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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2011/01/11

シンポジウムの記録 米軍人・軍属による事件被害を考える

報告1 芦澤礼子

米軍人・軍属による事件被害

1.海老原大祐さんと「被害者の会」

 今日は専門家がお二人いらっしゃいますので、専門的なことはあとのお二人にお任せして、現場でどのようなことをやってきたかということを中心にお話をしたいと思います。

「米軍人・軍属による事件被害者の会」は、できましたのが199617日です。この1996年という年がどういう年か、というのをちょっと振り返ってみましょう。その前年の1995年に何が起こったか、みなさん、気が付いた方は? 1995年、何が起こったでしょう。

 沖縄の婦女暴行事件という声がありましたけれども、そうです。1995年の9月に沖縄で米兵4人による小学校6年生の女の子の暴行事件がありました。そのときに沖縄では8万人の人々が集まって、抗議の県民大会が行われて、アメリカ政府と日本政府がそれによって協議を始めまして、96年にSACOというものができました。SACOとは「沖縄における施設及び区域に関する特別行動委員会」のことで、在沖米軍基地の整理・縮小問題を協議するために1年間の期限付きで1995年の11月に設置されたものです。

 その協議が行われているまさにそのとき、1996年の2月に、海老原鉄平さんが沖縄県の中城村でバイクに乗車中に、右折してきた乗用車が衝突して、翌日死去されるという事件が起こりました。加害者は米海軍所属の上等兵でした。海老原さんは当時19歳、大学進学のために沖縄に渡って浪人生活をしていて、ちょうど受験が終わったときにこの事件に遭って、亡くなりました。父親の海老原大祐さんはそのときに兵庫県の高校の先生をされていましたが、そのときに初めて日米地位協定というものに向き合うことになったのです。

 ここに『日米地位協定 基地被害者からの告発』という、岩波のブックレットで出ているものがあります。もうかなり前のものですけれども。ここに海老原大祐さんの手記が載っています。私も読んで涙が止まらない、なんていうことだろうというふうに思ったんです。冒頭、こういうふうな表現になります。

1996222日夜7時過ぎ、食事中の自宅に突然の悲報が届きました。沖縄県宜野湾警察署からです。『お宅の息子さんが交通事故に遭われまして……、現在意識不明の重体です……。相手は米軍人さんです……』。電話に出た妻は驚くというより頭の中が真っ白になったようでした。妻から夜間定時制高校に勤務する私に連絡がきた時のようすで、それは察することができました。『とにかく落ち着くように』としかいいようのない私も、内心穏やかではなく全身が凍りつく思いだったのです。」

 米軍人・軍属を相手の事故に遭った人がどういうような思いをするかというと、相手が米軍関係者であるということが分かった時点で、もうパニックに陥ってしまうということが大部分なのです。海老原さんはいろいろな被害者の方にこの後お会いするんですけど、皆さん大体同じような状況だったそうです。

 この事故があった次の日、一睡もせずに海老原さんたちは息子さんの遺体に対面するために沖縄に向かいます。そして那覇空港に着いたときに、米軍関係者が「迎えに行きます」と言ったのに20分も待たせて、そのうえ米軍の法律顧問という日本人が一緒に来ていたんですね。その人が何と言ったかというと、「中部病院では事故を起こした米兵が謝罪したいと待っています。上司も一緒です。ぜひ受けてください」。そのあと、「補償金については日米地位協定に基づき、私たちが責任を持ってお支払いをします。弁護士は立てないほうがいいですよ。お金がかかりますからね」。「まったく自分勝手に自分の都合ばかりを話す法律顧問にはあきれてしまいました」というのが海老原さんの述懐です。つまり「日本人の」法律顧問が、補償金については日米地位協定に基づいて責任を持って払うから、弁護士は立てないほうがいいですよ、とまず冒頭に切り出したんですね。

 そのあと、海老原さんは病院に行って息子さんに対面します。「加害米兵とその上司から謝罪を受けました。彼らは見舞金を持参し、手渡そうとしました。いったん私は断ったのですが、法律顧問の説得でやむなく受け取ることになりました。見舞金は米兵が1万円、上司が2万円でした。彼らは謝罪が終わると潮が引くように一斉に引き上げ、その後は米軍から何の連絡もありませんでした。息子の遺体を兵庫県の自宅に搬送する手立てや、告別式に参列すること、そして弔電すら一切なかったのです。」

