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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2009年3月

2009/03/28

読む・読もう・読めば 51

古本の楽しみ

古書店の店先に置かれたいわゆる均一台に目が行く。某日、1993年に出た小沢一郎著『日本改造計画』を某古書店で100円で買った。政治資金について72頁に次のような文章がある。

「まず、政治資金の出入りを一円に至るまで全面的に公開し、流れを完全に透明にすることである。それによって、政治家が不正を働く余地も、国民が不信を抱く余地もまったくなくしてしまう。/政治家の政治資金団体を一つに限り、政治活動にかかわるあらゆる資金はそこを通してのみ受領、支出し、一年ごとに全面公開する。これだと、公私の別のはっきりしないドンブリ勘定も、政策決定に絡んだカネのやりとりもできなくなる。/さらに、企業や団体による政治献金は政党に対してのみとし、政治家個人への献金は禁止してもいい。理論的にはおかしいことだが、政治家と特定の企業、団体との関係について疑いを持たれる余地をなくし、国民の政治不信を払拭するためにはやむを得ないと思う。」

さて、何が「理論的にはおかし」くて何が「やむを得ない」のか。また某日、2007年に出た田村重信著『民主党はなぜ、頼りないのか』を某古書店で50円で買った。133頁以下に『週刊現代』2006年6月3日号の記事「すべては田中角栄のマネ、小沢一郎の『隠し資産』を暴く」が要約されている。

「小沢氏所有のマンション10戸の購入価格の合計は、なんと約6億1000万円。/多くの国民が住宅ローン返済で苦しんでいるときに、建設業者などから受けた政治資金で超高級マンションをいくつも購入する小沢氏は、政治家として、どういう神経を持っているのだろうか。/これらマンションの一部は、自ら理事を務める国際交流団体や民間会社にも貸しているという。」

小沢氏の金脈については以前から断片的に報道されていたが、本格的な「研究」はないようだ。立花隆さんの田中金脈研究に匹敵する小沢金脈研究をマスコミがしないのはなぜか。

2009年3月28日)

2009/03/26

3.7シンポジウム 質疑・討論

会場からのご意見・ご質問      

◎厭戦庶民の会の信太といいます。海上衝突予防法では、右に走っている船を見る船は義務船なんです。左に見れば権利船です。私は海軍兵学校で教わりました。海上自衛隊にもいて、日本航空でも機長をしましたが、まったく同じなんです。難しいことを考えることはない。飛行機でも船でも、右には緑の明かりをつける。左には赤をつける。赤が見えたら義務船、あるいは義務機なんです。無学文盲の見張員でも分かるんです。だからこれはイージス艦「あたご」による殺人行為です。

◎市民ネットワーク千葉県の吉沢と申します。先ほどのお話に出てきた「チャーリー海域」のことについて補足したいと思います。新たに配備された空母「ジョージ・ワシントン」を迎えるために、横須賀港は12号バースの浚渫作業を行いました。米軍が使っていたところは土壌が非常に汚染されておりまして、ここでも重金属を含む大量の汚染泥土が出ました。それを横須賀から「チャーリー海域」に持ってきて捨てていたんです。私たちは県議会で問題にしまして、全員一致で反対決議も出ました。その横須賀港の汚泥を積んだ船が行くときは漁船の航行は控えてもらいたいというのが防衛施設局からの要請であって、千葉県漁協連はそれに対して繰り返し交渉していたという背景があるんです。しかし「ジョージ・ワシントン」の配備が目前に迫ったこの2月の段階で、浚渫のスケジュールが押してまいりました。この事件が起こるほんの1日半前ぐらいに、防衛施設局と千葉県漁協連との間で話し合いがつきまして、双方で航行に注意するということで、浚渫汚泥船と漁船が同時航行して良いというのが決まった。その直後にこの事件が起きたわけです。ミサイル防衛の問題もありますが、こういう「ジョージ・ワシントン」配備など米軍・自衛隊とのからみのなかで、尊い2つの命が失われたことを、地元から強調しておきたいと思います。

◎元神戸商船大学の照井と申します。海難審判の手続のことについて、補足します。田川先生が最後に受審人のことを述べられましたけれども、「あたご」事件では船長さんと息子さんが亡くなられて、受審人が不在ですね。それで海上自衛隊だけが出席した。「なだしお」事件のときは近藤船長が受審人となって、官対民の関係で争われました。そして田川先生が補佐人となって、相手の自衛隊の資料も閲覧することができた。今度は受審人が不在ですから、官対官で、民の立場は出てこないんですね。海難審判規則では海難に利害関係のある者は審判を申し立てることができるはずです。やはり利害関係ある者を受審人の代わりに出席させれば、補佐人とともに官対民の関係をつくることができた、ということを申し上げておきたいと思います。

◎自衛艦は海技免許を持たなくていいというお話がありました。それと安全航行装置ですか、それを自衛艦には配備する義務はないというお話。そのへんの根拠といいますか背景はどういうことなのでしょうか。

◎田川 海技免許の件ですが、一般に船員は国交省の大臣名で1級海技士とか2級海技士の免許を与えられます。それを持っている船員は航海者、要するに船長として認められて操船できるわけですが、自衛隊はそういうわが国の法制度のアウトサイドにいるわけです。したがって海上自衛隊の内部試験に合格すれば艦長として操船できるという仕組みになっておるんです。海上自衛隊は、一般の1級海技士と同等以上の能力がないと内部試験に通らないと言っているんですが、そうであれば海技士試験を受ければいいじゃないかと思いますが。海上自衛隊は軍隊の範疇に入るものですから、内部でやるということなんです。AISも国際的な取りきめで、安全のためにそういう設備をつけるように定められておるんですが、これまた一般の船に対してですから、軍艦のたぐいはその対象になっていないんです。ただAISを積んでいたおかげで、「あたご」がどういうふうに動いたかが、1分単位で分かる。動静を知られたくない自衛隊としては付けたくないという気持ちは分かりますが。

◎私は鉄道の駅員を41年やってきたんですけど、3つ疑問を感ずるんですね。ひとつは、艦長が混んでいることを知らなかったと。これは全くふざけたことですね。ラッシュアワーだったら新宿は7時から9時まですごく混んでいる。それを知らなかったと平然と言っている。それから鉄道では事故が起きると警察沙汰になるわけですが、警察が来る前に全部、運転手がどこでブレーキを止めたか、想定を作っちゃうんですよ。改竄は当たり前。3つ目は、事故が起こったらどうするかと。上りの電車が事故を起こしたら、私たちは下りの電車が来たときのことを考えて、その対策を練るんですね、すぐに。まったく簡単な話です。「あたご」乗組員はなぜすぐに海に飛び込まなかったのか、不思議です。

◎杉原 なぜ飛び込まなかったかという話ですが、僕も最初に報道で見たときに、せめてそういうことだけでもできないものかと、率直に疑問を感じました。「あたご」は特殊部隊用のボート、これはフランス製の高速艇で、船舶立入検査、いわゆる臨検のときに使うためにイージス艦では初めて搭載したらしいんですが、そういう装備を積みながら、衝突事故という基本的な事故に対する対応が何もできなかった。そのギャップというものは本当に激しくて、その問題がどういうふうに解明されるのかということをきちんと見ていくべきだなと感じています。

◎会社員です。実際に衝突してしまったわけですが、この衝突を避けるためには、「あたご」はどのような航法をとれば衝突が避けられたとお考えでしょうか。それともう1点はテレビのニュースの記憶なんですが、事故が起きた当日か翌日かは忘れましたが、注意喚起信号を「あたご」から漁船に、発光でですね、行ったと。その注意喚起信号を、亡くなったお父さんが僚船に対して無線で、「光でピカピカやられたよ」と話したとニュースで聞きました。この注意喚起信号がなぜ生かされなかったかを、どのようにお考えでしょうか。

◎田川 この場合にイージス艦は、船にはブレーキはありませんけれども、速力を落とすと、清徳丸も康栄丸もみんな自分の前をかわして行くので、それから右転しながら進めばよろしい。いずれも操船としてはきわめて容易なことです。余裕があるときに信号が出ておれば、清徳丸も避航する動作がとれたものと思われますが、注意喚起信号が出たかどうか、定かではありません。そういう事実は海難審判では認定されていないんです。

