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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2010/07/19

国会改革・比例削減でよいのか

(201063日平権懇学習会報告に大幅加筆)

坂本 修

 みなさんご承知のとおり、小泉さんが「小泉劇場」で劇的な圧勝をした直後から、自民党は憲法を変えるということを本格的に政治日程に乗せました。そして自民党創立50周年大会で「新憲法草案」という、現行憲法の基本をすべてひっくり返してしまう、壊憲憲法をつくると言い出しました。さらに、安倍さんはこれを引き継いで、自分の任期中、つまり2010年までに、国民投票をして改憲を行うと公約しました。しかも彼はその理由として、日米同盟は流血の同盟でなければならない、その障害になっているものが日本国憲法9条である、こうした「戦後レジーム(体制)」は解体すると明言したのです。

 毎日私たちは憲法9条を考えたり、憲法を読み直して暮らしているわけではなかったと思います。けれども相手方から憲法を変えるという濁流のような攻撃を受けるなかで、いろんな人たちが声を上げて、憲法に対してどういうふうにそれを捉えるのかということを、議論を始めました。

そんななかで「9条の会」がつくられ、急速に広がっていきました。私も「9条の会」をつくるいちばん最初集会に出ましたけれども、9人の代表のうち梅原さんを除けば全員出られまして、短い挨拶をしました。それぞれの人生を経ての思いをこめて、人の心を揺さぶるような話だったと思います。その中でもとりわけ心に残ったのは澤地久枝さんのお話です。澤地さんはあのとき、心臓にペースメーカーを埋める手術をして、病院から3日前に帰ってきたばかりなんですが、「自分は憲法を変えるということに対しては1ミリといえども下がることはしない」と言われましたね。私はそれを聞いていて、澤地さんほどのことはできなくても、やっぱり私も下がらないで、できることはしていこうと思いました。それから年に少ないときで20数回、多いときで50回ぐらい、各地を回って、機会があるごとに話をしてきました。

今日のテーマでの学習会では起承転結がある話をするというよりは、みなさんと一緒に討論をするための、いわば問題提起的なレポートとして話をさせてもらいます。そしてその後で十分な意見交換をさせてほしいと思います。

なぜそう言うかというと、かつての93年のときの小選挙区制闘争のときも各地を駆け歩きましたし、その前にも国家機密法の制定とか、労働法制の改悪とか、いろんなことで話し歩きましたけども、今回のテーマについて、そう簡単にはいかないという思いがしているからです。とくに私は労働組合や名だたる民主団体が、なかなかさっとは立ち上がってはいないんだというふうに思います。その原因が何かについては、私なりに思うところがありますが、そのことを含めて、今日は討論をさせて欲しい。

10月の末に、「真実が知られていない」「このままでは負けるんじゃないか」と思って、生まれて初めて自費出版をしました。出版社と掛け合っているヒマがないと思い。300円という値段は安いんです、これは。配偶者にも、赤字を背負うけど覚悟してくれと言って、売って歩きました。ウチの事務所で口の悪い同僚がいまして、もう77になっているのだから、そんなにキリキリしなさんなと言うから、私は「マッチ売りの老人」をやっているんだと言いました。そうしたらその人は本当に口の悪い人でね、「マッチ売りの少女は売れなくて凍えて死んだんでは……」と言いました。だけどね、4500冊売れました。私は、話せばちゃんと聞いてもらえると確信しています。

◎安倍改憲策動に勝った民衆

本論に入ります。「国会改革・比例削減で良いのか」、これがみなさんから与えられているテーマです。良いわけがない。そもそも憲法とは何か、憲法から見たときの1票の権利とは何か、議会制民主主義とは何かという憲法論は、全部省略します。なぜなら、このようなことはみなさんが共有している知識だと思うからです。

