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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2010年3月

2010/03/29

読む・読もう・読めば 74

「核持ち込み密約」は密約か

39日、岡田外務大臣の諮問による「いわゆる『密約』問題に関する有識者委員会報告書」が発表された。「有識者」5名はいずれも大学教授。同日、日本共産党の志位委員長が記者会見で「『日米核密約』に関する『報告書』について」という文書を発表した。そしてこれも同日付で発行の国会図書館『調査と情報』誌672号に、同館外交防衛課の松山健二氏による「日米安保条約の事前協議に関する『密約』」と題する論文が発表された。松山論文は当然、有識者委員会報告書の発表前に書かれたものであって、外務省に保存されていた諸文書の探索結果を待たずに、それまでに日本政府発表以外の手段で明らかになった事実をもとに書かれたものだが、ともかく並べて読んでみよう。有識者委員会が調べた「密約」は4テーマあるが、ここでは核兵器搭載米艦船の無断寄港のテーマに絞る。

有識者委員会報告はいう。検討すべきなのは安保条約第6条実施に関する交換公文の、非公開の「討議の記録」である。それを読んだ結論として、「核兵器を搭載した米軍艦船の日本寄港は……事前協議の対象になるか。日米両国政府間には、今に至るもこの問題に関する明確な合意がない。……米国政府は……事前協議の対象外との立場をとり続けた。……日本政府は米国政府に米国側の解釈を改めるよう働きかけることはなく、核搭載船が事前協議なしに寄港することを事実上黙認した。……日米両政府間には、『暗黙の合意』という広義の密約があった。」この問題に関する日本政府の説明は「嘘を含む不正直な説明に終始した」が、それは「冷戦下における核抑止戦略の実態と日本国民の反核感情との間を調整することが容易でなかったという事情を考慮に入れて論じられるべき」だという。要するに解釈の違いを是正することなく推移したのが問題であって、狭義の、つまり明文の「密約」はなかったという判断だ。

松山論文は同じ「討議記録」を分析して、次のようにいう。「米国は、米艦船・航空機の進入・通過は核兵器搭載の有無にかかわらず事前協議の対象外と理解していた」。しかし日本政府が米核持ち込みに事前協議が不要と認識していたかどうかについては、何も書いていない。米国のNCND政策、つまり核兵器の存在について肯定も否定もしない政策があるもとで、日本の安全保障にとって核搭載艦を「受け入れることが必須であったかどうかは一概にいえることではない」と松山論文はいう。つまり、これまでの米核搭載艦の寄港には必然性があった可能性もある、と言っているわけだ。そして米国が海軍の戦術核兵器撤去を完了させた「現在、日本に核兵器搭載米艦船が寄港することはない」ともいう。本当に原潜まで含めた米艦船がすべて核不搭載ならNCND政策は無意味になってしまうわけだから、これはあまりにも楽観的な判断ではないか。しかも将来は「戦略核兵器は同盟国の領土・領海を経由することなく使用できる」から「日本への進入・通過を求める可能性は非常に低い」という。要するに、昔の核持ち込みはそれなりに事情があったことでいま言っても仕方のないこと、今後は同様なことはないから大丈夫、と言っているに等しい。

共産党は、これまた同じ「討論記録」を問題にしている。そしてその討論記録の解釈に関する196344日の大平・ライシャワー会談の結果をライシャワーが本国に報告した、「現行のアメリカ側説明の方向に完全にそって、完全な相互理解に達した」と書いている文書を挙げる。米国側にとっては解釈の違いなどなかったわけだ。この文書は米国ではすでに公開されているから共産党もコピーを入手しているわけだが、問題の大平・ライシャワー会談を日本側はどのように記録したのだろうか。事実究明を、有識者委員会報告で幕引きさせてはならないと思う。  (2010328日)

2010/03/17

ドキュメンタリー映画『アメリカ―戦争する国の人びと』

ドキュメンタリー映画『アメリカ―戦争する国の人びと』が3月20日からポレポレ東中野(東京)で公開されます。

この公開に合わせまして、下記のように連日Eプログラム上映終了後に、藤本幸久監督がゲストを迎えて、トークを行います。ぜひ、足をお運びください

上映詳細:http://www.mmjp.or.jp/pole2/america.html

3月20日(土) 19:10の回上映後
 ゲスト : 結純子(女優・演出家 ひとり芝居『地面の底が抜けたんです』『道行きのえにし』他)

3月21日(日) 19:10の回上映後
 ゲスト : 橘家扇三(噺家)

3月22日(月) 19:10の回上映後
 ゲスト : 山本英夫(フォトグラファー『沖縄・辺野古”生きている”って伝えたい』)

3月23日(火) 19:10の回上映後
 ゲスト : 森住卓(フォトジャーナリスト 写真集『セミパラチンスク』『イラク湾岸戦争の子供たち』) アフガニスタン取材報告

3月24日(水) 19:10の回上映後
 ゲスト : 小林アツシ(映像作家『基地はいらない、どこにも』『軍事工場は、今』『どうするアンポ』他)

3月25日(木) 19:10の回上映後
 ゲスト : 本田孝義(映像作家『科学者として』『ニュータウン物語』『船、山にのぼる』)

