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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2011/03/14

イージス艦「あたご」事件の公正な判決を求める2.26横浜集会①

報告1 大内 要三

裁判までの経過

 裁判経過のご説明の前に、事件の性格について説明しておく必要があるかと思います。この悲惨な事件が起こったのは2008219日のことでした。ほぼ3年前ということになります。千葉県勝浦市川津港から出た漁船「清徳丸」には、吉清治夫さん(58)と息子さんの哲大さん(23)が乗っておりましたけれども、三宅島沖で餌のサバを獲って八丈島沖まで行ってマグロ延縄漁をするつもりで出て行ったところ、千葉県野島崎沖でイージス艦「あたご」にぶつかられて沈没してしまった。船は左舷が大破して真っ二つに割れてしまいまして、人が乗っていた操舵室とともに2人は行方不明のままになりました。

 非常に早くからこの事件の本質を捉えていた人があります。朝日新聞出身の軍事評論家、田岡俊次さんが、事件が起こった日の夕刊に書いています。回避義務はあたご側にあったはず。見張りをしていれば肉眼で十分に発見できた。「房総半島南方と伊豆大島東方の海面は東京湾に出入りする船が多く、未明にそこに差し掛かればもっとも緊張して見張るべきで、艦長、当直士官、見張り員らは何をしていたのか、ふしぎなほどだ。」その日のうちにこういうことが分かってしまうくらいに、明々白々な事件だったんですね。

 私ども「平和に生きる権利の確立をめざす懇談会(平権懇)」も、この事件を市民の手で解明しようという集会を持ちました。事件からほぼ1年後の200937日のことです。「赤旗」が報道してくれました。このとき私は報告をして、これは単なる事故ではなく事件であると強調しました。なぜなら、①見張りの不備があったほか、②なぜ衝突回避をしなかったのか、③なぜ救難をきちんとしなかったのか、④防衛省・総理への報告の遅れ、⑤証拠隠滅の疑い、⑥情報隠し、情報の二転三転、⑦そもそも安全対策がなかった、といった問題があったからです。かつて1988年には「なだしお」事件がありました。2001年には「えひめ丸」事件がありました。軍艦と民間船がぶつかった悲惨な事故が過去にあったにもかかわらず、自衛隊は何を学んだのだろうかと。

 では次に、今回の「あたご」事件の真相究明がどのように行われて、どのように責任追及がなされたのかについて、少しお話をします。

 2008321日、事件から1月あまり後に防衛省の艦船事故調査委員会が、「あたご」の乗組員から聴取をした結果として、中間報告を出しています。同時に海上幕僚長は退任、防衛省の幹部7人が処分されました。早々と上の方では処分がなされたわけです。この中間報告ですでに明らかになっていたのは、次のようなことです。「衝突前の見張員の配置やCIC(戦闘指揮所、ここでレーダーで見張りをしています)における当直員の配置状況も含め、艦全体として見張りが適切に行われていなかった」「あたごに避航の義務があったが、あたごは適切な避航措置をとっていない。また、衝突直前にあたごがとった措置は、回避措置として十分なものでなかった可能性が高い」。

 その後、海難審判が行われました。海難審判所は海の事故の原因究明をするところですね。08627日に横浜海難審判所に申立てが行われました。事件の当事者、指定海難関係人となったのは5者です。海上自衛隊第63護衛隊(のち第3護衛隊に組織改編、代表・同隊司令)、艦長、当直士官、前直士官、そして戦闘指揮所の責任者。1022日までに6回の審判が行われました。

 海難審判の結果ですけれども、2009112日の裁決では、非常に明らかに「あたご」側に責任があると言っています。「あたごの艦橋とCICの間に緊密な連絡・報告体制、並びに艦橋及びCICにおける見張り体制に複合的な背景関係にあって本件が発生したもので、総合的に改善する施策を整備し実効有る取り組みを行わなければ事故再発防止は図れない。個人には勧告しないが、第3護衛隊組織全体に対して勧告するのが相当である」。このように自衛隊組織に対して、きちんと改善しないとまたこういうことが起こる、と結論を出したわけです。