先ほど言いましたように、自民党「新憲法草案」後の改憲策動は、きわどいところまで来ていたと思います。安倍さんが自分の任期中、2004年までに国民投票によって憲法を変えると言ったのは、彼のたんなる思いこみでも根拠のない幻想ではなかった。あの時点では、もう古くなったから憲法を変えるのはむしろ当然だというのがメディアの主流だった。安倍さんは、圧勝した自民党の議席を背景に、民主党も実際には9条改憲にOKをして、国民投票法をつくることについても自民党と民主党の中枢で合意して、共同提案で国民投票法を作ろうという動きをつよめていました。だから、「安倍型改憲策動」の実行は、紙一重のところに来ていたんだと思います。

しかしこれは挫折しました。改憲を参議院選挙の第一公約に掲げた自民党を、私たちは歴史的大敗と言われるぐらいに敗北させました。自民党敗北の原因について、小森陽一さんや渡辺治さんは「9条の会」の成果だと言われます。もちろん、それだけではないでしょうね。構造改革によって一時の痛みはあるけれども国民は幸せになれるんだと、ちょっとの我慢だと、構造改革は善であり反対する者は守旧派であるというキャンペーンに、大勢として国民は乗せられたと思います。しかし、いったんは乗せられて小泉自民党を圧勝させた国民は、その後の実生活のなかで、弱肉強食の社会が広がっていく、自分の生活は悪くなっていく、先はまったく見えなくなってきている、そのことに対する批判をつよめていた。そのことが安倍自民党の大敗の原因だと思います。でもね、そういう経済的な、生活上の矛盾だけだったのかといえば、そうではないと思います。平和や民主主義について、「九条の会」のような先進的な運動の流れにも刺激されながら、どこかおかしい、このまま突っ込んでいくのは危ないという、幅広く、奥深い“民衆的な批判”が、自民党を敗北させたもう一つの大きな理由だと思います。

 私の印象に残った話をしますと、朝日新聞のコラムニスト、早野透さんが参議院選挙が終わった後に面白いコラムを載せています。彼は参議院選挙の最中に、自民党の国会議員の自宅に取材の電話を入れた。議員がいなかったので奥さんと話しているうちに、奥さんのほうから、「今度という今度は主人の政党には投票しません」と言われた。びっくりして「なんでそんなことを言うんですか」と聞いたら、「戦争へのきな臭い臭いがする」と。早野さんは確かに民衆の奥底に何かが動いたんだと、それが自民党の大敗につながったんだと書いています。そうだと思います。

 その点で確認しておきたいのは、あのきわどいときにマスコミにも相手にされず、権力はもちろん持たず、お金も持っていなかった日本の国民が、「九条の会」に結集して、あるいはそれ以外にもさまざまな形で多様に力を合わせて声を上げて、ノーと言った、止めた。これはやはり戦後史のなかでも、民衆の側が勝った非常に大きな成果だと見ていいんだと思います。

向こうに対して痛烈な打撃を与えて挫折させたんだということを確信にしたい。しかもそれがその時だけに終わっていない。9条改憲反対の世論は、その後さらに広がっている。今年の世論調査では9条改憲反対は7割近いでしょう。9条改憲賛成は2割台に落ちているんですね。いま国民投票を実際にやって、9条改憲を問えば、改憲勢力が勝つのは難しい。一か八かやってみてもし負けたら二度と手をつけられないし、国民は自信を持つ。そういうふうに考えたときに、国民投票法を使って9条改憲にいま直ちに打って出るということは政治的にはあまりにも危険だと、彼等は思わざるを得ない。そこまでの情勢を、私たちは切り開いた。そのことに私たちは確信を持ってよいと、つよく思うのです。

◎改憲策動の新しい陣立て

大きな問題は、それでは改憲の危機は去ったのか、ということですね。そうではないと思います。向こうは新しい陣立てと新しい戦略によってそれを実現しようとしているからです。

