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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2011年2月

2011/02/28

読む・読もう・読めば 96

地下を読む

ギュンター・リアー+オリヴィエ・ファイの『パリ 地下都市の歴史』(古川まり訳、東洋書林2009)を読む。パリのカタコンブ(地下墓所)の起源をよく知らずにいたのだが、この本でよく分かった。30世代・600万人分を超える遺骨がその一画に集積しているところのパリの地下道網は、古代ローマ時代から石切場だったのですね。地下から切り出した石で地上の伽藍を建設するという感覚も不思議だが本当だ。で、パリの地下は「スイスチーズのように」穴だらけになってしまって、陥没による家屋倒壊事故も起こるわけだ。

東京の地下については、秋庭俊氏が第一人者だ。『帝都東京・隠された地下網の秘密』(洋泉社、2002)が最初ではないかと思うが、続編や姉妹編が続々出た。戦前にすでに東京の地下には軍事目的で秘密裏に作られた大規模な地下街があって、地下鉄はそれを利用して作られた部分が多い、という実証的な話。なるほど。

プロレタリア作家の小林多喜二は19328月、自らの共産党員としての地下活動の経験から『党生活者』を書いた。翌年2月には築地署で拷問死するが、この作品は「転換時代」の題名で遺作として「中央公論」に発表されている。ところで「地下に潜る」という表現は、どこから来たのだろうか。銀行員、つまりエリートサラリーマンだった彼の、次の一節はとくに切ない。「私にはちょんびりもの個人生活も残らなくなった。今では季節々々さえ、党生活のなかの一部でしかなくなった。四季の草花の眺めや青空や雨も、それは独立したものとして映らない。私は雨が降れば喜ぶ。然しそれは連絡に出掛けるのに傘をさして行くので、顔を他人に見られることが少ないからである。私は早く夏が行ってくれゝばいゝと考える。夏が嫌だからではない、夏が来れば着物が薄くなり、私の特徴のある身体つき(こんなものは犬にでも喰われろ!)がそのまま分るからである。」

「一杯のお茶のためなら世界なんか破滅したっていい」。という一節のあるドストエフスキーの小説『地下生活者の手記』(翻訳各種あり、訳書題名は『地下室の手記』もあり)は地下室にこもる男の独白の形をとるが、どんどん暗くくらーくなるのでこのへんで。

2011228日)

2011/02/27

イージス艦「あたご」事件の公正な判決を求める 2.26横浜集会 終了しました

出席くださったみなさま、ありがとうございます

すみやかに記録としてまとめ次第、この文書は、「あたご」事件裁判の裁判官にお届けいたします。また「へいけんこんブログ」でもアップいたしますので、すこしお待ちください。

2011/02/15

読む・読もう・読めば 95

ケルトの虎は夢か

1922年に独立したアイルランド(愛蘭土)の英国に対する恨み辛みは、たとえば現在は歴史博物館のようになっているダブリンのキルメイナム監獄の展示に現れている。天安の大韓民国独立記念館ほど直截的ではないけれども。日常的な話者が数パーセントなのに第一公用語をゲール語(アイルランド語)、第二公用語を英語にしているのも、そのためだ。けれどもアイルランドは悲しみの島であって、独立運動に敗れ、饑饉に苦しみ、海外に出た移民は残った人々より多い。

そのアイルランドが1990年代半ばから急激な経済成長を遂げ、古代のケルトの民の名から「ケルトの虎」と呼ばれたことは、なんとなく嬉しかった。しかし。1999年に欧州共通通貨ユーロを採用し、英国がこれに参加しなかったため、ユーロ英語圏となったアイルランドに米国企業が進出した。輸出入額も大西洋を隔てた米国に対するほうが隣国の英国を追い越した。そして。ここ数年の不動産バブルがはじけて、いまやアイルランド経済は自力での回復が不能になっている。あの純朴だった人たちはどうしているのだろう。

ダブリンのカルメル会教会聖堂には聖ヴァレンティヌスの聖血を納めた箱が置かれている。1827年に再建されたとき、ローマ教皇から贈られたものだ。ヨーロッパ大陸部でキリスト教が壊滅に近かった中世初期にカトリックの伝統を守り大陸に再輸出したのはアイルランドだったから、ふさわしいプレゼントであったかもしれない。『カンタベリー物語』の著者チョーサーのおかげで恋人たちの守護者として有名なった聖ヴァレンティヌスは、269年2月14日にローマ皇帝クラウディウス2世の迫害で殉教したと伝えられるが、そしてそのことがバレンタイン・デーの起源とされているが、この聖者の実像は明らかではない。だから、すでにカトリック聖人暦に聖ヴァレンティヌスの日はない。

昨今の日本ではバレンタイン・シーズンのチョコレート売上額は500億円を超えるのだという。これは今年1月のアイルランドの財政赤字と同じくらいの額だと思う。 (2011年2月14日)

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