3月26日(金) 19:10の回上映後
 ゲスト : 若松孝二(映画監督『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』、『キャタピラー』)

3月27日(土)15:15の回上映後
 ゲスト : 三宅勝久(ジャーナリスト『自衛隊員が死んでいく』『自衛隊という密室』)

3月28日(日) 15:15の回上映後
 ゲスト : 藤本幸久監督&影山あさ子(本作プロデューサー) Q&A

3月29日(月) 15:15の回上映後
 ゲスト : 須田木綿子(東洋大学社会学部教授『素顔のアメリカNPO-貧困と向き合った8年間』)

3月30日(火) 15:15の回上映後
 ゲスト : 藤本幸久監督 Q&A

3月31日(水) 15:15の回上映後
 ゲスト : 中村剛(ギタリスト 『アメリカ~』登場人物の元・海兵隊員 アレン・ネルソンCD『Answer Question and Blues』)

4月1日(木) 15:15の回上映後
 ゲスト : 土屋トカチ(映像ディレクター『フツーの仕事がしたい』)

4月2日(金) 15:15の回上映後
 ゲスト : 保坂展人(前衆議院議員)

4月3日(土)10:20の回上映後
 ゲスト : 佐藤真紀(日本イラク医療ネットワーク事務局) 最新イラクレポート

4月4日(日) 10:20の回上映後
 ゲスト : 志葉玲(ジャーナリスト『たたかう!ジャーナリスト宣言-僕の観た本当の戦争』)

4月5日(月) 10:20の回上映後
 ゲスト : 岡本厚(岩波書店『世界』編集長) 普天間基地「移設」問題とは何か

4月6日(火) 10:20の回上映後
 ゲスト : 比嘉真人(『やんばるからのメッセージ』制作者)
        沖縄・高江の米軍ヘリパッド建設問題を語る!『やんばるからのメッセージ(10分版)』上映とトーク

4月7日(水) 10:20の回上映後
 ゲスト : 藤本幸久監督 Q&A

4月8日(木) 10:20の回上映後
 ゲスト : 谷山博史(日本国際ボランティアセンター代表)  最新アフガニスタンレポート

4月9日(金) 10:20の回上映後
 ゲスト : 藤本幸久監督 Q&A

4月10日(土)19:10の回上映後
 ゲスト : 土井敏邦(ジャーナリスト『沈黙を破る』)

4月11日(日)~16日(金) 19:10の回上映後
 ゲスト : 藤本幸久監督 Q&A

2010/03/16

読む・読もう・読めば 73

非核三原則は岸首相から?

日米安保体制を支える諸密約のうち4つが、小鳩政権のもとで公開された。うち2つが核持ち込みに関するものであり、したがって非核三原則にかかわるものだ。もともと「核の傘」と「非核三原則」と「核持ち込み」は、本来互いに矛盾するものであって、矛盾しつつ同居する事態は解消させなければならないだろう。

ところで。都留重人さんの『日米安保解消への道』52頁によれば、非核三原則を最初に宣言したのは岸信介首相だという。「その時の岸首相の発言」が国会議事録から引用してある。「日本は、いかなる場合も、脅威を受ける場合も、現に攻撃を受けている場合も、核兵器は使わない国であり、しかも、日本における米軍もこれを使わない国である。したがって、日本はいかなる事態が起こっても、核兵器は、日本も米軍もぜんぜん用いない国である」。社会党の受田新吉議員が「非核三原則というふうに解釈していいのか」とダメ押ししたのに対して岸首相は「そのとおり」と答えたことになっている。これが本当なら、ノーベル平和賞は佐藤首相でなく岸首相が受賞してもよかったことになる。

しかし。6052日の衆院安保特別委員会議録2619頁を見ると、「日本は、いかなる場合も」以下の都留さんが引用した部分は、なんと受田議員が、それまでの岸答弁を自分なりにまとめたものであって、岸首相の発言ではない。しかも受田議員は「非核三原則」などという言葉を使っておらず、したがってダメ押しもしていない。こういう雑な引用をしてはいけませんよ。都留さんは引き続き68130日の佐藤首相による「非核三原則」発言を国会議事録から引用しており、これには重大な誤りはないが、同日の衆院会議録311頁と対照してみると、細部にいくつか相違が見られる。

さて。鳩山首相はいま、非核三原則を守るとは言うが、核密約廃棄を言わない。矛盾している。そもそも2004年の鳩山さんの著書『新憲法試案』では、第5章「安全保障」第53条に「核兵器、生物化学兵器をはじめとする大量破壊兵器は、開発し、製造し、及び保有することを禁ずる。」とある。解説文のなかに「日米安保体制は、今後も日本外交の基軸であり続ける」とあることですぐ分かるように、米国による核持ち込みは禁止しないのだ。今もそうお考えなのだろうか。  2010316日)

2010/03/02

「沖縄密約文書開示訴訟」結審

49日「判決」の行方を注視

池田龍夫 ジャーナリスト・(元毎日新聞記者)