◎海難防止協会の大貫です。私も海事専門家としてこの間、さまざまなメディアで海自に厳しい指摘をしてきましたが、ひとつ気になることがあります。レストランに例えますと、町中のレストランとは違って、自衛隊の場合は全国展開のチェーン店ですね。全体で安全対策をやってもらわないと困る。実は私は防衛庁時代には招かれてよく一般船舶との間の安全対策で講演したんですけれども、市ヶ谷に移ってからはそういうことはなくなりました。この56年の間に教育訓練が疎かになっているような気がするんですが。

◎田川 ご指摘の通りで、いわゆる軍事訓練は何回でも念入りに行われるのですが、海上の航行安全という訓練はないがしろにされているのではないか。「なだしお」のときに十分にやるし継続的にやると高等海難審判庁で自衛隊が供述したので、そのときは勧告をされなかったんです。今度は横浜の審判書もたぶんそういう記録は見ておりますので、今回は勧告をやるべしということになった。ご指摘の航行安全、とりわけ日本近海での一般商船との関係でどれだけ訓練が行われたか、きわめて疑問です。外部から講師を招いて学ぶことをしないもんですから、ますます閉鎖的な傾向は治っていないと言えると思います。

◎自衛隊というのは上から与えられたことしかしないんですね。ソマリアに行く自衛隊も、標的に当てる訓練しかしていないんです。ところが海上保安庁は当てない訓練をしている。ですから非常に危機感といいますか、心配をしています。

◎海上衝突予防法では、衝突の直前の、衝突を避けるための最善の動作をどうとるのか。清徳丸も「あたご」も、どうような動作をとればよろしいとお考えでしょうか。

◎田川 第17条は「保持船」、本件で言えば清徳丸の動作について決めてございますが、衝突を避けるために最善の協力動作をとらねばならない、という規定があります。つまり近い例で言えば、清徳丸は青信号で進んでいたんですが、横から赤信号にもかかわらず入って来る大型の船がいたら、危ないと思えばブレーキを踏まなければいけませんよ、という規定なんです。船にはブレーキはなくて、スクリューを逆回転して行き足を止めるという動作をとります。10万トンクラスのタンカーは、156ノットのスピードで走っておりますと、ストップしようとしても2キロ進むんです。ですからできるだけ早期に、少なくとも3分とか5分前には行動をとらなければいけない。

最後にひとこと

◎大内 私は千葉県嚶鳴村(現旭市)に生まれて小さいころから海に親しんできたので、千葉の海には個人的な感情を持っています。いま御宿町のリゾートマンションに通っていますが、この町から湾の向こうに川津港が見えます。それで今回の事件には思いが深くて、二度とこんな事件を繰り返してはいけない、どこの団体もこの事件を検証する集会をやらないのなら、ぜひ私たちがやりたいと思いました。先週末には川津に行って、吉清さん親子の墓参りもいたしました。今日のシンポジウム会場には、じつは川津からご親族の方にも参加していただいておりまして、このような集会を成功させることができたのを、ありがたく思っております。

◎杉原 最初のお話の中でも強調したんですけれども、本来イージス艦という船は冷戦が終わったときに廃船にすべきだったということです。もう20年前になりますけれども。その後、後付けで新しい任務を付け加えて生き延びている。軍隊自体が敵を作り出していくというシステムなんですが、そういう中でミサイル防衛を非常に大きな「錦の御旗」としてイージス艦が強調されることになっています。つい最近の報道でも北朝鮮がまた人工衛星を打ち上げるという中で、「こんごう」や「ちょうかい」が日本海の作戦区域に出動準備をしていると言われます。今回の事件はある意味で、私たちに対する非常に大きな警告でもあると思っています。もういちどイージス艦という船の正当性というのか、本当に私たちにとって必要なのかということを、しつこく問いかけていくことが必要だと思います。放っておけば「あたご」は新しいSM3ミサイルを搭載してミサイル防衛作戦に加わることが予想されます。アメリカ軍と共同の軍事作戦を担っていく目玉の船として動いていく可能性が高いです。そういう未来が現実のものとしてスケジュールに上ってくる中で、2人の尊い命を奪ったことが、私たちにとっては大きな教訓として、イージス艦自体を見直していく機会になったと思います。

◎田川 海上自衛隊が今度、ソマリアの海賊対処で現地に派遣されるというので、立法作業が準備されております。確かに自衛隊に期待する声もあります。しかしそれは対症療法なんであって、根本的なあの国の政情不安をなくするということをしないで、やられたらやり返せというような風潮は、警戒しなければならないと思っております。

2009/03/25

3.7シンポジウム報告 海難審判で何が争われたか

1_2 田川俊一(弁護士、日本海事補佐人会会長)

「海難審判で何が争われたか」というテーマに沿って、海上衝突予防法の条文の一部と、いくつか資料を用意してきましたので、まずこれを説明します。

資料1の海図W61B、これは本物の海図の一部分をコピーしたもので原寸です。図の下のほうにと描いたところがありますが、これが衝突地点です。野島埼灯台から190°22.9マイル。衝突地点からずっと北の方を見ますと、「野島埼」の灯台のマークがございます。外国から帰ってくる船員がみなこの野島埼灯台を見ますと、たいへん嬉しく思う。ああ、日本に帰って来たな、というところなんです。

右のほうに勝浦から航跡を引いてあるのは清徳丸の針路で、215°の方向になっております。真北が0°、真南が180°なのはご存じのとおりです。その清徳丸は針路215°、速力15.1ノット、これは海難審判での事実認定から描きだしたものです。1ノットは1852メートルを1時間で行くスピードですので、時速約30キロぐらい、たいした速度ではないですが、船としてはそこそこの数字です。

右下から上(北)方に延びているのはイージス艦「あたご」の針路で、328°、速力10.6。このまま進んで行きますと洲崎沖、館山の西端あたりに洲崎灯台がありますが、これを右舷に見て、それから浦賀水道を通って観音崎を見て、北上し東京湾に入って横須賀に入るという、進路になります。

資料2は昨年3月28日付の『赤旗』記事ですが、私、田川が「データ公表は義務である」とコメントを書いております。「事故原因は海難審判庁や裁判所が判断しますが、最終的な判断を下すのは国民です」とあります。

資料3も『赤旗』で今年の1月23日付、海難審判の裁決が出た後のコメントです。海難審判で海上自衛隊に責任があることが明らかになった、したがって「あたご」の艦長にも勧告すべきである、ということです。

資料4も同日付の『日本経済新聞』ですが、最下段に私のコメントがひとこと出ております。「なだしおが教訓とされずに繰り返された事故で、海自が安全な航行を継続できるかは疑問。世論の監視と外部に開かれた再発防止策が必要だ」と。

自衛隊は今後は事故が起きないように教育・訓練をしますと、20年前の「なだしお」事件の時に繰り返し言っていたんです。ところが今回の事故を見ると、安全航行の基本である見張りができていなかった。

資料5は平権懇が「なだしお」事件翌年の1月に発行した『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』という本の目次です。なぜ20年前の本の目次を持ってきたのかと言われそうですが、見ていただくと分かります。「海軍化しつつある海上自衛隊」「街の暴走族と同じ」「市民感覚から遠い自衛隊」「起こるべくして起こった事件」「“軍機”より真相を国民の前に」というようなことで識者の方がそれぞれ短い文章を発表していますけれども、これが今回の事件とまったく変わっていません。つまり海上自衛隊は国民の審判といいますか批判をかわしつつ、本質的には従前の体質が変わっていないことが明らかではないかということを言いたいわけであります。

「あたご」事件の概要は、新聞その他で出ておりますことですし、説明は簡単にします。

「あたご」はハワイ沖合で米海軍と共同で、積んでおる武器にかかる「装備認定」、つまり装備がうまく働くかどうかをテストをしたわけです。このテストはたいへん厳しいもののようです。そのような試験を終えて、パールハーバーを発して横須賀に向かった。19日の午前3時ごろには野島埼沖を328°の針路で進んでいた。本当に進む方向は風と波の影響を受けて4°ずれて進んでいたのですが、大きな違いはありません。速力は10.6ノット。

