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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2010/08/20

沖縄密約の意味とメディアの役割◎質疑応答

木下 いまの東大の学生の話というのは、いつですか。

柴田 昨日の夜の話です。私は朝日の主張とか讀賣の主張とか、いっさい言わなかったんですよ。その後で、じつは今から15年前に、私がまだ現役のときには朝日対讀賣の大論争のテーマであったと話した。学生の中のひとには、平和憲法なんてのは虚構でしょう、とまで言われて。

杉山 そういうのがメディアにどんどん入ってくれば……

柴田 今のままならそういう人が入ってくるわけだから、これはもう憲法のおかげ派は無理なんだなあと。現役の人と話しても、さっきのような私の主張に対して反発してきますよね。そんなにいつまでも平和憲法なんて言っていたらダメなんだと。もうすこし現実路線に立たなければ、っていう言い方をします。だから私がもう過去の人になっている。さっきの「限定ならやむをえない」というアフガン空爆許容社説と、有事法制に賛成に転じた社説に対して、私は著書で痛烈な朝日批判をやったんです。だけどそれに対して残念ながら、現役から反発がないんですね。「お前の言っているのは間違っている」と誰か言ってきてくれれば、そこで論争になっていいんだけどね。

木下 最初に産経がトップを切って転換して、そのあとメディアがついてくるだろうと。今は実際にそうなっているわけですよね。転換することによって、新聞社という会社になにかメリットがあるんですか。

柴田 もちろんメリットがあるんです。社会が変わっていくなかで、社会の動きに追随してそういうふうに変わっていくんだと思います。産経路線にすぐについていくのではなくて、讀賣新聞は産経に激しく攻撃されていたんです、70年代にはね。その産経の批判の対象だった讀賣が今度は大転換して、讀賣・産経対朝日・毎日というふうに二極分化したんですね。地方紙は朝日・毎日のほうに近いんです。だからまだ日本の新聞はそんなに捨てたものではないんですけども。

たとえばどういうことかというと、イラク戦争に対して朝日と毎日はイラク「侵攻」という言葉を使った。それに対して産経・讀賣は「進攻」を使った。日本のテレビは全部「進攻」ですね。それどころか産経だったか、「快進撃」とか書いたわけです。そういう時代になったんだなあと思ったんですけども。

それと同時に進撃が始まる前の日に日本のメディアは全部、バクダッドから引き上げたでしょう。これはメディアの劣化以外の何物でもないと思うんですね。ベトナム戦争のときには戦場の第一線に記者をどんどん出して、戦争の実態を報道したわけですよ。それが40年経ったイラク戦争では、なんと戦争が始まるときにそこにいた新聞記者は全部引き上げてしまう。これは新聞社の堕落だとある人に言ったんです。そうしたら、君は自分の部下が死んでもなんとも思わないのか、と言われた。危ないと分かっているところへ出して死んだら、その人の責任になるという考え方なんだね。それによって報道がちょっと劣っても、フリーの人からもらったっていいじゃないかと。そこまで日本のメディアが普通の会社になったんだなあと思いました。

杉山 私はイラク戦争の訴訟団で、東京の原告の100人のリレー訴訟をやった張本人です。現地が危ないから引き上げたということですけど、戦争が終わってからも実際にイラクからの報道が入っていないんですよね。ほとんどフリーですよね、みんな。

情報公開が逆戻りしたといま大議論になっているんです。イラク戦争で自衛隊がクウェートからどれぐらい米兵を運んだか、空自の情報開示を請求して、これが出たので名古屋高裁で勝てた。いま陸上自衛隊の活動記録が、これも情報開示を請求したら、全部また黒塗りに逆戻りしている。そういう意味では、メディアが本当の意味の情報を伝えなくなってきているのかなと。戦争が終わったって伝えないわけですから。本来ならばもし戦争があって行けなかったら、終わったらせめて現地へ追跡取材するとかすればいい。報道の仕方、切り込み方はいくらでもあると思うんです。いろんな切り込み方を考えだしていく、その基本に憲法なり何なりがあると考えないと。

柴田 ベトナム戦争のときに日本のメディアは新聞もテレビも、なかなか頑張ったわけですよね。だからこそ田英夫さんがキャスターを降ろされたり、「ベトナム海兵大隊戦記」という日本テレビの番組が途中で止められたり、そういう政府の介入がテレビにいろいろあった。それを私は以前はメディアの敗北のように考えていたんだけど、そうではなくて、政府がその番組を止めろと言ってくるぐらい批判的な報道をしていたということですよね。それは褒めてやるべきじゃないか。昔はね、政府に言われて放映を中止するなんて、なんてだらしないという見解だったんだけど。