沖縄返還に関する「日米密約文書開示訴訟」第5回口頭弁論は2010216日、東京地裁第103号法廷(杉原則彦裁判長)で開かれた。原告側が「文書は存在する」と強く主張したのに対し、国側は吉野文六・元外務省アメリカ局長の証言(09121)を「推測による供述」と指摘し、文書の存在を否定し続けた。この「文書開示訴訟」は、昨年316日の提訴から11カ月、弁論開始(09616)から8カ月という「行政訴訟では異例の早さ」(原告弁護団)で結審、49日に判決が言い渡される。

   杉原裁判長の訴訟指揮に、「不存在」を主張し続けた国側

沖縄返還(1972515日)をめぐる日米交渉の背景に「密約」があったことを西山太吉・元毎日新聞記者が告発して以来、その存在につき論議が続いてきた。米国の公文書公開によって「密約」を裏づける資料が発見されても、日本政府は一貫して「不存在」の姿勢を崩していない。このままでは埒があかないため、西山氏、桂敬一氏、新崎盛暉氏ら有識者25人が原告となり、昨年3月提起したのが「日米密約文書開示訴訟」。返還交渉時の「財政密約」につき、「米軍用地の原状回復補償費400万㌦やヴォイス・オブ・アメリカ(ⅤОA)の国外移転費用1600万㌦肩代わりなど密約文書3通」の開示を求めたもので、2月16日の第5回口頭弁論が締め括りの審理となった。

杉原裁判長の訴訟指揮は際立っており、第1回口頭弁論の冒頭、「米国に密約文書があるのだから、日本側に同じ文書が存在するはずだとの原告側主張は理解できる。もし密約が存在しないと言うなら、米国の公文書をどう理解すべきなのか、国側は合理的に説明する必要がある」と述べ、その後の弁論でも、国側の「不存在の弁明」に再三「確認作業」を求めてきた。しかし国側は今回の第5回弁論に提出した書面でも「合理的で十分な探索をしたが発見できなかったので、文書は保有していない」と主張し続け、原告側の請求棄却を求めたのである。なお原告側は、新崎盛暉・沖縄大学名誉教授の陳述書を提出した。

<最終弁論要旨>

【原告】行政文書は外務省や財務省のものではなく、「国民共有の知的資源」である。これまでの主張書面、米国立公文書館で入手した英文資料をはじめとする証拠、吉野文六・元外務省アメリカ局長と我部政明・琉球大学教授の証言などに基づき、3つの密約文書の存在は完全に証明された。
 沖縄返還がどのような交渉を経て成立したかについて国民は「知る権利」を有している。その背景情報を知らなければ、今なお沖縄が抱えている基地問題と日米関係を国民が正しく理解できないことになるからである。国家からの情報の流れは、国民が政治を民主的にコントロールする手段として不可欠であり、情報開示請求権は最大限の保障を必要とする。
 日本は現在、在日米軍の駐留に伴い「思いやり予算」と呼ばれる在日米軍駐留経費を負担しているほか、普天間基地移設・米海兵隊のグアム移転という米軍再編費用も負担することになっている。その源流は沖縄返還交渉時に交わされた財政密約にあると考えられる。
 公開を求める財政密約の文書は、国民にとって今なお、現在性を有する重要文書だ。行政文書の公開は民主主義の礎であり、日米間に伏在する安保条約、軍事、外交の諸問題の実相を正確に知るためには、財政密約文書の存在が日本で公式に認められ、その公開が保障されなければならない。
 行政文書の不存在については、情報開示請求権の性質、当事者の公平、事案の性質、事物に関する立証の難易などから、国が具体的事実に基づいて立証主張する責任を負担している。

【被告】外務省、財務省は、それぞれ合理的かつ十分な探索を行ったものの、対象文書を発見することができなかった。外務省は、200512月から062月にかけて、北米局北米第1課で1965年から76年にかけて作成された沖縄返還交渉に関する行政文書ファイル合計308冊を特定し、1冊ごと職員が確認したが、いずれも保有していないと判断した。吉野文六証言は「日本側にも写しを取らせたと思います」と推測による供述にとどまり、その後の保管状況についても具体的な供述は一切せず、作成当日以降、外務省勤務時代も一度も見たことはなく、保存の有無や状況をまったく知らないと述べている。
 財務省でも行政文書ファイル管理簿で「沖縄」をキーワードに1969年から72年の間に作成、取得された行政文書ファイルの有無を検索、探索したものの、対象文書を廃棄、または移管した記録のいずれの文書も発見できなかった。作成されたとされる時点から40年近く経過し、外務省としては当該文書が存在していたか否かについて把握しようがなかったため、過去の一時点の作成や保有の有無を把握し、理由を付記することは不可能だった。したがって「当省は該当文書を保有していないため、不開示(不存在)としました」と記載せざるを得なかった。

以上の通り、外務省・財務省が本件各対象文書を本件各処分時に保有していないことを理由とした本件各処分はいずれも適法であり、原告らの請求には理由はなく、棄却されるべきである。
 

  具体的資料を発掘・分析し、「密約」を暴いた原告側弁論

原告最終弁論本文は、A444㌻に及ぶ膨大なもので、具体的資料に基づいて密約の存在を論証している。これに比べ、被告最終弁論はわずか5㌻、「外務省・財務省で探したが文書はなかった」との〝釈明文〟のような印象だ。