 これが米軍と、それから米軍の窓口になるべき沖縄防衛局、そのときは那覇防衛施設局ですが、被害者たる海老原さん一家に対する対応でした。海老原さんが怒ったのは、米軍の仕打ちに対してももちろんですが、そもそも被害者の立場に立たなければならないはずの日本政府が、何をしたかということなんです。

息子さんの遺体を連れ帰るときに空港の片隅に2人のネクタイをした人物が立っていました。その人たちがそっと近づいてきて、「見舞金 那覇防衛施設局」と書いた袋を差し出しました。「しかし防衛施設局も見舞金を手渡すだけで、被害者に対する説明は当初一切ありませんでした。正式に連絡があったのは『四九日』を過ぎてからです。米軍同様、告別式参列や弔電の一つもありません」。日本政府側もこういう対応だったんですね。米軍だけではなくて、日本側もそうだったということが、海老原さんのその後の戦いの原動力であったわけなんです。

 亡くなって6日後に、息子さんの沖縄で借りていたアパートに、大学の合格通知が届きました。鉄平さんは沖縄国際大学に入るために一生懸命勉強して、そして合格を勝ち得たときにはもうこの世にいなかった。「悔しさと無念さで涙が溢れ出し、アパートの壁を何度も何度も叩いてそこら中に当たりちらしました」。「なぜあの米兵は連絡すらしてこないのだろう。那覇防衛施設局や米軍関係者からの連絡もどうなっているのだろう。疑問と不安と憎しみはつのるばかりです」。と海老原さんは書いています。

 で、海老原さんは関係者の方に「地位協定の勉強をしたほうがいいですよ」と勧められて、そして初めて地位協定というものを知り、そして裁判を起こすわけです。

 民事裁判を海老原さんは起こします。それと同時に被害者のみなさんを沖縄で訪ね歩いて、海老原さんを含めて4件の裁判を起こしました。412日に海老原さんは那覇地裁に提訴したわけですけれども、413日に「米軍人・軍属による事件被害者の会」というのが発足しました。

 米軍による犯罪というのは公務中と公務外で非常に扱いが違ってくるんですけれども、「被害者の会」の裁判は4件とも公務外の裁判でした。沖縄ではそれ以前もたくさんの米軍による事件・事故が起こっていたわけですけれども、この「被害者の会」の4件の裁判が起こるまでは、公務外の米軍犯罪に対する民事訴訟というのは、たった1件しか起こったことがなかったんです。そしてこの4件の裁判はいずれも勝訴しました。

2.米軍人・軍属による事件事故の発生数

 それでは米軍人・軍属による事件・事故というのは、年間に何件ぐらい起こっているのでしょうか。これは防衛相の統計で、「米軍人等による事件・事故数及び賠償金等支払実績」というデータです。日米安保条約、今年で改定されて50年になるわけですけれども、米兵等がこの間に引き起こした事件・事故の総数は役20万件超と言われています。そして年間ではこの10年間で、だいたい1500から2000件の間でずっと推移しています。そして表を見てお分かりのように、公務中と公務外では、圧倒的に公務外のほうが多くなっています。

年度       公務中件数 公務外件数     合計件数   うち沖縄             

2000        260     1,474       1,734            957

2001        345     1,388       1,733              951

2002        317     1,624       1,944             1,059

2003        315     1,764       2,079             1,159

2004        255             1,611       1,866           1,010

2005        239     1,516       1,755             1,012

2006        193     1,356       1,549              953

2007        224     1,288       1,512              953

2008        186      409        595              218

 そして沖縄の件数をごらんになって分かるとおり、沖縄が圧倒的に多くなっています。皆さんがご存じの数字だと思いますけれども、日本の米軍基地の75%が沖縄にある、その通りの数になっているわけですね。圧倒的に多いのは沖縄ですが、その次に多いのは、どちらだと思いますか。「神奈川でしょう」という声が出ました。防衛施設局は防衛施設庁の管轄でしたが、札幌、仙台、東京、横浜、大阪、広島、福岡、那覇の全国8箇所でした。2007年に防衛施設庁が防衛庁に統括されたために防衛局という名前になって、いまも北海道、東北、北関東、南関東、近畿中部、中国四国、九州、沖縄の8箇所に分かれているんですけれども、神奈川は南関東に入ります。統計上、沖縄の次に事件が多いのが南関東、3番目が北関東ということになっています。要するに沖縄の次に基地が多いのが神奈川、北関東というのは横田がそれに当たります。大きな基地があるところすべて、このように米軍人による事件・事故の件数が多いということが分かると思います。