今は単にメディアの変質ではなくて、明らかに劣化だと思うんですよね。論調の変化というのはあってもいいと思う。憲法改正にも賛成の新聞があって、反対の新聞があって、それは構わないと思う。だけど報道の基本に対して、たとえば自衛隊のイラク派遣反対のビラを入れた人が逮捕されて70日ぐらい拘留されているわけでしょう。ああいうことに対してなぜメディアは怒らないのか。蕎麦屋の宣伝ビラを入れた人は捕まっていないんだから、明らかにあれはビラの内容で逮捕しているわけだから、これは思想犯の問題なんですよ。完全に戦前社会の思想犯の取り締まりと同じことを、いまのメディアが許していることの不思議さというか、戦前派になりかかっている私としては非常に切歯扼腕するんですよね。

大内 メディアの劣化なり大学の変質がどこから来るかというときに、市民運動や労働運動との距離というのがひとつあると思うんです。たとえば東大法学部の学生がどんどん憲法なんてもういらない、変えるべきだと言うのは、東大法学部の憲法講座が変わってきているからですよね。かつて東大法学部の憲法講座といったら基本的に護憲で、内閣法制局長官と連携しながら、ぎりぎりのところで支えてきたということがあったわけです。芦部憲法なんかその典型的な例だと思いますけれども。しかし今の長谷部憲法を見たら、そうでないですね。

マスコミもたとえば朝日の場合に、輪転機を回している人は絶対に労働組合の委員長になれないシステムがありましたね。書記長にはするけれども絶対に委員長にしない。委員長にしたら新聞記者が言うことを聞きやしないから、という階層構造があったわけですね。それでも輪転機を回している人、庶務の人、発送の人、出版の人とか、みんなが議論して組合の方針を作っていたわけですけれども。しかし印刷部門が別会社になり、出版部門が別会社になり、校閲部門まで別会社になり、というなかで記者組合になってしまったわけですね。権力の隣で仕事をしている記者が、それをチェックする労働組合がなくなってしまったことによって劣化したと思います。働いている仲間とか生活に困っている人々とか、そういうところへの眼がどんどんなくなっていると、私は思います。

榎本 新聞というのは読者については何を期待しているんですかね。読者の眼とか投稿欄がありますね。ああいう動向など気にして編集しているのか、あるいはそれは参考程度でたいしたことないのか。

柴田 いや、それはもうものすごく気にしてやっていますよ。投書もたくさんあるなかから選んで載せるところに編集者の眼があるわけですよね。朝日の場合は朝日の論調と違うものもどんどん取り上げるようにはしていると思いますけど、やっぱり讀賣はかなりはっきり、自分の論調に近い投書を多く採用しているなあという感じがします。だから論調が変わっていく過程においては、読者の声というのはいろんなものがあるけれども、その読者の声をむしろ先導役とすることもあるんですよね。読者がもう変わってきたんだから、それによって変えるという。有事法制の問題なんかでも、私はもうOBだったけども、現役の論説委員と論争して、私のようなことを言っているから朝日が左だと言われて読者が去っていくんだと、もっとウイングを広げなきゃだめだと言われました。いつまでも同じところにとどまっているわけにいかないのは、読者自身も変わっているからだと。

杉山 この間普天間の問題で、毎日小学生新聞で沖縄に記者を出したんですよ、若い記者を。そしたら「やっぱり知ることは大事です」と書いている。いまの若い記者たちは、基地問題とかそういうところに直接取材に行く機会というのはきわめて稀なのかなと。やっぱり取材すれば、沖縄だから基地に反対かというと、そうばかりも言えない、基地が生活圏になっている人たちもけっこういることが分かる。学校で避難訓練をやるんですけれども、日常的に先生たちがヘリコプターの音とかジェット機の音に異常がないか神経をとがらしていることが分かる。基地と基本的には共存できないんだけど、どかすにどかせないというのが分かる。だから日米安保をどう見るかというのは、いま大事なとこに来てるんじゃないですか。

小幡 2つ質問があります。ひとつは、野中広務という人が官房機密費をマスコミに流したということで、何人かの評論家の名前を挙げた。東京新聞はOBにも、あなたはもらいましたかという話をしたようですけれども、その点でなにか情報、御意見がありますか。もうひとつは「ザ・コーヴ」というイルカの映画ですけれども、ちょっと問題はあると思うんですけれども、新しい右翼団体によって上映が差し止められている。足元から憲法で保障された表現の自由、言論の自由がつぶされていく。このまま放っておくとああいう運動がさらに元気づけられて、他の問題でも表現の自由がなくなっていくのではないかと思っているんですが。