多くの証拠に基づいて論証した「原告最終弁論」は見事で、今裁判の重大性を浮き彫りにしている。全文を紹介する紙幅がないため、一部の印象的な記述を抽出して原文どおり引用、参考に供したい。

▼「本件情報公開訴訟は、提訴から11カ月余りで第1審の最後の口頭弁論を迎えるという行政訴訟においては異例の早さで進行した。裁判所が的確な訴訟指揮によって審理の促進に尽力されたことについて、原告らは深く敬意を表する。情報公開制度は、情報公開制度が定める手続・期間に基づき適時に情報が開示されることによって、国民による政府の諸活動に対する理解と批判を可能とするものであり、情報公開訴訟における救済の遅れは、救済を拒否することとなりかねない。この点で裁判所の訴訟指揮は刮目に価する。」

▼「原告らが本件訴訟を提起することができたのは、アメリカ国立公文書館で1990年代から公開されている財政密約を示す文書類の入手と研究者による真摯な分析に負うところが大きい。開示請求書にアメリカで公開されている3つの密約文書そのものを添付し情報公開請求を行い、訴状に同文書の説明を付けて裁判を提起した原告らに対して、被告国は、3カ月後の第1回口頭弁論において、外務省及び財務省は本件文書を保有しておらず、『原告らが主張する事実関係については確認し得ない』との答弁を行った。

外務省には沖縄返還に関する308冊のファイル(報道では571冊、在米大使館のファイルは約400冊とされる)が存するにもかかわらず、自国が行った交渉経過の事実関係を確認し得ないというのである。これは、小さな鍵穴から目をこらして、外交文書という『開かずの扉』をのぞきながら、アメリカで公開されている資料に基づいて日本の歴史を理解することを国民に強いているに等しい。アメリカの公文書のみに依拠して歴史を考察することが、現在及び将来の国民の利益に反することはいうまでもない。行政文書は、外務省及び財務省の占有物ではなく、『国民共有の知的資源』である(公文書等の管理に関する法律1条)。沖縄返還交渉時から財政密約を否定し、アメリカの公文書が公開された密約の存在が客観的資料によって裏付けられるに至っても、なお否定を重ねる日本政府の反応は、次の言葉を思い起こさせる。

『すべての人々をしばらくの間愚弄するとか、少数の人々を常にいつまでも愚弄することはできます。しかしすべての人々をいつまでも愚弄することはできません』(アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーン、185898日にワシントンで行った奴隷制度廃止に関する演説の一節)」。

 ▼「1972515日、沖縄の施政権は日本に返還されたが、これに伴い、在日米軍の再編が行われ、日本本土の米軍基地は約3分の1に縮小され、沖縄に日本本土の米軍基地の約75%が集中することになった。こうした日本とアメリカとの間の安全保障、軍事、基地等の政策の影には、以下の5つの秘密の合意=密約があるとされ、1980年代から、アメリカ国立公文書館等で逐次公開された文書や、直接交渉を担当した者らの発言や著作などによって確実視されてきた。

  1953年に日米行政協定(地位協定の前身)17条の改正時に交わされた米軍構成員等に対する刑事裁判権(捜査・起訴の権限)の放棄に関する密約

  1960年の日米安保条約改定時に交わされた核持ち込みに関する密約

  1960年の日米安保条約改定時に交わされた朝鮮半島有事の際の戦闘作戦行動に関する密約

  沖縄返還交渉時の1969年に交わされた有事の際に沖縄に核の再持ち込みを認める密約

  沖縄返還交渉時の1969年及び1971年に交わされた財政密約

 これらの密約は、戦後の日米関係と分かちがたく結びついている。戦後の日米関係は、『勝者(アメリカ)の権利行使を敗者(日本)への恩恵(たとえば核の傘や市場開放)というフィクション』で覆い隠すことによって形成されてきたといえるが、このフィクションでは覆い隠すことのできない矛盾を沖縄にしわ寄せし、構造的沖縄差別を生みだしてきた。さらに日本政府が国民に対して行ってきた説明と明らかに矛盾する部分については、アメリカとの間で秘密の合意=密約を結び、アメリカの権利行使を保障してきたといいうる。

 そして、日本は現在、在日米軍の駐留に伴い、『思いやり予算』と呼ばれる在日米軍駐留経費を負担しているほか、沖縄に関する特別行動委員会(SACО)の合意に基づき、普天間基地の名護市辺野古への移転と米海兵隊のグアムへの移転という米軍再編費用の負担も求められている。その源流は、沖縄返還の交渉時に交わされた財政密約にあると考えられている。沖縄返還が、どのような交渉、駆け引き、妥協、決定などの経緯を経て成立したのかという情報を知らなければ、全島米軍基地化されている沖縄の現状が抱えている諸問題及び日米関係を、私たち国民は正しく理解できないこととなる。