箇条書きで言うと、第1は事実上の改憲を徹底してやり抜くという策動です。たとえば自衛隊の装備、訓練、アメリカとの軍事共同作戦、両軍の基地統合のすべてで、海外で侵略戦争をアメリカと一緒にやる準備をずっと進めてきている。これは自公政権から民主党の連立政権になっても、少しも変わっていません。

2番目には、解釈改憲と立法改憲が進められようとしている。解釈改憲のいちばん大きな分かりやすい例は、国会改革の一環として国会法を改正して、内閣法制局長官に国会で答弁をできなくするということです。内閣法制局長官が護憲派だとは言いません。歴代の長官は内閣の法律顧問的に、自衛隊を持っているのは違憲ではありません、安保条約も違憲ではありません、ここまでは大丈夫ですということをずっと言ってきた。つまり9条を侵害する側に立っていた。しかし長い間の私たちの運動も反映して内閣法制局長官は、海外における武装力の展開はできません、日本の自衛隊は海外で武力行使もできません、集団的自衛権の行使もできないんですと、この一線だけはずっと守ってきました。

湾岸戦争のときに小沢さんが国会で、国連が認めている行為だから自衛隊が出ていいはずだということを執拗に迫っていますが、頑として内閣法制局長官は拒否しました。小沢さんは本(『日本改造計画』)のなかでも論文のなかでも、内閣の一員にすぎない法制局長官が楯突くのは「本来の権力のあり方からすれば、無責任のそしりを免れない」と、怒りまくっていますね。小沢さんはその後、内閣法制局の廃止法案を国会に提出しましたが、失敗しました。

いま国会法改正によって内閣法制局長官が国会で発言できないようにしてしまおうとしているのは、国連の支持や決定があるならば現行憲法のもとでも自衛隊を海外に派兵することができる、ドイツやイギリスの軍隊と同じように殺し、殺されるような状況をいますぐにできるという解釈に内閣として変えるためのたくらみですね。つまり集団的自衛権をみとめ、自衛隊恒久海外派兵法制定への道を開こうとしてのことです。

では、改憲勢力の策動は事実上の改憲、解釈改憲、立法改憲、それだけで済むのかというと、そうではありません。もういっぺん明文改憲の問題に立ち返らせてください。自民党の新憲法草案を見ますと、武力行使をしない、戦力を持たない、交戦権を否定するという憲法9条第2項を消すだけではなくて、自衛隊を自衛軍とすると同時に、第1項の任務のほかに「国際平和と協調のために」自衛軍を使うと書いてある(草案9条の2、第2項)。第1項の任務というのは、日本の国土と日本の国民を守るという任務です。その外にということは、自衛軍として海外で戦争をすることを任務とするということです。つまり、アメリカ軍と共同作戦でファルージャでの虐殺をすることを憲法で認める国にしようというわけです。

そういう海外派兵を強行するためには、戦死者を祀るために靖国神社がいる。そこで信教の自由の条文も変えて、社会的・習慣的に認められるものは国が援助しようと構わないというふうにします(草案20条)。

軍事裁判所を作るということも自民党の憲法草案のなかにあります(草案76条第3項)。つまり国民救援会やみなさんが被告、弁護団を中心に裁判闘争をするような法廷じゃだめだというのです。軍事裁判所は裁判官が軍人になります。それだけではありません。憲法前文の平和的生存権は全部消して、そのうえで日本の国民一人ひとりに国を愛し守る責務があるということを、つまり国防の責務とか愛国心とかが、前文のなかに盛り込まれているのです。

それから国民の基本的な人権については、公益と公の秩序のために基本的人権を使う責務がある、という文章を入れます(草案12条、13条)。自民党の解説書を読みましたが、公の利益というのは国益であり、公の秩序というのは国家の秩序であるとはっきり書いてあります。

以上を全部総合してみると、どういう憲法になるのでしょうか。改憲勢力が企てているのは憲法の改正の範囲をはるかに超えた異質の憲法をつくる、つまり“壊憲”を行うということです。その角度からみれば、戦争をする国、人権のない国、国民を国家に帰属させる国をつくる、つまり“国家改造”をする、そのための“壊憲”を支配勢力は、なお企んでいると見なければなりません。

