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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2010年5月

2010/05/31

読む・読もう・読めば 78

琉球弧

                                                

本日528日、日米安全保障協議委員会(22)の4閣僚は、普天間基地の移転に関する日米共同声明を発表した。4閣僚が実際に協議をした結果ではなく、すでに2021日に東京で行われた実務者会談で内容が詰められていて、あとは社民党をどう説得するかだけが小鳩政権の課題だった。福島罷免でひと段落つくわけがなく、幸か不幸か7月参院選は珍しく「安保・沖縄」が争点のひとつになる。

日米共同声明は普天間基地の移設先を「キャンプ・シュワブ辺野古崎地区及びこれに隣接する水域」とし、訓練移転として「徳之島の活用が検討される」と書いている。普天間基地の機能の一部を「県外」徳之島に移転するわけだ。

地図で見れば一目瞭然だが、鹿児島県奄美諸島に属する徳之島からは、鹿児島よりも沖縄県那覇のほうがずっと近い。大雑把に言って、琉球王国時代(ナハンユ)も、薩摩藩服属時代と琉球処分後(ヤマトンユ)も、米軍政下(アメリカユ)も、奄美は沖縄と一緒だった。奄美は沖縄県でなく鹿児島県、復帰は奄美が先、という違いはあるけれども。そして屋久島・種子島などの大隅諸島と奄美以南との間には、生物分布のうえで渡瀬線という分布境界線がある。津軽海峡のブラキストン線と同じ。つまり歴史的にも自然環境としても奄美と沖縄は同じということだ。普天間から徳之島への基地機能一部移転が「県外」だから沖縄の基地負担の軽減になるというのは、ほとんどサギに近い。

作家で鹿児島県立図書館奄美分館長だった島尾敏雄氏は、奄美・沖縄を「琉球弧」と呼び、日本を「ヤポネシア」と呼んだ。1970年に彼は書いている。「日本の歴史の曲り角では、必ずこの琉球弧の方が騒がしくなると言いますか、琉球弧の方からあるサインが本土の方に送られてくるのです。そしてそのために日本全体がざわめきます。それなのに、そのざわめきがおさまってしまうと、また琉球弧は本土から切り離された状態になってしまう」。鉄砲も宣教師も黒船も、まず琉球弧に来た。   (2010528日)

2010/05/24

これでいいのか、安保・沖縄報道

2010年5/28(金) 午後6時半~

これでいいのか、安保・沖縄報道

講師:伊藤千尋朝日新聞記者)中村梧郎(フォトジャーナリスト

場所:自動車会館(東京・市ヶ谷駅近く)

参加費: 1200円

主催:日本ジャーナリスト会議事務局

2010/05/16

読む・読もう・読めば 77

本土なみ

戦後史のなかで間歇的に注目される沖縄について考える。5月15日は「復帰」の日だからだ。1972年沖縄返還は「核ぬき・本土なみ」と喧伝された。「本土」とは国語辞典では「その国の主な国土」であって、そこに含まれない辺境の地はいつでも切り捨てられる存在だから、この言葉はできれば使いたくない。いちおう奄美・沖縄諸島やアイヌの地など、切り捨てられやすい辺境の地を除く「主な国土」を「ヤマト」と呼びたい。古代大和朝廷の実効支配範囲がどこまでか、という厳密な話とは別。

72年沖縄返還で「本土なみ」とは、本来は米軍基地のあり方に関する表現だろうが、復帰運動の側からすれば、米軍支配から日本国憲法のもとへの復帰・併合だったと思う。しかし日本政府の側からすれば、日米安保条約・地位協定で縛る体制への復帰・併合だった。自衛隊は復帰の翌月には沖縄に移駐する。安保は沖縄を併合することで「極東」の枠を越える契機をつかんだ。だから沖縄の人々にとっては、憲法より安保のほうが強いのだと、身にしみて感じる復帰後の38年だったと思う。ヤマトの私どももまた、憲法より安保のほうが強くていいのかと考えさせる契機を、間歇的な沖縄報道によって提供されてきた。

ひとつの文書を想起する。1945年6月6日、沖縄の海軍根拠地隊の大田實司令官が小禄での陸戦に敗れた後、自決前に海軍次官あてに送った決別電であって、いま沖縄・豊見城に残る旧海軍司令壕わきに碑がある。大田は天皇万歳とも書かず皇軍の誇りについても書かず、ただ沖縄県民の惨禍について中央に報告することを目的として決別電文を書いた。「県民ハ青壮年ノ全部ヲ防衛招集ニ捧ゲ 残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲爆撃ニ 家屋ト財産ノ全部ヲ焼却セラレ」た。「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」。後世の私たちはどのように応えたか。

1853年、ペリーは琉球と小笠原に寄った後に江戸にやってきたし、翌年、日米和親条約を結んだ10日後には琉米修好条約を結んでいる。ペリーにとってヤマトと琉球は別な国だった。1881年、日本政府は清との国境交渉において宮古・八重山を清に引き渡す提案をしたが、清がこの条約に調印しなかったため琉球分割は避けられた。いつでも切り捨てられる辺境の地の人々に、ヤマトに併合されて良かったと言ってもらえるとすれば、安保より強い日本国憲法の実現以外に何もないと思う。  (2010年5月15日)

2010/05/10

6月の学習会「国会改革・比例削減でよいのか」

日時 6月3日(木)午後6時30分から
講師 坂本 修(東京法律事務所所属。自由法曹団団長)
会場 毎日新聞社編集局408会議室

2010/05/04

【緊急署名・沖縄の民意に応えてください】転載

連休中に【緊急署名・沖縄の民意に応えてください】にご賛同下さい!!
● メールでの署名を心から呼びかけます!!

