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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2009/09/25

米軍再編と横田基地

近森拡充(東京平和委員会)

2009年8月22日 平権懇学習会報告

 今日は横田基地の友好祭ということで、実際に中へ入ってみました。あらためて実感されたかと思いますが、非常に広い所です。ではその横田基地で、米軍再編でいま何が進んでいるのかということを報告します。

 まず、いわゆる米軍再編とは何かということです。これまでにも故・松尾高志さんが平権懇の学習会で報告されているかと思いますが、米軍再編はいわゆる三重構造になっています。冷戦が終わって、新しい脅威と呼ばれるテロやゲリラに対して迅速に対処していくために、米軍の能力を高めていく。軍の再配置だけではなくて、軍のありかた、戦争・訓練のやりかた、ドクトリン(戦略)、国防総省のあり方まで変えていく(=変革)ということを、全体として押さえておく必要があるかと思います。

 在日米軍基地の再編は、アメリカの政策の中ではどういう位置づけになるか。米軍変革のなかで Global Posture Review(GPR)、日本語で言いますと「地球規模の米軍戦略と軍の再編成」となりますけれども、その中に在日米軍基地の再編が入ることになります。

GPRとはいったい何なんだということですけれども、大雑把に言いますと5項目があります。これは米議会でのローレス国防次官(当時)とかの証言をまとめたものです。①同盟国の役割強化、②不確実性に対応するために米軍が柔軟に対応していく、③即応展開体制、事態が起こったときにすぐに部隊を展開できるようにする、④米軍戦略も地域ごとの戦略ではなくて、地球規模の戦略に転換していく、⑤米軍を展開するに当たっては数ではなくて能力を重視する。この5項目の個々の項目が独立してということではなくて、相互に関連しあって在外米軍基地の再編を進めていくということです。

では在日米軍基地の再編は、どういう経過で進んできたのか。この間の経過をざっとまとめてみます。スタートしたのは2002年の12月です。日米安全保障協議委員会、これは日米それぞれの外務・防衛トップの会談であることから、通称「2プラス2」という言い方でメディアには流れますけれども、文書上では「SCC(Security Consultative Committee)」、この発表が米軍再編のスタートです。ここで確認されたのは、①新しい安全保障環境における日米両国の防衛体制の見直し、②両国間の安全保障に関する協議の強化、ということです。

当時アメリカは米軍変革を進めていました。一方で日本では現行の防衛大綱の策定があったわけですね。この2002年12月から2005年2月まで3年ほど空いてしまうんですけれども、この間にはいろいろ紆余曲折がありました。

最初に再編計画で具体的に出てくるのは、横田にある第5空軍司令部と、グアムの第13空軍司令部を統合するということと、陸軍第1軍団を座間に移転すること、この2つだけでした。ところが日本のほうから反発があって、それがいったんオジャンになってしまう。新しく仕切り直しをして合意したのが、2005年2月の「共通戦略目標」、10月の「未来のための変革と再編」、そして2006年5月の「再編実施のためのロードマップ」ということになります。

こういう経過で米軍再編というものが進んで、その後2007年の5月にはあらためて2+2が行われて、「同盟の変革」という合意が行われ、国内では米軍再編を進めていくための「再編特措法」と呼ばれるものが成立します。いま横田では着々と米軍再編が進んでいるという状況です。

では横田基地にかかわって米軍再編にどういう項目があるのか。これも松尾さんがよく言っていましたけれども、米軍再編の文書でとらえるときに特に重要なのは、2005年10月29日の「未来のための変革と再編」です。ここで、日米両政府は米軍と自衛隊それぞれの役割・能力・任務について合意するわけですね。それに基づいて、いわゆる基地再編といわれるような項目や、共同訓練だとか厚木に部隊を移すとかの話が出てくるんです。

この文書の「安全保障・防衛協力の態勢を強化するために不可欠な措置」という項目で、区分としては「政府全体として取り組むべき措置」、「自衛隊と米軍との間で取り組むべき措置」というふうに合意されるわけです。政府全体として取り組むべき措置としては、「緊密かつ継続的な政策及び運用面の調整」だとか、「計画検討作業の進展」「情報共有及び情報協力の向上」といったことが合意されています。米軍と自衛隊との間で取り組むべき措置では「相互運用性の向上」だとか「弾道ミサイル防衛」といったことが入っています。

