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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2010年7月

2010/07/28

読む・読もう・読めば 82

西郷さんの食養生

明治維新を成し遂げた後の西郷隆盛は東京の薩摩屋敷にいたが、巨体のうえに肥満で体重は30貫(112キロ)あり、体調を崩していた。心配した天皇は侍医とドイツ人医師ホフマンを差し向けた。ホフマンは西郷さんに言った。「食事は麦飯を少々ずつ召しあがり、そのほか鶏など、格別膏のないものを食用にいたし、なるだけ米はもちろん、五穀を食べないようにして下さい」「肉はかえって膏にはなりません。穀物がもっとも膏になりやすいのです」。西郷さんは下剤も使って体重を落とし、20日間ほどホフマンの言うとおりの食養生をし、薩摩に戻るとよく山へ猟に出かけて健康体を取り戻した。津本陽さんの小説『巨眼の男 西郷隆盛』に出てくる話だ。

ん? これはいま江部康二先生の推奨している糖質制限食ではないか。いわく、1.血糖値を上昇させるのは糖質である。2.糖質を摂取しなければ血糖値は上昇しない。3.糖質制限食を実践すれば血糖値は上昇せず糖尿病は改善する。興味のある方は江部先生の本を読んでください。大学東校(東京大学の前身のひとつ)に内科医として赴任したお雇い外国人のテオドール・ホフマン(1837-94)は1871年に来日、75年に帰国しているが、こんな昔から糖質制限食があったとすれば、20世紀後半の日本で、と言うよりは今なお生きている厳格なカロリー計算による(なかなか守れない)糖尿病対策はいったい何だったのか、ということになる。

同じ西郷さんに対するホフマン医師の助言を、司馬遼太郎さんは『翔ぶが如く』に次のように書く。「これ以上に太ってはいけません」「穀類とくに米はアブラになりますから、麦飯をすこしだけ摂るようにして下さい。肉類は鶏肉をおすすめします。ただしアブラ肉は避けてください」。微妙に異なるが、同じ史料を使っているようだ。ホフマン自身の滞日記録というのはなさそうだし、西郷さんの伝記のたぐいは数百冊はありそうだし、種本は何だろうかと思案しているうちに、見つけましたね、これが。

大学東校を卒業して、つまりホフマンに学んで陸軍軍医になった石黒忠悳さんの『懐旧九十年』という本が1936年に私家版で出ている。1983年に岩波文庫に入った。これに西郷さんとホフマンの話が出てくる。西郷さんははじめ、灸をしているから医師の診察など不要と断ったが、ホフマンは天皇から命じられて来たのだから文句があるなら天皇に言え(ということをもっと丁寧な言葉で)言ったそうだ。のち西南戦争で神輿とされ明治政府に反逆した西郷さんも、ここでは天皇に従ったわけだ。石黒さんのほうは西南戦争に、鎮圧軍側で従軍した。 2010728日)

国会改革・比例削減でよいのか

201063日、坂本修さんの報告を受けて

◎質疑討論

―― 鳩山総理が辞任する動きになって、比例定数削減の動きはどうなるのでしょうか。近づくんですか。

坂本 民主党は参議院選挙の公約にはちゃんと衆院比例定数80削減を維持していて、参議院も40以上の定数削減をすると、あらためて数を明記したんですね。自民党も衆議院選挙のときの公約は定数の1割以上の削減、つまり48以上の削減だったんですね。みんなの党は半数削減です。いくつかの新党もそうですね。当然反対のはずの少数政党が「俺たちは削減していいんだ」と言っている。今度の参議院選挙の結果によって、変化はあるでしょうが、いずれにしてもどういう形で出てくるか分からないが、比例削減の流れは消えないと思います。

それからメディアで言いますと、寺島実郎さんは、民主党がいまいちばん最初に実行すべき公約は比例定数の削減だと言っているんです。確かにこれは金はかからないし、財界もアメリカも「そうだ」と言うでしょう。議員ひとりの歳費に1400万かかり、秘書の金から立法事務費から全部で7000万以上かかっているんだから。それを80削る、あるいは総定数を半分にするというと、いいんじゃないのと国民にうける可能性がある。

テレビで元バレーボールの選手は定数80削減ということが出たときに、国民がこんなにリストラで苦しんでいるんだから、80なんて少ない数じゃダメです、と言っていました。それからキャスターは、少数政党が割を食うと言うけど、それは94年当時に理論的には決着のついた問題ですから、と言う。

もっとも、メディアにはかつてのような熱狂的キャンペーンは今のところまだない。難しいんです。今日私がみなさんに配った「本家英国で小選挙区制ノー」というのは赤旗日曜版の530日付の記事ですが、非常に要領よくまとまっています。実はこの赤旗日曜版で書いているようなことは、讀賣新聞や朝日新聞も特集をして、イギリスでこうなっている、小選挙区制が問題だということを書いているんです。日本はイギリスをモデルにして二大政党制、小選挙区制で政権交代と言ってきたけれども、肝心のイギリスがこうなったと大新聞がみんな言い出したんですね。現実は否定できないのです。

二大政党制とこれを支える小選挙区制の根拠は、大きく崩れているのですが、先ほど話したように強権的国家の実現を狙っている支配勢力は、比例定数削減の企てをやめないでしょう。比例定数削減はいくつかの悪法のひとつではないんですね。たとえば国家機密法をつくられたら大変ですよね。けれども仮に国家機密法ができても闘う道はあると思います。だって、誰かを起訴しなければいけない、裁判をする、全部パクるわけにはいかない。いろんな形で抵抗闘争はできると思う。消費税がアップされたら大変です。けれど消費税をアップしたら絶対多数の国民を敵に回すことになり、闘いは次の段階につながりますね。でも国会で共産党も社民党もなくなって、どうあがいてもみんな死に票になって、という状態をいっぺん作られたら、その制度を改めるのに何年かかるか。ものすごく不利な状況での闘いを強いられることになるでしょう。強権政治をやるには、小数政党は邪魔者。なんとか国会から消したいと支配勢力の中枢は考えているのだと思います。ひとつには強権政治をしたいからですが、もうひとつでいえば、それは、彼らが「支配の危機」を感じているからです。たしかに、共産党と社民党の議席は大変少ない。でも私は議会内での力関係だけでは見てないのです。民衆の運動のなかで、新しく起きている波があります。たとえば、反核の問題だって、何十年も前に杉並で始まった運動が、いまは世界を動かすものになりつつある。長い間、ラテンアメリカは、アメリカの裏庭であり、国連の投票機械と言われていました。しかし、今は左派政権が人口の過半数を大きく超えています。

私は、政治家でも学者でもない一介の弁護士にすぎませんが、世界は大きく変わりつつあると実感しています。私の経験でも、1985年に派遣法反対で国会で参考人として意見を述べましたが、今回、派遣法の抜本改正の運動は大きく広がっています。支配勢力の無理は結局は通らなくなる。人間はさまざまの曲折はあっても、立ち上がっていく。どこでどう変わるかは分かりませんが、いまは、そうした民衆の側の運動が、国会内での活動と結び合って、支配をゆるがしていく徴候が出てきている――支配勢力はそのことを恐れて比例削減を企てているのではないでしょうか。

 ―― 仕分けをやったじゃないですか、民主党が。ああいうふうに無駄をなくすことを一生懸命やっているんだから、今度は国会の無駄をなくすと言われれば、けっこう賛成する。そこへどう切り込むか。

坂本 学習会で質疑・討論をすると、いちばん問題になるのはその点なんです。自由法曹団主催の勉強会でも、比例削減は反対だけど定数削減は賛成だという意見があった。

―― 民主党は一方で政党助成金の増額を検討しているということです。最高裁判決も政党助成金制度を合法性があり、違憲ではないと認めている。要するに、個人献金はどうせ伸びないから、その状況を考慮して、政党助成金の増額を検討します、ということですね。

