てたことで、つまり、長い間ずっと有害な廃棄物を適正に管理してこなかったということです。ピナツボ火山が噴火したというので、汚染除去・原状回復をしないで、早々に引き上げた。もうひとつ被害が広がった大きな理由は、軍事活動に関することは多くそうなんですけれど、汚染に関する情報がまったく一般市民に知らされなかったということです。そういう中でCABCOMで生活した、何も知らない人たちが被害を受けるという形になっていっている。

 フィリピンの人たちは、訴訟も起こしたりしているんですけれども、アメリカでは相手にされないし、フィリピン政府も自分たちに責任のある問題じゃないと言って、訴訟が成立しないという形になっていました。結局両方の政府から被害者は救済されていない。アメリカの言い分ですと、軍事基地協定(日本の日米地位協定みたいなものです)で原状回復義務が免除されている。被害補償もしなくていいと書いてある。フィリピン政府は、お金もないし、もともと米軍がやったことで自分たちは汚染除去もできない、被害者救済も取り組めないという形で、被害者は放置されています。

2008/06/17

基地被害と環境を考える①

平権懇学習会 08.5.31  林 公則

001 司会 林先生は、大島堅一先生、寺西俊一先生のもとで学ばれた新進気鋭の研究者です。基地被害の環境調査研究をされてこられました。横田基地の軍民共用反対のシンポジウムでも松尾高志さんと共に、当時一橋の院生だった林先生に報告をお願いしましたが、石原知事の主張を木っ端微塵にしてしまったので、都では一橋の学長を出してきて新たなシンポを持ったということです。今日は1時間ほどお話しをうかがいます。

 大妻女子大学と都留文科大学で、非常勤講師として環境経済学、環境政策論を教えています。大島先生に学んだのは高崎経済大学で、寺西先生に学んだのは一橋の大学院でです。

今日の学習会は基本的に平和を考えるところだと思います。私は環境とか公害の視点から物事を見てきました。環境問題の視点から軍事活動を見ることの重要性をちゃんと位置づけるということが私の課題です。具体的な横田の公害訴訟の事例にしても、環境運動の視点からどういったことが言えるかをまとめてみようと思っていて、最終的には平和運動とどういうふうに関わり合うかも考えられるかと思っています。

 なぜ軍事活動が引き起こす環境問題に私が興味を持ったのかというところから入ります。フィリピンの基地汚染被害の話です。もともとは『アジア環境白書』という本の中で大島先生が「軍事と環境」という章を書くことを任せられたことからです。フィリピンの米軍基地の跡地で大変な被害が起こっている、その調査に行くということで、私が大学院1年のとき声をかけていただきました。寺西先生や、水俣病で有名な原田正純先生も一緒に行って、そのときの調査が、自分がこの問題に取り組むきっかけになっています。

2008/06/14

読む・読もう・読めば 33

『ロスジェネ』を読む

5月に発売されて一部で話題になっている『超左翼マガジン ロスジェネ』創刊号を書店で見つけて買ってみた。編集長は浅尾大輔さん、「3月まで都内の労働組合で非常勤職員の組織化を担当。2003年小説『家畜の朝』で新潮新人賞を受賞。元『しんぶん赤旗』記者」と紹介文にある。適任だ。

「ロスト・ジェネレーション」、直訳すれば「失われた世代」とは、本来は1920年代から30年代にパリで暮らしていた一群の米国の作家たちのことだった。ヘミングウェイ、フィッツジェラルド、スタイン、その他。青年期に第一次世界大戦を経験し、旧秩序の崩壊を目の当たりにした人々だ。のちにより広い意味でも使われるようになったが、本来は文学史の用語だった。それを、2006年に朝日新聞が団塊ジュニアの、バブル崩壊期=超就職氷河期に就職活動をして割を食った人々の呼称として使い、なんとなく定着した。就職氷河期は長く続いたから、正規雇用に就けないロスジェネはいまや2000万という。団塊は団塊と呼ばれるのが嫌いだが、ロスジェネは自らロスジェネというらしい。で、雑誌だ。

マルクス・エンゲルスの「共産党宣言」をパロった「ロスジェネ宣言」の文章は歯切れが悪く、複数の起草者がいろいろ書き込んだままらしく整理も悪い。宣言中の「私たち左翼」という自己規定は、仲間を増やすことに障害とならないのか。実際に巻頭の赤木智弘さん(「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争」で論壇デビュー)との編集長対談も、かなりすれ違いが多い。私ども本家左翼中高年との間だけでなく、同世代同士でもロスジェネ同士でもなかなか話が通じないらしい、というのは残念なことだ。

意思を通じるための道具としての言葉を研ぎ澄ましていくには、どれだけの研鑽が必要なのかと、読解を拒否する長文を読み進みつつ嘆息する。いかにも身内以外との議論の習慣なくどの世代も過ごしてきたのだ。せめて『ロスジェネ』のような雑誌を読む努力は続けたいと思う。『赤旗』には「期待します」と紹介記事が出た翌日、「特定の雑誌を支持、讃美する方針はとっていない」とわざわざ編集局告知記事が出たが。第2号は12月刊とのこと。(大内要三 2008614日)

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