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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

2008年平権懇 学習会「基地被害と環境を考える」

2008/06/18

基地被害と環境を考える②

○フィリピン調査の経験から

002  フィリピンの問題に関して簡単に経緯を説明します。フィリピンとアメリカの間で結ばれていた軍事基地協定を、フィリピンが1991年に延長しないと通告しました。それで全面撤退するかどうか米軍が迷っていたところに、ピナツボ火山の噴火が起こりました。クラーク空軍基地とスービック海軍基地がけっこうなダメージを受けて軍事的機能も低下したこともあって、92年までに米軍は完全撤退することになりました。ピナツボ火山の噴火で被害を受けたのは米軍だけではなくて、フィリピンの方々もでした。住む場所を無くしたフィリピンの方々が米軍基地の跡地に一時的に住んで、そこで汚染された地下水を利用したことによって被害が起きました。

 マニラからバスで3時間ぐらい、クラーク基地があったところが経済特区になっています。基地跡地を民生転換して発展していこうと。海辺のスービック海軍基地があったところも経済特区になっています。この2つの地に調査に入ったわけです。

クラーク基地跡の真ん中にCABCOMという、基地が返還された後に一時的にテントを張って、新しい住む場所が見つかるまで住ませていたところがありますが、ここが被害がいちばんたくさん起こったところです。一定期間経った後にCABCOMは閉鎖されて、そこで生活していた人々はまわりのいろんな村落に移って行ったのですが、移った先にも調査に行きました。汚染のひどいCABCOMの井戸も、まだ入れたので見ました。

 軍事基地ではいろんな化学物質や有害物質を使っていまして、管理していればまだいいんですけど、フィリピンの場合は例えばジェット燃料が漏れたときには、土に染み込ませてしまえばいいと。それが地下水や土壌を汚染して、そういった水を飲んだことによって、被害が発症したわけです。

 脳性小児麻痺になった子がいますし、洗濯婦をしていて全身皮膚症状になった人がいます。親が有害な水を飲んでいて、子どもに脳性小児麻痺の障害が出た例があります。水俣病と一緒です。原田先生が言われるには、お金を持っている人だったらミネラルウォーターを買って飲むけれども、買えない人は油が浮いていたり味がおかしい井戸水を飲むほかに手段がない。経済的弱者や子ども、お年寄りに被害が多く出る。生物的弱者というふうに言われますけれど、そういう人たちに被害が集中するのは、他の環境問題にも類似した点だと指摘されていました。

 スービックでもいろんな有害物質を使っていて、それが川に流れ込む。そこで生活している人がたくさんいて、被害が出る。本当に環境汚染と言ったほうが良くて、どういう物質がどういう経路で、どういう被害に繋がるかがすごく分かりづらいんです。化学物質を保存していた倉庫で働いていた人にも被害が出るし、そういう人の子どもも被害に遭った。もうひとつはスカベンジャーと呼ばれる、米軍が捨てるものの中から使えそうなものを拾ってきて生活している人たちの子どもが被害を受けました。

 経済的あるいは社会的に弱い人たちに被害が集中して、その被害というものは元に戻らない深刻なものが多い。フィリピンでそういう人たちをじかに多く見て、帰ってきたときに、フィリピンの人たちに対して自分が何ができるんだろうと考えました。それを研究でやるにはどうしたらいいのか、研究でやらないとしたらどうすればいいのかと。まあ、いろんなことを考えていまこういう道を歩いているわけなんですけど。

 基地汚染の一般的な話をしますと、基地汚染の発生源としては、兵器製造の際に出る有害物質があったり、兵器や有害物質の不適切な管理をしたときに有害物質が出て、それが地中や地下水に染み込む。メンテナンスでもそうですし、飛行機に給油するときに漏れる。あとは有害物質を何の処理もしないで埋め立てたりする。

 フィリピンの場合に被害の原因は、米軍が有害物質をずさんに管理して、何の処理もせずに埋め立てたことで、つまり、長い間ずっと有害な廃棄物を適正に管理してこなかったということです。ピナツボ火山が噴火したというので、汚染除去・原状回復をしないで、早々に引き上げた。もうひとつ被害が広がった大きな理由は、軍事活動に関することは多くそうなんですけれど、汚染に関する情報がまったく一般市民に知らされなかったということです。そういう中でCABCOMで生活した、何も知らない人たちが被害を受けるという形になっていっている。

 フィリピンの人たちは、訴訟も起こしたりしているんですけれども、アメリカでは相手にされないし、フィリピン政府も自分たちに責任のある問題じゃないと言って、訴訟が成立しないという形になっていました。結局両方の政府から被害者は救済されていない。アメリカの言い分ですと、軍事基地協定(日本の日米地位協定みたいなものです)で原状回復義務が免除されている。被害補償もしなくていいと書いてある。フィリピン政府は、お金もないし、もともと米軍がやったことで自分たちは汚染除去もできない、被害者救済も取り組めないという形で、被害者は放置されています。

2008/06/17

基地被害と環境を考える①

平権懇学習会 08.5.31  林 公則

001 司会 林先生は、大島堅一先生、寺西俊一先生のもとで学ばれた新進気鋭の研究者です。基地被害の環境調査研究をされてこられました。横田基地の軍民共用反対のシンポジウムでも松尾高志さんと共に、当時一橋の院生だった林先生に報告をお願いしましたが、石原知事の主張を木っ端微塵にしてしまったので、都では一橋の学長を出してきて新たなシンポを持ったということです。今日は1時間ほどお話しをうかがいます。

 大妻女子大学と都留文科大学で、非常勤講師として環境経済学、環境政策論を教えています。大島先生に学んだのは高崎経済大学で、寺西先生に学んだのは一橋の大学院でです。

今日の学習会は基本的に平和を考えるところだと思います。私は環境とか公害の視点から物事を見てきました。環境問題の視点から軍事活動を見ることの重要性をちゃんと位置づけるということが私の課題です。具体的な横田の公害訴訟の事例にしても、環境運動の視点からどういったことが言えるかをまとめてみようと思っていて、最終的には平和運動とどういうふうに関わり合うかも考えられるかと思っています。

 なぜ軍事活動が引き起こす環境問題に私が興味を持ったのかというところから入ります。フィリピンの基地汚染被害の話です。もともとは『アジア環境白書』という本の中で大島先生が「軍事と環境」という章を書くことを任せられたことからです。フィリピンの米軍基地の跡地で大変な被害が起こっている、その調査に行くということで、私が大学院1年のとき声をかけていただきました。寺西先生や、水俣病で有名な原田正純先生も一緒に行って、そのときの調査が、自分がこの問題に取り組むきっかけになっています。

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