坂本 無駄論は議員の数が多すぎると言ってます。しかし国会図書館の調査資料では、人口あたりの議員数はスウェーデンなんかに比べたら7分の1ぐらい、イギリスの4割弱です。諸外国に比べたらちっとも多くない。寺島さんはインチキで、アメリカの州の例を挙げている。アメリカは連邦国家ですから、州議会と国会では全然違うんですよね。それをごまかしている。国会議員数はアメリカがいちばん少なくて(スウェーデンの20分の1)、その次が日本です。圧倒的に日本とアメリカが少ない。だから議員の数が多すぎるというのは事実ではありません。

それから、金がかかっているのをどうするかということについては、320億円にもなっている政党助成金を減らせばいいんだと思う。たいし、政党助成金なしに、企業献金なしに、自前でやっている政党は残念ながら共産党しかない。だから庶民感覚で言ってそれは無理でしょうと、それこそ他の政党のジェノサイドじゃないですかと学習会で言われたことはあります。共産党の市田さんは去年の選挙のときに非常に分かりやすい話をしていました。無駄遣いだというけれども、議員ひとりにかかっている金は公設秘書の人件費から何から何まで全部併せてひとり7000万円、80減らしても56億円、政党助成金を減らせばいいのだと。

私も同じようなことを言っていますが、それだけで納得が得られるかは分かりません。本当はまともな政党や議員をもっとも必要とする階層、境遇の人たちが年収200万以下とか300万以下のときに、議員報酬がこれでいいのか、よく分からない。

名古屋で共産党の市議団がかなり思い切ったことを言っているのを御存じですか。二元代表制、つまりそれぞれ直接選挙でひとつには首長を選ぶ、もうひとつには議員を選ぶ。選ばれた2者が緊張関係を持ちながら地方自治をやることによって、住民の利益が守られる。議員を減らし議会を弱めるということは、首長の独裁を許すことになる。そういう原則論を言っているんです。その上で、次のように提起しています。第1に、立法費とかいろんな金がある。これについては住民監視で徹底してオープンにして、使わないものは全部返す、それを徹底する住民監視のシステムを作る。第2に、今の議員歳費が適正なのかどうかについては、住民と協議をする用意があると。

同じことを国会議員について言うのか言わないのか。いま言うと結局は無駄遣い論の土俵に乗るような気もするので、私は迷っています。ただ、あのバンソウコウを貼っている議員とか、宿舎をラブホテルに使っている議員とか、議場でメール交換をしている議員とか、なんとかチルドレンとかなんとかガールズとか、スポーツ選手が続出するとか、あんなのはいらないんじゃないの、という国民感情はあると思います。

私は、民意を反映するまともな選挙制度になれば、国民は本当に役に立つ議員をちゃんと選択していくと思う。それを民意切り捨ての制度に改悪して減らしてしまえとしたら、どうなるのか。「短気は損気」で、結局もっとも役に立つ者を殺すことになり、最大のマイナスだと言っていますが、そういうことを含めて、議論が必要ですね。

―― 比例定数削減をやりたがっている人々というのは、なんとなくイメージとしてはありますけれども、もう少し明確にしないと闘えないんじゃないかと思うんです。つまり先生は論文のなかで「支配勢力、その中核である財界」というふうに言われていますけれども、いま財界は全然ひとまとまりではないですよね。金融資本なのか製造業なのかITなのか。対米自立なのか、それともまだアメリカにまだくっついていくのか。そのあたりをもう少し腑分けしないと、自民党と民主党の役割分担をさせて、というようなところが、いまひとつ明らかにならないんじゃないかと思うんです。それはジャーナリストの役割かもしれませんけれども。つまり小泉構造改革のときは、アメリカの要求、財界の要求はかなりはっきり見えました。しかし小泉構造改革のときには比例定数削減は大きな問題として出てこなかった。政権交代になって、民主党になってから出てきた、小沢がやりたがっているわけですね。財界主流にまったく食い込んでいない小沢がこれをやりたがっているのは、ものすごい矛盾ですよね。

坂本 たしかに財界は全くの一枚岩ではないでしょうが、私の見方は若干違います。小沢氏は16年前ですか、『日本改造計画』を書いていますけれども、彼がそこで言ったのが、思想と基本構想の一致する2つの政党による政権交代、ダイナミックな政治、内閣の優位です。あれは財界が書いた『提言』とそっくりだったんですよね。小沢氏は財界主流から見たら乱暴で、アウトサイダーかもしれない。でも財界の言っている政策を小沢氏がそのまま言ったことは間違いない。小選挙区制を94年のときに進めた主力は財界でした。その流れはいま変わっているのかといったら、財界は依然として二大政党論でしょう。そしてそのための可能な限りの小選挙区化なんですね。だからその点では、少なくとも財界のなかのどの部分かということは分からない点があるんだけれども、いま民主党が掲げた比例代表の削減というのは、財界の主流の要求だと私は思いますね。

それからもうひとつ言うと、もっと財界中枢と直結している自民党も、やっぱり定数削減なんですね。だからまとめるとやはり、比例定数削減は支配勢力の総意として今も強力だと思うわけです。

少し別の視点から言えば、財界や民主党、自民党らが定数削減に熱心なのは、いまの小選挙区制・比例代表併用性では、彼らの目的が達成できない、はっきり言えば失敗しているからです。二大政党・政権交代がなぜうまくいかないのか。これは渡辺治先生が力説しているんだけど、彼は共産党や社民党が邪魔になっていると言うんです。二大政党でやろうとすることにたてつく、理屈を言う、正しい政策を立てる、やっぱりそれは国民に受けると。だから思い通りにできない。アメリカのように、共和党と民主党の賛成でイラク戦争をやれるのと違う。これが二大政党制で思いのままに政治をやれない大きな要因だと。

矛盾が深まったから政治を、福祉国家型に変えてバランスをとっていくか、EU型に近づけるような形で社会を動かしていくかとなると、少なくとも私の見ている限り、ひとつは財界がそうではない。もうひとつはアメリカが、オバマ大統領になってからも、安保条約をも超えて日米軍事同盟を強化していくという体制はまだ変わっていないんじゃないか。そうすると、国民との矛盾を抑え込むために、もっと強力な政治体制が必要だと彼らは考える。

―― それはその通りだと思います。ですから、民主党の今後は新福祉政策ではなくて新自由主義への回帰ですよね、明らかに。

坂本 はい、そうだと思います。そしてもうひとつ日米軍事同盟の強化です。

―― 坂本先生の本を読ませていただいていちばん分からなかったところは、衆議院の11の比例ブロックをそのままでいいとされていることです。そこのところは参議院と同じ単一の選挙区のほうがいいのではないか。というのは、前々回の選挙のときでも、国民新党より新党日本のほうが、比例が持っている票自体が多くても、細かく切られたブロックによって議席数が減っている。本当に少数を生かすとしたら全国統一にすべきで、比例定数を減らす、減らさないは別としてもそうしたらいいのではないかと戦術的にも思うんですけど。

坂本 考えられる選挙制度はいろいろあります。ひとつは中選挙区制に戻して定数格差を縮めるという選択肢です。1票の値打ちが2分の13分の1になるんじゃなくて、1票の値打ちをせいぜい11.25くらいまで縮めてしまうというやり方をすれば、中選挙区制はかなり民意に比例するんです。そういうシステムもあり得る。公明党がそう言っているんです(ただし定数は削減)。もっともある大学の学園祭で話したときには、中選挙区には絶対反対だという学生が多かった。なぜ反対かと聞くと、候補者の顔が見えないという。第選挙区で480、中選挙区は中ぐらいに分けるから4050と思いこんでいるんです。つまり、3人から5人が中選挙区制だったということを、若い世代は知らないんですね。