◎小選挙区制が歪めた民意

そんなことを本当にやろうと思っても簡単にはいかない。どうやったらできるか。私は、そのために考えたのが、いま浮上してきているこの比例定数削減だと思うのです。もともと94年の強行的に入れられた小選挙区制は、民意を二大政党に「集約」して、政治改革を行うためだと宣伝されました。あのとき自民党を永久政権にするために、ということもよく言われましたけれども、私はそうではなかったと思います。あれを強行したのは非自民の細川内閣のときです。自民党をいつまでも政権につけておくというよりは、自民党がダメならば他の政党に替わってもいい、ただしその2つの政党はともに憲法を変え、新自由主義路線を突っ走るものであるべきで、これにイエスと言わない政党は国会から抹殺していくと。それが小選挙区制策動の基本的な狙いだったと思います。

小沢さんは非常に鮮明にそのことを、要旨次のように語っています。

湾岸戦争のときに日本が出撃できなかった、それで世界の恥さらしになった。金は出したけれど感謝されなかった。ダイナミックな政治でなかったからそうなったんだ。ではどうしたらいいのか。それは、「思想と基本構想」を同じくする2つの政党によってダイナミックな政治を行う」ようにした方がいい。いかなる世の中であっても、政府のやり方に反対だという国民は2割ぐらいはいる。この2割に足を置いて反対する政党がある。その政党の言うことを、民主主義なんだから大いに尊重して慎重に審議しろなんて言ったのでは、ダイナミックな政治はできない。だから、完全小選挙区制にして多数決で全部決めるようにするのが一番いい。しかし一挙にそこまでいくのは抵抗があるだろうから、一部比例を入れたものにしたらいい。

こうして作られたのが94年の小選挙区制(小選挙区・比例代表併立制)です。最初に法案として出されたときは250250、最後のどんでん返しのときに300200。それが2000年には比例をさらに削って、300180にしました。現行の小選挙区制はそういうふうにして作られたものです。

このことがどれほど政治を歪めたかをあらためてつかみ直す必要があります。日本国憲法は、主権は一人ひとりの国民にあり、一人ひとりの国民が正当な選挙によって選ばれた者が国の政治を行うと明記していますね。ごく普通に理解すれば、民意によって政治が行われなければならないということです。そうだとしたら議席と得票は基本的に比例しなければいけない。いろんなバリエーションはあるでしょう、しかし基本的には比例するのが原則です。ところが小選挙区制を入れたばっかりにどうなっているのか。

このあいだの衆院選の得票率で計算すると、民主党は44.2%ですから本来ならば204議席しかないのを、308議席を取っています。104議席は余計なものなんですね。自民党は128取れるところを119議席で、ちょっぴり損をしています。公明党は55議席取れるはずのを21と大損しています。共産党は34議席のはずのところを9議席と、もっと大損しています。社民党は21から7というふうにこれも大損ですが、この7は民主党との選挙協力で、小選挙区で3議席を保障されているから7なんです。比例だけなら、社民党の自力で言えば4議席です。社民党と共産党は両党ともに憲法9条改憲反対を明確にうたって選挙に臨んでいる政党です。両党の得票を比例で合算しますと、約800万票です。民意に比例させれば55議席あるということです。それがこれだけ切り刻まれている。

こういうふうに民意が歪められて、虚構の多数、見せかけの多数が政権を握り、みんなが平和に人間らしく生きることの出来ることを求める政党は虚構の少数に追い込められている。民意が、こんな制度によって、大きく歪曲された結果、どうなったか。この選挙制による16年間にわたる政治は、労働法制の改悪、社会保障の切り下げ、相次ぐ戦争立法、アメリカ軍の戦争に加担してのイラクに対する出兵とか、悪政を横行させたのです。

