読む・読もう・読めば 45
貝になれなかった人
橋本忍氏の脚本による映画『私は貝になりたい』が評判になっている。同氏の脚本による映像化は、1958年の東京放送によるテレビ放送(芸術祭参加・文部大臣賞)、翌年の東宝による映画化、94年のTBSによるテレビ放送、そして今回の東宝による再映画化と、4度目になる。橋本氏は今回の脚本を朝日文庫で出版するに当たり、「序に代えて」で「改訂決定稿」と書いているが、加藤哲太郎氏による原作と自身の「作品」との関係については、まったく何も発言していない。したがってこのあたりの事情については、加藤氏側の『私は貝になりたい あるBC級戦犯の叫び』(春秋社刊)ほかで補わなければならない。
戦犯として死刑を宣告された(のち再審により30年の有期刑に減刑)加藤哲太郎氏が、巣鴨プリズンの中から、米軍批判は刑期短縮の妨げになることからやむを得ずペンネームで発表した創作「狂える戦犯死刑囚」中に、「私は貝になりたい」の名セリフがあった。このセリフを含む一節を『週刊朝日』が本物の戦犯死刑囚の遺書と誤認して掲載し、橋本氏はそれを読んで物語をふくらませたという。橋本氏は他の戦犯の手記もいろいろ取り込んで自身の作品にしており、加藤氏のオリジナルを読んでいる可能性もある。加藤氏が「私は貝になりたい」の原作者として名乗り出た後の橋本氏の対応は、不誠実きわまるものであったようだ。しかし東宝は加藤氏を原作者として認め、「遺書・原作 題名 加藤哲太郎『狂える戦犯死刑囚』」と明記するようになった。朝日文庫もそれを踏襲している。
橋本作品を読む。典型的な庶民のひとり、床屋の清水豊松が無実の罪で死刑にされる理不尽さ、日本軍の野蛮さと無責任体制については、素直に伝わるものがある。あまりにもベタでクサい表現ではあるけれども。しかし、戦争はこわい、というところで終わってしまっているのは、戦後60年余を経て戦争責任問題の論議が深まったいま、これで「改訂決定稿」とするのはなんとも淋しいことだ。今回の映画を見て、戦犯裁判は勝者の不公正な裁きだという印象だけを強める人もあるだろう。
加藤作品には、天皇への責任追及があり、強制されたとはいえ犯罪者となった自身への反省がある。戦後責任を考える走りであったかもしれない。そのような良質な部分を無視してお涙頂戴の部分だけを利用した橋本版「私は貝になりたい」が、衛生無害と判断され文部大臣賞を得たのも納得できる。貝になり沈黙することのできなかった加藤氏(1976年没)の無念さを想う。 (2008年12月14日)
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