 それからあなたが言うように、全国をすべてひとつの選挙区にしてやるという、完全比例代表制が考えられます。これがいちばん正確に民意を反映することは確かなんです。そういう考えもある。だけど私はもうひとつあると思うんですね。11ブロックに分けていいと。11ブロックの定数をちゃんと決めて、その定数は全部比例でいくという形もある。共産党はこれを政策として言っていたんですね。ただし、この間の共産党の大会決議を読んでみると、「小選挙区制の撤廃、政党助成金の撤廃、比例代表中心の選挙制度への選挙制度の抜本的改革」を要求していますが、中選挙区制に戻しての選挙制度も、「選択肢のひとつとなりうる」と言っているんです。

全国を1区とする考えの弱点をひとつ言いますとね、それこそまったく政党に対する投票になる。候補者の順位は政党がつくる。政党が作ったリストに対して、イエスかノーかしか有権者は言えないのか。それは嫌だという有権者はけっこういるでしょう。その嫌だという気持ちには、やっぱりかなりの合理性があるように私は思うのです。

―― 前提を言っていなかったですが、私は小選挙区と比例代表は、国政のレベルでは平行してあるのはしょうがないなと思っているんです。

坂本 そうすると小選挙区の定数と比例のそれはどういう割合ですか。

── 定数を完全比例にするとなると、島根県は0.6だとか、そういう形になりかねないんで、そこの部分の調整はなかなか合意が取れないので厳しいと思っているんで、まあブロックの定数の部分をあらかじめ割りふっておいて、増えたところを上乗せするみたいな仕組みでも作らないと。

坂本 いま300180でしょう。もしそうした枠組みは基本的には変わらないとすれば、今のような歪みは完全にできますよ。しかも比例について、政党リストの信任投票みたいになることを、果たして有権者が納得するでしょうか。いずれにしろ、民意をより正しく反映させようということを共通の前提として、選挙制度をどう民主的なものに抜本的に改革するか、みんなで討議してみる必要があると思います。

―― 中選挙区制の話なんですけれども、去年、衆院選がありましたよね。あれを分析してみると、やっぱり公明党が中選挙区で得をしているんですね。3人区以上では常に議席獲得率が得票率を上回っている。だから公明党は比例代表制よりも中選挙区制を言っているんじゃないかと思います。票割りのうまいところが得をするわけです。立てすぎてもいけないし、足りなくてもいけない。共産もかなり損している選挙区がありますね。

坂本 たしかに公明党にはそういう計算があるかもしれません。でも、中選挙区制のもとで共産党は、定数格差がひどかったんですけれども都市部で勝ち進んだんですね。中選挙区制で名古屋の革新共同を含めて、40議席を取った。得票率も12%前後ありました。10%前後でも30前後取れるんです。かなり比例するんです。だから学問的にも中選挙区制は準比例代表制だと言われています。

例外は多少あるとしても、3から5の中選挙区制にして、定数格差を是正すれば、かなりの比例効果が出ると思います。そうすると連立政権になったら政治が動かないというのは根拠のないドグマです。このドグマがマスコミで論説を書く方に牢固としてしみこんでいる。でも、EU諸国を見ても連立政権で政治はちゃんと動いているでしょう。

結局、人間がいま見いだしているシステムとして言えば、民意を反映する選挙制度のもとで、議会を充実させて政治をおこなっていく以外に、人間はまだそれを上回るシステムを発見していない。私は複数政党制が絶対にいいと思う。民意を歪め、切り捨てて、巨大政党が政権を独占したり、少数政党抹殺の二大政党制になったら、結局は独裁の強権政治になり、大きな禍になる。

もっとも、「民意を反映する」といっても、そもそも「民意とはなにか」という問題はあるのですね。

民意というものはマスコミの世論操作で激しく揺れ動くことがあります。だいたい世論というのは、固い世論と柔らかい世論とがある。柔らかい世論というのはメディアにすごく弱い世論です。固い世論というのは、要求を掲げている運動のなかを経由しながら、一人ひとりの人間が自分の人生観を含めて形成してきた世論だと思います。もちろんこの固い世論と柔らかい世論との間は万里の長城のようではなくて、こっちからこっちへと移ったり、いろいろすると思う。そのなかでまともな政治や、まともな選択をどうしていくのかを、私たちは自分の活動を通じて作り上げていくしかない。私たちの運動が弱いと世論を左右するメディアの役割は飛躍的に大きくなってしまうと思います。

私たちがこの間何度も経験しているように、マスコミの世論操作の力は強力です。残念ながら、マスコミは真実に背を向けることが多い。昔の話ですが、私が弁護士になったとき三井三池闘争の現場に50日いました。第二組合が無茶苦茶にひどいことをやる。右翼暴力団が来て人を殺す。警察は右翼と第二組合の暴行を放っておいて、こちらが何かやると全部パクっていく。現場の帰社はみんな見ているのに書かない。記事にはならない。泣いてくってかかっていたよね、組合員が。あんた、見てるじゃないか、と。それについて記者は、「記事はきちんと送っている」と言っていた。そういう新聞社内部の緊張関係のもとで今のような記事になっているのかどうなのか。公害とか薬害とかB型肝炎とか、ああいう問題になるとやっぱりメディアの報道のなかで、心に沁みるようなものがあるのですが……。

 ── 今は原稿をコンピューターで処理するでしょう。かなりの部分、原稿が出たかどうかが調べられるんですね。だけどそれが載るかどうかということは、やっぱり全体を観ますからね。メディアが全部ダメというわけではなくて、やはり記者自身が関心を持たなければ、紙面にはならないと思うんですね。

 坂本 定数削減は当然だという論調がマスコミの主流になっています。二大政党と選挙制度でのメディアの共同歩調はなぜなのか。先ほどの『法と民主主義』(20102月・3月合併号)に元朝日新聞大阪本社編集局長の長谷川千秋さんが書いているんですが、「総選挙の公示日から投票日前日までの12日間、京都配布の全国版5紙と、地元紙1紙を対象に、テレビの視聴率に当たる面別注目率が最も高いとされる、朝刊の1面と第1社会面に政党名の見出しが何回出たか、党首の写真が何回出たかを調べた。両方とも、自民と民主の両党だけで8割近い。党名の代わりに使われた、麻生首相、鳩山代表という両党の代表者の名前をもそういう記事だとしてカウントすれば、見出しでは9割台になる。少数政党の党首の写真は、公示日前日に日本記者クラブ主催の6党党首討論会があったのが公示日朝刊に1度載っただけだった」というのです。

定数削減についての反対意見はけっこうあるけれども、載せない。絶対に。私が見たのでは東京新聞のコラムに武村正義さんが、小選挙区に自分も関与したけれども問題がある、さらに比例定数だけ減らすのは絶対反対だと書きました。東京新聞は、これ以上死に票を増やすのは問題だという特集記事を載せていますが、他の大新聞は書かない。賛成、反対のどっちに傾くかというレベルではなく、批判する側の意見がほとんど抹殺されている紙面になぜなっているか、理解できませんね。

── 先ほど、新聞社が悪いということではなくて、記者が関心を持つか持たないかだという意見があったけど、私はそういう見方はしていないんです。朝日新聞はたとえば普天間問題でいえば、最近の論調はもうはっきりと本土分散せよという論調です。船橋洋一主筆が書いた長い記事があって、その後はいろんなところにその論調が現れるんです。本当にトップの言うことに追随するような内容になってきている。沖縄が差別されているということを良く言うんですが、それは本土も被害を受けろと言っているんじゃない、そんなことじゃないと分かっているのに、朝日の記事は沖縄は差別されている、だから本土も痛みを分かち合うべきだという論調になっていく。こういうふうに見ると、単に器舎一人ひとりがどうのこうのではなくて、もっと大きな、新聞社としての流れというのがあるんじゃないかと、私は思っていますね。

―― 私は去年選挙前にね、じつは朝日から選挙制度関連で取材を受けたんですよ。民主党の定数削減に抗議声明を出したものですから。わざわざ朝日新聞社まで行って取材を受けたんだけども、記事になりませんでしたね。