 ただこの防衛省統計は、事件・事故のすべてを網羅しているわけではありません。示談で済ませている場合が非常に多いわけで、統計上に出てこない数が多いと考えてください、統計上に出ているだけでもこれだけあるということです。

 2008年からは統計の仕方が変わったようで、個人情報保護ということが関わっているというふうに共同通信の報道では出ていたんですけれども、2008年からちょっと少なくなっています。

3.日米地位協定とその問題点

 ここで地位協定について簡単に触れておきます。正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく……」と長いものですけれども、1960年の新日米安保条約に基づいて締結された協定です。地位協定というのは他国の軍隊が駐留するときには必ずあるものでして、韓国にもありますし、もちろんドイツにもありますけれども、どこでも他国の軍隊が駐留するときには必ず地位協定というものを作ります。

 日米地位協定は1952年に結ばれた日米行政協定を継承しているもので、内容的にもそれをずっと継承していて、ほとんど不平等条約がそのまま残っている形になっています。一度も改定されたことはありません。韓国の地位協定は改定されたことがありますけれども、日本では運用の改善という形でずっと推移しています。運用改善、運用改善と言いながら、なかなかその運用改善が効果を発揮しないというのが現状です。

 地位協定のなかで米軍人・軍属による事件被害関連の条項は、第17条、これは刑事裁判権に関する条項でありまして、あとは第18条、民事請求権に関する条項です。

 いま非常に問題になっているのは、被疑者の拘禁に関する問題ですね。犯罪を犯した米軍人・軍属を日本側で拘束できない事態がいま発生していまして、大きな問題になっているんですけれども、それが第173項の(c)と言われる条項なんです。読んでみますと、「日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員又は軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行うものとする。」つまり犯罪者が基地の中に逃げ帰ってしまうと、起訴するまでは手出しができない、という状況になってしまうわけですね。

4.武蔵村山ロープ事件と地位協定

 ただ、この条項では「軍隊の構成員又は軍属」という表現になっていまして、この中には「家族」という言葉はひとことも入っていません。実は米軍の家族が引き起こす事故というのも非常に多いです。

「武蔵村山ロープ事件」というのは、2009年に発生した事件で、この間判決が出たばかりですけれども、米軍の子供4人による犯行です。で、この173(c)に関しては米軍人・軍属の子供に関しては規定がないにも拘わらず、武蔵村山ロープ事件に関しても息子たちが横田基地内に住んでいたということで、米軍がずっと引き渡さないというようなことが起こりました。米軍が引き渡さないのは、この173(c)にも違反しているということになりますね。地位協定に違反しているということです。

 なんでこのようなことが起こってしまったか、私は疑問に思いました。布施祐仁さんが書かれた『日米密約 裁かれない米兵犯罪』という本を私も読んだんですけれども、ここで地位協定に書かれていない密約が非常に解明されていました。

ご紹介したいのは、『地位協定の考え方』という外務省の機密文書です。これは日米地位協定の解説書、裏マニュアルと呼ばれているものなんですね。「琉球新報」が2004年のお正月、11日の紙面でこの存在について大々的にすっぱ抜いたんです。そのことが『日米不平等の源流』という本に詳しく書かれていて、読んでいくと、なんで日本はこんなに踏みつけられなければいけないのか、アメリカに日本側が譲歩して譲歩して譲歩する、日米地位協定の文面にもないような譲歩の仕方が、これでもかというふうに書かれていて、こちらの機密文書も広義では密約というふうに言えるのではないかと思います。