柴田 官房機密費の問題は私も本当に腹が立っているんです。そもそも民主党が野党時代は透明化すると言っていたのに、しないわけですよね。ひどいのは、自民党は830日の選挙で大敗したのに、91日に官房機密費、金庫にあった25000万を全部おろしたわけでしょう。持ち逃げしたわけですよね。そのとき私は「マガジン9條」のメディア時評にも書いたんだけど、メディアはその25000万が何に使われたかだけでもいいから、徹底的に追及したらいい、そうすればメディアに対する信頼感も少しは回復する。それから、そんなのあるんですかと言っていた民主党の官房長官が、すぐにまた12000万おろした。野中が、黙って受け取る奴がいて怒り心頭というのはよく分かるけど、それなら誰にやったかぐらい言えばいいんですよね。断ったのが田原総一郎だと、ひとりだけ名前を挙げてね、彼だけが本当に真っ白だなんて信じられないなあと思った。週刊誌は、新聞の中で書いているのは東京新聞だけ、と書いているんですね。他の新聞はダンマリ、と。あの問題は目を離さずに明るみに出していくべきだと思いますね。誰か官房長官をやったのが腹をくくって出せばいいんです、吉野文六さんみたいに。そういう人を常にマークしているのがメディアの大事な役割で、いますぐなかなか取れなくても、そういうことを狙っている人を置いておくべきだと思うんです、歴代官房長官に密着してですね、死ぬ前に本当のことを言ってくださいよという、そういうことをやればいいんです。

 もうひとつの「コーヴ」。表現の中身とかそういうことと違って、表現の自由の問題なんだから、そういうことは許さないというのは、メディアが一斉に足並みをそろえなきゃいけないんですね。一昨日は明治大学まで止めたというのは、あれは見に行こうかと思っていたものだから、よけいびっくりした。抗議するメールが流れてきたから、私も抗議のほうに名前を入れましたけどね。

小林多喜二を虐殺した戦前の社会に日本を戻してはいけないんだということについて、日本のメディアが一致した見解をとれないのはどういうことなのか、私はよく分からない。だけど残念ながら、たとえば自衛隊派遣反対のビラを入れた人が最終的に有罪判決を受けたときの社説で、讀賣新聞は判決を支持すると書いているんですね。朝日は「これでは世の中が縮こまる」っていう批判。縮こまるで済ましちゃダメなんですよ。そういうことに対する怒りがないのは、ある意味で表現の自由が非常に進んだせいだということを言う人もあります。いや、それだけいい時代になったんだよ、とね。戦前の小林多喜二にしろ横浜事件にしろ、そういうものはメディアにとってどういうことだったのかということを、少なくともメディアの人ぐらいは考えてほしいというのが、私の意見です。

杉山 なかなか組合でもそういう議論にならない。

柴田 組合運動もそうだけども、いまの学生もほとんどデモなんてやらないでしょう。学生と話していると、なんとなくデモというのは悪いことだと思っている人がいるんだね、かなり。

大内 教職員の運動もなくなってしまいましたので、手本がないんですよ。

柴田 マルクスが恐竜か何かになったような心境ですね。時代が変わりつつあるのかなあ。だけどそのなかで唯一の救いは、憲法9条を変えることに圧倒的な国民の反対が強いわけです。それから9条の会が全国に広がって、そこだけはちょっと救いがあります。

大内 9条の会は自分たちがまた戦争に巻き込まれて犠牲者になるのは嫌だという、そういう感性が強すぎるのがちょっと怖いと思うんです。日本の自衛隊が外国に殺しに行っている時代なんですよ、というほうに力点を置かないと。これからは、国益を守るためにはということで、かわいそうだけど日本の兵隊さんも死んでください、になってしまうとどうしようもないと思うんです。

柴田 小泉さんははっきりと、アメリカのために自衛隊を出すんだと言っていたわけでしょう。分かりやすいんですよ、その論理はね。だから讀賣もイラク戦争を検証すべきだというけれども、自分のことを検証しない。ただその当時の論説委員長が書いているのを見ると、アメリカは日米同盟の大切さを守るためには働かなかったという主張ですよね。あれが今の人たちには意外に受けるんじゃないでしょうか。

大内 一昨日出た民主党のマニフェストのなかに、国益という言葉が出てきているんです。鳩山由起夫は昔から言っていたけれども。

柴田 私は国益という言葉が大嫌いなんですね。国益と聞いただけで寒気がするぐらいなんですね。国益という名の、そのときの政府益に過ぎないですよ。せめて国民益と言ってほしいけれども、国民益という言葉でも、そういう言葉になったとたんにまたおかしくなる。