坂本 やっぱり21世紀臨調にメディアの人が名を連ねているのを見ると、気になりますね。社長、会長、主筆、論説委員、全国紙正治部長ら総計70人もの人々が集まっているのです。それから船橋さんの話ですが、ある新聞のかなり重要なポジションにいる人を呼んで、東京9条の会を支える法律家9条の会、というややこしい名前で学習会をやった。いまのメディアの普天間基地問題についての論調などについて聞いたんですね。その質疑討論のなかで、船橋さんの話が出たんです。そしたら彼はこう言ってましたね。「安保マフィア」があるんだと。マスコミ界に78人くらい、アメリカとツーカーで専門家になっている集団がある。安保とか基地の話になると全部その人たちが取り仕切る、高度の専門化だということで周りから口を差し挟まないし、差し挟めないという雰囲気になっていると。

── 「安保マフィア」というのは適切ではないです。朝日にそういうしっかりしたシステムがあるわけではないと思いますよ。ただ船橋さんはジョゼフ・ナイ氏の親友だということですね。

坂本 93年に小選挙区制について朝日新聞は一斉にキャンペーンを始めました。そのときに自由法曹団はあまりにもおかしいというので、何度も意見書を出したんですが、弾劾とか告発ではなくて、かなり冷静に分析したものを持って、主要メディアに行きました。朝日新聞はちゃんと別室を用意してくれまして、3人の中枢幹部と1時間以上討論しました。朝日新聞はその2年前だったと思いますが、中選挙区制のもとでも自民党はもはや政権を維持できない状態である、政権交代は必然だという両面見開きの記事を書いている。

かつては小選挙区制は民意を曲げると言っていたのに、なんでこんなふうに変わったのかと私は聞いたんです。そのときの返事ですが、「今どき中選挙区制のもとで定数是正をすればいいなんて言っているのは日共だけでしょう。日共しか言わないことをなんで朝日が言えますか」と。それで私はこう言ったんです。「何党か何派じゃないんです。民意がどうなるかなんです。もし仮に共産党しか言っていないとしても、それが正しいか間違っているかの問題です。戦争中に侵略戦争反対を言ったのは確かに共産党しかいません。朝日新聞は戦争を賛美したことを強烈に自己批判したでしょう。何党しか賛成しないから朝日が言えないということは、朝日が正しいということならない。」でも、それで話は終わってしまいました。

 小選挙区制が通ってからたった1人だけ、メディアの自分たちの記事は間違いだったんじゃないか、埠頭に国民を煽ったんじゃないかという、署名入りの記事を書いた人がいます。毎日新聞の長崎さんという方です。でもこうした人は本当に例外でした。参議院で否決されたときのメディアは本当にひどかった。断固としてやれとみんな社説で書いた。テレビで久米さんも「こんなことをやるんだったら国会なんて何もできない」と攻撃しました。筑紫徹也さんは、どんでん返しで成立したときに、「社民党で造反して反対した人は自己批判すべきだ」と言った。

私はメディア駄目論とは思わないんです。記者で頑張っている人も知っているし、世論が変わればメディアも、たとえば9条の会についてまったく黙殺していたメディアが次第に変わりましたよね。だから変えていくには、やはり私たちの努力がいるんだし、投書ひとつであれ、努力すべきところはたくさんあるんだと思っています。

―― 裁判の記事では、弁護団にマメな人がいると、記者にレクチャーしています。

坂本 政治的でない冤罪とか公害とか、いわゆる人権問題は取り上げますね。政治的なのはなかなか載らない。それでも堀越事件のように、裁判事件は載るんです。ところが、政治の仕組みをどうするか、となると本当に載らない。

―― 私は財界は二大政党論ではないと思っているんです。小選挙区は1人ですが、確実に二大政党にしたいんだったら2人区にすればいい。二大政党を考えるならそうやったほうが効率的です。さっき、比例代表にすると政党しか出られなくなると言われました。私が1980年代の参院選の比例代表のあり方がいいのかなと思っているのは、あれは供託金が下がったせいもあってミニ政党とか訳の分からないのが候補者を出してそれなりに当選した。いまは供託金が高すぎるから、出たい人が出られない、がんじがらめに政党だとか宗教団体とか金のある化粧品会社とか、そういうところからしか出られない。供託金が下がれば誰でも出られて、当選するかどうかはそれこそ有権者が決める、という形にしたほうがいいと思っているんです。

坂本 供託金を下げるのは賛成です。こんな高い供託金は世界中でも日本だけでしょう。ただ供託金による縛りだけじゃなくて、一定の規模の政党でないと選挙活動でも車の使い方でもハンディキャップが大きいんですね。これもあらためるべきです。

もうひとつ、二大政党を本当に考えるなら2人区にすればいいというのは、全然気付きませんでした。けれど財界はこの間、一貫して二大政党にするマニフェスト選挙を求め続けていました。だから、やはり二大政党制論だと思います。つまり一報がダメになったときにスペアがあって、AがダメになったらBがあるというのは、アメリカ、イギリスの流れのなかでそれがいちばん典型的なモデルだと、それが歴史的に照明されたかどうかは別として、そういう固定観念が財界にあるんです。

―― 自民党がヨタヨタだから小選挙区にして、とにかく何百回選挙をやろうが自民党が勝つために小選挙区制にしたと思っているんですが。

坂本 1956年鳩山一郎内閣のときはそうだったと思います。しかし、94年のときは、財界は単純に自民党擁護ではなかった。その証拠というか、小選挙区制に最初は自民党は反対して、非自民の細川内閣が賛成したんです。財界は1政党が長く政権を独占して、金丸副総裁の金の延べ棒事件のような形で腐敗を深めていって、国民から大きな批判が起きるよりは、スペア政党同士で行ったり来たりする仕組みをこの時点では考えたと思います。だから二大政党制の実現だったのだと思います。

ただ小選挙区制はやってみたら、片方圧勝、片方ボロ負けの可能性があるんだね。それは多分日本のメディア状況とからんでいるんだと思います。イギリスとかアメリカはここまで極端なメディアの偏りはないんだと思いますよ。イギリスとかアメリカはこの形は敬虔していないと思います。日本の小泉内閣のときと昨年の総選挙のときのような片方のアッ法は世界的に稀な現象なんじゃないか。一か所あった。カナダは政権政党が3議席か5議席になって結局解散した、という話を聞いたことがあります。

今度の選挙はやってみなけりゃ分かりませんけど、どっちも勝たないとすれば、衆議院もまた引き続き解散して、衆議院に信を問うという形になるのか。衆議院では308という既得権益を民主党が維持しながら、参議院ではねじれ国会になるのか。公明党や場合によっては「みんなの党」なんかをくわえ込んでの民主党の参議院での多数が可能なのか。ただどうなっても、支配勢力の比例削減の策動は消えないと思います。どういう連立になるにしろ、国民の不満と要求は広がりますから、こうした要求をともに掲げてたたかう少数政党は結局は、邪魔だから消せという動きがつよまる危険があると思っています。

―― 基本的に参院選は中選挙区制、1人区が多いですけれども2人区もあれば東京では5人区もあったりするんで、少数政党がある程度確実に受かる。衆議院みたいな大きな差はできないのでは。

坂本 この間の参議院選挙でも、1人区で民主党は得票率を大きく上回る多数議席を取った。1人区では圧勝しているわけです。やっぱり1人区が民意を歪曲することになるのではないでしょうか。

―― 参院は完全小選挙区ではなくて、比例もあるんです。

坂本 比例があっても改選議席総数の4分の1の議席数しかありません。民意に反する虚構の多数になる可能性は参議院だって強いと思います。ただ今度はどっちもダメだから激勝ち・激負けにはならないと思っています。そうではなくて、民主党の参議院・衆議院の絶対多数がもし連動したときには、比例定数削減、国会法「改正」という怖い政治になるんではないでしょうか。

