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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2011/03/14

イージス艦「あたご」事件の公正な判決を求める2.26横浜集会②

報告2 田川 俊一

あたご事件の論点

 私の方は細かい点と言いますか、当日3時以降のことに絞って、なぜ衝突したのか、どこに原因があるのか、という点を中心にお話をさせていただきます。

 本件に関しては、「あたご」の速力、進路については、それほど大きな論点はないのですが、問題は「清徳丸」の衝突にいたる航跡です。どういう状況でどう進行して衝突したのか、という点につきましては、海難審判、検察官の論告、被告人の弁論、それぞれ主張があって事実認定が違います。

 審判の裁決と検察官の論告は、両船の航跡、接近模様からして、海上衝突予防法15条の「横切り船」の航法が適用になり、「あたご」に避航義務があったということでは一致しています。

 被告人側は、「清徳丸」が衝突の3分前から急に右転をして、速力を増大させて、「あたご」の前方に自ら出てきたのであるから、これは 「清徳丸」に衝突の全面的な原因がある、このような主張をしたわけであります。

 裁判で争われましたのは、航跡を分析することによって、どちらの船が避航義務があるのに避航義務を尽くさなかったのか、陸上で言うと赤信号、黄色信号はどちらの船であって、どちらの船が青信号であったかというふうに、大まかに言えばなります。

 いま申し上げましたように、本件では、後に航跡図をお示ししますが、「あたご」は323とか328度のコースで北上しておりました。一方「清徳丸」は215度のコースで西のほうに向かって進んでいた。そうしますと、北上する「あたご」からは「清徳丸」は右舷前方に見る関係になります。

 世界の共通ルールである海上衝突予防法の15条に規定がありますが、他の船舶を右舷側に見る船舶、本件では「あたご」が、「清徳丸」を右舷側に見ているので、衝突を避けるために避航動作をとらなければならないことになります。陸で言えばブレーキを踏むなりしなければならない。船舶にはブレーキがありませんので、エンジンを使って速力を減速させる、あるいは大きく右に舵を取る、ということで避航することになっております。

 海上衝突予防法のもともとは、大昔に英国から発生したわけですけれども、昔の帆船は港に着く場合は左舷を着ける。避航する場合は右舷に見る船を避航する。帆船ではそのほうが良いということであるようです。右側通行の原則です。船では左側のことを今でも「ポートサイド」というふうに呼ぶんですが、岸壁に左を着ける。飛行機に乗っても、左側が出入口です。逆はない。

あたご側の“無罪”との主張

 さて被告側の主張は、「清徳丸」が衝突の3分前に大きく右転して、速力を増して「あたご」の前路に出てきたというものです。被告側の主張する「清徳丸」の航跡図ですが、衝突3分前ころに大きく右に変針して、20度ぐらい右転しているのですが、それからさらに進んで、衝突直前になってもう一度右転している。こういう航跡で出てきたので避けようがなかった、というにあります。宮田鑑定による航跡図に依拠していると思われます。

 なぜそういうふうな航跡図ができるのか。一言で言えば「結論ありき」で、結論に合わせて図を引いている、ということです。

恣意的な宮田鑑定

衝突すると思えば船員は、本能的に右舵を取ってエンジンを止めます。危ないと思ってアクセルを踏むようなことは絶対にしない。「清徳丸」が急に前路に出てきたと言うからには、右転したことにしなければならない。最初の宮田鑑定は「清徳丸」が衝突前に1回右転する図を裁判所に出した。そうしますと「清徳丸」は22とか24ノットの速力でないと衝突地点に至らないんです。24ノットでは、それまでの15ノットの速力から9ノットも増速することになりますが、これは考え難いので、約5ノット増速して20ノットぐらいの速力に押さえて作図し、結論としては、衝突時刻に衝突地点に至るように、つじつまが合うようになっております。

宮田さんはもと高等海難審判庁長官で、船長経験がありますので、つじつまの合うように図を引くことについてはベテランです。ただし恣意的な図ではだめなのです。

海難審判でも当初、自衛艦側は清徳丸が右転して増速したという主張はしていませんでした。途中から、いや、あれは「清徳丸」に衝突原因があったと言い出しました。艦長の舩渡さんの発想といいますか、原案を作ったようですが、それに基づいて弁護団が宮田さんに鑑定依頼をしたと、こういうことになるわけです。