だから私たちが困ったな、とか、ひどいな、とか、生活がたいへんだという根っこに、じつは選挙制度の問題がある。それは議会制民主主義を歪めているということです。私たちの1票というのは、自分の幸福、家族の幸福の追求のために行使するための大事な“宝”、基本的人権なんですね。憲法が基本的人権として保障している。同じ1票のはずなのに、これほど1票の値打ちが違うということは、イギリスでも大問題になっていますけれども、本当は基本的人権の侵害なんです。私たちはそのことにもっと新鮮な怒りをもっていいんだというふうに、私は思っています。慣れてはいけない、慣らされてはいけないんだと思います。

◎なぜ比例定数削減か

やっと「いまなぜ比例定数削減なのか」という本論に近づきました。すでに現在の選挙制度で一定の二大政党体制をつくり、悪政をすすめてきたのだから、「もうそれでいい」といえるか。支配勢力にとってはそうはいえない。なぜいえないかというと、少数政党をできれば、少なくとも国会からは排除したい。そう彼らは考えてこの制度をつくったが、失敗しているからです。虚構の少数を強いられた政党はねばりづよく闘い抜きました。国民は少数政党のジェノサイドを許しませんでした。でも国民はそれを許しませんでしょう。議席が小さくても、この16年間にわたる悪政のなかで、草の根からわき上がってくる国民の要求と、少数政党が国会で活動していることがお互いに共鳴しあって、新しい流れを下から作り始めたと思うんですね。

たとえば私は1985年に、派遣法制定にあたって参考人として国会で陳述しています。その後も合計3度にわたって私は労働法政の改悪に反対する参考人としてしゃべっています。その時は国会の中でまともに相手にしてくれる政党は1党か2党でした。新聞も書いてもくれませんでした。引かれ者の小唄とは言いませんけれども、いくら言っても、それは声にはならなかった。けれども今、派遣村の状況が端的に示すように、人を物のように使い捨てる労働法制でいいのか、派遣法を抜本的に改正すべきだというのは、多数の意見になってきている。この国の社会がこれでは保たない、なんとかしなければいかんというのは、国民の多数意見ではないでしょうか。

16年間にいろんな戦争立法を進めきた。そうしないと日本はもう国際社会からドロップアウトすると言ってきた。一時は国民もかなり揺らいだ。けれどもイラク戦争のときからずっと見ていくなかで、やっぱり9条を変える必要はない、9条は平和に役に立っているという国民が7割から8割に達している。9条を守れというのが、国民の多数になってきている。

人間らしく生きる権利についても、いま9条改憲反対とほとんど同じように、人は人間らしく生きる権利がある、人間らしく働く権利があるんだということは、国民の権利意識として、憲法制定当時とははるかに質量共に違う流れとなって、国民のなかに浸透しているではありませんか。憲法で保障している権利を掲げて民衆が動き出し、それと一緒になって国会で頑張り抜いている政党があり、運動が発展してくる。メディアは二大政党万歳でキャンペーンをしているけれども、隠せない真実が国民に次第に広がっている。悪性に対する批判がつよまり、要求実現のために政治を変えようという流れが国会の内外で合流し、より大きく、より強い流れとなってくる。そういう流れが合流してついに実現したのが、この間の総選挙での自公政権の崩壊であり、長く続いた自民党政治がついに立ちゆかなくなった。そこまでは来たんだと思うわけです。

先ほど私は、安倍改憲策動を阻止したことをお互いの確信にしようと言いましたが、政権交代を実現した、別の言い方をしたら自公政治を打ち倒したということも、同じように私たちの確信にしていいんだと思うんです。「9条の会」の運動もあるし、労働法制確立の動きもあるし、後期高齢者医療制度の廃止の要求もある。あるいは子育ての要求も、両性の平等を求める要求もある。そうしたいろんな要求闘争と国会闘争とが両輪となって回りながら、そこまでは追い詰めたんだと。

