読む・読もう・読めば 92
腰のもの
千葉県佐原の街を歩いた。かつて利根川の水運で栄えた町、支流の小野川に沿った歴史的町並みが懐かしい。残念なことに市町村合併のため「佐原市」はなくなり、「香取市」になっている。何軒も造り酒屋がある。日本全国を測量して地図を作った伊能忠敬はここの人だが、酒造りと金貸しで家を再興した後、50歳を過ぎてから本格的に測量術を学んだ。記念館を見学すると、驚嘆すべき緻密さと努力の人であることが分かるが、あまり友達になりたくないような性格の人であったかも知れない。
佐原公園と、旧宅跡に伊能忠敬の銅像がある。どちらも手には帳面を持ち、腰には刀を差している。忠敬は幕府の御用で測量をして廻ったから、名字帯刀が許されていたわけだ。しかし、どう考えても重い刀は仕事の邪魔だ。それでなくとも持ち物は多い。武器というか殺人用具というか、それを常に身につけていることが身分の証とは、疲れますね。
1588年、豊臣秀吉の刀狩令で日本の民衆は武装を放棄した、さすが平和憲法の国、などと礼賛する向きもあるが、それは違う。秀吉は一揆を起こさせないように民衆の武器を没収して方広寺大仏を造ったが、隠匿された武器は数限りなくあったはずだ。江戸幕府が確立されるまでは戦乱が続いたのだし、農民が雑兵として駆り出されるのが秀吉で終わりとは思えない。だいたい山里などでは刀も鉄砲も取り上げられたら仕事にならないだろう。
江戸時代、大小の刀を腰に差すことが武士の象徴だった。町人や農民でも脇差は黙認されたから、渡世人たちは脇差の名目で長ドスを持っていた。2本でないからいいわけだ。しかしながら刀というもの、武器としてはこれほど実用的でないものもない。1人で立ち向かえば、鉄砲はもちろん、弓矢にも負ける。大勢に取り囲まれて石を投げられだけでも負ける。刀同士でも長時間力いっぱい渡り合えば、刀身と柄が分離してしまう。要するに脅迫用であって実戦用ではない。そして第二次大戦後、占領軍は本物の刀狩りをした。
必ず勝てる武器などというものはない、と思う。伊能忠敬が腰に差していた刀は護身用でさえなく、幕府御用の権威の象徴だった。 (2010年12月28日)
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コメント
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伊能忠敬が測量し作成した「大日本沿海輿地全図」の縮図を入手し国外に持ち出そうとしたことが知れて江戸幕府書物奉行兼天文方の高橋景保らが処罰されたのがシーボルト事件でした。
その事件の主役、フィリップ・フランツ・シーボルトがオランダに帰国後に出版したのが『日本』です。その日本語版は全9巻で価格は75,600円(雄松堂書店刊)ですが、オリジナルも現在入手できます。
Nippon. Archiv zur Beschreibung von Japan und dessen Neben- und Schutzlaenden: Jezo mit den Suedlichen Kurilen, Krafto, Koorai und den Liukiu-Innselnというのが正式な書名で、本皮装丁の本文2巻、図版2巻、補巻及索引1巻で、全部で389枚の図版(内23枚は復刻版)を収録しているそうです。
価格は33,750,000円とのこと。万一関心のある方がいらしゃいましたらご紹介いたしましょう。
投稿: 小幡利夫 | 2010/12/30 12:28