―― なぜ財界が二大政党制を求めるかといえば、単純にアメリカのマネだと思います。あるいはイギリスの。イギリスは今回コケましたけれども。

坂本 マネはしたくないですよね。アメリカの中間選挙の投票率はものすごく小さいでしょう、大統領選挙のないときの中間選挙では30%代、その少ない投票率のなかでも、富裕層の投票率が高いんです。日本でのワーキング・プアあるいはそれ以下の人たちの投票率は20%以下でしょう。つまり本当に貧しい人、もっとも政治を変えることに利益のある人たちが、自分の願いを託す政党がなく二大政党制のもとでは投票に行っていないということです。そういうアメリカのような仕組みに日本もなっては困るんだというふうに思っています。

 私は今日はみなさんに正直に、いろんな意見に対して考えるところを言いました。みなさん本当に、国会定数削減・比例削減で良いのかということを、身の回りの人と議論してみてください。簡単には広がらないことはよく分かっています。9条改憲反対の分かりやすさ、打てば響くような流れに比べて、これはそうはいかない。

なぜいかないかといえば、奥深くにある原因として、議員が本当に自分たちの仲間で、自分たちの要求のためにともに闘ってくれるという実感が、民衆的なレベルでは、まだまだ乏しいんだと思うわけです。つまり、自分の1票の値打ちは、平等でなければならないという要求が反戦・平和の要求に比べればまだ弱いと、私自身反省をこめてそう思うのです。もう一度「平等な1票」は基本的人権であり、民主主義の柱なのだということを、私たちがそれぞれにつかみ直す必要があるように思われてなりません。

それとの関係で政党と国民との関係についても、見直しをしなければならないことがあると私は感じています。政党は「われわれは正しいことをやるんだから私に1票を」と言うだけでなくて、人間的に平等に交流しあい、解け合う、結びあう努力がいるのではないでしょうか。

この間ある集会で政党代表としてのある人の話を聞いたときに、「私の政党はこれだけのことをやりました」、と言うから、「議席が少なくてもこれだけのことができる」という話かと思って聞いていたら、そうではなかった。「みなさんが要求を掲げて動いたから、一緒に私たちがやったからこれだけのことができたんです」「それを、みなさんとともに、もっと大きな規模でやりたい」と言われました。そこに何か大事なヒントがあるんだと思います。

今日は長い時間、熱心に討論していただき、本当にありがとうございました。ぜひ、これからも比例定数削減阻止、選挙制度の改革のためによろしくお願いします。

2010/07/19

国会改革・比例削減でよいのか

(201063日平権懇学習会報告に大幅加筆)

坂本 修

 みなさんご承知のとおり、小泉さんが「小泉劇場」で劇的な圧勝をした直後から、自民党は憲法を変えるということを本格的に政治日程に乗せました。そして自民党創立50周年大会で「新憲法草案」という、現行憲法の基本をすべてひっくり返してしまう、壊憲憲法をつくると言い出しました。さらに、安倍さんはこれを引き継いで、自分の任期中、つまり2010年までに、国民投票をして改憲を行うと公約しました。しかも彼はその理由として、日米同盟は流血の同盟でなければならない、その障害になっているものが日本国憲法9条である、こうした「戦後レジーム(体制)」は解体すると明言したのです。

 毎日私たちは憲法9条を考えたり、憲法を読み直して暮らしているわけではなかったと思います。けれども相手方から憲法を変えるという濁流のような攻撃を受けるなかで、いろんな人たちが声を上げて、憲法に対してどういうふうにそれを捉えるのかということを、議論を始めました。

そんななかで「9条の会」がつくられ、急速に広がっていきました。私も「9条の会」をつくるいちばん最初集会に出ましたけれども、9人の代表のうち梅原さんを除けば全員出られまして、短い挨拶をしました。それぞれの人生を経ての思いをこめて、人の心を揺さぶるような話だったと思います。その中でもとりわけ心に残ったのは澤地久枝さんのお話です。澤地さんはあのとき、心臓にペースメーカーを埋める手術をして、病院から3日前に帰ってきたばかりなんですが、「自分は憲法を変えるということに対しては1ミリといえども下がることはしない」と言われましたね。私はそれを聞いていて、澤地さんほどのことはできなくても、やっぱり私も下がらないで、できることはしていこうと思いました。それから年に少ないときで20数回、多いときで50回ぐらい、各地を回って、機会があるごとに話をしてきました。

今日のテーマでの学習会では起承転結がある話をするというよりは、みなさんと一緒に討論をするための、いわば問題提起的なレポートとして話をさせてもらいます。そしてその後で十分な意見交換をさせてほしいと思います。

なぜそう言うかというと、かつての93年のときの小選挙区制闘争のときも各地を駆け歩きましたし、その前にも国家機密法の制定とか、労働法制の改悪とか、いろんなことで話し歩きましたけども、今回のテーマについて、そう簡単にはいかないという思いがしているからです。とくに私は労働組合や名だたる民主団体が、なかなかさっとは立ち上がってはいないんだというふうに思います。その原因が何かについては、私なりに思うところがありますが、そのことを含めて、今日は討論をさせて欲しい。

10月の末に、「真実が知られていない」「このままでは負けるんじゃないか」と思って、生まれて初めて自費出版をしました。出版社と掛け合っているヒマがないと思い。300円という値段は安いんです、これは。配偶者にも、赤字を背負うけど覚悟してくれと言って、売って歩きました。ウチの事務所で口の悪い同僚がいまして、もう77になっているのだから、そんなにキリキリしなさんなと言うから、私は「マッチ売りの老人」をやっているんだと言いました。そうしたらその人は本当に口の悪い人でね、「マッチ売りの少女は売れなくて凍えて死んだんでは……」と言いました。だけどね、4500冊売れました。私は、話せばちゃんと聞いてもらえると確信しています。

◎安倍改憲策動に勝った民衆

本論に入ります。「国会改革・比例削減で良いのか」、これがみなさんから与えられているテーマです。良いわけがない。そもそも憲法とは何か、憲法から見たときの1票の権利とは何か、議会制民主主義とは何かという憲法論は、全部省略します。なぜなら、このようなことはみなさんが共有している知識だと思うからです。

先ほど言いましたように、自民党「新憲法草案」後の改憲策動は、きわどいところまで来ていたと思います。安倍さんが自分の任期中、2004年までに国民投票によって憲法を変えると言ったのは、彼のたんなる思いこみでも根拠のない幻想ではなかった。あの時点では、もう古くなったから憲法を変えるのはむしろ当然だというのがメディアの主流だった。安倍さんは、圧勝した自民党の議席を背景に、民主党も実際には9条改憲にOKをして、国民投票法をつくることについても自民党と民主党の中枢で合意して、共同提案で国民投票法を作ろうという動きをつよめていました。だから、「安倍型改憲策動」の実行は、紙一重のところに来ていたんだと思います。

しかしこれは挫折しました。改憲を参議院選挙の第一公約に掲げた自民党を、私たちは歴史的大敗と言われるぐらいに敗北させました。自民党敗北の原因について、小森陽一さんや渡辺治さんは「9条の会」の成果だと言われます。もちろん、それだけではないでしょうね。構造改革によって一時の痛みはあるけれども国民は幸せになれるんだと、ちょっとの我慢だと、構造改革は善であり反対する者は守旧派であるというキャンペーンに、大勢として国民は乗せられたと思います。しかし、いったんは乗せられて小泉自民党を圧勝させた国民は、その後の実生活のなかで、弱肉強食の社会が広がっていく、自分の生活は悪くなっていく、先はまったく見えなくなってきている、そのことに対する批判をつよめていた。そのことが安倍自民党の大敗の原因だと思います。でもね、そういう経済的な、生活上の矛盾だけだったのかといえば、そうではないと思います。平和や民主主義について、「九条の会」のような先進的な運動の流れにも刺激されながら、どこかおかしい、このまま突っ込んでいくのは危ないという、幅広く、奥深い“民衆的な批判”が、自民党を敗北させたもう一つの大きな理由だと思います。

