読む・読もう・読めば 96
地下を読む
ギュンター・リアー+オリヴィエ・ファイの『パリ 地下都市の歴史』(古川まり訳、東洋書林2009)を読む。パリのカタコンブ(地下墓所)の起源をよく知らずにいたのだが、この本でよく分かった。30世代・600万人分を超える遺骨がその一画に集積しているところのパリの地下道網は、古代ローマ時代から石切場だったのですね。地下から切り出した石で地上の伽藍を建設するという感覚も不思議だが本当だ。で、パリの地下は「スイスチーズのように」穴だらけになってしまって、陥没による家屋倒壊事故も起こるわけだ。
東京の地下については、秋庭俊氏が第一人者だ。『帝都東京・隠された地下網の秘密』(洋泉社、2002)が最初ではないかと思うが、続編や姉妹編が続々出た。戦前にすでに東京の地下には軍事目的で秘密裏に作られた大規模な地下街があって、地下鉄はそれを利用して作られた部分が多い、という実証的な話。なるほど。
プロレタリア作家の小林多喜二は1932年8月、自らの共産党員としての地下活動の経験から『党生活者』を書いた。翌年2月には築地署で拷問死するが、この作品は「転換時代」の題名で遺作として「中央公論」に発表されている。ところで「地下に潜る」という表現は、どこから来たのだろうか。銀行員、つまりエリートサラリーマンだった彼の、次の一節はとくに切ない。「私にはちょんびりもの個人生活も残らなくなった。今では季節々々さえ、党生活のなかの一部でしかなくなった。四季の草花の眺めや青空や雨も、それは独立したものとして映らない。私は雨が降れば喜ぶ。然しそれは連絡に出掛けるのに傘をさして行くので、顔を他人に見られることが少ないからである。私は早く夏が行ってくれゝばいゝと考える。夏が嫌だからではない、夏が来れば着物が薄くなり、私の特徴のある身体つき(こんなものは犬にでも喰われろ!)がそのまま分るからである。」
「一杯のお茶のためなら世界なんか破滅したっていい」。という一節のあるドストエフスキーの小説『地下生活者の手記』(翻訳各種あり、訳書題名は『地下室の手記』もあり)は地下室にこもる男の独白の形をとるが、どんどん暗くくらーくなるのでこのへんで。
(2011年2月28日)