宮田鑑定、自衛艦側の主張の基本的な欠点は、清徳丸のコースを2度に分けて右転させていることです。当初の1回の右転説では「清徳丸」は22から24ノットもの速力を出さなければ衝突地点に至らない。試運転のときには最大速力として出します。だけども一般航行中に2224も出すはずがないのです。それで修正された航跡図では、15ノット程度で進行中、20ノットに増速した、というふうにしています。

千葉県勝浦の港から出て三宅島でマグロの餌を獲りますので、漁港から沖へ出ますと、そこから行き先を入れて、215度とか220度とかの進路に設定します。それから餌場に午前8時に着くとすれば、15ノットという速力も、算出します。そこで針路と速力を設定して自動で航行します。海上のことで道路ではありませんので、風波によって船がぶれて動くのはその通りであります。速力も常に15ノット、ピッタリとはなりません。新幹線ですとレールの上を走り、コンピューター制御をしておりますから、現地点、速力は何キロか、秒、メートル単位で出ますが、海上ではその必要もないのです。

清徳丸が東京湾に向かうのではないのに、三宅島に向けて航行中になぜ20度も急に右転して速力を5ノットも上げるのか。海上では10から15ノットくらいがごく普通の速力です。「あたご」もこのときは約10.5という速力です。

 いずれにしても、両船はごくごく普通の航行をしていました。したがって「清徳丸」が急に右転して増速する必要はないのであります。

あたご側の見張りの欠落

 陸上でも飛び出しがいちばん避けにくい。これは海上でも同じで、急に自分の前路に増速して出てきたら、これは避けにくい。しかし、海上では急に速力は上がりません。見張りさえ十分にしておれば、他船の接近状況は分かります。

「あたご」ではブリッジ(艦橋、操舵室)に11人の人がいたということですが、普通の商船ではいても2人、多くて3人です。なぜ11人もいて、「清徳丸」が右舷方から近づいてくるのが分からなかったのか。まさに縦割り体制の弊害ではないでしょうか。操舵、舵を握っている人は舵を握ることが任務で、横を向いてはいけないんです。右舷見張り員は、前方と右舷側以外を見ることはないのです。それぞれ自分の職域を全うするのですが、11人いたうち誰も「清徳丸」が右舷から接近してくるということを見ていなかったことになります。見ていれば、清徳丸の接近は分かります。見えないはずがありません。

検察航跡の弱点

 海難審判庁の裁決、それから検察官の論告、それから弁護側の弁論、3通りの航跡が引かれていますが、われわれ船関係の者が見ると、いちばん矛盾がなくて、こうではなかろうかと思うのは、海難審判庁の裁決です。検察官の航跡で弱い点は、康栄丸から左7度、3マイルに清徳丸をおき、近くになってから「あたご」の乗組員の2人が、70度・200メートルに見えた、70度・100ヤードに見えたと供述しているのを、きちんとピンポイントで置いてそこを必ず通すという作図をしたものですから、やや無理が生じています。しかし海上での目測ですから、そのようなピンポイントで定める必要はないのです。

被告人側の検察に対する揚げ足取り

 もうひとつ、検察が弁護団から追及されたのは、「康栄丸」という同僚船の証言についてです。これはGPSがありますので比較的はっきりポジションが出ている。その船長が、「清徳丸」を約7度、3マイルに見たと検察は主張。本人は法廷で「73マイルと言ったことはありません」と証言しました。きちんとレーダーでカーソルを当てて見ない限り、7度なんて分からないんです。だいたい5度から10度の範囲内ということなんですかね。それを海上保安官が後に、船長が言ったことをチェックすると7度になるということで7度にした。距離もレーダー上の目測で3マイルピッタリということは読み取れないのであり、それを3マイル前後と見て、その当時の態勢が合理的になるということで3マイルにしたと思われます。ところが調書では「康栄丸」の船長が「7度、3マイルに見た」となっている。海上保安官の調書作成の仕方が適切ではなかったのです。初めから本人は「7度、3マイル」とは言っていないけれども、証言を細かくチェックしていくと7度、3マイルに落ち着くと、そう調書に書いておけば十分であったと言えます。

 また検察側が追及されたのは、取り調べの時にいろいろと最後の調書の前にメモを取るんですね、それを捨ててしまった。当時、大阪地検の前田検事が証拠の改ざんをしたり、いいかげんな捜査をしたということが問題になっていました。また海上保安官も尖閣諸島問題がありました。弁護団から、検察、海上保安官作成の調書は信用できないと言われたわけです。被告人は、検事は作文をしていると、はっきり法廷で言っているんですね。検事が書いた航跡図は、お絵かきだとも言う。私は弁護士を長年やっておりますが、「無罪だ」と言う人はたくさんいますけれども、ここまで言うのは珍しい。

