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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2008年7月

2008/07/28

読む・読もう・読めば 36

ゲバラの出発

ゲバラの2度目の妻、アレイダ・マルチが前夫について書いた『わが夫、チェ・ゲバラ 愛と革命の追憶』がまず昨年イタリアで、次いで今年は日本、キューバでも刊行され、評判になっている。驚くほど率直にゲバラとの出会い、ともに過ごした革命の日々、そして別れを書いているが、ソ連が崩壊した今でもまだ書けないこともあるのだな、と残念にも思う。

ゲバラがすべての地位とキューバ国籍を放棄してコンゴに転戦するに至った事情については、19652月のアルジェでの演説が引かれている。「われわれ代表に、アジア・アフリカ人民の集まりにおいて意見を述べることが許されたことは、決して偶然ではありません。共通の願望、すなわち帝国主義の打倒こそが、未来への前進においてわれわれを結びつけるのです。同一の敵との闘いという共通の過去がわれわれを結びつけてきたのです。」アレイダ・マルチがたんに「アルジェでの演説」と書いているのは、アジア・アフリカ人民連帯機構会議第2回経済セミナーでのオブザーバーとしての演説であり、引用部分は冒頭の「ごあいさつ」にすぎない。だからゲバラはコンゴに行き、次いでボリビアに行き、戦士として闘ったのだとしてこの部分を挙げるのは、適切とは思われない。

むしろ同演説中でソ連批判を行ったことが帰国後にキューバの党内で問題になり、ゲバラがカストロに4月には「別れの手紙」を書いて出国する原因になったというのが、現代史研究者の常識だ。ゲバラのアルジェ演説の1週間前にはブレジネフ新政権がキューバとの間に経済協力3カ年協定を結んでいるから、タイミングがいかにもまずかったと。しかし「ソ連批判」と言っても、決して剥き出しの形ではない。『ゲバラ選集』第4巻収録の訳文によれば、彼はまず「解放への道を歩みはじめた国の発展は、社会主義国によって負担されねばならない」と述べ、次いで社会主義国が「国際市場価格」で後進国と貿易を行うことについて、「こうした関係ができあがるなら、社会主義国といえども、見方によっては、帝国主義的搾取の共犯者とされても仕方ないだろう」と述べた。そしてその後ではソ連も中国もキューバの砂糖を「国際自由市場における標準よりも高い価格で」買ってくれている、とフォローもしている。

それでもゲバラは出国しなければならなかった。ハバナの革命博物館でも、サンタ・クララのゲバラ廟でもフォトコピーを見た「別れの手紙」は悲しい。

2008728日)

2008/07/16

08.6.15 豊玉9条の会総会 情勢報告

大内要三(ジャーナリスト)

 いま全体として憲法状況がどうなっているのかということについて、少しお話しをしたいと思います。

 皆さんよくご存じのとおり、安倍内閣は任期中に憲法を改正すると言っていたんですけれども、途中でコケて福田内閣に代わりました。安倍内閣の最大の功績というのは、憲法を変えるぞ、変えるぞと言って、逆に憲法を守らなければいけないという人々を増やしたことだと思います。参議院選挙の結果がそれを示しています。それで安倍さんは退陣することになりました。

 その後、福田内閣は憲法について何を言っているかというと、何も言っていないんです。118日の国会での施政方針演説では、憲法については「すべての政党の参加の下で、幅広い合意を含めて、真摯な議論が行われることを強く期待しております」と言っているだけです。憲法を変えるとも言えないし、変えるための議論をいつ、どういう形で始めるとも言えない。それはやはり、憲法を変えてはいけないという世論が浸透してきたからです。

 そのことを典型的に現しているのが、読売新聞の世論調査でした。読売新聞はご存じのように、憲法改正試案を何回も出して、憲法改正の世論作りに貢献してきた新聞です。ところがこの3月、その読売新聞が世論調査をやったところ、憲法改正に反対が43.1%、改正しようというのが42.5%、わずかですが改憲派が少なかったんです。結果は結果ですから発表せざるを得なかった。

 朝日新聞が5月に発表した世論調査では、逆なんですね、これが。憲法改正が必要が56%、不要が31%。ここで大事なのは20代の変化です。1年前に朝日が同じような世論調査をしたとき、20代のじつに78%が憲法改正せよの意見だった。ところが1年たって、憲法改正必要という20代は55%に減りました。この動きは何かということですね。非常に生きにくい時代になっていて、憲法が変わればもっとひどくなることを体感しているのではないでしょうか。ひとつ安心していただきたいのは、朝日調査でも9条だけについてみれば、改正賛成は23%しかおりません、反対が66%です。国会の議席とは逆転して、国民は9条を守れと言っている。この健全な世論はいまも変わっていないということです。

