読む・読もう・読めば 76
新聞の末路
米国では2008年12月にトリビューン社(ロサンゼルス・タイムズ、シカゴ・トリビューンを発行)が経営破綻して以来、新聞社の倒産が続いているようだ。部数低減が止まらず、大衆紙USAトゥデイや高級紙ウォールストリート・ジャーナルも200万部を割り、ニューヨーク・タイムズも100万部を割っている。他紙の発行部数はすべて2桁以下。印刷媒体での発行を止めてネットに特化した「新聞」も多い。どの新聞も紳士面の反面、誤報・偏見・盗用などなどのスキャンダルにまみれながら、「正確な」情報を「迅速に」届けることでそれなりの信用を得て生き延びてきたのだが。
確かに新聞というのはよく出来た媒体であって、200年以上もかけて洗練されてきたため、記事の正確さと迅速性を確保するためのシステムが整っている。斜め読みもできれば熟読もできるし切り抜きもできる。総合性もあれば専門性もある。しかしいまやネット配信でもそれらのすべてのことが出来てしまうので、紙に印刷して宅配する必然性が薄れてきた。米国や英国と比べても異常に新聞社の寡占化が進んだ日本では、紙媒体への信仰は中高年以上のものであるようだ。大部数の宅配を前提とした購読料、不特定多数への広告の有効性が崩れれば、新聞経営が成り立たないのはアタリマエ。とりわけ新聞広告の近年の荒れ方はひどくて、20年前にはあり得なかった怪しげな自費出版本が1面サンヤツ広告に並び、ダンピングによる全頁広告が目を驚かす。
朝日新聞は4月からテレビ朝日系列ほかにニュースの速報サービスを始めた。「夕刊・朝刊の締め切りにとらわれることなくニュース記事を直ちに閲覧できるようにする」という。締め切りにとらわれることなく記事を二重にも三重にもチェックする体制があるのか。校閲部門は早くに別会社にしてしまったのに。ネット新聞「アサヒコム」ですでに速報に不適切用語や限りなく誤報に近い記事が続発したのに。日本経済新聞は紙+電子版を紙媒体+1000円での提供を始めた。電子版は携帯端末でも読めるし、切り抜きのスクラップをオンラインで保存することもできる。
紙媒体での新聞は消滅はしないだろうが、いずれ愛好者向けのたいへん高額なものになるだろう。日本経済の高度成長に伴って増頁を繰り返した新聞には、個々の読者にとって必要でない情報があふれている。減頁、人員整理をしても質の高さを維持することができるか。その過程で非正規労働者にしわ寄せが行かないようにすることができるか。販売店はどうなるのか。新聞の未来は明るくはない。 (2010年4月28日)