いっぽう清徳丸は、同日0時55分に勝浦の漁港を発して、三宅島方向の海域にマグロ漁業に行くために、同じ海域を針路215°、速力15.1ノットで進行していた。

2 さて、これから見ると明らかなように、「あたご」からは清徳丸を右舷サイド、右側に見ることになります(資料1)。海上交通ルールでは、このように横切る場合は他船を右に見る船のほうが右転をしてかわせというのが原則で、これが世界的ルールとして条約になり、国内法では海上衝突予防法になっています。海上衝突予防法の第15条に規定がございます。道路交通法ならともかく、海上衝突予防法については船員以外の人では知らなくて当然ですが、ここだけを見れば明らかです。「横切り」とは何かと。「2隻の動力船が互いに進路を横切る場合において衝突するおそれがあるときは、他の動力船を右げん側に見る動力船(本件ではあたごになります。「他の動力船」が清徳丸です)は、当該他の動力船の進路を避けなければならない」(予防法15条)。

避けるためにどういうことをしなければならないかというと、第16条に、「この法律により他の船舶の進路を避けなければならない船舶(これを「避航船」と言いますが)は、当該他の船舶から十分に遠ざかるため、できるだけ早期に、かつ、大幅に動作をとらなければならない。」というふうに、明確に書いてあるわけです。

これらは「あたご」の艦長、当直士官、あるいは見張り員も含めて、海事関係者であれば誰でもいちばん最初に勉強する海上衝突予防法で、しかも、もっとも基本的な条項なんです。これを多少でも知っておれば、漁船が右から来ている、このまま行けばやがて衝突する、どちらの船が避航すべきかといえば我々である、ということがすぐに分からなければいけない。「大幅に、早期に」衝突を避けられる動作をしなければいけない。この例で言いますと、イージス艦「あたご」は速力が10.6ノットでしたから、大幅に速度を下げる、あるいは右に曲がって清徳丸の後方(船尾)をパスするようにすれば安全にかわすことができるし、その程度の動作をすることは何でもないことなんです。しかし「あたご」の艦橋には10名とか11名の者がいたんですが、誰もこのことに気がついていなかったということが、結果としては言えるわけです。

一般商船ですと、日本近海に近づいた、東京湾に近づいたとすると、東京湾から出る船、入る船、南北また東西に航行する船舶、船舶交通が輻輳する海域ですから、当然緊張します。一般商船はせいぜい3人くらいですが、それでもきちんと見張りをする。「あたご」はいったいブリッジで何をしていたのか、と言いたくなります。ただ自衛隊というのは縦割りですので、見張りは見張りだけしていて余計なことをしてはいけない。舵をとる人は舵をとればいいのであって、余計なことをしてはいけない。与えられた任務だけやれというのが組織の鉄則のようです。ただその背景は、漁船はいたって構わないと、「私は菊の御紋を背負った軍艦である」という意識があって、真剣に見ていなかったのではないかというふうにも思われるわけです。

そこで、先ほど出ました潜水艦「なだしお」事件とイージス艦「あたご」事件とを比較して見てみたいと思います。潜水艦「なだしお」事件は20年前の1988年7月23日、これは東京湾の横須賀沖でした。イージス艦「あたご」事件2008年2月19日、これも東京湾の入口である野島埼の沖合で事故が起きております。

共通点を見ますと、まず「なだしお」と「あたご」、両艦船ともに自衛隊ではその当時の最優秀艦なんです。「あたご」は事故の前年に生まれたばかりですね。「なだしお」も新しい潜水艦で、優れた機能を有していたわけです。私は「なだしお」事件のとき第一富士丸の補佐人を務めて、現場検証で「なだしお」の艦内まで昇って見ましたが、計器と機械がぎっしり詰まっている。しかしこれは航行の安全というよりも、敵艦を発見してやっつけるという目的のもので、軍艦ですからそういうふうになるんですけれども、じつに見事なものでございました。「あたご」はイージス艦でありますから、100機ぐらいの敵をいっぺんに発見してやっつけることができるという、優れた性能を持っているわけですが、肝心な漁船をよう見つけなかったということは何故かということです。

また、両事件はいずれも平和な海で、自衛艦が民間船と衝突し、重大な結果が発生したという点でも同じであります。「なだしお」事件では、週末に釣りを楽しみたいという乗客が28名、乗組員2名の30名が亡くなりました。「あたご」事件では清徳丸の船長とその息子さんが2人とも亡くなった。まことに重大な、痛ましい結果が発生しています。

次に共通点としては、海上交通ルールを見ますと、いずれも自衛艦側に避航義務があります。「なだしお」事件では、「なだしお」は富士丸を発見していたんですけれども、自動車の運転に例えればまずブレーキを踏む、それからハンドルをとる、という動作が基本ですが、「なだしお」はアクセルを踏んだわけです、富士丸の前を突っ切ろうと。その判断が誤りであって、衝突にいたった。「あたご」も避航義務を守りませんでした。

その前提となる見張りですが、「あたご」はいちばん始めは衝突の2分前、自分の前方右側に緑の灯火(右舷側の灯火)を確認したと言っていました。突然漁船が現れたと強調したいためにそう言ったのかも知れませんが、緑の灯火が見えたら衝突するわけがない。なぜそんな見え透いたことを言うのかと一斉に非難を浴びたら、実は初認は衝突の12分前だったと言い換えた。さらに30分前には右のほうに見えていたと主張を変えてきているわけです。いずれにしても見張りがきちんとできていなかった。

また海上自衛隊は両事件ともに、事実をそのまま発表しないで情報操作をしていたのではないか。「あたご」の乗組員をヘリコプターで呼んできたり、また陸から幹部が艦に行ったり、捜査が入る前にいろいろ動いていたということが明らかになっております。そのこと自体は仮にあったとしても、その中身を公表しないことで、情報操作をしているのではないかと思われても仕方がないわけであります。

「なだしお」事件では『朝日新聞』がスクープしたのですが、「なだしお」は航泊日誌を改竄しておったということを大きく取り上げた。「なだしお」の艦長は富士丸の30名が死にかかっているときに、艦長室で航泊日誌の改竄、衝突時間を2分ずらしたんですが、それをせっせとやっていたわけです。航泊日誌はふつうの商船では航海日誌と言いますけれども、機械的に船の動静をつける公の日誌です。漁船が突っ込んできたと言うためには、衝突時刻を2分ずらした方が言いやすくなるんです。単純に航泊日誌だけ書き換えたのではよろしくないので、チャート(海図)といって、いつどこを通ったということを記載し記録に残すんですが、それを1箇所をずらしたものですから数箇所を変えなければならない。せっせとそういう作業をやっていたわけですから、いかに自己保身を優先させたかということが明らかです。

富士丸では助けを求めて泳いでいる人が多いということが分かっているわけです。「なだしお」には屈強な若者が乗っているわけですから、飛び込むくらいの気概は持てと、海難審判で私も主張したんです。ところが、飛び込みは艦長の命令がない限り、たとえ目の前で溺れている人がいてもできないんだと。艦長は全体的な安全を考えて、飛び込んでも何にもならないから命令しなかったということでした。

また「なだしお」には救命艇、ライフボートがあるんですが、これをなぜ出さなかったか。ライフボートは潜水艦員を助けるためのものであって、民間人を助けるものではないと説明されました。いつ使うかというと、潜水中に何らかの事故で潜水艦が上がらなくなったとき、乗組員が水上に出て乗るのがライフボートであると。軍組織の優先ということを名実共に実践しているところであります。

「あたご」事件で大きな問題なのは、相手の船(清徳丸)の方位が変わらないように見えたので、速力がないと思ったという、乗組員の証言です。方位というのは自分の船から相手の船を見た角度をいうんですが、方位が変わらなければ衝突するわけです。子供が聞いても分かるようなごまかし、つまり自分には責任がないんだということを言いたいんでしょうが、その拠って立つ理論がなっていないのであります。

しかし国民世論、「あたご」はおかしいんじゃないかと言われて、少なくとも表面的には謝罪しなければならないところに追い込まれたわけですから、艦長は遺族を訪れて謝っていた。