これを踏まえたうえで「再編に関する勧告」があります。「未来のための変革と再編」では横田基地にかかわって合意されたのは、主に4つです。①共同統合運用調整所を設置する、②航空総隊司令部と第5空軍司令部を併置する、③横田空域の返還、④軍民共用の検討。

これが2005年10月に合意されて、その後年が明けて5月に「再編実施のためのロードマップ」が「2プラス2」で合意され、期限が明記されます。①共同統合運用調整所の設置については、防空とミサイル防衛に関する調整を併置して行う機能を含む。②航空総隊司令部の併置については、2010年度に横田に移転。③横田空域については、2006年10月までに返還空域を特定し、2008年9月までに管制業務を日本に返還する、とされています。

航空総隊司令部については、後ほど池田さんから説明がありますので、簡単にします。航空自衛隊の中にはいくつかメジャー・コマンドと呼ばれるものがありますけれども、そのうちの戦闘機だとかミサイルを持ち、偵察・警戒の分野を扱う集団が航空総隊です。航空自衛隊の実動部隊ですね。現在、航空総隊司令部は府中基地に置かれています。その司令部が、関連部隊として作戦情報隊だとか防空指揮群を連れて横田に来るということです。

ちなみに府中基地の司令は誰がやっているかというと、航空総隊司令官ではなくて、防空指揮群の司令です。この防空指揮群は要するにレーダーサイト等を統括する部隊です。ミサイル防衛に関しては統合任務部隊が自衛隊では編成されますけれども、航空総隊司令官がこの指揮官になることになっています。実際、今年の4月の北朝鮮の「ロケット発射事件」のとき、航空総隊司令官が行動命令に基づいて指揮官に任命されています。

では、この米軍再編の進捗状況を見ていきたいと思います。

共同統合運用調整所ですが、これは米軍の文書などではBilateral Joint Operations Coordination Center(BJOCC)という言い方をしています。日本では「共同統合作戦センター」という言い方もしていますが、同じものです。2005年10月29日の「未来のための変革と再編」で、この共同統合運用調整所の構築が指示されました。何で分かるかというと、その2年後に出された「2+2」の合意文書のなかに明記されています。これが実際にどうなったかというと、2007年11月17日の『スターズ・アンド・ストライプス』、米軍の准機関紙と言われているメディアですけれども、そのなかに、2006年2月の日米共同指揮所演習(キーンエッジ)で使用したと報じられています。24時間態勢で最大150人が12時間交代で勤務したと。在日米軍司令部地下に設置されて、この演習のときにはまだできていなかったんですけれども、航空総隊司令部とは地下トンネルで結ばれることになっていると報じています。

2007年5月の「同盟の変革」では、共同統合運用調整所について、かなり細かいことが明示されています。2006年6月から7月の北朝鮮ミサイル発射事案ですけれども、このときに「日米は、自衛隊の連絡官が配された横田飛行場の暫定的な調整施設を通じてのものを含め、適時に情報を交換した。」「二国間の政策・運用調整の継続的な向上の重要性を実証した。」ということが文書の中にあります。

以上見ているように、共同統合運用調整所というのは、米軍と自衛隊の作戦や指揮に関して、その司令部というよりは運用調整をしている。情報共有だとか諜報共有にその機能を発揮しているということが言えると思います。

ミサイル防衛にかかわっているわけですけれども、実は日本は早期警戒衛星で探知するシステムは持っていません。これは米軍の情報を頼っています。米軍のほうから共同統合運用調整所を通じて自衛隊の中央指揮所と総隊司令部に伝達されるということです。日本には早期警戒情報、つまりミサイルが発射されたという情報を処理するものとしては、2006年6月に青森県の車力にXバンドレーダーが、2007年10月に三沢基地にJTAGS(統合戦術地上ステーション)と呼ばれる早期警戒情報を受信するシステムが配備されて、そこがキャッチするということです。

情報共有に関してもうひとつ重要なのは、バッジシステム(自動警戒管制組織)の情報提供です。米軍は自衛隊のバッジシステムによる防空情報を持っていなかったんですね。2007年4月から24時間、米軍に提供を開始したと報じられています。このバッジシステムはバージョンアップされて、ミサイル防衛に関する能力が付与されて、ジャッジシステムに移行されました。この配備は入間基地から始まったんですけれども、正式運用は今年の7月1日からだと、航空自衛隊のホームページに掲載されています。これにともなってバッジシステムは廃止されます。

