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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2010/12/15

読む・読もう・読めば 91

あたご事件公判傍聴記4

1129日、30日、そして1213日から15日まで連続で、イージス艦「あたご」による漁船沈没事件の第10回~14回公判が横浜地裁で行われた。823日の初公判は炎暑の日だったが、4か月たって裁判所前のイチョウの葉は落ち、風は冷たい。この間、傍聴できなかったときもあり、新聞報道も参考にしつつ傍聴記を書く。

争われているのは、あたごの見張りの不備・引継ぎの不備と、漁船清徳丸の航跡だ。被告の自衛隊側は清徳丸が右転しなければ衝突はなかったから無罪だと主張して、検察側の提出した航跡図とは別に、元高等海難審判庁長官の宮田義憲氏による航跡図を提出している。清徳丸自体のGPS(衛星を利用した測位システム)記録は失われているから、僚船のGPSと、僚船および「あたご」からの目視・レーダー観測証言をもとに航跡を再現せざるを得ない。

29日の第10回公判。証人は衝突の約40秒前までの清徳丸の検察側提出航跡図を作成した、大野保安官。作図の根拠として、清徳丸の出港した勝浦市川津漁港と漁場の三宅島沖を結んだ線、康栄丸のGPS記録、康栄丸乗組員の「清徳丸を左前方7度、3マイルの位置に見た」という証言を挙げた。自衛隊側は反対尋問で作図を再現させ、距離には幅があり、角度も異なると追及したが、保安官は「誤差の範囲内」と説明した。

30日の第11回公判。一人目の証人は衝突までの清徳丸の検察側提出航跡図を作成した、中井保安官。この図では清徳丸は右転のため減速したことになっている。自衛隊側は、海上保安大学校の鑑定結果ではこの曲がり方では減速しないとなっていることとの矛盾を追及した。二人目の証人は独立行政法人・航海訓練所の竹井義晴航海課長。あたごの操船を「スーパーカーの感覚で操縦している」「平均点以下」と評し、「早めに避航していれば衝突は避けられた」と述べた。また当直の引継ぎに関しても、レーダー位置情報を消去して引き継がなかったことを「驚きだ」と述べた。

13日の第12回公判。一人目の証人は漁船、大市丸の船長。事件当日に僚船より早く出港し、三宅島沖の漁場までの間に大型船を見なかったと証言した。二人目の証人、検察側の航跡図をまとめる責任者だった横須賀海上保安本部の専門官は、自衛隊側の宮田航跡図だと大市丸の位置がおかしいこと、清徳丸は能力を超える24ノットという速力を出したことになることを指摘した。専門官はさらに、あたごの操船は「赤信号で交差点に入って警笛を鳴らすようなもの」だと批判した。

14日の第13回公判。証人は船渡健・元あたご艦長。海難審判では指定海難関係人になっていたが、裁判では被告になっていない。彼は検察側の航跡図が「左前方7度、3マイル」の証言を根拠とすることについて、船首に基づくのか進路に基づくのか記されていないと指摘。また複数の漁船乗組員の証言から清徳丸の「存在圏」を示す図を描いて見せた。この日、自衛隊側は、調書の一部が「作文に近い」として、清徳丸僚船を取り調べた地検検事を証人に申請し、裁判長はこれを認めた。

15日の第14回公判。証人は神戸大学で水先人養成を担当している吉川誠治氏。「護衛艦は戦闘のため訓練している、航海も訓練のうち」「見張りは目視が基本、レーダーは正確とは限らない」などと証言した後、第11回公判であたご当直員がレーダー情報を引き継がなかったことを問題にした竹井証言を「けしからん発言、許し難い」「社会人としての常識が欠如」とののしった。また漁船は「運動性能が低いので危機意識がうすれがち」「魚を探して不可解な行動をとる」「しばしば大型船の船首を横切る」などと述べた。自衛艦に小型船を無視して航行する習慣があることはよく指摘されるが、民間の水先人養成の任に当たる人がこのような意識を持っているのは驚きだ。こういう人が自動車を運転すると、路上の老人や子供や障害者はみな邪魔者に見えるのだろうか。

さて、あたご事件公判は131日に結審となるはずだったが、さらに公判期日が増えるのかも知れない。公判では細かで専門的なやりとりが続いているが、新聞報道も地方版だけでしかも間遠になり、傍聴人も少なくなってきた。海難審判のときは毎回、傍聴券を求めて抽選に並んだのだが。いま当事者以外に裁判の全容を知る人が極めて少ないのは危険なことだ。自衛隊側がどのような主張をしようが、自動操縦で艦長が仮眠中のまま東京湾入口近くまで来て、漁船群に突っ込んだ事実は動かない。裁判で被告になっているのは衝突当時の見張り責任者とその前任者だけ、艦長や自衛隊組織の責任が問われないのはおかしなことではないだろうか。これで再発防止につながるのだろうか。JR福知山線事故ではJR西日本の経営者責任まで追及されたのに。これでいいわけがない。私たち平権懇は、2月に「イージス艦あたご事件の公正な判決を求める横浜集会」(仮称)を実施することを企画している。 20101215日)

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大内要三 コラム「読む・読もう・読めば」」カテゴリの記事

コメント

まずもって、被告サイドから目をつけられることをいとわずに裁判を傍聴しつづけている筆者に敬意を呈したい。
事件の概要はわかっているつもりだが、このコラムを読む限りで問題点を挙げておきたい。
1 清徳丸の航跡図は、被告側の宮田図と原告側の大野・中井図はどのように違うのか。文章で説明するのは大変難しいだろうから、何とか図表を掲載できないだろうか。
2 大市丸船長の「三宅島沖の漁場までの間に大型船を見なかった」との証言は、どういう意味かよくわからない。
3 元あたご艦長の船渡氏はいまだ現役?それとも56歳で退役? 去年7月に江田島の術科学校に異動したところまでは判っていますが。
4 78歳の神戸大海事科学研究科大学院非常勤講師の吉川氏は、事件直後に東京湾水先案内人協会会長が「あれだけの船のラッシュの海域で自動操舵はそもそもの間違い」と発言したことを知っていたのだろうか。
ともかく来年2月の集会にはたくさんの人に来てもらいたいものだ。

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