そのことは支配勢力の側からみれば、「支配にとっての危機」を彼らが感ぜざるを得ない状況が生まれているということです。小選挙区制でも安定多数が危なくなって、政教一致の特殊な宗教政党である公明党と連立をして二重の意味で虚構の多数を得て、自民党政治・自公政権は悪政を重ねてきた、そのやり方、そして企業献金と憲法に反している巨額の政党助成金という麻薬を服用し続けた自公政権が、ついに毒が体に回って倒れてしまった。この国を支配している勢力からいったら、一種の危機ではないでしょうか。

自民党は倒れたけれど、ほぼ同じことを言っている民主党にバトンタッチして、何年か民主党に政治をやらせて、それがまた国民から批判を受けたら自民党にまたバトンタッチして、そうやって回していけばかなり安定的に政治ができて安全だ。自分たちが新自由主義政策を進めるのも、あわよくば憲法9条を変えるのもうまくいく、あわてることはない。と、彼らは言えるのでしょうか。そうはならなかったということですね。その端的な証が、鳩山内閣の崩壊だと思います。

鳩山内閣を支持した流れにはいろんな要素があるでしょうけれども、ひとつは自民党政治に対する怒りですね。ひとつは金権腐敗に対する怒りです。民主党ならばもっときれいな政治になると思った。だけどツートップがあのざまで、しかも民主党ぐるみであの小沢さんをも鳩山さんをも擁護に回った。「民主党、お前もか」ですよね。この怒りはいっときの怒りではない。鳩山が辞めても小沢が辞めても変わらない。

もうひとつは3大公約とその裏切りの問題です。普天間基地の撤去、労働者派遣法の抜本改正、それから後期高齢者医療制度の廃止。民主党という政党は基本的には財界の政党であり、アメリカに対しては日米軍事同盟の枠はなかなか超えがたい政党だと思われていました。しかし3大公約はやるだろうと期待した人が多かった。それが、もののみごとにやらなかった。最初は先送りとか迷走と私たちは言っていましたね。いまや民主党は、国民に対する最大の裏切りを始めているのです。この裏切りに対して国民は決して寛大ではなかったということです。鳩山内閣の支持率が10%台に急落して、このままでは選挙ができないという状況に追い込んだというのは、やっぱり要求を裏切られたことに対する国民の怒り、それが今までにないレベルに達しているんだということですね。

二大政党・政権交代でうまく政治を安定的に回すことができると考えていた仕組みが崩れた。失敗した。それが現状だと思う。その立て直しのために彼らは比例定数削減を勝負 駒としていまつかもうとしているのです。比例定数削減でどうなるかということについて詳しくは、私の『法と民主主義』に書いた論文(『法と民主主義』20102月、3月合併号「衆院比例数削減の検証――逆行を阻止し、一票の生きる日本を求めて」)を読んでください。

◎トロイの木馬を入れないために

討議の材料として、比例削減を許したらどういう結果になるかを、ごく簡潔に言っておきます。比例定数を80に削減するというのは、悪いものをちょっと悪くするのではないんです。学習会をすると、いまの小選挙区制がそんなに悪いものなら、もうちょっと悪くしたってそんなに悪くならないと、論理的にはよくわからないんですが、言われることがあります。しかし、そうではありません。先ほど話した現在の小選挙区・比例代表制の歪みはさらに極端なものになります。たとえれば、強毒性のウィルスは致死性のウィルスに毒性変化するのです。くわしくは前掲の私の論文で述べていますが、昨年の総選挙の比例票をもとにして推計していますが、9条改憲・消費税アップ、強権固定志向の二大政党は全議席の92%を占めることになります。一方、共産党と社民党は合計役800万票(11%)で、比例議席合計4になってしまうのです。共産党や社民党を国会から追放してしまうということは、単なる少数意見の切捨てではありません。9条改憲反対、消費税アップ反対の多数意見の切捨てなんです。つまり国会議事堂はいまのままであるけれども、形を変えた独裁国家に国家改造してしまうというのが、策動の根本目的だと思う。ここまでやってしまいますと、9条改憲に行くのは非常に簡単ですね。これはみなさんおわかりだと思います。