 したがって安倍内閣は国民投票法をごり押しで通しましたけれども、それが使えない状況なんです。せっかく国会のなかで憲法改正の議論をしようという制度を作ったけれども、それを始動させることができない。憲法審査会を国会に設置するためにいま自民・公明が談合していますが、すぐには合意に達しない。

 ではどうするか。今年の3月ですけれども、新憲法制定議員同盟ができました。彼らは憲法改正というとどうも国民の間に浸透しないので、新憲法制定に看板を書き換えたんです。会長がなんと中曽根康弘さん、527日で御年90歳になられた方です。それが親分になるような組織とはどういうものかと思いますけれども、あとずらずらと役員が名前を連ねています。顧問のなかには、海部元首相、安倍前首相、民主党の鳩山由紀夫さん、国民新党の亀井静香さんがいます。みんな一緒に、憲法改正がダメなら新憲法制定と、虎視眈々と狙っているわけです。612日にも勉強会をやりましたが、講師は読売新聞の政治部長と産経新聞の政治部長です。なんとか世論を変えようと必死なんですね。

 国会で憲法を変える議論が始められないとすると、どうするか。彼らが考えたのは、憲法は変えないけれども、憲法の中身を壊していくという戦略です。すでに何年も前から財界はそのような提起をしていました。そう簡単に憲法は変わらない、だから憲法が変わったと同じ状況を先に作ってしまおうということです。その2つのフロント、大事なところが、9条と25条なんです。9条は非武装・戦争放棄条項、25条は「健康で文化的な生活」を国民に保障する条項ですね。この2つを破壊して、財界と米国の思い通りの国にしようと、自民・公明・民主は考えているわけです。

 9条に関してはどういうことが行われているか。自民党防衛省改革小委員会は5月、自衛隊の憲法上の位置づけの明確化を提言しました。あり得ないことですね。いま自衛隊に関していちばん一生懸命やっているのは、海外派兵恒久法づくりです。自衛隊を外へ出すたびに新法を作るのは大変だから、内閣が決めたらいつでもすぐ海外派兵ができるようにする。限りなく戦闘行為に近いこともできるようにする。それもあわてて作ろうとしているのは、来年1月になるとテロ特措法が期限切れで、インド洋での給油活動ができなくなる。来年7月にはイラク特措法が期限切れで、米軍の空輸支援ができなくなるからです。さらに年内にもアフガンに地上部隊を再度送るとか、スーダンにPKO派兵をすることも検討されています。

 このように9条を壊していくのと同時に25条も壊していく。その典型例が、先ほど佐々木先生から詳しくお話のあった、後期高齢者と言われてしまった人々の新しい医療制度ですね。9条を壊す、25条を壊すことで、憲法がないも同然の状態にしようとしている人々がいるということです。

 9条と25条はどのようにつながっているのか。彼らはことあるたびに「お金がない」と言いますね。本当だろうか、ということです。医療と福祉のための財源がないから、新しい税金を作るとか消費税率を上げるとか言っています。しかし非常にはっきりしているのは、大企業に対する税制優遇、そして軍事費、この2つの問題です。無駄遣いをしているから、取るべきところから取らないからお金がないんです。私どもの払う税金はここ10年、ほとんど毎年上がっていますよね。ずしりと実感されていると思います。それなのに大企業の優遇税制は変わっていないんです。そして軍事費の無駄遣いがあります。

 確定したところでは、2007年の防衛関係費は48000億でした。これが本当に日本を守るために必要なのか。兵器を見ると分かります。イージス艦という船がありますね。この間「あたご」というイージス艦が漁船を沈めて2人、行方不明になりました。そのすぐ後、3月に6番目のイージス艦「あしがら」が竣工しました。6隻というのは米国に次いで多いです。これを1隻作るのに1400億かかるんですよ。積み込むミサイルを新型のSM3に換えますが、120億。もっとすごいのは護衛艦「ひゅうが」です。事実上の航空母艦です。長さ200メートル、ヘリコプター4機を積むんですが、甲板が真っ平らで、改修すればすぐに航空母艦になる。これを2隻作りますが、1隻1050億かかります。