本件訴訟で原告らが公開を求める財政密約の文書は、過去の一時期の出来事を記す文書に止まるものではなく、国民が日本とアメリカとの間に伏在する日米安保、軍事、外交の諸問題の実相を正確に知るために、今なお現在性を有する重要な文書である。国家から国民への情報の流れ、すなわち行政文書の公開を求める情報開示請求権は、政治に対する民主的コントロールを及ぼす点で民主主義の礎であり、最大限の保障を必要とする」。

    「情報公開」は、民主政治の羅針盤

 昨年からの口頭弁論を集大成した「原告最終弁論」は、証拠に基づいてキメ細かく論理構成されており、説得力に富むだけでなく、「情報公開訴訟」の歴史的意義を強調する文書の趣があった。

 折から、鳩山由紀夫・民主党政権発足直後に発足した「密約調査・有識者委員会」(座長・北岡伸一東大教授)の検証作業は進行中で、3月末までに報告書が出る予定だが、果たして「密約」を裏付ける日本側文書がどの程度明らかになるだろうか。20014月の「情報公開法」施行前後に、一部文書が廃棄されたとも囁かれており、有識者委員会の〝証拠集め〟は難航している。故佐藤栄作氏邸から昨年暮、「ニクソン大統領・佐藤首相サイン入りの機密文書」が見つかった衝撃も大きく、「有識者委最終報告」後も〝消えた文書〟の掘リ起こし作業は当分続くだろう。

 「原告らは2009316日、情報公開という船に乗り、錨をあげて帆を張って難航海に出た。目指す最終寄港地は、原告らそして私たち国民が理想とする民主主義社会である。そこでは、政府が国政について説明責任を果たすために、政府の保有する情報の公開が適時になされ、情報の自由な流れが保障され、国民の知る権利が過不足なく満たされている。外交の冷徹なリアリズム、過去の政権の意思決定、政府の政策の立案・実施における過ちが引き起こした歴史のゆがみ。情報開示請求権=知る権利は、これらに光をあて、国民自身が政府の政策を検証・評価し、歴史のゆがみの原因を発見することによって、過去の誤った政策を正道に戻す政治の民主的復元力を担保する。民主政の過程に極めて重要なこの権利が徹底的に傷つけられている本件において、その救済の道を開き、情報公開の羅針盤を正しく合わせるのは裁判所をおいてほかにない。原告らは、民主主義社会の道標を指し示す裁判所の判断を心から期待している」。 

この「原告最終弁論」締め括りの文章は、民主主義を確立するため「情報公開制度」がいかに貴重であるかを鮮明に示したものだ。

<注>情報公開法第1条(目的)この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。

         (なお、「柏木・ジューリック会談で合意した財政密約」についての原告側主張は、先のリポートで触れたので割愛した)

    国側は「6000万㌦の対米無利子預金」返却にも答えず

 今回の第5回口頭弁論は、提出済みの「最終弁論書」を確認し合って10分足らずで結審したが、「6000万㌦の対米無利子預金」に関する国側の説明が気になった。この問題は今回の訴訟の本筋ではないが、前回の弁論で国側は「対米預金が日本側に戻っているかどうか」との質問に答えず、今回もまた「財務省で調査・確認中」と返答して逃げ切ってしまった。米連邦準備銀行に確かめれば分かることで、確認作業に手間取る問題ではないはずだ。

米国の公文書には、「沖縄返還に伴い、日本が米銀行に最低6000万㌦を25年間預金し金利相当額の1億1200万㌦を日本が受け取らず、米側に利益供与する」と明記されているというのに、まことに摩訶不思議なこと。ここにも〝密室政治〟のカラクリが潜んでいることは明らかだ。この点について、日隅一雄弁護士ブログの指摘は的を射ている。「1972年、日本の一般会計予算は、11兆4677億円だった。そのときに、6000万㌦、当時1㌦=308円だったので184億8000万円もの金を納税者に黙って米国に無利子で預けた。つまり利息分を米国にプレゼントした。この金が返されているかどうかが答えられないとは余りにも納税者をバカにしていないだろうか。そして、そのバカにした行為をマスメディアが伝えないことも残念だ。マスメディアは、現在も密約に関することになると、とたんに腰が引けるような感じがする。地位協定における米兵に対する裁判権不行使の密約、普天間移転について移転先が拡大したことに伴う密約、そして返却されているかどうか不明の6000万㌦の預金に関する密約…。歴史を検証することは学者に任せてもよいが、現在の政府の行動を伝えることはジャーナリストの仕事だ。そうそう、結審にあたって、国から反論がなされたが、密約がなかったとの主張はもう諦めたようだ。単に探したがなかったというのみ…。つまり、国が事実上密約の存在自体は認めたともいえる。そういう視点での指摘もあまりなかったようだ…」と、厳しく指摘していたが、全くその通りである。

〝問題意識〟希薄な、本土・新聞各紙の報道 

 「文書開示訴訟」について、メディアはどう伝えただろうか。91歳の吉野文六・元外務省アメリカ局長が証言台に立った第4回口頭弁論(09・12・1)の時は、かなり詳しく報じていたが、その時以外は、沖縄県紙を除き簡単すぎる報道だったのは極めて遺憾である。沖縄返還交渉は40年前のことだが、今日の日米関係に影響を及ぼす問題点が多々あったことを認識すべきだった。今回の弁論を振り返ってみて、普天間基地移設など今日的テーマと通底する重要課題であることが明白ではないか。

