読む・読もう・読めば 48
ソマリア援助とは何だったのか
ソマリアに滞在したことのある日本人はごく少ないだろう。観光はあり得ないし、貿易もごく限られたものだった。それでも『実用ソマリア語入門』『ソマリア語辞典』がともに刊行されているのは、農業・漁業・緑化などの支援で滞在した人々があり、支援の拡大が望まれたからだろう。いずれも1991年に崩壊したシアド・バーレ政権時代のことだ。
ユニセフ(国連児童基金)の職員として1983年1月から翌年6月までソマリアに駐在した小山久美子さんが、『ソマリア・レポート 国連職員の暮らした不思議の国』という本を94年になって書いている。ユニセフといえば、貧困・暴力・疾病・差別から子供たちの命と健康を守る組織であって、親善大使に黒柳徹子さんやオードリー・ヘップバーンがいる。小山さんの本はソマリア体験を記した貴重なもののはずが、不思議なことにこの本は著者の見聞を綴るものの、著者がユニセフ職員としてどのようなプロジェクトをどのように進め、どれだけの成果を得たかが、まったく書かれていないのだ。
たとえば、このような記述がある。「遊牧民の特質とされる誇りの高さ、独立した精神は、表面的な付き合いだけでも、そのストイックな、迎合しない態度から感じ取れる」が、「誇り高さは、往々にして偏狭さ、根拠の無い、無知によるおごりになる事が起こった。ソマリア人は、他の世界を知らないくせに自分たちが一番良いと思っている節もあった。」
そして、このように綴じられる。「ここまでばらばらになってしまった国を、一つにまとめていくのは、ソマリア人自身がやるしかない。今のソマリアは、地面に力一杯たたきつけられて粉々に砕けた鏡のようだ。」そうかも知れない。けれども援助にかかわった人にここまでクールに書かれるのは淋しい。砕けた鏡には国連も米国もソ連もイタリアも、そして日本も映っているのではないか。 (2009年2月14日)
« 読む・読もう・読めば 47 | トップページ | 3.7シンポジウム イージス艦「あたご」による漁船沈没事件を考える »
「大内要三 コラム「読む・読もう・読めば」」カテゴリの記事
- 読む・読もう・読めば 127(2013.06.12)
- 読む・読もう・読めば 126(2013.04.06)
- 読む・読もう・読めば 125(2013.02.11)
- 読む・読もう・読めば 124(2012.12.15)
- 美濃部革新都政への道をふりかえる(2012.11.22)
この記事へのコメントは終了しました。
« 読む・読もう・読めば 47 | トップページ | 3.7シンポジウム イージス艦「あたご」による漁船沈没事件を考える »


コメント