小幡 非常に下世話な連想なんですけれども、大相撲の賭博疑惑が一斉に出てきているんですけれども、これもなんかメディアの陰謀ではないか。

柴田 陰謀ではないでしょうけれども、日本のメディアの雪崩れ現象というんですかね。英語でスタンピード現象と言うそうですけど、野牛が1頭走り出すと全部走り出して、草木をなぎ倒していくのをスタンピードと言うそうです。日本のメディアのスタンピード現象でひどかったのは拉致問題ですね。何がなんだか分からないけれどもワーッといく。もっとひどかったのはオウムですね。オウムに関してはどんな悪いことを書いてもいいみたいな社会になった。どちらかといえば少数意見の側、体制が雪崩れたときにちょっと待てというのがメディアなんだという考え方が、あまりないんじゃないですかね。むしろ体制に順応して、一緒に雪崩れようとする人が多いんじゃないか。

杉山 コーヴはもう見られない?

小幡 ネットで解禁するとか。2000人に限定して。

杉山 在特会は暴力的だから。

柴田 朝日新聞の前にずっと来ていた右翼は、街宣車に日本の旗とアメリカの国旗を立てていたわけですよね。アメリカの国旗を立てる右翼というのは成り立つのかなあと思った。だけどアメリカは親米右翼がよりナショナリスティックになることを心配しているんじゃないですか。沖縄にアメリカ軍の基地をどうしても置くのも、やっぱり瓶の蓋という意味が半分はあるんじゃないですかね。日本の右翼がアメリカはいらないというほうがアメリカにとっては心配の種だし、そっちへこれから日本が走るんじゃないかという心配があるんじゃないでしょうかね。ただこの間の普天間問題では、なぜ日本のメディアはアメリカの言うとおりにしろと言うのかというと、アメリカにいる特派員はもちろん、それぞれの社の幹部になっている人たちは、みんなアメリカ留学組とか、アメリカの知日派の人たちを情報源にしていた人たちですね。

大内 外務省記者クラブというシステムが壊せないでいることですか。

柴田 外務省クラブなんていう問題ではないですよ、普天間問題に関して言えば。むしろアメリカの特派員しかり、日本の論説しかりで。論説委員はクラブと関係ない。いまの朝日新聞の主筆の船橋君というのは、アメリカに長くいて、アメリカの知日派と非常に仲がいいから、ああなるのかなあと思うんだけど。

大内 外務省記者クラブがダメだなあと思ったのは、岡田克也外相が記者会見をオープンにしましたね。フリーの人間が質問して、面白いことを岡田がいろいろ言うんだけども、大新聞は全然書かないんですよ。たとえばジブチに自衛隊が戦後初の海外基地を36億かけていま作っていることも、オープン記者会見で岡田は認めているんですけれども、大新聞には出ない。

柴田 そうですか。そういうことこそネットで流れるわけですね。この間の、アメリカが呼びつけたんじゃないというのも、僕はメディア批評に書いたんですよ。そうしたら、今ごろ何を言っているんだ、そんなことネットの世界ではみんな知っているよと言われてね。私はじつはネットをほとんど見ないものだから。そういう意味では、昔はメディアが書かなかったら存在しないのと同じだったけど、ネット時代というのはそういう良さはあるんだけれども。

杉山 ネットに出たら、それを深めるのを新聞でやればいい。まだ新聞に信頼はそれなりにあるんですよね、テレビなんかに比べると。

柴田 メディアのどこかに出れば存在感はあるわけだから。私は新聞がここまで堕落した理由は、やっぱり記者クラブだと思うんですよね。新聞が立ち直るためには記者クラブをなくしたほうがいいというのが私の主張なんだけども。あんな便利なものはみんななくせないと言っている。

木下 21世紀臨調にマスコミ関係の上層部が70人ぐらいメンバーに名前を連ねていたというんですが、そのリストは御存じないですか。去年の総選挙のちょっと後くらいにサイトから削除されて、そのままになっている。元朝日の長谷川千秋さんの話です。

柴田 要求したらもらえるんじゃないですか。そういうメンバーを隠すということはないと思いますよ。要求して不開示というなら、開示請求をしてもいい。公平を保つためにメディアを入れたというのが官側の論理で、メディアが宣伝役をしてくれるという立場でしょう。さっき私がケチつけた有識者委員会にも、共同通信OBの人が入っている。

小幡 守秘義務があるそうです。

柴田 そういうことをされちゃダメなんだよな。

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