 こういう兵器を何に使うのか。イージス艦は飛んでくる敵ミサイルを撃ち落とすことができると言われます。しかし、たとえば北朝鮮からミサイルが東京に飛んできたら、十数分で届きます。それを途中で落とすことなんか絶対にできない。しかし米国向けのミサイルを落とすには役立ちます。そしてなぜ航空母艦が日本に必要なのか。日本を守るなら日本の空港から戦闘機が飛べばいいんです。日本でないところで戦争をしようとするから航空母艦が必要なんです。まったく日本を守るための兵器ではない、米国に追随して海外派兵するための兵器に、こんな巨額を使う必要があるのか。

 そうして良く言われるのが米軍への「思いやり予算」ですが、これを含めた米軍駐留経費は、2007年度は6104億円でした。

 こういうところにお金を使っているから、お金がなくなるんです。何億とか言われると、1万円札で何枚かと、想像もできない数字ですが、みんな税金なんですよね。われわれが払ったんです。だから使い方については絶対に文句を言う必要がある。

 それで後期高齢者と言われる人々の話とつながります。いま75歳以上の人口は1276万人です。先ほど挙げたように、どう考えても日本を守るためでない兵器を削減すればすぐ1兆円が浮きますが、1兆円をこの人口で割ればひとり78370円ですよ。保険で個人負担を増やす必要なんか全然ないですね。ということで、9条と25条は、こういうふうにお金の問題でつながっているんです。9条を壊すから25条も壊れるんです。

 いろいろなことを申し上げましたが、最後にひとつだけ、これは絶対に忘れないでいただきたいのは、25条は純国産だということです。日本国憲法は米国のおしつけだと言う人がありますが、これはウソですが、25条に関しては誰もおしつけとは言えない。たしかに憲法はGHQが原案を作りましたけれども、そのあと国会で議論をして、国民が納得して、これからの日本はこれでいこうと決めたものです。そのGHQ原案に25条にあたるものは無かったんです。国会審議の過程で、衆議院憲法小委員会で、森戸辰男さんらが提案して加えたものです。

 いま、私たちは憲法9条と25条が壊されている状況のなかで、守り発展させていく、新しい中身を作っていく運動が必要だと思います。

2008/07/15

読む・読もう・読めば 35

黒田三郎のリルケ

日記によれば詩人・黒田三郎は1942106日にリルケの『マルテの手記』を読了する(『黒田三郎日記』戦中篇Ⅳ)。友人の大井康暢が聞いた話によれば、黒田はその『マルテの手記』をジャワへ行く船の舷側から海中に投げ捨てたという。黒田が戦時中の繰上で東京帝国大学経済学部を卒業したのが429月、同時に南洋興発に入社。箱根丸で任地のジャワに向かったのは431月。黒田は一度はリルケを読み返すつもりで嚢中に入れ、途中で気が変わったことになる。

大井は上記黒田日記の付録で、次のように書く。「当時、戦局は日本に有利だったとは言え、この天性の詩人が、一時は詩を棄てて、占領地で軍国主義のお手伝いをしようと決心したこともあったのだ。大袈裟かも知れないが、黒田三郎も人並みにお国のために見栄をきったのである。」そうだろうか。黒田が船中でリルケを捨てたとしても、詩を捨てたことにはならないだろう。後に戦火で焼失したが詩集3冊分の原稿は残してきたし、ジャワでも詩作はしているのだ。本人が書いている。「戦時中の詩はない。南方から戦後一年目に帰ってくるときに、書いたものいっさい焼いてしまったからである。」気になるのは、焼いた原稿がどのようなものだったかということだが、時局迎合的な作品を書いたとは思えない。黒田は黄麻農園の管理、休廃止製糖所の管理に従事したのち、現地召集で二等兵になる。

戦後の黒田は日本放送協会で働きつつ『荒地』創刊メンバーとして12冊の詩集を発表した。小市民であることに居直ったような、分かりやすい、彼の作品は没後28年たったいまも愛読される。「荒地」グループの基調には戦争で生き残った者の後ろめたさがあるが、黒田の戦争体験はもう少し知りたいところではある。

黒田は42923日の日記に、リルケの次の箇所を引いている。「僕はあらゆる人生の中にいる、そしてあらゆる文学のなかにいるこの第三者、しかしほんとうは決して存在したことのない第三者の『幻影』が無意味なものであるのを知ることが出来なかった。」コメントはしていない。   (大内要三 2008715日)

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