 私の印象に残った話をしますと、朝日新聞のコラムニスト、早野透さんが参議院選挙が終わった後に面白いコラムを載せています。彼は参議院選挙の最中に、自民党の国会議員の自宅に取材の電話を入れた。議員がいなかったので奥さんと話しているうちに、奥さんのほうから、「今度という今度は主人の政党には投票しません」と言われた。びっくりして「なんでそんなことを言うんですか」と聞いたら、「戦争へのきな臭い臭いがする」と。早野さんは確かに民衆の奥底に何かが動いたんだと、それが自民党の大敗につながったんだと書いています。そうだと思います。

 その点で確認しておきたいのは、あのきわどいときにマスコミにも相手にされず、権力はもちろん持たず、お金も持っていなかった日本の国民が、「九条の会」に結集して、あるいはそれ以外にもさまざまな形で多様に力を合わせて声を上げて、ノーと言った、止めた。これはやはり戦後史のなかでも、民衆の側が勝った非常に大きな成果だと見ていいんだと思います。

向こうに対して痛烈な打撃を与えて挫折させたんだということを確信にしたい。しかもそれがその時だけに終わっていない。9条改憲反対の世論は、その後さらに広がっている。今年の世論調査では9条改憲反対は7割近いでしょう。9条改憲賛成は2割台に落ちているんですね。いま国民投票を実際にやって、9条改憲を問えば、改憲勢力が勝つのは難しい。一か八かやってみてもし負けたら二度と手をつけられないし、国民は自信を持つ。そういうふうに考えたときに、国民投票法を使って9条改憲にいま直ちに打って出るということは政治的にはあまりにも危険だと、彼等は思わざるを得ない。そこまでの情勢を、私たちは切り開いた。そのことに私たちは確信を持ってよいと、つよく思うのです。

◎改憲策動の新しい陣立て

大きな問題は、それでは改憲の危機は去ったのか、ということですね。そうではないと思います。向こうは新しい陣立てと新しい戦略によってそれを実現しようとしているからです。

箇条書きで言うと、第1は事実上の改憲を徹底してやり抜くという策動です。たとえば自衛隊の装備、訓練、アメリカとの軍事共同作戦、両軍の基地統合のすべてで、海外で侵略戦争をアメリカと一緒にやる準備をずっと進めてきている。これは自公政権から民主党の連立政権になっても、少しも変わっていません。

2番目には、解釈改憲と立法改憲が進められようとしている。解釈改憲のいちばん大きな分かりやすい例は、国会改革の一環として国会法を改正して、内閣法制局長官に国会で答弁をできなくするということです。内閣法制局長官が護憲派だとは言いません。歴代の長官は内閣の法律顧問的に、自衛隊を持っているのは違憲ではありません、安保条約も違憲ではありません、ここまでは大丈夫ですということをずっと言ってきた。つまり9条を侵害する側に立っていた。しかし長い間の私たちの運動も反映して内閣法制局長官は、海外における武装力の展開はできません、日本の自衛隊は海外で武力行使もできません、集団的自衛権の行使もできないんですと、この一線だけはずっと守ってきました。

湾岸戦争のときに小沢さんが国会で、国連が認めている行為だから自衛隊が出ていいはずだということを執拗に迫っていますが、頑として内閣法制局長官は拒否しました。小沢さんは本(『日本改造計画』)のなかでも論文のなかでも、内閣の一員にすぎない法制局長官が楯突くのは「本来の権力のあり方からすれば、無責任のそしりを免れない」と、怒りまくっていますね。小沢さんはその後、内閣法制局の廃止法案を国会に提出しましたが、失敗しました。

いま国会法改正によって内閣法制局長官が国会で発言できないようにしてしまおうとしているのは、国連の支持や決定があるならば現行憲法のもとでも自衛隊を海外に派兵することができる、ドイツやイギリスの軍隊と同じように殺し、殺されるような状況をいますぐにできるという解釈に内閣として変えるためのたくらみですね。つまり集団的自衛権をみとめ、自衛隊恒久海外派兵法制定への道を開こうとしてのことです。

では、改憲勢力の策動は事実上の改憲、解釈改憲、立法改憲、それだけで済むのかというと、そうではありません。もういっぺん明文改憲の問題に立ち返らせてください。自民党の新憲法草案を見ますと、武力行使をしない、戦力を持たない、交戦権を否定するという憲法9条第2項を消すだけではなくて、自衛隊を自衛軍とすると同時に、第1項の任務のほかに「国際平和と協調のために」自衛軍を使うと書いてある(草案9条の2、第2項)。第1項の任務というのは、日本の国土と日本の国民を守るという任務です。その外にということは、自衛軍として海外で戦争をすることを任務とするということです。つまり、アメリカ軍と共同作戦でファルージャでの虐殺をすることを憲法で認める国にしようというわけです。

そういう海外派兵を強行するためには、戦死者を祀るために靖国神社がいる。そこで信教の自由の条文も変えて、社会的・習慣的に認められるものは国が援助しようと構わないというふうにします(草案20条)。

軍事裁判所を作るということも自民党の憲法草案のなかにあります(草案76条第3項)。つまり国民救援会やみなさんが被告、弁護団を中心に裁判闘争をするような法廷じゃだめだというのです。軍事裁判所は裁判官が軍人になります。それだけではありません。憲法前文の平和的生存権は全部消して、そのうえで日本の国民一人ひとりに国を愛し守る責務があるということを、つまり国防の責務とか愛国心とかが、前文のなかに盛り込まれているのです。

それから国民の基本的な人権については、公益と公の秩序のために基本的人権を使う責務がある、という文章を入れます(草案12条、13条)。自民党の解説書を読みましたが、公の利益というのは国益であり、公の秩序というのは国家の秩序であるとはっきり書いてあります。

以上を全部総合してみると、どういう憲法になるのでしょうか。改憲勢力が企てているのは憲法の改正の範囲をはるかに超えた異質の憲法をつくる、つまり“壊憲”を行うということです。その角度からみれば、戦争をする国、人権のない国、国民を国家に帰属させる国をつくる、つまり“国家改造”をする、そのための“壊憲”を支配勢力は、なお企んでいると見なければなりません。

◎小選挙区制が歪めた民意

そんなことを本当にやろうと思っても簡単にはいかない。どうやったらできるか。私は、そのために考えたのが、いま浮上してきているこの比例定数削減だと思うのです。もともと94年の強行的に入れられた小選挙区制は、民意を二大政党に「集約」して、政治改革を行うためだと宣伝されました。あのとき自民党を永久政権にするために、ということもよく言われましたけれども、私はそうではなかったと思います。あれを強行したのは非自民の細川内閣のときです。自民党をいつまでも政権につけておくというよりは、自民党がダメならば他の政党に替わってもいい、ただしその2つの政党はともに憲法を変え、新自由主義路線を突っ走るものであるべきで、これにイエスと言わない政党は国会から抹殺していくと。それが小選挙区制策動の基本的な狙いだったと思います。

小沢さんは非常に鮮明にそのことを、要旨次のように語っています。

湾岸戦争のときに日本が出撃できなかった、それで世界の恥さらしになった。金は出したけれど感謝されなかった。ダイナミックな政治でなかったからそうなったんだ。ではどうしたらいいのか。それは、「思想と基本構想」を同じくする2つの政党によってダイナミックな政治を行う」ようにした方がいい。いかなる世の中であっても、政府のやり方に反対だという国民は2割ぐらいはいる。この2割に足を置いて反対する政党がある。その政党の言うことを、民主主義なんだから大いに尊重して慎重に審議しろなんて言ったのでは、ダイナミックな政治はできない。だから、完全小選挙区制にして多数決で全部決めるようにするのが一番いい。しかし一挙にそこまでいくのは抵抗があるだろうから、一部比例を入れたものにしたらいい。

こうして作られたのが94年の小選挙区制(小選挙区・比例代表併立制)です。最初に法案として出されたときは250250、最後のどんでん返しのときに300200。それが2000年には比例をさらに削って、300180にしました。現行の小選挙区制はそういうふうにして作られたものです。