ところが、「結審」を伝えた2月17日朝刊・在京大手6紙すべてが、第2社会面か第3社会面ベタ扱いだった。「4月9日に判決」のお知らせ記事のみの新聞もあったほどで、取材・整理記者双方が勉強不足で、価値判断に誤りがあったと指摘せざるを得ない。問題点をきちんと整理して報じた沖縄県紙(琉球新報、沖縄タイムス)のニュース判断こそ妥当であり、「沖縄だから…」との視点で捉えた本土紙の感覚マヒを厳しく批判しておきたい。

                  ◆

最後に、新崎盛暉氏提出の陳述書と琉球新報2・18社説の要旨を付記しておく。
新崎盛暉氏陳述書(要旨)
 戦後の日米関係は対米従属と構造的沖縄差別を本質的属性としてきたといっていい。対米従属関係は、覆い隠せない矛盾を沖縄にしわ寄せするという構造的沖縄差別と表裏一体の関係にあったといえる。それでも覆い隠せない部分を日米安保・沖縄関連の密約がカバーしてきたと言っていい。
 国民の反米機運を鎮めるために日米両政府は地上戦闘部隊、特に海兵隊を日本本土から沖縄に移駐させることに合意した。こうして対日平和条約・旧安保条約成立から60年の安保改定までに日本本土の米軍基地は4分の1に減少し、沖縄の基地は2倍に増えた。基地のしわ寄せの第1段階といっていい。この時期、日本全土の面積の0・6%しかない沖縄と、99・4%の日本本土に同一規模の米軍基地が存在した。
 1972年、米軍の沖縄支配は破綻し、アメリカは沖縄の施政権を日本に返還せざるを得なくなるが、返還を契機に日米両政府は、在日米軍の再編を行い、日本本土の米軍基地を約3分の1に縮小し、沖縄に日本本土の米軍基地の約75%を集中させた。基地のしわ寄せの第2段階だ。その結果、日米の軍事協力関係は一段と強化されたにもかかわらず、日本全体としては米軍犯罪や基地被害は見え難くなった。
 沖縄返還には、有事の核再持ち込み密約のほか、本件訴訟が対象としている財政上の密約も伴っていた。アメリカは米軍支配時代の投資資金を日本側に支払わせたのみならず、表面上はアメリカ側が負担すべき経費について、密約によって日本側に負担させた。本件訴訟で私たち原告は沖縄返還交渉の際に日本とアメリカとの間で合意された、財政に関する密約文書の情報公開を求めている。その存在が否定され続けてきた密約が一つでも明らかになれば、構造的沖縄差別や対米従属という歴史のゆがみに光があたることになり、歴史のゆがみを明らかにする手がかりが得られることになる。それは、将来に向かって、そのゆがみを正し、より良い歴史を紡ぎ出すきっかけをつかむことになる。また現在、あるいは将来において、国や社会の命運を左右する決断を行わざるを得ない立場の人々に歴史的責任を自覚させることにもなる。

   琉球新報218社説(要旨)

 沖縄返還時の日米密約文書開示を求める訴訟が東京地裁で結審した。密約の存在はすでに元政府高官の証言や米国の公開文書により明らかで、東京地裁には密約の存在を明確に認定し、政府の責任を問う判決を求めたい。
 裁判で元外務省アメリカ局長の吉野文六氏は、返還米軍用地の原状回復補償費を日本が肩代わりした密約の存在を認めた。政府は長年、「密約はない」とした同氏の発言を根拠に存在を否定してきただけに、これを覆した法廷証言は密約の存在を決定的に裏づけた。
 にもかかわらず被告の国は最終弁論でも「外務省、財務省が十分に探索したが対象文書を発見できなかった」と密約文書の存在を否定する主張に終始した。密約文書が2001年の情報公開法施行の前に廃棄された可能性も指摘されている。文書がないから密約もなかった、では済まされない。密約の存在が諸証拠で明らかな以上、文書が現存しない理由、保管の在り方、廃棄の有無など法的責任を含め洗いざらい解明する必要がある。裁判所には「密約の存在」を認定した上で、文書の保管と開示についての国の責任を明示する判決を期待したい。
 
 国民に多大な財政負担を強い、安全にかかわる日米間の重要施策が、国民や国会に明らかにされぬまま密約が交わされ実行されたとすれば民主主義の否定に等しい。密約訴訟は主権者である国民の知る権利に基づいており、安保・外交政策の“闇”を払拭する歴史的検証を求めるものだ。返還米軍用地の財政負担の密約は、その後の駐留米軍への思いやり予算の源流ともいわれる。密約のベールを払い、国民が国政を統治するガラス張りの政治への改革が鳩山政権に求められている。

                     2010225日 記)

安保50年 その軍事的実態 いま

-半世紀で大変貌をげた日米同盟

ー軍隊で平和は守れるかー

90式 戦車     

全長 9.80m 重量50.2ton 速度70km/h   

        主砲 44口径 120mm滑腔砲 1輌 約8億円

21世紀国際交流会

講演 大内要三 編集者、市民平和運動者    

日時: 2010年3月25日

(木) 18時30分~21時

場所: 中央区立産業会館 (東京都中央区東日本橋2-22-4)

