2008.9.6 平権懇学習会「裁判員制度を考える 西野喜一」⑨
○裁判官は何のためにいるのか
裁判員制度は良心の自由の侵害であると思います。納税とか教育とか勤労の義務と違って、判断を強要する義務です。お前はこの被告人をどうすべきだと考えるのか、刑務所に送るべきだと思うのか、あるいは死刑にすべきだと思うのか、さあ言え、と迫ってくるのがこの裁判員制ですね。まさしく、私は人を裁くことをしたくないという思想を許さない、それを強制する、それが問題だと思います。国民の思想・良心の自由、精神的自由をたいへんに軽視しているのが問題です。
そういう批判に応えて政府は今年の1月に政令を定めまして、裁判員で精神的な不都合きたす者には裁判員を免除することができる、という条項を新たに加えました。ということは、裁判員をやりたくないという人は裁判所にやってきて裁判長に、こういうことをすると自分の精神にたいへんな重い負担がかかると申し開きをせよということですね。裁判長がそれを聞いてなるほどと思えば、あなたは結構です、ということになる。言葉を変えますと、裁判長という国家の機関が国民に対して、その思想の当否を判断するということです。お前の言うとおりなら裁判員は免除してやろうとか、あるいはお前の言うことは受け入れられないというわけです。つまり国家機関が国民の思想を判断する機会を堂々と作ったというのが、たいへん大きな問題だと思います。
免除事由にはそのほかにも、どうしても時間が空けられない、いま病人の面倒を見ているとか、葬式があるとか、そういうのもあります。仕事が忙しいという理由だけでは免除は認められないでしょうとマスコミは言っていますが、これは要するに、マスコミが裁判員制度の提灯持ちをして、国民を逃がさないようにしているだけのことです。
なお、不公平な裁判をするおそれがあると裁判所が認めた者は、あなたは結構です、ということになっておりますが、驚くべきことに、この人には無理だ、という免除事由はないんです。法律上はいかに無能な者であっても構わない。正しい裁判ということも、被告人の運命も、犯罪被害者の思いも、皆どうなってもかまわないという何とも乱暴な制度であることが透けてみえますね。
それから、裁判員を務めますと当然、さまざまな守秘義務というものがあります。最も重要な秘密は、評議において何対何で有罪になったのか無罪になったのか、あるいは誰がどういう意見であったのかということです。これは絶対にしゃべってはいけない。しゃべると罰金か懲役です。罰金の上限が50万円、懲役の上限が6ヶ月となっておりますが、懲役6ヶ月というのは国会審議になってから緩和されたことでして、元の政府原案では懲役1年でした。要するに政府は国民をまったく信用していない。これぐらい重い刑で脅しておかないと国民はしゃべるだろうと考えているわけです。これでは一生、晩酌もできない。酒を飲むと口が軽くなる人はダメですね。秘密がバレたのではないかということになりますと、その疑いがあるだけで警察は捜査をする権利と義務がありますから、その疑いだけで警察官が周囲をカギ回ることになりかねない。国民にとってはたいへん危険であり、また迷惑な制度です。
これらの裁判員の義務を憲法違反ではないとするのは、私はどうしても無理だと思います。そこで裁判員制度推進論者は、無茶苦茶な論理を使ってでも裁判員制度を合憲化しようとしているという話をしました。最近の論調は少し変わっておりまして、これは義務ではない、特権である、というのですね。他の人にはない特権だというわけです。昭和20年8月までの日本では、召集令状が来て兵隊に行く人に近所の人が「ご出征おめでとうございます」と祝賀に来たそうですが、もうそこまであと一歩です。自分の良心としても裁判員はやれないという人たちが「非国民」と呼ばれるまであともう一歩ではないかというのが、私の危惧です。
国民は何のために多額の報酬で裁判官を雇っているのか。そういう面倒で辛い仕事をさせるために、わざわざ裁判官という役職を作って仕事をさせているわけです。裁判長なら月給は100万円ぐらいにはなるでしょう。私は裁判長になる前に辞めてしまいましたけれども、大学の教授になったら収入は半分になりました。それでも別に生活には困るということはありませんでした。裁判官はたいへんな厚遇を得ているわけです。これはそういう辛い仕事をさせるためですね。
国民としてはうかつに他人の刑事事件などにかかわると、まあやりたい人は構わないと思いますが、やりたくない者がうかつにかかわると自分の人生が狂うおそれがあります。縁もゆかりも恨みも面識もない人の刑事事件にはかかわらないほうがいいと私は思います。
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