海難審判では、衝突の原因、過失はどうであったかということが、第一に争われたわけです。自衛隊は、今まで悪うございましたと謝罪していたのが掌を返すように、あの事件は我々に原因はないと、清徳丸が進路を変え速力を変えたから衝突した、つまりわが艦の前方にわざと出てきたのではないか、ということを海難審判で言い始めました。

海図(資料1)を見ていただきますと、215°で清徳丸は進んでおりましたが、海難審判での自衛隊側の主張では、これを1マイルくらい南にずらすわけです。清徳丸が1マイル南を通ると衝突しない。そういうはずであったのに、「あたご」に近づいてきた清徳丸が今度は右に舵を切って、わざわざ「あたご」の前方に出てきたので衝突した。そう言い始めたわけであります。それはおかしいと審判官から批判されても、最後までその主張を曲げなかった。徹底して主な原因は清徳丸にある、漁船にあると、最後まで言い続けていたわけです。

なぜそうなるかというと、海難審判は受審人とか指定海難関係人が両方にいる場合に  互いの主張を聞けるのですが、清徳丸乗組員は死亡していましたので、それができなかった。したがって片裁判、海上自衛隊の乗組員と、それを補佐する弁護士だけで審判が行われて、厳しく詰めるという作業ができなかった。ある面では自衛隊は言いたいことを言っていたということであります。

そこには、いわゆる海軍意識、菊の御紋を背負っているという意識が根底にあるのではないか。民間船が自衛艦を避けるべきであって、海上交通ルールなんかはわが海軍には通用しないというふうな意識が根底にあるのではないか。本来、民主主義のもとでは国民が主権者で、公務員は公僕なんですね。ましてや自衛隊という大きな権力と暴力装置をもつ組織は、これを徹底的に尊重しなければならない。ところが、我々は国防のために日夜努力しているんだから、国民はその我々を敬って避けなければならないと。

今回、海難審判で海上自衛隊という組織に勧告が出たということで、海上自衛隊がどういう組織になっているか、よく分かるということを申し上げたかったわけです。

2009/03/21

3.7シンポジウム報告 イージス艦「あたご」とはどのような船なのか?

1

杉原浩司(核とミサイル防衛にNO!キャンペーン)

 冷戦終結で廃艦にすべきだった

 「飛んだら、即、死だ」という言葉があります。英語では“if it flies, it dies !”、これがイージス艦のスローガンとして使われているそうです。そもそもイージス艦の「イージス」という言葉の由来は、ギリシャ神話の最高神ゼウスの盾なんです。つまり最強の盾という意味から、こういう命名になったと言われています。イージス艦の能力と特徴は、同時に複数の目標に対処する能力を兼ね備えた、海軍史上最強の軍艦であると説明できます。具体的に言えば、複合的に装備したさまざまなレーダー装置とコンピューターによる制御発射装置を、CICと呼ばれる戦闘指揮所で統合的に運用しています。

 その能力は、半径300マイル、1マイルが1.6キロですから480キロぐらいですが、その範囲の目標100個を同時に探知して、そこにミサイルや速射砲による同時多発攻撃を行って、破壊できると言われています。そこから、冒頭の「飛んだら、即、死だ」というスローガンが出てきています。

 では、どういうミサイルを積んでいるのでしょうか。「あたご」はハワイでの実験帰りに事件を起こしたのですが、その際の実験は「スタンダードミサイル2(SM2)」の実射試験です。これは主に航空機に対する迎撃ミサイルです。そして、SM3というのは、ミサイル防衛(MD)用の新しい迎撃ミサイルです。弾道ミサイルに対する迎撃が可能とされており、あたごには積まれていませんが、「こんごう」や「ちょうかい」というイージス艦には積まれています。加えて、毎分4500発撃てるという速射砲、さらに、海上自衛隊はまだ搭載していないのですが、アメリカのイージス艦にはご存じの通り、トマホークという有名な巡航ミサイルが多数装備されています。現在は、射程が長くより強力な「タクティカル・トマホーク」という最新型になっています。横須賀に数多くの米イージス艦が配備されていますが、そこに搭載されているトマホークの垂直発射管の総数は、500発を超えると言われています。

 歴史を少し遡りますが、そもそもイージスシステムの研究が始まったのは1972年、まだベトナム戦争が終わっていない、冷戦期です。イージスシステムの重要部分は、あたごが就役した直後の雑誌の写真(写真週刊誌『FLASH』)を見ていただくとわかりますが、真ん中の高くなっている艦橋の4面に、8角形の板状のものが付いています。この中に1面あたり4000個を超すレーダーの素子が入っています。これが、イージスシステムの要であるフェイズド・アレイ・レーダー(SPY-1)といいます。この研究が1972年に始まり、1977年には2つの目標を同時に撃墜する試験に成功します。これがイージスシステム誕生の瞬間です。もう30年以上経ちますね。

 どこが作っているかということですが、アメリカのロッキード・マーチンという、世界最大規模の軍需企業が主要な契約企業となって製造しています。とりわけ中枢のシステムは最高の軍事機密の塊で、「ブラックボックス」と呼ばれるのですが、この部分については日本側はいっさい触れることができない。ですから、修理やメンテナンスのときは、いちいちアメリカに持ち帰って修理をする形になっています(「GSOMIA」という日米の軍事秘密保全協定が締結された際、修理を日本の軍需企業に開放するという案があったが、採算上の理由で断念されたと報じられた)。

 そもそもイージス艦は何のために作られたのでしょうか。冷戦時代の仮想敵・ソ連が、とくに太平洋艦隊を中心に、アメリカに対抗して軍拡競争をやっていました。ソ連はバックファイアという非常に強力な爆撃機を開発し、多数の対艦ミサイルを発射できる能力を持っていました。その攻撃から空母を守るためにイージス艦が作られたのです。

 そう考えると本来、イージス艦は冷戦が終わった1989年、そしてソ連も崩壊したその時点で、そもそもの歴史的な役割を終えていたはずの船なんです。イージス艦に留まらず、日米安保条約自体も同様ですが、あの時点で市民の側が「イージス艦はもういらない」「無用な兵器だ」という声を上げて、廃艦にさせるぐらいの働きかけをすべきだったのでないかと思っています。それができていれば、当然ながら今回のような事件は起こりようがありませんでした。

 新たな任務―先制攻撃とミサイル防衛

 では、ポスト冷戦の時代にイージス艦は何をやったのでしょうか。中東での1991年の湾岸戦争、そして2003年に始まって今も続いているイラク戦争において、横須賀から出かけて行って、開戦時に先制攻撃の役割を担いました。湾岸戦争では「バンカーヒル」というイージス艦が、そしてイラク戦争では「カウペンス」というイージス艦がトマホークミサイルを発射して、イラクの人々を虐殺する最初の役割を担いました。その後、ミサイル防衛という新たな任務が加わっていくことになります。

 それでは、日本のイージス艦配備がどのようになされてきたのかを見てみましょう。背景には米国の圧力があると思いますが、海上自衛隊にアメリカの空母をはじめとする第7艦隊を守らせる、さらには共同作戦まで視野に入れていくという流れの中で現在に至っています。1993年の3月に、一番艦である「こんごう」が就役し、佐世保に配備されます。これにより、日本はアメリカに次いでイージス艦の保有国になりました。その後スペインやノルウェー、韓国が保有しますが、ほんの数カ国でしかありません。

 1998年までに「きりしま」が横須賀に、「みょうこう」が舞鶴に、昨年11月にハワイでSM3の実験を行った「ちょうかい」は、「こんごう」と同じく佐世保に配備されました。ここまでが、いわゆる「こんごう型」イージス艦4隻です。

 その後、現在アメリカで最も性能が高いとされる最新型イージスシステム(ベースライン7)を搭載したあたごが、2007年の3月に就役します。そして、衝突事件が起きた後の2008年には、何の反省もないまま、同じ「あたご型」のイージス艦「あしがら」が就役してしまいました。あしがらの就役に対しては、あたご事件の余韻が冷めておらず、問題の究明もなされていない中で、同型のイージス艦を就役させていいのか、少なくとも凍結すべきではないかと言う声を、本来ならば上げるべきだったと思います。残念ながら、むざむざと6隻目のイージス艦の就役を許してしまいました。