このことがどれほど政治を歪めたかをあらためてつかみ直す必要があります。日本国憲法は、主権は一人ひとりの国民にあり、一人ひとりの国民が正当な選挙によって選ばれた者が国の政治を行うと明記していますね。ごく普通に理解すれば、民意によって政治が行われなければならないということです。そうだとしたら議席と得票は基本的に比例しなければいけない。いろんなバリエーションはあるでしょう、しかし基本的には比例するのが原則です。ところが小選挙区制を入れたばっかりにどうなっているのか。

このあいだの衆院選の得票率で計算すると、民主党は44.2%ですから本来ならば204議席しかないのを、308議席を取っています。104議席は余計なものなんですね。自民党は128取れるところを119議席で、ちょっぴり損をしています。公明党は55議席取れるはずのを21と大損しています。共産党は34議席のはずのところを9議席と、もっと大損しています。社民党は21から7というふうにこれも大損ですが、この7は民主党との選挙協力で、小選挙区で3議席を保障されているから7なんです。比例だけなら、社民党の自力で言えば4議席です。社民党と共産党は両党ともに憲法9条改憲反対を明確にうたって選挙に臨んでいる政党です。両党の得票を比例で合算しますと、約800万票です。民意に比例させれば55議席あるということです。それがこれだけ切り刻まれている。

こういうふうに民意が歪められて、虚構の多数、見せかけの多数が政権を握り、みんなが平和に人間らしく生きることの出来ることを求める政党は虚構の少数に追い込められている。民意が、こんな制度によって、大きく歪曲された結果、どうなったか。この選挙制による16年間にわたる政治は、労働法制の改悪、社会保障の切り下げ、相次ぐ戦争立法、アメリカ軍の戦争に加担してのイラクに対する出兵とか、悪政を横行させたのです。

だから私たちが困ったな、とか、ひどいな、とか、生活がたいへんだという根っこに、じつは選挙制度の問題がある。それは議会制民主主義を歪めているということです。私たちの1票というのは、自分の幸福、家族の幸福の追求のために行使するための大事な“宝”、基本的人権なんですね。憲法が基本的人権として保障している。同じ1票のはずなのに、これほど1票の値打ちが違うということは、イギリスでも大問題になっていますけれども、本当は基本的人権の侵害なんです。私たちはそのことにもっと新鮮な怒りをもっていいんだというふうに、私は思っています。慣れてはいけない、慣らされてはいけないんだと思います。

◎なぜ比例定数削減か

やっと「いまなぜ比例定数削減なのか」という本論に近づきました。すでに現在の選挙制度で一定の二大政党体制をつくり、悪政をすすめてきたのだから、「もうそれでいい」といえるか。支配勢力にとってはそうはいえない。なぜいえないかというと、少数政党をできれば、少なくとも国会からは排除したい。そう彼らは考えてこの制度をつくったが、失敗しているからです。虚構の少数を強いられた政党はねばりづよく闘い抜きました。国民は少数政党のジェノサイドを許しませんでした。でも国民はそれを許しませんでしょう。議席が小さくても、この16年間にわたる悪政のなかで、草の根からわき上がってくる国民の要求と、少数政党が国会で活動していることがお互いに共鳴しあって、新しい流れを下から作り始めたと思うんですね。

たとえば私は1985年に、派遣法制定にあたって参考人として国会で陳述しています。その後も合計3度にわたって私は労働法政の改悪に反対する参考人としてしゃべっています。その時は国会の中でまともに相手にしてくれる政党は1党か2党でした。新聞も書いてもくれませんでした。引かれ者の小唄とは言いませんけれども、いくら言っても、それは声にはならなかった。けれども今、派遣村の状況が端的に示すように、人を物のように使い捨てる労働法制でいいのか、派遣法を抜本的に改正すべきだというのは、多数の意見になってきている。この国の社会がこれでは保たない、なんとかしなければいかんというのは、国民の多数意見ではないでしょうか。

16年間にいろんな戦争立法を進めきた。そうしないと日本はもう国際社会からドロップアウトすると言ってきた。一時は国民もかなり揺らいだ。けれどもイラク戦争のときからずっと見ていくなかで、やっぱり9条を変える必要はない、9条は平和に役に立っているという国民が7割から8割に達している。9条を守れというのが、国民の多数になってきている。

人間らしく生きる権利についても、いま9条改憲反対とほとんど同じように、人は人間らしく生きる権利がある、人間らしく働く権利があるんだということは、国民の権利意識として、憲法制定当時とははるかに質量共に違う流れとなって、国民のなかに浸透しているではありませんか。憲法で保障している権利を掲げて民衆が動き出し、それと一緒になって国会で頑張り抜いている政党があり、運動が発展してくる。メディアは二大政党万歳でキャンペーンをしているけれども、隠せない真実が国民に次第に広がっている。悪性に対する批判がつよまり、要求実現のために政治を変えようという流れが国会の内外で合流し、より大きく、より強い流れとなってくる。そういう流れが合流してついに実現したのが、この間の総選挙での自公政権の崩壊であり、長く続いた自民党政治がついに立ちゆかなくなった。そこまでは来たんだと思うわけです。

先ほど私は、安倍改憲策動を阻止したことをお互いの確信にしようと言いましたが、政権交代を実現した、別の言い方をしたら自公政治を打ち倒したということも、同じように私たちの確信にしていいんだと思うんです。「9条の会」の運動もあるし、労働法制確立の動きもあるし、後期高齢者医療制度の廃止の要求もある。あるいは子育ての要求も、両性の平等を求める要求もある。そうしたいろんな要求闘争と国会闘争とが両輪となって回りながら、そこまでは追い詰めたんだと。

そのことは支配勢力の側からみれば、「支配にとっての危機」を彼らが感ぜざるを得ない状況が生まれているということです。小選挙区制でも安定多数が危なくなって、政教一致の特殊な宗教政党である公明党と連立をして二重の意味で虚構の多数を得て、自民党政治・自公政権は悪政を重ねてきた、そのやり方、そして企業献金と憲法に反している巨額の政党助成金という麻薬を服用し続けた自公政権が、ついに毒が体に回って倒れてしまった。この国を支配している勢力からいったら、一種の危機ではないでしょうか。

自民党は倒れたけれど、ほぼ同じことを言っている民主党にバトンタッチして、何年か民主党に政治をやらせて、それがまた国民から批判を受けたら自民党にまたバトンタッチして、そうやって回していけばかなり安定的に政治ができて安全だ。自分たちが新自由主義政策を進めるのも、あわよくば憲法9条を変えるのもうまくいく、あわてることはない。と、彼らは言えるのでしょうか。そうはならなかったということですね。その端的な証が、鳩山内閣の崩壊だと思います。

鳩山内閣を支持した流れにはいろんな要素があるでしょうけれども、ひとつは自民党政治に対する怒りですね。ひとつは金権腐敗に対する怒りです。民主党ならばもっときれいな政治になると思った。だけどツートップがあのざまで、しかも民主党ぐるみであの小沢さんをも鳩山さんをも擁護に回った。「民主党、お前もか」ですよね。この怒りはいっときの怒りではない。鳩山が辞めても小沢が辞めても変わらない。

もうひとつは3大公約とその裏切りの問題です。普天間基地の撤去、労働者派遣法の抜本改正、それから後期高齢者医療制度の廃止。民主党という政党は基本的には財界の政党であり、アメリカに対しては日米軍事同盟の枠はなかなか超えがたい政党だと思われていました。しかし3大公約はやるだろうと期待した人が多かった。それが、もののみごとにやらなかった。最初は先送りとか迷走と私たちは言っていましたね。いまや民主党は、国民に対する最大の裏切りを始めているのです。この裏切りに対して国民は決して寛大ではなかったということです。鳩山内閣の支持率が10%台に急落して、このままでは選挙ができないという状況に追い込んだというのは、やっぱり要求を裏切られたことに対する国民の怒り、それが今までにないレベルに達しているんだということですね。