正面から9条改憲をかざして安倍さんのように突っ込んでくると、草の根から筵旗を立てて正門を固めますから、島原の一揆どころじゃない大騒ぎになって、突破できない。やったら負ける。それよりも「無駄を省くために」議員の数を減らす、苦しみを一緒にするから定数を削減しましょう、政府が活発に行政をやるためには、内閣が主導を持ち、官僚を排除して、政治主導でやりましょうと大宣伝する。すると、それはそうだと言う人がたくさん出てきます。9条改憲反対と言っている人にも、このことの大切さはなかなかわからない。たとえ話ですが、これは裏門からトロイの木馬を入れるということです。いったん入れてしまえばもう、本丸の近くで彼等は攻めることができるし、そのときは城門の外から支援に駆けつけても間に合わない。これが彼らの新たな戦略なのだと思われてならないのです。

支配勢力の新たな壊憲戦略・国家改造のためのシン戦略の危険は大きい、そのための比例定数削減策動は、「明白かつ現在の危険」です。でもこの策動に勝てるか勝てないかといえば、私は勝てると思っています。なぜ勝てるかといえば、93年、94年のときは構造改革のためにやるんだと、そのための政治改革だと言ったのに対して、悪政に苦しんだ16年にわたる現実の生活のなかで、私たちはもう真実を知っているからです。憲法9条を変えるためだという主張は、9条改憲反対の世論が7割に近くなっている現在ではもう通用しません。もし彼らがそんなことを言えば、比例定数削減に反対する人はもっと増えるでしょう。二大政党で政権交代をするために必要だという話も、今度の民主党も圧勝で政権交代したでしょう。なんで比例だけ減らして少数政党を抹殺し、改憲二大政党で議席独占の仕組みをつくらねばならないか、説明がつかない。自民党と民主党の二大政党だけでいいと思っている国民が多いのかと言ったら、私は決してそうではないと思います。民主か自民しかあなたの投票する政党はなくなる、それ以外の投票はすべて死に票になるということについて、賛成という人がどれだけいるかということです。まして80削減で事実上完全小選挙区制に近いものにし、オセロゲーム的な一党ひとり勝ちになる可能性のつよい仕組みに誰が賛成するでしょうか。

私たちは、もっと民意を反映する選挙制度にしよう、少数政党が中政党になるか大政党になるかを決めるのは国民であって、それを人為的に法律で削って、鉄の枠をはめて、ジェノサイドをやることに反対だというのは、私はきちっと話をしていけば国民の多数を結集できるんだというふうに考えます。

参議院選挙を前にして、民主党は比例定数削減を公約とし、自民党、そしてみんなの党も定数削減を主張しています。民主党が過半数をとれば、比例定数削減(公選法一部改正)は一気に動き出す危険が生まれてしまう。民主党が敗北したらどうなるか? 敗北の程度、どの党がどう前進し、あるいは後退するか、状況は様々に変化することでしょう。いま私があれこれ予測することはできません。しかし、どうなっても、支配勢力は、国民との間でつよまる矛盾を前にして、強権的国家実現を追求してくる可能性がつよいと私は思います。仮にどの党も参議院で過半数を取れなくても、定数削減、9条改憲、解釈改憲の策動は消えないし、場合によったら大連立ないし中連立をやるというような動きも、起きうるんだと思います。だから私たちは、その時が来たら戦うんじゃなくて、いまそれは許さないという世論を、マスメディア頼りではなくて草の根から起こす、そして、そこにとどまらず、私たちの要求を実現する国民のための政治の実現をめざし、民意の反映する選挙制度を求める運動にうまずたゆまずとりくむことが、私たちが勝つうえで大事なことだと思います。私は、自分のできることをできる限りやっていくつもりです。

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