 日本のイージス艦には、たいへん巨額な税金が投入されました。こんごう型が約1200億円、あたご型は約1400億円にのぼります。6隻で7600億円もの税金が投入され、システムの維持費だけで1隻に毎年10億円かかると言われています。ロッキード・マーチン製のイージスシステムという中枢部分は特に高額で、約750億円に達し、全体の半分を占めています。船体は日本の軍需企業が製造しており、1隻だけはIHI(旧石川島播磨重工)、その他は三菱重工だったと思います。三菱にとっては非常に大きな契約になっています。

 では、日本のイージス艦に今後どういう役割が想定されているかですが、勝山拓という元自衛艦隊司令官は5つくらいを挙げています(『世界の艦船』2007年8月号)。一つ目は、「周辺重要海域の警戒監視と海洋権益の防護」です。海洋基本法という法律が宇宙基本法より前に作られたんですが、中国などを意識して、権益が競合する海域での日本の海洋権益を守れということで、そのために監視をするという役割です。

 2番目は、「重要海域のシー・コントロール」。中国の潜水艦の動きを封じ込めることなど相手の活動を制限することが想定されています。3番目は、「島嶼防衛」、離島に対する侵攻を抑止したり阻止したりする。4番目が、旧来から言われている石油等の運び道を守るという「シーレーン防衛」。そして5番目が、最近脚光を浴びている「弾道ミサイル防衛」ということになります。

 おそらくこのままいけば、これらに加えて巡航ミサイルの搭載もあり得るでしょう。ミサイル防衛だけでは弱いので、敵のミサイル基地への攻撃能力を持つべきだという声が既に出ています。アメリカからトマホークを購入しイージス艦に積もうという動きが、いずれ浮上することは間違いないと思います。今あるイージス艦のミサイル発射装置もそのまま使えるようです。

 やはり問題とすべきは、ミサイル防衛という新たな任務です。アメリカは、日本をミサイル防衛の格好の最前線基地として、「米国防衛のための盾」として位置づけて、世界の中でも突出した形で、ミサイル防衛の配備を進めています。横須賀基地には、「シャイロー」の配備を皮切りに、計5隻のミサイル防衛に対応したイージス艦を配備しています。すでに日本海に作戦海域を設定して、北朝鮮からハワイに向かうミサイルの迎撃を想定した訓練を何度かやっています。さらに、自衛隊のイージス艦もそれに同行する形の共同訓練も始まっています。

 海上自衛隊の場合は、先ほどお話ししましたが、こんごう型のミサイル防衛対応の改修が進んでおり、現在2隻、さらに2隻の改修が予定されています。

 イージス艦はもともと、同時多発攻撃に対抗できる強力な攻撃能力を持っていたわけです。アメリカの場合はトマホークを積んでいますから、相手に対して脅威を与える艦船だったのですが、そこにミサイル防衛システムという盾を兼ね備えることで、文字通り史上最強の軍艦へと進化を遂げたわけです。ようやくいなくなりましたが、ブッシュ大統領が「ブッシュ・ドクトリン」と呼ばれる先制攻撃戦略を表明して、未だに撤回されてはいないんですが、それを船として体現するのがイージス艦だと思います。

 今やアメリカの軍事戦略そのものが、ミサイル防衛の配備を通して、宇宙空間を支配しながら、地球上のどこにでも1時間以内に先制攻撃を仕掛けることができるようになってきている。「グローバル・ストライク」、地球規模攻撃と言われる態勢を整備するに至っています。その意味では、立命館大学の藤岡惇さんが言われていますが、戦争自体が「イージス化」している。盾と矛を備えた先制攻撃型の戦争に、アメリカの戦争システムが進化しているのが現状です。

 「はらわた」見せ合う危険な関係  

 このミサイル防衛が何をもたらしているのか、問題点をいくつか挙げてみましょう。

 ひとつは軍需産業の問題です。ふだんはあまり報道されていませんが、ミサイル防衛の導入を通して、日本でも「軍産学複合体」が、もちろん日本の場合はまだスケールは小さいのですが、確実に台頭しています。日本の軍需産業が、アメリカのそれと一体化しつつあります。対等に一体化するわけではなく、アメリカの戦略に組み込まれる形で、従属する形で一体化する、統合されていくというプロセスがいま進んでいます。

 象徴的なのが、おそらくあたごが将来的に搭載すると言われている、次世代型の新しい海上配備型迎撃ミサイルである新SM3というミサイルです。それをいま日米が共同開発しています。日本側は、三菱重工を中心に、「ノーズコーン」と呼ばれる、ミサイル先端を保護する覆いなどを開発しています。

 この共同開発を「はらわたを見せ合って」行おうという、すごく象徴的な発言がありました。これは、大古和雄さんという防衛庁(当時)の防衛政策局長による、2006年の日米安保戦略会議での発言です。守屋武昌前防衛事務次官らの軍産疑獄事件で逮捕・起訴された、秋山直紀という軍需産業と政治家をつなぐ「フィクサー」が仕切って行った会議です。2003年に始まり、初期には国会脇の「憲政記念館」という憲法を記念する施設で開催されました。迎撃ミサイルの実物大模型などの兵器展示もしながら、日米の軍需産業や「国防族」議員、シンクタンク関係者が一同に会して、ミサイル防衛をはじめとした日本の軍備強化について議論を繰り広げました。

 私も2003年と2005年に正式に申し込んで入場して、写真も撮ってホームページに載せています。その会議の場で大古局長が、新しいミサイルの開発のためには、日米双方が「はらわたを見せ合う」ことが必要だと発言したのです。「はらわた」とは要するに最高度の軍事機密です。それを見せ合って、世界最先端のミサイル防衛システムを開発していこうじゃないかというわけです。

 将来的には、現在のイージス艦よりもさらに機能を強化した、新しい大型のイージス艦(CGX)、1隻なんと約3800億円かかると言われていますが、その中枢システムの開発を日米でやろうという提案がなされています。リチャード・アーミテージという元国務副長官と、オバマ政権の駐日大使に起用が内定したジョセフ・ナイとが共同議長になって、2007年2月に発表した第二次の報告書に、その要求が書かれています。アーミテージ自身も来日講演で、その必要性を強調しています。そうしたシステムに日本の軍需企業が組み込まれ、それに留まらず、コンピューターなどの日本の民生技術も組み込まれていくプロセスが、いま急速に進展しています。

 そして見逃せないのは、このミサイル防衛を通して、歴代政権に作ることを余儀なくさせてきた憲法9条に基づく平和原則が、なし崩し的に骨抜きにされつつあることです。武器輸出禁止三原則は、ミサイル防衛を例外にするという形で、日本の武器部品がアメリカに渡ります。また、アメリカ向けミサイルを自衛隊が迎撃することも想定されており、集団的自衛権の不行使という原則に違反することになります。さらに、宇宙空間で撃ち落とすわけですから、宇宙の平和利用原則(宇宙基本法成立により崩されましたが)に抵触しています。

 そのことと絡みますが、「スターウォーズの危険」も指摘せざるを得ません。アメリカは2008年2月に、ヒドラジンという有害物質が積まれており落ちたら危険だという口実で、自国の偵察衛星をSM3ミサイルによって破壊しました。ということは、自衛隊が保有するSM3も衛星破壊兵器(ASAT)として転用可能なことを示しています。その意味では、非常に危険なミサイルを自衛隊は持っていることになります。

 加えて、ミサイル防衛の問題点の中で見過ごせないのは、ハワイにミサイル防衛などの航空作戦を統括する司令部が置かれ、それと直結する形で横田基地に日米共同統合作戦センターが作られようとしていることです。府中にある航空自衛隊の司令部を横田に移転させるために、約500億円をかけた工事が進んでいます。年明けの1月15日にも、市ヶ谷の防衛省を中心に、ミサイル防衛作戦も含んだ「キーン・エッジ」という日米共同演習が行われたばかりです。

 「ジョージ・ワシントン」という原子力空母が横須賀に配備されましたが、この空母とイージス艦などが探知情報を共有して、相手の攻撃に対してより強く守りながら反撃していく、CEC(共同交戦能力)というシステムも導入され始めました。「空を見張る巨大な目」と例えられますが、そういう形で、確実に横須賀の第7艦隊の能力も強化されています。