二大政党・政権交代でうまく政治を安定的に回すことができると考えていた仕組みが崩れた。失敗した。それが現状だと思う。その立て直しのために彼らは比例定数削減を勝負 駒としていまつかもうとしているのです。比例定数削減でどうなるかということについて詳しくは、私の『法と民主主義』に書いた論文(『法と民主主義』20102月、3月合併号「衆院比例数削減の検証――逆行を阻止し、一票の生きる日本を求めて」)を読んでください。

◎トロイの木馬を入れないために

討議の材料として、比例削減を許したらどういう結果になるかを、ごく簡潔に言っておきます。比例定数を80に削減するというのは、悪いものをちょっと悪くするのではないんです。学習会をすると、いまの小選挙区制がそんなに悪いものなら、もうちょっと悪くしたってそんなに悪くならないと、論理的にはよくわからないんですが、言われることがあります。しかし、そうではありません。先ほど話した現在の小選挙区・比例代表制の歪みはさらに極端なものになります。たとえれば、強毒性のウィルスは致死性のウィルスに毒性変化するのです。くわしくは前掲の私の論文で述べていますが、昨年の総選挙の比例票をもとにして推計していますが、9条改憲・消費税アップ、強権固定志向の二大政党は全議席の92%を占めることになります。一方、共産党と社民党は合計役800万票(11%)で、比例議席合計4になってしまうのです。共産党や社民党を国会から追放してしまうということは、単なる少数意見の切捨てではありません。9条改憲反対、消費税アップ反対の多数意見の切捨てなんです。つまり国会議事堂はいまのままであるけれども、形を変えた独裁国家に国家改造してしまうというのが、策動の根本目的だと思う。ここまでやってしまいますと、9条改憲に行くのは非常に簡単ですね。これはみなさんおわかりだと思います。

正面から9条改憲をかざして安倍さんのように突っ込んでくると、草の根から筵旗を立てて正門を固めますから、島原の一揆どころじゃない大騒ぎになって、突破できない。やったら負ける。それよりも「無駄を省くために」議員の数を減らす、苦しみを一緒にするから定数を削減しましょう、政府が活発に行政をやるためには、内閣が主導を持ち、官僚を排除して、政治主導でやりましょうと大宣伝する。すると、それはそうだと言う人がたくさん出てきます。9条改憲反対と言っている人にも、このことの大切さはなかなかわからない。たとえ話ですが、これは裏門からトロイの木馬を入れるということです。いったん入れてしまえばもう、本丸の近くで彼等は攻めることができるし、そのときは城門の外から支援に駆けつけても間に合わない。これが彼らの新たな戦略なのだと思われてならないのです。

支配勢力の新たな壊憲戦略・国家改造のためのシン戦略の危険は大きい、そのための比例定数削減策動は、「明白かつ現在の危険」です。でもこの策動に勝てるか勝てないかといえば、私は勝てると思っています。なぜ勝てるかといえば、93年、94年のときは構造改革のためにやるんだと、そのための政治改革だと言ったのに対して、悪政に苦しんだ16年にわたる現実の生活のなかで、私たちはもう真実を知っているからです。憲法9条を変えるためだという主張は、9条改憲反対の世論が7割に近くなっている現在ではもう通用しません。もし彼らがそんなことを言えば、比例定数削減に反対する人はもっと増えるでしょう。二大政党で政権交代をするために必要だという話も、今度の民主党も圧勝で政権交代したでしょう。なんで比例だけ減らして少数政党を抹殺し、改憲二大政党で議席独占の仕組みをつくらねばならないか、説明がつかない。自民党と民主党の二大政党だけでいいと思っている国民が多いのかと言ったら、私は決してそうではないと思います。民主か自民しかあなたの投票する政党はなくなる、それ以外の投票はすべて死に票になるということについて、賛成という人がどれだけいるかということです。まして80削減で事実上完全小選挙区制に近いものにし、オセロゲーム的な一党ひとり勝ちになる可能性のつよい仕組みに誰が賛成するでしょうか。

私たちは、もっと民意を反映する選挙制度にしよう、少数政党が中政党になるか大政党になるかを決めるのは国民であって、それを人為的に法律で削って、鉄の枠をはめて、ジェノサイドをやることに反対だというのは、私はきちっと話をしていけば国民の多数を結集できるんだというふうに考えます。

参議院選挙を前にして、民主党は比例定数削減を公約とし、自民党、そしてみんなの党も定数削減を主張しています。民主党が過半数をとれば、比例定数削減(公選法一部改正)は一気に動き出す危険が生まれてしまう。民主党が敗北したらどうなるか? 敗北の程度、どの党がどう前進し、あるいは後退するか、状況は様々に変化することでしょう。いま私があれこれ予測することはできません。しかし、どうなっても、支配勢力は、国民との間でつよまる矛盾を前にして、強権的国家実現を追求してくる可能性がつよいと私は思います。仮にどの党も参議院で過半数を取れなくても、定数削減、9条改憲、解釈改憲の策動は消えないし、場合によったら大連立ないし中連立をやるというような動きも、起きうるんだと思います。だから私たちは、その時が来たら戦うんじゃなくて、いまそれは許さないという世論を、マスメディア頼りではなくて草の根から起こす、そして、そこにとどまらず、私たちの要求を実現する国民のための政治の実現をめざし、民意の反映する選挙制度を求める運動にうまずたゆまずとりくむことが、私たちが勝つうえで大事なことだと思います。私は、自分のできることをできる限りやっていくつもりです。

2010/07/15

読む・読もう・読めば 81

「みんな」の公約

勝者のない参院選で、ひとり気を吐いたのは「みんなの党」だった。衆院で3分の2の議席を持たず、参院で過半数を持たない与党は、野党の協力を得なければ1本も法案を通せなくなった。「みんな」がキャスティングボートを握る場面も多発するだろう。というわけで、「みんな」の選挙公約をあらためて読んでみる。

多くの党が選挙向け政策集を「マニフェスト」と称しているのに対して「みんな」は「アジェンダ」と差別化している。そして何よりも文章がわかりやすい。俗受けする表現と言ってもよい。5章構成で、順に、Ⅰ 増税の前にやるべきことがある! Ⅱ 世界標準の経済政策を遂行し、生活を豊かにする! Ⅲ 「地域主権型道州制」の導入で格差を是正する! Ⅳ 激動する国際環境を踏まえた戦略的な外交を! Ⅴ 財源はしっかり手当てする! となっている。

もう少し細部を見る。「日米安保体制を基軸(米軍再編への協力などを含む)」、「対等な同盟関係という立場から、『思いやり予算』の見直し、沖縄の米軍基地負担軽減」というあたりは、鳩山内閣が掲げながら米軍とマスコミの包囲のなかで潰えた政策に似る。「急迫不正の侵害に対する自衛権の行使、テロやミサイル、海賊など新しい多様な脅威に対応」、「アジア太平洋地域内で、経済、エネルギー、環境、安全保障各分野での協力を促進」は、自民・民主に通じる。「自衛隊の海外派遣については……国連等の国際的枠組みの下で」は小沢氏に通じる。つまり安保・外交に関しては自民・民主といくらでも協調できる。経済に関しては基本的に新自由主義への先祖返りだ。

見逃せないのは、政策ポスターを張り巡らしたとおり、「外国人参政権に反対し、新たな国家の枠組みを構築する」というあたりだ。この延長線上に改憲について「憲法調査会を早急に始動して議論を開始」があるし、「安全保障環境について国民的論議を喚起」というのも気になる。このあたりが「在日特権を許さない市民の会」だけでなく田母神俊雄氏や小林よしのり氏のファン層も含めての琴線に触れたとすれば、「みんな」の台頭は「愛国」「国益」派の定着を示したことにもなる。  (2010715日)

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