航空総隊司令部の移転はどうかということですけれども、これは昨年の2月に移転工事推進式典が実施されて、3月から移転工事が開始されています。今日、横田基地に入ってクレーンが上がっているところだとかを見ていただきましたけれども、まさに在日米軍司令部=第5空軍司令部の前に航空総隊司令部が来ることになっています。庁舎は地上3階地下2階で、延べ床面積27000㎡と、かなり広いものです。また、在日米軍司令部の斜め前に野球場があったんですけれども、これをつぶす形で機械棟が設けられる予定になっています。

これらの施設の建設費ですけれども、予算文書を年度別に並べてみると、2007年度から2009年度までで約488億円かかっています。米軍の横田基地に自衛隊の施設を移すので、米軍施設の一部、保育所なんかも移すことになるんですけれども、その費用も全部、日本もちになるということです。横田移転に係る公務員宿舎がいま武蔵村山市に整備中ですけれども、その費用もこの中に含まれます。以上が航空総隊の移転です。

横田空域についてですけれども、これは米軍再編の議論が進んでいるころから、返還がかなり進んでいました。2006年9月からは、横田ラプコン(Radar Approach Control)=米軍の航空管制が必要としない場合は、民間機が2000フィート低く横田空域を通過することがすでに始められていました。2006年10月には横田空域の返還空域が特定されて、管制塔に自衛隊の管制官を配置することが合意されました。2007年5月からは教育訓練および調査研究を目的として、横田ラプコン施設に自衛隊管制官4名を配置するということが、『日本経済新聞』に報じられています。昨年の7月に国土交通省から、横田空域の返還を9月25日に実施すると発表されて、予定通り返還されました。

横田空域は「関東複雑空域」と言われる、羽田や成田のエリアがからんで非常に複雑で、かなり航空路が過密なエリアの東側に、1都8県におよぶ空域としてあります。民間航空機はその横田空域を避ける形で、大きく一気に上がって横田空域を通過するか、遠回りをして横田空域を避けるかしかなかったんです。この空域の一部が返還されることによって、今まで民間機が飛べなかった空域を飛ぶことができるようになりました。

横田空域返還に軍事的な狙いがあるのかどうかは、おそらくあるんではないかと思っているんですけれども、なにぶんそれを裏付けるような情報はありません。民間機はここを通過することによって燃料と飛行時間を節約できる、飛行時間といっても2分とか5分の違いなんですけれども、また航路を複数持つことができるというメリットが強調されたわけですけれども。在日米軍再編はひとつのパッケージというふうに言われていますので、アメとムチのアメの部分だと思います。

軍事的な狙いでひとつ言えるのは、厚木の上空は飛ばなくなったということです。今まで相模補給廠のなかに座間NDB(座間デパーチャ)という航空標識がありました。その部分は通らなくなった、それがもしかすると軍事的な意味としてあるのかもしれません。

今日、管制塔がふたつあるのを見ていただきましたけれども、大きい管制塔が間もなく運用開始です。今日見たところでは、新しい管制塔に人は入っていなかったと思います。レーダーも回っていなかった。まだ古い施設を使っていて、設備の移転が行われているのではないでしょうか。

軍民共用は東京都の石原知事が一生懸命宣伝しています。これは「再編実施のロードマップ」ではスタディグループを立ち上げて1年以内に結論を出すということで、実際2006年の10月にスタディグループは立ちあがったんですけれども、実際には何の進展もしませんでした。基地外にターミナルを設けるという話が今年の1月に新聞に出たんですけれども、これは横田基地東側の住宅エリアの北側、いま畑になっているエリアにターミナルを作るという話です。実際にはそういう計画はないということになりました。実際に民間空港を作るとなると、もっと安全帯をとらないといけなくなってしまう。これは拝島駅にかかってしまうんですね。周辺市町村には軍民共用を推進する声がありますけれども、実現可能性はきわめて低いと思います。