         電話 03-3864-4666 FAX: 03-3864-4588

         参加費: お一人 1,000円(資料代)

「アンポハンタイ」の声が国会議事堂を取り巻いた「60年安保」から50年。 日米安保条約はいつの間にか「日米同盟」となり、専守防衛のはずだった自衛隊は恒常的に海外に派遣される存在になりました。在日米兵による凶悪な犯罪もあとを絶ちません。 この50年で何が変わり、何が変わらなかったのか。

先ごろの沖縄・名護市長選の結果は、普天間基地の辺野古移転にはっきりと「ノー」と出ました。鳩山政権は「対等な日米同盟」をマニフェストに掲げながら、いざとなると動揺を繰り返すばかり。 マスコミも「同盟にひびが入ると困る」と言うばかりですが、これでいいのでしょうか。

「同盟深化」のあとを振り返り、米軍と自衛隊が「ともに戦う」実態を見、米日両民主党政権の安保政策を分析します。 「敵」が攻めてきたら? 安保条約がなくても大丈夫? 軍隊はやっぱり必要悪か?

みなさんとともに考えましょう。

大内 要三さんのプロフィール

日本ジャーナリスト会議会員、 平和に生きる権利の確立をめざす懇談会運営委員、 長崎の証言の会地方委員、 豊玉九条の会呼びかけ人。 共著に『軍の論理と有事法制』などがある。

ネットコラム 読む・読もう・読めば http://heikenkon.cocolog-nifty.com/blog/ 

同 【要】通信 http://ameblo.jp/kaname-tsushin/

区立産業会館への交通案内

出  口

徒歩

都営浅草線

東日本橋駅

浅草橋・押上方面より  B3出口
人形町・日本橋方面よりB4出口

4分
5分

都営新宿線

馬喰横山駅

地下通路経由  B4出口

5分

JR総武快速線

馬喰町駅

C1出口

5分

JR総武線

浅草橋駅

東口

8分

参加を希望の方は haneda@iea21-japan.org または

Fax: 03-3510-7973  にて21世紀国際交流会事務局までお知らせください。

2010/03/01

3月19日の「弁論日」の夜に市民集会を開催

自衛隊イラク派兵違憲訴訟 定点報告21

自衛隊国民監視活動差止め等請求訴訟」の口頭弁論が3月19日の夕方に仙台地裁で行われます。この夜に市民集会が開催されます。

自衛隊国民監視活動差止め等請求訴訟の現段階

第一 訴訟の概要

■原告募集は、この文書を作成したのが自衛隊の東北方面隊であったことから青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島からの参加が目標とされた。そして原告は自衛隊に監視された集会参加者などに限定した。

  第一陣提訴は2007105日であった。以後、第六陣200972日まで続けられた。

  現在の原告総数は107名。

 青森県2

岩手県1

  秋田県8名

山形県5

宮城県90名(仙台市54名、岩沼市5名、田賀城市5名、名取市4名、塩釜市3名、大崎氏9名、石巻市1名,大河原町2名、柴田町2名、村田町1名、亘理町1名、七ケ浜町1名、美里町1名)

福島県1

    仙台弁護団から準備中の書面骨子(論点整理)に基づき報告

・次回弁論3月8日午後415分から。次々回弁論4月19日午後415分からです。

・情報開示請求 ⇒ 1218日に期限延長通知がありました。29日が決定通知予定日です。

    被告は国です。

    請求内容

〔請求原因の概要〕

 陸上自衛隊情報保全隊の原告らに対する監視活動は、①報道機関にも及んでおり報道の自由・国民の知る権利を侵害する、②市民団体・個人の表現の自由を侵害する、③プライバシーの権利を侵害する、④肖像権を侵害する、⑤思想良心の自由を侵害する、⑥平和的生存権を侵害する、⑦そもそも自衛隊の市民監視行為は自衛隊法等の法令上の根拠がなく、また、個人情報の収集・保全は行政機関個人情報保護法にも違反している。さらに、⑧自衛隊の市民監視活動は立憲主義に対する背反であり戦前の「憲兵政治」復活の危険があり、基本的人権保障や民主主義・立憲主義に対する重大な侵害行為であり、不法行為である。

〔請求の趣旨〕

 1 差止め―提訴時のもの(現在、変更の要否・内容につき検討中)

   被告は、原告らに対する陸上自衛隊保全隊によるイラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向の情報収集、活動監視活動をはじめ、「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(平成15年法律第137号)及び同法4条に基づき定められた「イラク人道復興支援特措法に基づく対応措置に関する基本計画」に基づいて自衛隊をイラク並びにその周辺地域及び海域に派遣し、同法及び同計画に基づく活動を行っていることに関する意見表明、集会、デモ行進その他一切の表現活動、思想活動に対する情報収集、監視活動を行ってはならない。

 2 国家賠償

   被告は、原告らに対して、各々金100万円及び本訴状送達の日の翌日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 被告(国)の対応

