イージス艦衝突事故の海難審判 見聞録
(「イージス艦の漁船衝突事件、海難審判始まる」9月18日付ブログ記事参照)
元神戸商船大学教授 照井 敬
今年2月19日に発生したイージス艦あたごと漁船清徳丸の衝突事故(清徳丸の船長吉清治夫と長男吉清丈が死亡)に関する海の裁判である海難審判の公判が9月4、11日、横浜地方海難審判庁で行われたのであるが、いくつかの問題点がある。
当事者として「受審人」となるべき漁船の船長が死亡したため、これが不存在のまま「指定海難関係人(事故原因に影響したもの)としてイージス艦の艦長のみが出頭することになった。現行の海難審判法上止むなしと言えるが、それでも衝突しなかった他の漁船の船長等を「利害関係人」として当事者とする方法もあったのではないか。今後の課題である。
(「平権懇」注) 第4回海難審判が17日、横浜地方海難審判庁であり、清徳丸とともに漁に出ていた僚船「金平丸」の市原義次船長が証人として出廷し、「相手(あたご)が速すぎた」などと証言した。
審判の方は、織戸孝治審判長の開廷宣言の後、喜多保理事官(検察官)から申立書(起訴状)の陳述があり、その後、舩渡健前艦長以下5人の「指定海難関係人」に対する審判長等の尋問が行われたのであるが、理事官の申立てに対する認否の点で船渡艦長等が一斉に衝突時の清徳丸の針路方位がもっと右に向いていたとして、漁船の方位変化が衝突の原因となったと言うのである。そこで海上交通安全対策の本質と言う観点から整理してみることにした。
(1)漁船清徳丸の方位角度
この問題は、事故当時の海上保安部の操作による双方の観戦の位置関係の海図に対し自衛隊が異議申し立てをし、漁船関係者の激しい抗議と反発を招いたことの繰り返しである。今回の理事官の提出した申立書の海図を見ても基本的に海上保安部による海図と同じもので、これは当時の漁船関係者とあたご乗組員の双方の関係者から事情聴取の上描かれたものであり、海上衝突予防法の横切り船における「イージス艦あたご」が避航船(針路を右転するかストップするかにより相手船を回避する義務がある。)であることに変わりはないのである。
しかし、舩渡前艦長が描いた清徳丸の「修正針路」はまるで「自爆テロ船」のように「あたご」の後を追いかけるような針路で衝突したことになるが、先ず、船乗りの常識として、こんなことは絶対にあり得ない。このように故意に衝突原因を清徳」丸に転嫁していることは許しがたいと言うべきである。
(2)イージス艦の航海計画・艦長の管理責任
そもそも今回の事故の本質的原因と言うべき問題として、イージス艦の航海計画と艦長の管理責任がある。ハワイにおける日米共同ミサイル防衛の訓練を終えて帰路に就いたのが2月6日、それから約2週間で日本の母港に着くのであるが、この間、12ノットの速力と自動操舵により航海してきた。これが太平洋の度真中であれば、当然というかごく普通の航海形式であろう。しかし、日本の近海に接近すると、漁船、貨物船、その他大型、小型の船舶が多数存在することを当然の事態として「予見可能性」の範囲に置かなければならないはずである。そういう事態はまさに衝突の危険と言う「戦闘状態に入れり」というべきであるから艦長自らが「陣頭指揮をとる」のが当然ではないのか。それなのに艦長は当直交替の関係で艦室で仮眠中であったと言う。法律以前の問題として余りにも無責任ではないか。それに「あたご」は7700トンある巨大艦船であることから、回避動作が鈍くなる。多数の艦船と接近することを想定すれば安全対策の第一が先ず速力を半分の5~6ノットに落とし、自動操舵から手動操舵に切り替えるべきである。
(3)イージス艦の艦橋見張り体制、レーダーなどの機器管理
安全対策の基本が欠けているからCICと艦橋見張員との連係にしてもいろいろなミスが出てくるのであり、「航行指針」のマニュアルにしても、艦長のリーダーシップがしっかりしておれば「指針」に反することはなく衝突の危険などは起こり得ないのであるが、海上自衛隊は「なだしお事件」と同様に安全保障の何たるかを忘れたようである。特に「証拠」として提出されたという舩渡前艦長による「修正海図」なるものは第二の「航海に日誌の改ざん」(なだしお事件)になりそうである。(2008.9.13記)
(「平権懇」注)
「『あたごが速すぎた』イージス艦海難審判で証言」(神奈川新聞 2008.9.18)http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryxiiisep0809463/
「イージス艦事故海難審判 『反省とは受け取れず』」(東京新聞 2008.9.5)http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20080905/CK2008090502000138.htm
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