 では防衛省の結論はどうか。中間報告を出した後も聞き取りを続けて、2009522日に最終報告を出しています。報告書は書いています。「第2直当直士官の見張り指揮、見張り、行船上の判断・処置及び艦内における指揮は不適切であり、事故の直接的要因と考えられる」。まず衝突時の見張り責任者に責任がある。「艦長の運行に関する指導は不十分であり、事故の間接的要因と考えられる」。衝突当時は仮眠していたけれども、艦長にも責任がある。「隊司令のあたごに対する訓練管理及び安全管理に関する指揮監督は不十分であり、事故の間接的要因と考えられる」。つまり、自衛隊組織にも問題があると、防衛省そのものが認めたということです。

 再発防止策として、①見張り及び報告・通報態勢の強化、②運行安全に係るチームワークの強化、③運行関係者の能力向上による運行体制の強化、④隊司令による指揮の徹底、その他を挙げています。

 処分としては、前艦長と当直士官に停職30日、停職・減給・戒告・注意・口頭注意を含めて、計38人に処分がなされました。

 このように、海難審判においても、自衛隊内部においても、あたご側に責任があることは非常にはっきりしたうえで、裁判が行われたということです。

「あたご」という船がその後どうなったかについても、少しだけお話をしておきたいと思います。2008328日付の人事で、新艦長として清水博文一佐が就任しました。前艦長の舩渡健一佐は、0971日付で広島県江田島の海上自衛隊第一術科学校研究部長に左遷されました。そして「あたご」は昨年、カナダ海軍創設百年記念国際観艦式に参加した足で、6月から8月までリムパック2010演習に参加しています。環太平洋の多国籍合同演習ですが、米国の航空母艦「ロナルド・レーガン」を守る役目で「あたご」が参加しています。

 昨年12月には新防衛大綱が10年計画として発表されたことはご存じと思いますけれども、同時に発表された中期防衛力整備計画、5年計画の中に、「あたご」の改修計画が盛り込まれました。イージス艦といっても「あたご」は今まで、敵ミサイルをレーダーで捕捉して仲間に知らせることはできても、落とす能力は持っていなかったんですが、それができるようになります。相当に強力な軍艦になります。

裁判の枠組みと経過

 さて、裁判の話に戻ります。すでに事故の原因究明は海難審判で行われ、自衛隊内部での処分も行われているわけですから、残るは社会的責任の追及ということになります。これが刑事裁判です。

 今回の裁判では、衝突当時の当直士官(長岩友久三佐)と、その前直、すなわち交代する前の当直士官(後潟桂太郎三佐)、この2人だけが起訴されました。艦長(舩渡健一佐)の責任は追及されていないし、自衛隊の上部組織の責任者も起訴されていません。海難審判の裁決では前直は事故の原因とは関係なしとされていたのですが、検察の判断は違って引継ぎに問題ありとしています。艦長が責任を追及されないのは、衝突当時に船の運航に関わっていなかったからだということです。刑事裁判で「海上自衛隊」が被告にならないのは仕方のないことですが、当時の防衛相とか第3護衛隊司令のような、上部組織の責任者が被告人となることはあり得たはずですけれども、検察はそれをしませんでした。

 最近の刑事裁判では事前整理で、公判が始まる前に検察と被告側弁護人との間で、どこを争点とするかが決められています。今回の事件では、見張りの不備と「清徳丸」の航跡の2点に争点が絞り込まれています。それにしては相当に長い、18回の公判というていねいな裁判が行われましたけれども、2つの争点以外は始めから問題にされていませんでした。衝突の直接的原因については追及するけれども、間接的原因については追及しない裁判であったということです。

 2人の被告人は無罪を主張していますけれども、情状酌量でなく無罪主張ということは、裁判の結果以前に、すでに自衛隊に対する反逆ということになります。自衛隊はすでに処分も発表して、「あたご」側が悪いと自ら防衛省は認めている。被告人の無罪主張は、自衛隊の決定に不満であると言っていることになります。ですから自衛隊全体からの支援は受けられないわけです。