■指定代理人に自衛隊征服組(情報保全退院も)が就任

■被告の答弁内容

①「差止め」を却下する

 そもそも「情報収集」「活動監視活動」なる言葉はきわめて抽象的広範ゆえ、いかなる行為をさすか意味不明。従って、差止め対象が不特定。

②国賠は棄却する

・「監視」「情報収集」の意味不明ゆえ、認否の限りでない。

・ただし、陸自情報保全隊が、イラクへの自衛隊の派遣を含め、その職務に関し

て組織的・系統的・日常的に、国民の権利を侵害した事実はないし、現在もそ

のようなことはしていない。

・本件文書を陸自情報保全隊が作成したことを政府・防衛省は事実上認めている

ということについては否認する。

・「自己情報コントロール権」がプライバシイーの権利内容として憲法13条によ

 り保障されていることについては争う。

・みだりに容ぼう等を撮影されない自由について、判例を論じた後「何ら権力的

 なを契機を伴わない写真撮影」等は該当しない

    本件文書中には、原告らが参加したと主張する集会等が撮影場所である旨を付記した写真は存在しない。

    思想良心の自由につき、原告が例示する三菱樹脂高野事件は最高裁により破棄差戻しになっている。したがって本件との関係はない。

    平和的生存権につき、「田近判決」=「定点報告13-2を参照」=と称される上記判例の内容は全く独自ないし異質なもので、先例的な価値はない。以後、平和的生存権の具体的権利性の有無について、A42枚にわたって論じている。

    訓令について被告の主張

    陸自情報保全隊の任務及びその法的根拠

自衛隊31項→防衛庁設置法5条柱書、同4号。「以上のとおり、自衛隊の行動等に関し、必要な情報の収集整理に関することは、防衛省の所掌事務に属する。

 他方、陸自情報保全隊の任務については、自衛隊法23条→自衛隊法施行令32

→訓令3条「情報保全業務」:その意味同訓令21

 これらの法令等による陸自情報保全隊の情報収集における具体的な任務は「自衛隊に対する外部からの働きかけ等から部隊を保全するために必要な資料及び情報の収集整理、職員と各国駐在武官との接触状況に係る資料及び情報の収集整理、部隊等の長による身上把握等にあることになる。」

    国民の権利義務を制限行政作用については、法律の根拠は要しない

情報保全隊の情報収集活動の根拠となる防衛庁設置法はいわゆる組織規範であり根拠規範ではなく、上記情報収集活動は根拠規範に基づくものではない。

 しかしながら、法律の留保の原則もいかなる行政作用についても根拠規範を要するものではなく、国民に義務を課したり、国民の権利を制限する侵害的な行政作用についてのみ法律の根拠(法律規範)を要するに過ぎない(いわゆる侵害留保説)。情報保全隊の情報収集ための活動は、何らの

強制を伴うものではなく、その意味で国民の権利を侵害しない範囲において実施されているものである。

    結論

   情報保全隊情報収集活動→国民の権利を侵害するような形態ではなく何ら違法ではない。

   情報の収集は陸自情報保全隊の目的達成に必要な範囲内で個人の情報を保有しているのであり、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律3条の趣旨を逸脱するものではない。

■被告の応訴態度

監視文書の成立に関する認否を拒否し続ける。

原告の具体的主張にも答えない状態が続いている。

第三 訴訟進行と今後の予定

 1 前回の弁論(118日)

    原告の被害主張を出し切った(100名/107名)。被告の具体的認否を求めた。

    纐纈厚教授の意見書(自衛隊の国民監視業務の位置と役割―国民への監視と恫喝実態とその背景―)を提出。

 2 今後の弁論予定

   3月8日午後4時15

   4月19日午後4時15

 3 原告の進行予定

   《法廷内》

    最終準備書面を念頭においた主張の整理・立証の展開

    内部文書当時の東北情報保全隊長、現在の情報保全隊本部隊長、纐纈教授、小林武

教授の尋問を実現する。そのために、国を追い込む体制をとる。

    立証に必要な書証の点検・提出

   《法廷外》

    原告団・弁護団・支援する会の3者合同会議の開催

    宣伝・市民集会などによる世論の喚起

3月19日に市民集会を実施

    映画:リトルバード イラク:戦火の家族たち

    講演:綿井健陽氏

*以上の報告を受けて議論を行いました。議論の要点は以下の通りです。

・収集した情報を何にどのように使おうとしたのか、そこの追及が重要。
・この訴訟がイラク派兵に反対する国民運動であることを認識する

・世論を敵視していることを明確にする。
・自衛隊の実態は、外征軍化し、もはや「専守防衛の軍隊」ではないこと。
・外征軍化した軍隊にとって世論操作は必定(自衛隊文書等から明らかに)。
・原告の陳述から徹底して読み取る。原告の認識自体が深化・発展する。
・原告の訴える「法益侵害」を法的表現に「翻訳」する「生みの苦しみ」不可避。
・イラク戦争に自衛隊を派遣したことに対する気持ちをしっかり書いてもらう。
・勝ち取った「平和的生存権」の到達点を広く捉えていく(狭い当てはめダメ)
・求釈明と併せ、文書提出命令も活用するとよい
・その他

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