 173(c)のなかには米軍人・軍属の家族も当てはまる、家族も引き渡さなくていいんだということが、じつは機密文書の『地位協定の考え方』のなかに書いてあるということが分かりました。ああなるほど、これに基づいて武蔵村山ロープ事件でも家族を引き渡さなかったんだということが分かって、びっくりしたんです。家族についても、米軍人・軍属を「逮捕した場合と同様に取り扱われるべきものと解される」というふうな一文が、この『日米地位協定の考え方』のなかに書いてあるんですね。

私はいつも疑問に思うんですけれども、いま私は国会議員の秘書をやっていまして、毎日毎日、外が非常にうるさいんですね。尖閣列島のことですとか、北朝鮮による砲撃のこととか、毎日毎日ものすごくうるさい、「日本は弱腰外交だ」「菅直人は腹を切れ」と、すごい言葉がいっぱい出てくるんですけれども。中国や北朝鮮に対しては弱腰外交だと叫んでいる人々が、こういう日米地位協定のあり方、アメリカに対しては弱腰外交だとなんで言わないのか、と非常に思うわけなんですが。

 もうあまり時間がありませんので、「被害者の会通信」をご紹介します。これは2か月に1度くらいのローテーションで発行しています。最新号ではこの間の報道記事のまとめ以外に、読谷村でのひき逃げ事件についての記事があります。それから岩国市内でひき逃げ事件、これは被疑者が通勤途上であったということで、公務中という扱いをされています。公務中の場合は第一次裁判権は米軍にあって日本にはないという規定が地位協定のなかに書いてあるんですけれども、公務中であるか公務外であるかというのは、日本側の判断ではなくて、あくまでもアメリカ側の判断になるわけなんですね。結局、加害者は不起訴になったんです。この件に関して弁護士の方が書かれています。そして武蔵村山の事件に関する私の記事も入っています。

5.米軍犯罪対応マニュアル

「米軍犯罪被害者救援センター」というところがあります。私たち「米軍人・軍属による事件被害者を支える会」には「関東」と「関西」があったんですけれども、「関西」が名前を変更して改組しまして、いま「米軍犯罪被害者救援センター」という名前になっています。ここが『米軍犯罪対応マニュアル』というものを2010年、出しました。米軍犯罪に遭ったときにはどうすればいいかというマニュアルです。

先ほど言いましたように、米軍相手の事件・事故だとどうしたらいいか分からない、頭の中が真っ白になってしまうという人が多いなかで、これがあればどういうふうに対応したらいいのか分かります。公務外・公務中のそれぞれ対応の仕方が違うんですけれども、これを見れば分かるということになっています。どういう文書を防衛局に提出したらいいのかということまで、文書の書式が実物大で刷り込まれているので、これをコピーして使えばいいという、非常に便利なものになっています。これが便利に使われない世の中のほうがいいに決まっているんですけれども、今までこういうものが日本になかったんですね。

 実は被害者の会で韓国との交流がありまして、私も6年前、海老原代表と一緒に韓国の米軍犯罪の事故の被害者に会いました。韓国には「駐韓米軍犯罪根絶運動本部」というNGOがあり、この運動本部がこういうマニュアルをもう2004年の段階ですでに作成していたんですね。で、この韓国のマニュアルは、韓国政府から助成金を受けて立派なものを作って、それを各地に配布して、すぐに被害に遭った人には対応がとれる体制を作っていたんです。その時から、いつかはこういうものを日本でも作らなければいけないということで、ずっと検討してきて、今年作ったのがこちらです。

 CD-ROMが付いています。少しだけ、どういうものかとお見せしたいと思います。

「米軍関係者による事故・事件で被害にあったら」どうするか。「米軍関係者とのトラブルは他とは違う」。ふつう被害者は損害賠償を請求できますし、加害者は裁判にかけられます。「ところが、加害者側が米軍関係者だったら、その当然な対処が難しくなります」。「これは、日米地位協定で特別に定められているからです」。

 で、「裁判権はどうなっているか」。先ほど、地位協定の17条のお話がありましたけれども、要するに第一次裁判権のことがここに書かれていますね。公務中の事件・事故の場合は米軍側が第一次裁判権を有すると。

 このようにビジュアルですぐ分かるようなものを作成して、CD-ROM付きでなんと500円という破格の値段で販売しております。ぜひご覧下さい。

 とりあえず私の持ち時間は終わりましたので、ここで終わりにさせていただきます。ありがとうございました。

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