 横浜地方裁判所で2010823日に裁判が始まりました。裁判では勝手に写真は撮れませんのでお見せする写真はテレビ画面からのものです。冒頭に3分間だけ全く動かない映像を撮る。これも不思議なもので、この画面に被告人はいない。人権を守るのはいいことですけれども、誰が何をしている場面なのか、よく分かりません。

 横浜地裁の第6刑事部に係属しています。業務上過失往来罪と業務上過失致死罪の疑い。裁判官は3人です。秋山敬裁判長、林寛子・右陪席、海瀬弘章・左陪席。恐らく左陪席が判決を起草して合議、裁判長が最終的にまとめるのでしょう。

 主任検事は今村智仁さん、検事側は2人が出席していますけれども、弁護側はなんと峰隆男主任弁護士など5人という大弁護団です。傍聴には毎回、自衛隊の方も来られているようです。しかしこの裁判が意外に注目されていないというか、注目のしようもない形になっているのは、たいへん残念なことだと思います。というのは、全国紙に報道されたりテレビで報道されたのは、裁判が始まった時と求刑のときくらいで、18回の公判ごとに何が行われていたのかは、新聞の地方版にしか出ていないんです。比較的ていねいに報道していたのは神奈川新聞と毎日新聞、そして赤旗です。神奈川地域以外の方は、どのような裁判が行われていたのか、ほとんど知ることができなかったということです。傍聴人も、最後のころはわずかに20人いるかいないか、くらいでした。

 しかも刑事裁判では、被告人の人権擁護の立場から、当事者以外は裁判に提出された文書も裁判記録も、閲覧することも複写することもできないんですね。時にはくじ引きになる傍聴券を手に入れて傍聴をしても、録音もできないし撮影もできない、メモを取るだけになります。

 では裁判で何が行われたのか。まず検察側の主張です。

「清徳丸」の航跡が争点になっていますけれども、残念ながら「清徳丸」は沈没したためにGPSによる記録は失われています。そのために「清徳丸」がどのように動いたかは、仲間の船に残された記録と、他の船からどのように見えたかという証言とから再現するほかはありません。そのうえで検察側は、①「あたご」に回避義務があった、②当直士官は衝突防止の注意義務を怠った、③前直は誤った引継ぎをした、と主張しました。

 起訴状を見ますと、「後潟被告(前直です)は接近中の漁船の動きを正確に引き継ぐ注意義務を怠り、停止操業中と誤った申し送りをした。長岩被告(当直士官です)は誤りに気付いた後も衝突を防ぐ注意義務を怠り漫然と航行を続けた。2人の過失の競合により漁船に衝突し沈没させたことは、業務上過失往来危険罪にあたる。また沈没した清徳丸の吉清治夫さん、吉清哲大さんを死亡させたことは、業務上過失致死罪にあたる。」とされています。

 これに対して被告側は、「清徳丸」が直前に右転しなければ衝突しなかった、という主張をしています。それを裏付けるために、元高等海難審判庁長官の宮田義務憲氏が作成した航跡図と、前艦長の舩渡健氏が作成した「存在圏図」、つまりいろいろな証言を重ね合わせると「清徳丸」がいた可能性のあるところはここだ、という図を出してきました。

「あたご」がどこで見張りをしていたかというと、ひとつはCIC(戦闘指揮所)です。ここからは外は見えませんが、レーダーで監視しています。もうひとつは艦橋です。窓から外が見えます。

 長岩被告は次のように証言しています。前直からの引継ぎについては、「交代後は私の責任で運行している」ので影響はない。自分の操船は「百点満点ではないが平均より十分上」だった。事故の原因は「考えても考えても思いつきません」。いちばんの反省点は「艦長の目の届かないところで事故を起こさせてしまったこと」。