 海は誰のものでもない

 さらに、今回のあたご事件にも関連する非常に大事なポイントですが、あたごが起こした事件の直前に行ったのが、SM2という対航空機用ミサイルの約31億円もかけての実験です。海自のイージス艦が何度もハワイに出かけて行って、30億円もかかる実験を繰り返してきていたのです。

 ミサイル防衛用のSM3の実験も、カウアイ島にある太平洋ミサイル射場という同じ実験場で繰り返されています。その模擬ミサイルの発射施設は、実はハワイの先住民が先祖代々墓地にしていた土地を、事実上強奪する形で建設されています。そもそも、1893年にハワイ王国をアメリカの海兵隊が侵攻して武力転覆させ、1898年に併合したという歴史があります。その後、島の大事な土地に150以上の軍事施設が建設されました。聖なる山々にはレーダーが配置され、海の中にもソナーが設置されて、クジラや魚たちに被害を与えています。ミサイルが発射されるたびに過塩素酸塩などの有害物質が排出され、天然塩田や海に被害を及ぼしている事実も、ハワイの人たちからの告発によって明らかになっています。日本がこのハワイの実験場でSM2やSM3の実験を繰り返すということは、先住民に対する抑圧的な加害行為ですから、ハワイでの実験自体を見直すべきだと思います。太平洋ミサイル射場は閉鎖されるべきでしょう。

 昨年11月にハワイで行われた、ちょうかいによるSM3の実験は、見事に失敗しました。当たりませんでした。それにも関わらず装備が認定されて、ちょうかいに実戦配備がなされるという、まったくデタラメなことが進んでいます。日本のミサイル防衛に投入された税金は、すでに1兆円近くになっていますが、将来的には6兆円に及ぶとの試算(米ランド研究所)さえあります。

 最後に今後の課題を述べます。あたごの事件が象徴しているのは、そもそも海は誰のものでもない、軍艦の居場所など本来ないということではないでしょうか。その原点に返って考えるべき時だと思います。アーミテージは、「アジアはまず何をおいても海軍戦域であり、米国の防衛調達をそのニーズに合わせる必要がある」という発言を『WEDGE』(2009年1月号)という日本の雑誌でしています。まさしく武器商人としての面目躍如というところですが、彼らのなかでは海というのは戦域であり、兵器ビジネスの対象なんですね。しかし、それは大間違いだと思います。海というのはそもそも戦争をやる場所ではありません。自然と人間が豊かな恵みのなかで生きていく、そこを汚さずにそこで暮らしていく、そういう場所に本来すべきであるという視点が、今回あらためて問われているのではないでしょうか。

 ミサイル防衛の問題に即して言えば、ミサイル防衛のように兵器に兵器で対応すれば、軍拡競争が進展するしかないわけです。実際に北東アジアでは、ミサイル防衛やジョージ・ワシントンの配備などが中国を刺激し、中国が非常に多額の経費をかけて兵器を増強するという悪循環がすでに始まっています。そうではなく、やはり今こそ北東アジアを非核地帯、加えて、他国を攻撃できるような能力を持ったミサイルを配備しないという非ミサイル地帯に変えていくために、きちんと議論する場を持とうじゃないかという提案を、本来日本こそがすべきです。まず真っ先に、アメリカのイージス艦が装備しているトマホークの発射態勢を解除させ、順次撤去させていく、そういう働きかけこそが必要でしょう。

 最後になりますが、あたごの事件は、ある意味ではイージス艦をはじめとする海軍が持っている本質を、非常に象徴的な形で残酷に現してしまったのだと思います。ハワイの状況もそうですが、弱くしんどい立場にある人たちや、海に棲む生き物たちにしわ寄せを与えながら、海だけでなく陸も宇宙さえも支配して兵器を張り巡らすというアメリカの動きに、日本が一緒になって積極的に加担しています。けれども、そういうやり方はもう歴史的にも終わりにしなければいけません。特に、世界的な金融危機の最中で、貧困が拡大して環境問題を含めて私たちの生存自体が脅かされる状況になっています。そうしたなかで、税金をどういうふうに使うべきかという視点に立つとき、1隻1400億円のイージス艦や、総額6兆円にも達するような無駄で危険なミサイル防衛システムにお金を使うような時代ではないだろうという声を、より大きく上げていきたいと思っています。

<核とミサイル防衛にNO!キャンペーン>

[HP]http://www.geocities.jp/nomd_campaign/

[第2HP]http://www.anatakara.com/petition/index2.html

[参考図書]

『グローバリゼーションと戦争』(藤岡惇、大月書店)

『宇宙開発戦争~ミサイル防衛と宇宙ビジネスの最前線」

(ヘレン・カルディコット他、作品社)

『狂気の核武装大国アメリカ』(ヘレン・カルディコット、集英社新書)

『覇権か、生存か』(ノーム・チョムスキー、集英社新書)

『ミサイル防衛~大いなる幻想』(デービッド・クリーガー他、高文研)

『イージス艦入門』(イカロス出版)

『「戦地」派遣』(半田滋、岩波新書)

2009/03/19

3.7シンポジウム報告「あたご」事件とは何か

1 大内要三(平和に生きる権利の確立をめざす懇談会)

映像をいくつかお見せしながら、「あたご」事件の概要を説明したいと思います。

今回の事件で沈められた清徳丸は、まぐろ延縄漁船で7.3トン、15メートルの大きさです。第3管区海上保安本部がマスコミに提供した写真では大漁旗を掲げて10人ほどが乗船していますが、事件が起きた昨年2月19日には、吉清治夫さん(58)、哲大さん(23)の2人のみが乗船していました。日本漁業の零細化、人手不足を象徴しています。

 清徳丸の本拠、千葉県勝浦市にはカツオ漁で有名な勝浦港があり、ここには勝浦漁協がありますが、その東西に7つの小規模な漁港があって、新勝浦市漁協を構成しています。東から、豊浜、川津、松部、鵜原、興津、浜行川、大沢。清徳丸は川津の船です。事件のあった日は、同漁協から8隻が午前1時ごろほぼ同時に出漁しました。船団を組むような形になるのは、安全のためです。8隻のうちでも金平丸、幸運丸、第18康栄丸、清徳丸が一団となっていました。

いっぽう、漁船を沈めた海上自衛隊のミサイル護衛艦「あたご」は、07年3月就役の新しい船で、京都府舞鶴の第3護衛隊群所属、7750トン、165メートル、速力30ノット以上出ます。定員は290人ですが自衛隊は慢性的に人員不足で、281人が乗艦していました。「あたご」がハワイから横須賀までの航路をたどるのは、今回が初めてだったということです。

2 衝突は08年2月19日4時7分、現場は千葉県野島埼沖約40キロでした。大海の真ん中ではなく、東京湾に近い海上交通の輻輳する海域です。当日は朝から多くの報道ヘリが飛んで、分断された清徳丸や行方不明者捜索の映像を流しました。

これは単なる「海の交通事故」ではなく、事件性をもつことだと、まず強調しておきたいと思います。出会い頭に偶然ぶつかった不幸な事故、ではありません。「事件」と呼ぶのは、以下のような理由からです。

まず第1に、見張りの不備の問題があります。防衛省の報告文書でも、雨が降ってきたので見張員を甲板から艦橋へ移した。前直は定員を満たしていなかった。操業中の漁船と誤認して、引き続き注目して見張るよう引き継ぎをしなかった。お粗末です。

2に、衝突回避をしなかったという問題があります。少なくとも12分前に漁船群を発見しながら自動操舵のまま直進し、1分前にようやく手動操舵に切り替え、後進に切り替えた。10ノットなら1分で100メートル進み、停止までに数百メートル進みます。間に合うはずがありません。相手が避けるのが当然と思っていたわけです。

3に、救難の不備の問題があります。相手の船が大破したわけですから、当然乗組員を助けなければいけない。しかし誰も海に飛び込まず、2隻の内火艇(救命ボート)が発進したのは救難開始命令13分後のことでした。潜水員もいましたが、練度が低いことから潜水作業はしませんでした。