 ◆メールでの署名集約の期限は5月5日(水・休日)です。どうか、ご協力を!!

 みなさん! 普天間基地をめぐる情勢が急速に煮詰まってきました。沖縄では4月25日、普天間基地の「県内移設」に反対する県民大会に9万人もの人びとが参加し日本政府に「県民の総意」を鮮明に示しました。しかし鳩山政権は大会の成功を表向き「民意の一つ」とか「重く受け止める」としながら、「沖縄の民意」に応える気はまったくありません。
 それどころか、大会の翌日にはワシントンで日米外務・防衛実務者会議を開き、対米交渉を加速させ始めました。鳩山首相は徳之島に影響力を持つ元衆議院議員徳田虎雄氏に会って、沖縄との県境にある徳之島が「最大1000人」の米海兵隊を受け入れることを要請しました。徳田氏は拒否しましたが、首相はなお徳之島移設を断念していません。さらに首相は連休中の5月4日に沖縄を訪問し仲井真県知事に「県内移設受け入れ」を要請します。
 鳩山首相の「腹案」は、米国政府が日本政府に強硬に履行を迫っている現行案=「キャンプ・シュワブ沿岸域案」を少し「修正」し、それを名護市民、沖縄県民に呑み込ませようというものです。その「修正」とは、くい打ち桟橋やメガフロート(鋼鉄製の箱をつなぎ合わせるもの)の上に1800メートルもの滑走路を建設することです。そうなればサンゴが群生しジュゴンの食料である海草(うみくさ)が育つ広大
な海域に滑走路でフタをすることになり、海底の生態系が決定的に破壊されてしまいます。
 鳩山首相はもはや「最低でも県外」の公約を忘れたかのようです。しかし私たちはそういう姿勢を許さず、「沖縄の民意に応える」ことを強く求める必要があります。鳩山政権による新たな「琉球処分」を阻止しましょう。
 以下に改めて緊急署名の呼びかけを記します。連休中に寄せられる署名は、5月7日(金)に首相に提出されます。どうかご協力下さい。心から訴えます。

辺野古への基地建設を許さない実行委員会(連絡先:本メール末尾)

【緊急署名 沖縄の民意に応えてください】

◆鳩山首相への要請事項◆

 1.今こそ、沖縄の民意を最優先してください。
 2.名護市辺野古への「移設計画」を断念してください。
 3.普天間基地の無条件返還を実現してください。

◆要請の趣旨◆

沖縄の悲願は、一貫して「基地のない平和な島」の実現です。

 1995年9月、沖縄で起きた米兵によるレイプ事件に対する島ぐるみの怒りに直面して、日米両政府は96年4月、普天間飛行場の「返還」を合意しました。しかしそれは、沖縄本島東海岸沖に代替基地(海上施設)を新設することでした(同年12月、SACO最終報告)。
◆96年9月の沖縄県民投票では、89%が「基地の整理・縮小」を求める意思を明確に示しました。
◆さらに97年12月の名護市民投票では、過半数が「辺野古への海上ヘリ基地建設NO!」を表明しました。しかし、自民党政権は、沖縄の頭越しに辺野古への基地建設を強行しようと、莫大な経済振興資金をもって沖縄の人々を懐柔しようとしました。
◆それに対し2008年7月、沖縄県議会は「辺野古への新基地建設に反対する」意見書を採択、日本政府、米政府、沖縄県知事に突きつけました。
◆09年8月の衆院選では、沖縄県の選挙区・比例区で自民党・公明党が全敗し、
◆今年1月24日の名護市長選挙では「辺野古・大浦湾の美しい海に新たな基地は造らせない」と主張した稲嶺進候補が当選しました。数々の世論調査でも、沖縄の世論は一貫して「普天間の県外・国外移設」が多数を示してきました。沖縄の民意が「基地の新設」にも「県内移設」にも絶対反対であることは、今や誰の目にも明らかです。私たちは、鳩山政権が「沖縄の民意」を正面から受け止め、実現すべきことを、鳩山首相に対して強く要請します。

辺野古への基地建設を許さない実行委員会

【メール送信による署名の方法】

◆署名は個人・団体(グループ)を問いません。
 ○ 署名していただける方は、氏名と住所をお知らせ下さい。
 ○ 団体(グループ)署名の場合は事務所の所在地ないし連絡先を記して下さい。

 ● 署名の連絡先は次の通りです。
    henoko.no-hutenma.out@mbn.nifty.com
   上記メールアドレスは署名専用です。

 ◆鳩山首相への署名提出は【5月7日(金)】ですが、賛同の期限は【5月5日(水・休日)】です。署名の集約と整理に時間がかかりますので、【5月5日(水・休日)】までにご連絡下さるようお願いします。

 【協力のお願い】署名される方にお願いします。このメールをできればみなさんの友人やお知り合いの方々に至急ご転送下さい。またご関係のメーリングリストやそれぞれのブログ、ホームページでご紹介下さい。どうか、よろしくお願いします。

 ◆〔個人情報の保護とこれまでの署名数について〕
  署名者の氏名と住所および署名団体名とその事務所の所在地や連絡先をインターネット上で公表することはありません。ただし署名の件数については、署名簿の提出後、手書きの署名数と合わせて、みなさんに報告します。
 この緊急署名運動は今年2月に始まり、これまでの首相官邸前金曜日行動で計約2万4000筆が首相に提出されました。

●辺野古への基地建設を許さない実行委員会
  090-3910-4140(沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)
  Fax 03-5275-5989(市民のひろば)
  URL:http://www.jca.apc.org/HHK/NoNewBases/NNBJ.html

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