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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2008/09/24

2008.9.6 平権懇学習会「裁判員制度を考える  西野喜一」①  

5    裁判員制度は審議会での妥協の産物

 これから裁判員制度の話をさせていただくわけですが、私はこの制度の反対論者でありますので、どういう問題点があるのかをぜひご承知いただきたい、という話になります。いまのマスコミは御用報道一色でして、全然信用できません。要するに、マスコミが最高裁の広報予算に群がっているわけで、これでは裁判員制度批判は出てこない状況ですね。それだからこそ裁判員制度の問題点を知っていただくことに充分な意味があるわけです。

 まず、裁判員制度とはいかなるものか、これはだいたいご存じだと思います。一定以上の重大刑事事件につきましては、すべて3人の裁判官と、有権者から抽選で選ばれた6人の裁判員で、事実の認定、法の適用、量刑を行うという制度、つまり一種の参審制です。細かいことは別として、原則としてこういうことだとご理解いただけばよいと思います。

なぜこのような制度ができたのか。要するに、司法制度改革審議会がこういう制度を作れと言ったからです。司法制度改革審議会は内閣直属の審議会として1999年にできまして、2年間審議をいたしました。最後に答申を出して解散したわけですが、その答申でわが国の司法制度についてさまざまな提言をしました。そのなかのひとつが、この裁判員制度でした。

その司法制度改革審議会では、裁判に国民の参加を求めるかどうか、一種の陪審制なり参審制を求めるかどうかが最大の論点になりまして、そこでは陪審派と反陪審派が文字通り激突いたしました。陪審派は、裁判官だけで審理をすると誤判が起こるから陪審制を導入すべきだと主張し、反陪審派は、陪審制こそ誤判を生む、たいへん危険な制度だと言った。激突、激論があったわけです。ある時の会議では、陪審派の急先鋒の論者が、陪審批判論に興奮して反陪審派に罵声を浴びせるということまでありました。そこで審議会の会長が、まあまあと双方を抑えて、何らかの形での国民参加を採り入れる、その代わり陪審制ではないことにする、という形で双方をなだめたわけですね。それが裁判員制度になったわけです。

したがってこの裁判員制度はまったく妥協の産物でして、審議会でも裁判員制度がいいと思っていた人はほとんどいない。陪審派は、陪審は通らなかったけれども、一種の国民参加は実現したから我慢しようと考え、反陪審派は、陪審だけはともかくも防いだから我慢しようと考えたのです。つまり裁判員制度はこういうメリットがあるから、というので実現したわけではありません。仕方なく両方が折れ合ったのが裁判員制であったわけです。

審議会の最終意見をまとめるところまでさんざん両者はもめまして、両者ともこれ以上は表現でも一歩も妥協はできないというぎりぎりのところでまとまったのが、最終意見書だったのです。もうこれ以上は「てにをは」ひとつも動かせないという、苦心の、文字通りの妥協の産物でした。

 そもそも何のために裁判員制度をやるのか、現行方式にはどんな問題があるのか、裁判員制度でやればどこがどうよくなるのか、ということを、驚くべきことに審議会ではまったく議論しておりません。昭和50年代にわが国でも、死刑が確定していたにもかかわらず、再審で無罪になったという重大な事件が4件ありました。これは確かにとんでもないことです。そこで、そういう事件がなぜ起こったのか、何が原因で起こったのか、二度と起こさないようにするためにはどうしなければならないのか、ということこそ議論しなければならなかったはずです。しかし、審議会ではそういうことはまったく議論しておりません。要するに陪審派の主張は、こういう誤判があるから陪審制を導入すべきだという、ただ1点だけだったんですね。

そもそも国民は司法参加を求めているのか。国民が司法参加をすれば誤判・冤罪はなくなるのか。また、なぜ重大刑事事件だけが対象なのか。裁判員制度での審理はいったいどういうことになるのか。粗雑なものにならないだろうか。弁護士がそもそもそういう制度に対応できるのか。そしてまた裁判員制度はわが国の刑法、刑事訴訟法の体系に調和するのか。そういうことを、審議会では驚くべきことにまったく議論しておりません。憑かれたような熱気の産物、それが裁判員制度であったわけです。

 審議会の答申が出たときに、いくらなんでもこんなに無茶な制度が実行されることはないだろうと思っていたのですけれども、実際に法案が国会に出ますと、あれよあれよという間に通過いたしました。これほど重要な法案、わが国の重大刑事裁判のありかたを根本的に変えようという法案を通すのに、国会での審議はまさに拙速としか言えないものでした。実際に審議をしたのは、衆議院で3週間、参議院で1週間です。衆議院では全員賛成、参議院でも賛成多数、2人反対者があったようですが、圧倒的多数です。

その後、準備期間が過ぎていくうちに、これにはとんでもない問題があるということがだんだん明らかになってきました。つい先日は社民党が、実施は凍結して再検討すべきだという決議をしたという報道を見ました。共産党も、「前から再検討すべきだと言ってきた」と言っているそうです。また、つい数日前に見たある新聞では、民主党の党首が、「われわれが政権を取ったら裁判員制度は考え直す」と言ったとありました。詳細に検討してみると問題が多すぎるという法案を、国会ではよく検討もせずに、賛成、賛成で通したわけですね。

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