4に、通報の遅れの問題があります。4時7分に衝突して、4時23分になって第3管区海上保安本部(横浜)に第一報を入れた。3管が救難出動命令を出したのは4時27分、それからヘリと船舶が現場に向かったのです。通報が遅れたため、当然救難出動も遅れました。もう一方の通報は上司あてで、4時40分に自衛隊統合幕僚本部に事故発生報告。それが5時38分になって防衛相に伝わり、ようやく首相に伝わったのは6時でした。

5に、証拠隠滅の疑いがあります。海上保安庁の捜査前に、防衛省は「あたご」の航海長をヘリで呼び、海保に無断で事情聴取しました。このヘリは7時25分に館山基地を発し、9時4分「あたご」着、9時55分市ヶ谷の防衛省に着いています。また入れ違いに、護衛艦隊幕僚長が8時2分横須賀発のヘリで「あたご」に乗り込み、これも海保に無断で事情聴取をしています。当然、事情聴取だけでなく口裏合わせが行われたでしょう。さらに3機目のヘリが8時15分に館山を発して、小指を打撲骨折した「あたご」乗組員を自衛隊横須賀病院へ搬送しました。緊急性の低い患者を、すぐ後に横須賀に回航される「あたご」からなぜ連れ出さねばならなかったのか。「あたご」にはレーダーの記録が残っていないことからも、証拠隠滅の疑いは晴れません。

 第6に、情報隠しの問題があります。当初は国会でも、艦長が事故当時どこにいたか、乗組員が何人だったかも防衛省は答えませんでした。衝突14分前に漁船群を視認していたことが明らかになった後も、防衛省は2分前と言い続けましたが、これらの情報は記者会見ではなく、自民党国防部会の席で初めて公開されました。

そして第7に、安全対策がなかったという問題があります。船舶自動識別装置(AIS)という、船同士の船籍・速度・方向・位置を知らせ合う装置がありまして、04年から国際航海に従事する船はすべて搭載する義務があります。ただし自衛艦は船舶安全法の適用外のため、義務づけられてはおりません。「あたご」はこの装置を07年4月に搭載していましたが、総務省の事前検査の遅れから機能していませんでした。この装置を使った船の海図によると、事件当時周辺海域に装置搭載船は80隻ありました。このように安全装置を機能しないまま放置していたにもかかわらず、自動操舵装置は積極的に導入して使用していたのです。自動操舵はイージス艦では初の導入でした。つまり操船部門の省力化は進めても、安全対策はおろそかにしていたことになります。

 以上に挙げたようなさまざまな問題を指摘されて、「あたご」の艦長は2月27日になって勝浦市の清徳丸乗組員家族のもとを訪れて詫びました。これに先だって2月21日には防衛相が現地に詫びを入れていますが、向かう途中の勝浦市内で自衛隊員運転の公用車が接触事故を起こすというハプニングがありました。勝浦市川津地区に向かう道路は細く入り組んでいますが、事故を起こしたのは国道沿い、表通りです。そして3月2日には福田首相が勝浦市川津に赴いて頭を下げました。

これで国側・自衛隊側は非を認めたかに見えたのですが、海難審判が始まると自衛隊は「漁船側に責任」との主張を始めました。それでも海難審判は本年1月22日に裁決を下し、自衛隊組織に勧告したのはご承知のとおりです。この結果を見て、近くあらためて刑事裁判が行われることになります。

では、これで「あたご」事件は真相が解明され、正しく裁かれるかといえば、そうではないだろうと思います。まず海難審判の限界があります。艦長はおとがめなし、事件解明は不徹底でした。もともと自衛官は海技士国家試験を受ける必要がなく、いわば無免許で船を操縦していますから、免許停止処分もないのです。

 刑事裁判にも限界があります。今回の事件で書類送検されているのは当直士官2人だけです。艦長も上部組織も告発されていないので、被告人になりません。これで再発防止の役に立つのか、はなはだ疑問です。

 事件の社会性をもっと問題にする必要があると思います。事故原因の究明を厳しく行って、情報操作や情報隠しを暴くことはもちろん重要ですが、同時に、イージス艦という存在自体をもっと問題にすること、そして漁業破壊者としての自衛隊の存在をもっと問題にすることが必要だと思います。

 たいへん悔しく思うのは、「あたご」事件には前例があり、その教訓をまったく生かしていないことです。「なだしお」事件と「えひめ丸」事件です。

 横須賀市の海上自衛隊観音崎警護所の敷地内には「なだしお」事件の慰霊碑があります。1988年7月23日、横須賀港沖の浦賀水道で、釣船「第一富士丸」が潜水艦「なだしお」に衝突され沈没し、30名が死亡した事件です。自衛艦が海の交通ルールを守らず事故を起こしたこと、救難・通報の遅れがあったこと、航泊日誌の改竄という証拠隠しがあったこと、海難審判で相手の責任と主張したことなど、「なだしお」がしたことは「あたご」がしたこととまったく同じです。この「なだしお」事件では海難審判と刑事裁判に5年かかりました。その間私たち平権懇は、第一富士丸の近藤万治船長の支援と公正な判決を求め、海で働くみなさんとともに運動を進めました。

 ハワイ、ホノルル郊外のカカアコ・ウォーターフロント・パーク内には「えひめ丸」事件慰霊碑があります。2001年2月10日、オアフ島沖で、宇和島水産高校の練習船「えひめ丸」が米海軍の原子力潜水艦「グリーンビル」に衝突され、教員5名、生徒4名が死亡、12名が重軽傷を負った事件です。米原潜はソナーで上に船がいることを知りながら急浮上して衝突しました。そしてワドル艦長は軍法会議にかけられることなく名誉除隊しました。私たちは「えひめ丸」の本拠、宇和島に赴いて真相解明の運動に協力しました。

 さて、先ほど挙げた「あたご」事件の社会性を追求するうえで、イージス艦という船については別に報告がありますので、漁業との関係を少し述べたいと思います。

 かつて世界に誇る漁業国だった日本ですが、いまや漁業はまったくの斜陽産業になりました。北洋漁業は1988年で終了、南氷洋の捕鯨もなくなり、大手水産会社は冷凍食品製造販売会社に変身しています。いま日本の漁業を支えている20万の漁民は、零細規模の家族経営がほとんどです。農水省の漁業就業動向調査でも、年間作業30日以上の就業者が06年には21万2500人、うち40%が60歳以上でした。船も、『水産年鑑』によりますと、「耐用年数を過ぎた老朽船が目立ち新船の建造は減る一方」です。

『千葉県水産ハンドブック』最新版を見ますと、県内の漁業就業者数は約7000人、漁船は約6000隻ですが、6年前の統計ですから現在はもっと減っているでしょう。就業者が減っているだけでなく、高齢化がもっと問題です。関東農政局千葉統計事務所によりますと、県内の男性漁業者は6000人を割り、うち60歳以上が60%を超えています。漁業は過酷な労働ですから、高齢者には無理です。日本漁業は今後、さらに衰退していかざるを得ない。清徳丸のような船、そして吉清哲大さんのような若い漁業者がいかに大事な存在であったかが分かりますし、その希望の星を自衛隊が消したことの重大性がよく分かります。

 千葉県の漁業者にとって、漁場での操業、そして漁場への往復にあたって、漁船を避けずに突っ込んでくる軍艦の存在は脅威ですし、網を切られる被害も起こっています。そして漁場の中に広大な米軍・自衛隊の射撃演習場があることも、大きな問題です。

 これは「野島埼南方C区域」といいます。もともと米軍の訓練海域で、「チャーリー海域」と呼ばれていました。ここでは夜間演習がない時のみ操業できますが、頻繁に射撃訓練が行われています。その日程は第3管区海上保安本部発表「船舶交通安全情報」に掲載されて、漁業無線を通じて各船に伝えられます。また横須賀港浚渫工事の排出土をここに捨てるとの通告があり、漁場がさらに荒れることが心配されています。

 事件当日も、この「C区域」で海上自衛隊の演習が行われる予定でした。早朝5時という早い時間に「付近を航行していた」護衛艦「しらゆき」と試験艦「くりはま」が捜索に加わったと発表されているのは、この演習に参加する予定だった艦を急遽捜索に向けたものと推測されます。