被告人は、自分個人のためだけではなくて、海上自衛隊、国のためにもがんばり通さなければいけないと思っているようです。長岩被告人は、私は今後も国民の付託にこたえ、国防という職務に邁進すると述べました。海軍の伝統で、菊の御紋を背負っているという発想があるのではないかと思われます。

交通ルールを遵守するべきは陸上も海上も同じです。戦車であれ潜水艦であれ、赤信号では止まらなければならないのです。

「なだしお」事件の教訓を生かしていない

「なだしお」事件は19887月の事件ですが、「あたご」はその教訓を生かしていないのであります。海上自衛隊側は、海難審判の1審では勧告、2審の高等海難審判ではそれはなくなったんですが、勧告をなくすために何を言ったかというと、見張りを十分にするなど安全教育を徹底的に行うということでした。

そこで、「なだしお」事件と「あたご」事件を比較してみます。

    両艦とも優秀艦船である。

イージス艦はできて2年でしょうか、1隻が1千億円以上もする艦です。非常に優秀な艦船で、レーダーで複数の標的を一気に捕まえることができる。「なだしお」も優秀な潜水艦でした。「あたご」の艦長も「なだしお」の艦長も、海上自衛隊のエリートでした。

    平和な海で自衛艦が民間船と衝突し、重大な結果が発生した。

「なだしお」事件では30名、遊漁船の乗客28名と乗組員2名が死亡。「あたご」事件では乗組員2名、親子が死亡しております。

    本件には世界共通の海上交通ルールである海上衝突予防法が適用になる。

    いずれも自衛艦側に避航義務があった。

航跡図からすると、いずれも自衛艦側に避けなければならない義務があったというふうに、交通ルール上なるわけです。「なだしお」は「富士丸」を発見しておりましたが、驕り高ぶりでしょうか漁船が避航すべきとして、ただちに適切な衝突を避ける動作、速力を落とすとか進路を変更することをしなかった。「あたご」では、どうも見張りができていなかった。

    海上自衛隊は、両事件とも事実を迅速に発表することなく情報操作をしていた疑いがある。

衝突直後に「あたご」からヘリコプターで、キーパーソンを防衛省に呼んできて、事故の事情聴取をしていたようです。その内容は公表しなければいけないのですが、していません。防衛省は、はじめ2分前に「清徳丸」を見た、いや12分前だった、じつは30分前だったと二転三転して発表をしていますが、混乱のままであったのか、どの時間を取れば自分に具合がいいのか考えていたのではないかとも思われます。

しかし防衛省は最終報告で、はっきり「あたご」に原因があったと認めています。にもかかわらずと言いますか、「あたご」の当直士官は完全無罪を主張し、防衛省発表は残念だ、と漏らしているようであります。

「なだしお」事件では、衝突してまだ海に投げ出された人を助けなければいけない時に、艦長らは艦内で航泊日誌を書き換えていた。事故直後から情報操作と言いますか、証拠隠滅をしていた。私どもは公文書偽造ということで横浜地検に告発したのですが、検察庁は取り上げませんでした。

 自衛艦側は、1988年の「なだしお」事件でも、この「あたご」事件でも、いずれも審判あるいは刑事裁判で「無罪」を主張しています。言い方が似ています。「なだしお」でも、漁船がわが艦の前に出てきたと主張していました。「あたご」でも、速力を落として右に舵をとって避航すればいいものを、それをしないで、「清徳丸」が飛び出してきたのが悪いというような主張をしております。彼らは大きな事故を起こしたけれども、それを謙虚に反省して次の機会に生かすというふうなことがないのでしょうか。

再発防止につながる判決を

「なだしお」の艦長は禁錮26月、執行猶予4年の判決でした。「富士丸」の船長は禁固16月、執行猶予4年です。「あたご」両被告人とも、禁錮2年という求刑ですが、これが軽い、重い、ということは問題ではありません。

何が原因で衝突したのか、真実の発見を裁判所にしてもらいたい。そのことが再発防止につながる。このことが大事ではなかろうかと思っております。

 裁判の進行を見ていますと、弁護側に主張、立証をつくさせ、ていねいに訴訟指揮をしております。

本件が仮に無罪となれば、検察は控訴するでしょう。有罪となれば、禁錮2年・執行猶予4年が穏当と思われますが、被告人は完全無罪を主張していますから、控訴するのではないでしょうか。

 私どもとしては、裁判所がどういう事実経過を認定して、どういう理由で有罪とするか、大いに注目して見守りたいと思っております。

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