 後潟被告は次のように証言しています。漁船が停船・操業中との判断は「見誤ることは常識的に見て考えられない」。「横からいきなり前に出てくる船は予想できるものではない」。「衝突と聞いて、どこから来たのかと思った」。

 被告側は、見張りや引継ぎは適切であった、検察側の強引な立件による冤罪事件であると主張しました。実際に取り調べをした海上保安庁の保安官や検察側の人を呼んできて、どのような取り調べをしたのか、その取調のメモは残っているのかと、延々と証人尋問をしました。そのときに、残念なことですけれども、海上保安庁・検察の取り調べに相当に杜撰なところがあったことが暴露されました。

明らかになったこと、争われなかったこと

 裁判で明らかになったことは何か。まず、監視が不十分であったことです。実際に見張りをしていた人の証言がありました。右舷、すなわち漁船群がいちばん見えるところで見張りをしていた人間が、このように言っています。「水平線上に3つの白灯を見、近づいていると認識したが、交代時に引継ぎをしなかった」。同じ右舷の衝突時の当番は、「3漁船と思われる白灯・赤灯を見たが、すでに前任者が報告済みと思い、当直士官に報告しなかった」。これでは監視していたとは言えません。CICで監視していた人の証言には、これは衝突前後のことではありませんけれども、「夜間訓練のためにCICに誰もいなかった時がある」とのことです。見張り体制に不備があったことははっきりしました。

 そして被告側が出した宮田航跡図ですけれども、これが非常に恣意的に作られたものであることもはっきりしました。「清徳丸」は最終的に24ノットという非常な高速で走ったとされています。ところが「清徳丸」は漁船ですから、24ノットで走ることなど不可能なんです。このような航跡図が本物であるはずがないですね。

 そして、どのように被告側が言ったところで、「あたご」が漁船群に注意を払わずに、自動操縦のまま突っ込んできたという事実は消せません。

 このことに対して、たとえば東京水先人会会長の佐藤克弘さんは朝日新聞に載せた文章で、次のように言っています。「船団がこちらに向かっているとなれば、その行動を警告するため汽笛を5回鳴らす。さらに注意を喚起するために探照灯で合図する。ここまでやれば相手の船長が自動操舵でたとえ居眠りしていても目を覚ます。そして状況に応じて大きく右に舵をとり、相手の漁船団の後ろを迂回し、漁船団をやり過ごす。実は、こうした対応は常時、多くの商船がやっていることだ」。「東京湾では横須賀に出入港する自衛艦、米艦船が過密状態の航路をスピードアップして横切る行為がしばしば見られる」。軍艦がいかに無茶なことを常時しているかが分かります。

 また航海訓練所の竹井義晴氏が証言しましたけれども、「あたごはスーパーカーの感覚で操縦している」「操船は平均点以下」「早めに避航していれば衝突は避けられた」と言っています。

 となると、「あたご」は軍艦であるということから、優先意識を持って、当然、漁船の側で避けるだろうと思ってまっすぐ突っ込んできたとしか言いようがないだろうと思います。そのことは「あたご」側も一部、認めています。舩渡前艦長は証言者として法廷に出ていますけれども、「あたご」が舵を取らなかったことに関して、「清徳丸があたご艦首を左にかわすという期待があったのではないか」と口走っています。

 124日の論告で、検察側は2人の被告人に対してともに禁錮2年の求刑をしました。131日の最終弁論では、被告側は無罪主張を繰り返しました。判決は511日に出されます。

 では、裁判で争われなかったことは何か。

 まず、防衛省が事件発生当時に証拠隠滅をした可能性があります。裁判では最初からまったく問題にされませんでした。これは防衛省幹部まで証人とする、あるいは被告人とすることによってのみ究明が可能だろうと思いますけれども、検察はこれをしなかったという問題があります。

 そして自衛艦が優先意識を持つために、民間船とは相当に違った扱いになっています。自衛艦には船舶自動識別装置(AIS)、これは民間の大型船はみな持っているのに、自衛艦にはこれを搭載する義務がありません。もっとひどいのは、自衛艦は海技免許状なしに、自衛隊内部で与えられた免許証によって艦の操縦をしています。陸上では誰でも、自動車は免許証がないと運転できませんけれども、海上では免許証なしに自衛艦が運航されているということです。