 さて、清徳丸の本拠だった勝浦市の川津港は、立派な施設をともなう勝浦港とは違ってこじんまりとした港で、家族経営の小規模な漁船が並んでいます。最近の燃料高騰のため、新船建造費の償却は困難だということです。

3  川津港のすぐ近く、小高くなったところに津慶寺という日蓮宗のお寺があります。勝浦市は日蓮聖人誕生の地、誕生寺のある鴨川市に隣接していますから、この津慶寺も古い仏足石があったりする立派なお寺です。ここに吉清家のお墓があります。今回の事件の犠牲者、吉清さん父子は行方不明のため遺骨はありませんが、先ごろ2月21日にはここで一周忌法要が行われました。墓地からは目の下に川津港が見え、太平洋が広がっています。

 事件の現場は野島埼沖でした。房総半島南端の野島埼には、18694 年に日本初の洋式灯台として建設された8基のうちのひとつ、野島埼灯台があります。目の前に伊豆大島が見える景勝の地で、たくさんの観光客が訪れます。沖合はひっきりなしに大型・小型船舶が往来し、その間を漁船が行き来するのが見えます。「あたご」事件はこの美しい海で起こりました。この海の安全を、この海の平和を願ってやみません。

2009/03/15

読む・読もう・読めば 50

世襲

北朝鮮の金正日総書記もすでに67歳、昨年8月に脳卒中の発作を起こしたとされ、健康問題が心配されるなかで、後継者が誰になるかがさまざまに報道されている。昨年121日には朝鮮労働党組織指導部が一部の党幹部に対して、後継を世襲とすることを強く示唆する内部通達を出した、同20日には軍総政治局も軍幹部に同様の通達を出した、というのは朝日新聞報道。毎日新聞はもっと具体的に、人民軍政治局が「後継者に三男正雲氏が選ばれたとする内部通達を出していた」と書いた。ともに北京情報だ。

                                                                                                   

38日の最高人民会議代議員選挙では683人が当選したが、当選者のなかに金総書記の3人の子息の名はなかった。総書記自身が代議員になったのは82年、74年の後継者指名以後8年もたってからだから、不都合はないのかも知れない。しかしこのように世襲を前提とした後継者選びが憶測を交えて報道されるのは、指導者が世襲でなければ国家の統一が維持しがたい苦境を現しているのだろう。金王朝とも揶揄される。しかしながら日本の国会も世襲議員ばかり、米国もブッシュ世襲とクリントン夫婦の4代続く大統領を戴きかねなかったのだから、民主主義の質に関してはいい勝負だ。

韓国軍事政権下での革命運動家群像を描いた李恢成の長編小説『見果てぬ夢』のなかでも、難所のひとつが「後継者問題」だった。朝鮮労働党の意向を伝える羅道卿は言う。「革命は代を継いで行われるのですから。そこで金日成主席に最も忠実で、主席の革命思想を継承・発展させる人物を早く準備する必要がある」「たまたまあの方が金日成主席の御子息だというので絶対に後継者になるのはいかんというのじゃ、これは人権侵害というか、当人に気の毒じゃありませんか」。ヘリクツであろう。

同じような会話が繰り返されるのだろうか。人工衛星「光明星2号」打ち上げが後継者指名を祝う花火であるとしたら……。  2009314日)

2009/03/09

しんぶん赤旗 2009/3/8 イージス艦衝突事件 市民が検証シンポ

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2009-03-08/2009030814_01_0.html

神奈川新聞2009/03/07 イージス艦「あたご」と漁船の衝突事故をテーマにシンポ

神奈川新聞 2009/03/07
海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船の衝突事故について考えるシンポジウムが七日、東京都内で開かれた。同事故の二十年前に発生した海自潜水艦「なだしお」事故の海難審判で、遊漁船側の補佐人を務めた田川俊一弁護士がパネリストとして出席し、「海自の体質が変わっていないことは明らかだ」と批判した。

 あたご事故の海難審判裁決を受け、どこまで事故原因などが解明されたかを市民の目で検証しようと、「平和に生きる権利の確立をめざす懇談会」(榎本信行代表、平権懇)が主催し、約四十人が参加した。

 田川弁護士は、自衛艦側に避ける義務があったなどの両事故の共通点を列挙しながら、なだしお事故の教訓が生かされていないと指摘。「(海自には)民間船が自衛艦を避けるべきだという意識が根底にあるのではないか」と語った。

 シンポでは、イージス艦が担うミサイル防衛についても考えた。平権懇の大内要三さんは最後に「これから刑事裁判が始まる。事故を風化させるのではなく、わたしたちも二度と起こしてはならないとの意識をあらためて持たなければ」と呼び掛けた。

 あたご事故は二〇〇八年二月に千葉県沖で発生。漁船の親子が行方不明となり死亡認定された。あたご側が事故の主因だったとする横浜地方海難審判所の裁決が確定し、初めて海自組織に安全航行を求める勧告が発令された。(転載)

3月7日 シンポジウム報告

Kanasin_090308 3月7日 シンポジウム
『イージス艦「あたご」による漁船沈没事件を考える』
開催にご協力いただいたすべての皆様へ


シンポ開催にあたり多大なご協力をいただき、ありがとうございました。おかげさまでシンポジウムを成功させることができました(画像は「神奈川新聞」)。http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryivmar090344/

当日は、平権懇運営委員の大内要三がパワーポイントのスライドショーで事件の概略を説明した後、日本海事補佐人会会長の田川俊一さんに「なだしお」事件と対比しながら、海難審判で自衛隊の横暴が裁かれたことを報告していただき、さらに「核とミサイル防衛にNo! キャンペーン」の杉原浩司さんに、ミサイル防衛の要となるイージス艦がどのように危険な船かを解説していただき、その後、会場からも活発に発言していただきました。

すべてのお名前は挙げられませんが、元神戸商船大学教授の照井敬さん、元日本海員組合組合長の土井一清さん、重工産業労働組合書記長の渡辺鋼さん、そして沈没漁船に乗っていた吉清さん父子のご親族も参加され、参加者は計43名でした。

参加者からいただいたアンケート用紙では、「継続こそ大事」「海自の艦船が通常の船と異なる基準で通行していることをはじめて知った」「漁民の方々も自由に声をあげていけるように」「国民の知らないところで恐ろしいことが進んでいる」「まわりの人々に本日のことを
話していきたい」など、貴重なご意見をいただきました。

これから始まる刑事裁判に注目し、今後も事件の真相解明と再発防止のために力をそそぎたいと思います。シンポジウムの記録は「へいけんこんブログ」に発表の予定です。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。ご報告まで。

平和に生きる権利の確立をめざす懇談会

2009/03/06

3.7シンポジウム  イージス艦「あたご」による漁船沈没事件を考える

報告者プロフイール

●パネリスト プロフィール

大内 要三 おおうちようぞう

1947年生まれ。フリーの書籍編集者、平権懇運営委員、日本ジャーナリスト会議会員

共著『軍の論理と有事法制』他、著書に千葉県御宿町(勝浦市の隣町)の歴史を描いた『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』

08225日付平権懇声明「ミサイル防衛計画を中止せよ!太平洋を平和の海に!イージス艦の漁船衝突事件に際しての声明」

田川 俊一 たがわしゅんいち

1935年生まれ。弁護士、日本海事補佐人会会長

海難審判で、日昇丸事件、マリンマリン事件、なだしお事件等を担当

共著『海上交通の安全を求めて』、『検証・潜水艦なだしお事件』

0837日付『しんぶん赤旗』インタビューで、「真相を国民に語ることが自衛隊のなすべき最優先の仕事だ」と発言

杉原 浩司 すぎはらこうじ

1965年生まれ。2000年に結成された「核とミサイル防衛にNo ! キャンペーン」の事務局を担当、「グループ 武器をつくるな!売るな!」等でも活動

『インパクション』『軍縮地球市民』『飛礫(つぶて)』等の雑誌に論考を発表

08226日付同キャンペーン抗議声明「イージス艦なんていらない!『あたご』を廃艦にせよ! イージス艦あたごの漁船衝突事件と防衛省の情報隠しに抗議する」

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