いわゆる米軍再編の中には出てきていないんですけれども、横田基地の動きを見ていく中で重要なことのひとつは、2007年1月の「ケニー司令部」。正確には第13空軍第1分遣隊の設置です。ケニー司令部とは一言で言うと、戦時に関連する航空機の部隊を、これは陸海空を問わず、一括して指揮する部隊です。米軍の中では「戦闘司令部」、War Fighting Headquarterと位置づけています。今までの第5空軍だとか第11空軍司令部との関係ですけれども、これは軍令(Force User)と軍政(Force Provider)の分離という形で、部隊の管理等については第5空軍とか第11空軍、いわゆるナンバード空軍が行うんですけれども、戦時には一括して部隊運用についてはケニー司令部が行う。横田にそのケニー司令部の分遣隊ができたということなんですね。

指揮系統について通常の部隊管理の流れは、太平洋軍の下に太平洋空軍があって、第11空軍、第13空軍、第5空軍、第7空軍がある、ということになっています。これを戦時には第13空軍のところにあるケニー司令部が運用する。13空軍司令部とケニー司令部は実質的に同じ司令部なんです。言い方を変えると、ふたつの顔を持っている。ここが戦時には一括して航空部隊を指揮する、という指揮系統ができているということです。分かりづらいかと思いますけれども。

実際に第1分遣隊はどういう役目を持つのかということですが、これはまさに航空自衛隊とどう調整していくか、という部隊です。陸上自衛隊・海上自衛隊にも航空部隊がありますので、自衛隊の航空部隊と米軍の航空部隊を調整する役目を持っているのだと思います。

横田基地の第5空軍司令部の要員も、この第13空軍第1分遣隊の設立によって、約130人いたうちの約80人がケニー司令部のほうに移っています。『産経新聞』のネット版、2007年12月23日報道によれば、航空自衛隊の連絡官をハワイに、要するにケニー司令部の本隊のほうに派遣しているということがあります。密接な相互運用性の向上という米軍再編の方向がありますけれども、これを行う司令部というか司令部の派出所というか、これが横田にできている。

もうひとつ米軍再編と直接は関係ないんですけれども、昨年2月に在日米軍司令官の交代がありました。在日米軍司令官は第5空軍司令官が兼任していますけれども、ブルース・ライト中将からエドワード・ライス中将に代わりました。エドワード・ライスはどういう人物か、『日本経済新聞』の昨年5月に紹介記事が載りました。在日米軍司令官として初のアフリカ系米国人ということが強調されているんですけれども、重要なのは彼の経歴です。今までは戦闘機乗り、ブルースはまさにF16のパイロットだったんですけれども、エドワードは爆撃機のパイロットなんですね。それだけではなくて、太平洋空軍の副司令官が前職で、ケニー司令部の司令官を兼ねてきた。米軍が在日米軍司令官に彼を持ってきたということは、13空軍司令部第1分遣隊を置いたことと非常に関連があるのではないかと思っています。

これからどうなるか。在日米軍司令官はだいたい任期2年なので、彼の任期はたぶんあと1年ですけれども、自衛隊もいま新しい防衛隊群などへどんどん変わっていこうとしていますので、いろいろと日米がより連携をしていく仕組みが進行するのではないかと思います。

今までの話とまた変わるんですが、横田基地にいるのは第5空軍の374航空団ですけれども、それとは別に大型輸送機を扱う航空機動軍(Air Mobility Command)の部隊がいます。大きい部隊ではないんですけれども、航空機動軍の部隊は他にも嘉手納とか韓国の烏山にもいます。これらをとりまとめる中間的な司令部、支援管理部隊という言い方をしますけれども、そういう司令部が昨年の6月にできました。それが515航空機動運用群と呼ばれるものです。司令部の要員は10名程度と言われます。航空機動軍自体も再編を進めていて、効率よく管理運営していくということです。

国連軍の司令部は今まで座間にあったんですが、任務が以前に比べて低下して、むしろ在日米軍司令部と密接になってきたということで、2007年11月に座間から横田に移ってきました。先ほど在日米軍司令部の庁舎のところで国連旗をごらんになったかと思いますけれども、横田には国連軍の部隊がいますので、国連旗があります。国連旗は在日米軍基地のすべてにあるわけではなくて、7箇所ですね。そういうものが移ってきました。これも小規模な施設で4名程度、これが外務省のプレスリリースによれば、横田基地の施設の中に置かれたということです。

以上、米軍再編に伴う横田基地の動きを中心にお話ししました。横田基地は他の基地に比べて静かな基地と言われて、関心が低いところではあるんですけれども、やはり戦争をする基地であるということについては変わりないわけです。特にその頭脳が横田にあることの意味を、もっと伝えていく必要があるように思います。

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