 あるいは、自衛艦には人命救助の準備が不足しています。「なだしお」事件のときにゴムボートを浮かべるまでに非常に時間がかかって、「助けてくれ」と叫んでも助けてもらえなかったという証言がありました。今回も潜水員、つまり海にもぐるフロッグメンがちゃんと「あたご」に乗艦していたにもかかわらず、練度が低いので出動させなかった。2月の海です。投げ出されて11秒を争うときに、助ける準備がないので助けられませんでした、ということです。

 そういった自衛艦のあり方が、今回の裁判ではまったく、初めから問題になっていませんでした。

再発防止のために

 裁判は仇討ちではありません。被告人2人、罪に対しては相応の罰が与えられるべきだと思いますけれども、刑が重いほどいいのかと言えば、そういう問題ではないだろうと思います。私たちが求めるのは、絶対にこういう事件、事故を起こさせない、再発防止に役立つ判決です。ここがいちばん大切だと、私は考えます。

 例えば、思いだしてください。JR福知山線の事故がありました。2005425日のことです。たいへん悲惨な事故で、107名が亡くなりましたけれども、この事件の裁判ではJR西日本の社長まで被告人にしています。JRの運行態勢自体に問題があったのではないかと、裁判ではそこまで追及されています。これと比較して今回の「あたご」の裁判は、いかにも手落ちではないかと言えると思います。

 かつて「なだしお」事件があったときに、私ども平権懇はいちはやく本を出して真相追及の運動を進めました。「えひめ丸」事件でも、宇和島での集会に協力をいたしました。二度とあってはならない事件がもう3度目です。どういうことなのか。これはやはり海上交通において、軍事優先の思想が蔓延しているということではないでしょうか。

 陸上ならば、大型車でも交通ルールをちゃんと守って道路を走っています。市街地では子供もいるし老人もいるし車椅子もいますね。そういう人たちに十分注意しながら、ダンプカーであろうが大型バスであろうが、みんな走っているんです。海上でも、巨大なタンカーや大きな商船は、小型船はどけというような運行はしない。右に見る船を避けなければならないとなればちゃんと避ける。自衛艦だけがなんで例外でいいのだろうか。それがいちばんの問題ではないでしょうか。

 そして、自衛艦に安全確保・人命救助の思想が不足していていいのでしょうか。陸上では自衛官でも無免許運転なら取り締まられます。例えばこれは2008719日にあった事件ですけれども、戦車隊の自衛官が無免許運転でつかまった事件がありました。戦車は運転できても二輪免許を持っていなかったんですね。海では自衛官は海技免許を持たないで船を運転していていいんだろうか。それも、そこのけそこのけで運転していていいんだろうか。

 今回の事件で、「あたご」はハワイから帰ってくる途中でした。イージス艦は飛んでいるミサイルをレーダーで捕捉して僚艦に伝える能力を持っています。イージス・システムは米国製でブラックボックスのまま、日本では中身が分からない装置です。「あたご」はそのシステムを積んで、ちゃんと働くかどうかチェックしてもらうために、わざわざハワイまで行って装備認定試験を受けて、報告のために横須賀に向かっていました。イージス艦は敵ミサイルを撃墜するために役立つ軍艦です。たとえば北朝鮮からハワイを狙うミサイルが発射されれば、それをレーダーで捕捉して米軍に伝える能力を持っています。すなわち、日本防衛だけでなく米国まで守る能力を持ったという驕りが、東京湾の入口近くまで来て漁船群に突っ込んでくるという行動に現れたのではないでしょうか。

 そのような部分まで含めて、自衛艦の横暴を許していいのかというところまで踏み込んだ判決が、ぜひ欲しい。そういう判決でなければ、「清徳丸」の親子は浮かばれないと、私は考えます。

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