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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2010年10月

2010/10/29

読む・読もう・読めば 88

あたご事件公判傍聴記3

イージス艦「あたご」による漁船「清徳丸」沈没事件の公判が、10 月25日から4日間連続で、横浜地裁で行われた。

25日の第6回公判では、まず長岩友久被告の取り調べを担当した第3管区海上保安本部の小石保安官が証言した。なんとも頼りない証言で、横須賀港内で実際に「あたご」を使って行われた調査は「実況見分でないので写真は撮っていたかどうか覚えていない」、「結果

を長岩被告に伝えたかどうか記憶にない」、「取り調べの際のメモは自分の判断で送検後破棄した。情報漏洩問題やプライバシー問題があると思った。メモと調書との間の矛盾はない」などと述べた。続いて「あたご」艦橋で見張りをしていた信号員が「前方に漁船を確認、方位が落ちているように見えたのでそう当直士官に伝えた。目視のみで、窓枠で動静を確認した」と証言。またCIC(戦闘指揮所)でレーダー観測をしていた船務課員は「海面反射(波)と小型船は区別できない。危険な目標は発見しなかった」と証言した。

被告の弁護人は小石保安官が取り調べメモを破棄したことを、かつて最高裁が警察官の取り調べメモの証拠開示を命じた例があること、海上保安庁の犯罪捜査規範でも捜査経過を記録しなければならないとされていることから追及した。また弁護人は、過日の漁船員たちの証言で存在が明らかになった、事件発生直後の海保の取り調べの際に漁船員らが描いた図を、海保が「存在しない」としていたことも問題とし、釈明を求めた。秋山敬裁判長は、取り調べに当たった海上保安官ごとに、図面を描かせたかどうか、現時点で存在するかどうか、不存在ならその理由、破棄ならその時期と理由、破棄以外ならその時期と理由、の5点の説明を求めた。当然、郵便不正事件で検察官が捜査メモを廃棄して問題になった事例が念頭にあったのだろう。

26日の第7回公判では、CICでレーダー監視をしていた3自衛官が証言した。前任者から引継ぎを受けた後、それまで確認されていない目標が近くにあることを知って「あれっと思った」とか、「なんでこんなところに目標船がいるのかと疑問を感じた」などと証言した。進行方向にいる小型船に無関心であることを良く示している。また「夜間訓練のためCICに誰もいなかった時がある」という証言もあった。艦橋で目視・計器監視、CICでレーダー監視、という見張り体制が空洞化していたわけだ。

27日の第8回公判では、衝突当時の当直士官、要するに操艦責任者だった長岩友久被告(当時水雷長)の被告人質問が行われた。前任者から前方の漁船を「停止操業中、危険なし」と引き継いだことに関しては、「交代後は私の責任で運行している」と影響を否定。右の見張りが艦橋内に入っていたことに関しては「外にいなければならないという決まりはない」し、「私が見ているから大丈夫だと思った」。供述調書は海保の時の調書をもとに、あまり説明しないのにできていたが、「航跡以外のことでは争うつもりがないので署名した」。過失と言われれば受け入れるが、「海上自衛隊当直士官として、100点満点ではないが平均より十分上だったと思う」。航行指針に「漁船群を視認した時は艦長に報告しなければならない」と書かれていることに関しては、「航行指針は参考程度」であり、「島根県沖のように漁船が密集する間を縫って進むか全体を迂回するかの判断を求められる時とは違う」。事故の原因は「考えても考えても思いつきません」。いちばんの反省点は「艦長の目の届かないところで事故を起こさせてしまったこと」。

28日の第9回公判では、長岩被告の前任の当直士官だった後潟桂太郎被告(当時航海長)の被告人質問が行われた。私は都合で傍聴できなかったが、新聞報道によれば、前方の漁船が停船・操業中と判断したことに関して、「5~8分注視していて見誤ることは常識的に考えられない」、「横からいきなり前に出てくる船は予想できるものではない」、「衝突と聞いて、どこから来たのかと思った」などと証言したという。

この間の公判を傍聴していてまことに残念なのは、海上保安庁、海難審判、そして検察と3回にわたって行われた取り調べの杜撰さ、恣意性が次々と明らかになっていくことだ。当然、弁護側は意図的にそれを追及するが、マスコミもそれに乗せられてその方面ばかり報道する。検察側の質問にはまるで迫力がなく、被告人質問でさえ弁護側の質問のほうが検察側の質問よりずっと長時間に及んだ。長岩被告が、証拠として提出してある航行指針について「都合が悪いところは抜いてある」などと口走っても、「それはどういうことですか」と追及することもしない。

そして、より明らかになってきたのは、「あたご」が前方から来る漁船の監視などまともに行わず、向こうから避けるのが当然と思っていたことだ。漁船群が接近しているのを目視しながら、東京湾に入ってからの大型船の状況について確認作業をしていたりする。仮眠中の艦長を起こすことも、自動操縦をやめて手動に切り替えることも思いつきさえしない。ソナー関係で米国に留学し、就役前の「あたご」の艤装員だった長岩被告は、海上自衛隊でもエリートなのだろう、若い未熟な見張員を情けなく思いながらも、艦長への忠誠を隠そうとしない。そのような海自の態勢こそが問題なのだが。

蛇足。横浜地裁前のイチョウ並木の足下には実が大量に落ちて踏まれ、異臭を放っていた。銀杏拾いはホームレスさんたちの貴重な収入源だが、11月の横浜APEC前の警備で彼らは駆逐されてしまったのだろう。多摩川河川敷のブルーテントも見かけないが、彼らはどこで暮らしているのだろうか。  (2010年10月29日)

2010/10/18

読む・読もう・読めば 87

電子書籍の時代か

『週刊ダイヤモンド』10月16日号が「電子書籍入門」を特集している。経済雑誌がこのような特集をするのは、電子書籍端末の開発に参入するメーカーが増えてきたこと、書籍流通の流れが変わってきていること、そして図書館のあり方が変わってきていることなど、経済現象として重要なことだという判断があるのだろう。

取次(本の問屋さん)や書店からすれば、中抜き、つまりデータとしての「書籍」が生産者(出版社)からインターネット経由で直接消費者(読者)のところに届いてしまうのは脅威だろう。しかし書籍編集者の立場からすれば、すでに活字を組んで本を作っていた時代からPC画面で作る時代への変革のなかで、たくさんの職人さんが仕事を失ったことを見聞きしてきた。また編集の仕事自体に三角定規も烏口もフィルム取扱用の手袋も写植見本帳もいらなくなったことを、身に染みて感じている。だから書籍の製作過程は編集者の机から印刷機へと、とっくに中抜きされている。著者と編集者と読者さえいれば「書籍」は成立するわけではない。

ダイヤモンド誌特集の始めに同誌編集部は書いている。「新しい、デジタルならではの読書の楽しさが提示されれば、“読書率の逆側”にいる約50%の『本を読まない人びと』を、こちら側に引き寄せることができるかもしれない。」また内田樹さんは書いている。「出版する側は、いかにこうした〔図書館で借りたり、自宅にあった本を読む〕『買わないが読む人』を増やすかを考えていけばいい。出版社が『すぐに読むものだけを買う人』のみを想定している今の状態では、読者を創り出すことなどできない。」まあ、そうなんですけどね。

でも、流通事情と万引き被害によって「町の本屋さん」が消えていくのは寂しい。そのような本屋さんが町の文化を支えてきた実例をいくつも知っていると、なおのこと。

2010年10月15日)

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