読む・読もう・読めば 41
ジュリーさんゑ
もとザ・タイガースのジュリー、沢田研二さんが自ら作詞した日本国憲法第九条賛歌、「我が窮状」を歌っている(作曲は元スパイダースの大野克夫さん)。「老いたるは無力を気骨に変えて 礎石となろうぜ」「この窮状救いたいよ 声に集め歌おう」という歌詞は、スターとしての浮き沈みと何度もの変身を経て還暦を迎えた彼の新しい「決意」を示しているのか。結構なことだ。
少しばかりの危惧が2点ある。九条が「英霊の涙に変えて 授かった宝だ」という、その「英霊」という言葉が気にかかる。というのも、かつて早川タケジさんの派手派手しい舞台衣装で歌っていたころ、「サムライ」という曲で袖にナチスのハーケンクロイツのマークを付けていた(のち抗議を受けて×マークに変更)のは、確信犯だったのか、という疑問があるからだ。もうひとつは、タイガース解散後にもとテンプターズのショーケン(萩原健一)らとPYGを結成してロック?に転向して「花・太陽・雨」などを歌ったものの、日比谷野音や京大講堂で「こんなんロックじゃねえ!」と野次られまくった経験をどう生かしているのか、ということだ。本来、ロックは体制批判の音楽であって、単にこれからはもうグループサウンズの時代ではない、という渡辺プロの都合で結成されたチームには困難な世界だった。もっともPYGにはたしか井上堯之さん、大野克夫さんもいたから、その後のジュリーの方向性を決める重要な結節点だったと思う。
さらにさまざまな曲折を経て、いま沢田さんは九条賛歌を歌う。幸いにスローで比較的単純な曲だから、今年の忘年会で団塊オヤジが歌えるかもしれない。「我が窮状守りきりたい 許し合い信じよう」とオヤジたちが照れながら歌うのは悪くない。かつて「僕は担いでもらう御輿になっているのがいちばんいいんだ」(玉村豊男編『我が名はジュリー』、1985年)と言っていた沢田さんが、いま自分の方から発信し始めたのだとしたら、もっといい。たとえそれが護憲運動への参加というようなものでなく、護憲運動と響き会うものがある、というだけのものであるとしても。 (2008年10月14日)
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