読む・読もう・読めば 98
原子力三原則
息を潜めて原発事故報道を読む。だから原発は危険だと言ったではないか、などと今さら言っても空しい。ブツブツ言いながらも便利な生活を享受してきたのは、迷惑施設を見えないところに持っていったのは、私たち東京都民だ。あらためて原子力研究三原則のオリジナル、日本学術会議第17回総会の声明(1954年4月23日)を読み返してみる。
この三原則は、国会で原子力開発のための予算が計上されたことに際して、科学者たちが討議してまとめたものだ。「平和利用」が軍事利用につながらないように、と枠をはめることが目的の決議であって、自主・民主・公開というお題目だけが人口に膾炙しているが、本文はまことに含蓄がある。「原子力の研究と利用に関する一切の情報が完全に公開され、国民に周知されること」「いたずらに外国の原子力研究の体制を模することなく、真に民主的な運営によって、わが国の原子力研究が行われること」「日本国民の自主性ある運営の下に行わるべきこと」。この通りに進んでいれば、商業用原発の実用化などまだ遠い先だった。1954年は3月1日のビキニ被災の年でもあった。
慎重論をはねのけて、というよりは一時は四面楚歌のなか三原則のもとを作り、日本の原子力研究を進めたという理論物理学者、伏見康治氏には一度だけお目にかかったことがある。中学生のころ愛読した「不思議の国のトムキンス」の訳者だったことは後で気付いた。三原則のもと、と書いたが、彼の起草した原子力憲章草案は、学術会議では後半が無視されたけれども、いま読むとこれまた含蓄がある。「日本国憲法の精神にのっとり」という一節が生々しい。詳しくは伏見康治『時代の証言 原子科学者の昭和史』(同文書院、1989年)。
統一地方選で民主党ボロ負けの後、「非常時」の名のもと「挙国一致」内閣で戦後憲法秩序が津波に流されていく危険があるとき、憲法にこだわった科学者たちのことを考える。
(2011年3月28日)
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次々と報じられる「想定外」事態や「やむを得ない応急措置」を聞くと、福島原発事故の深刻さと今ここで暮らしている日常との落差の大きさに、語るべき言葉をもてない。
原子力エネルギーの「平和利用」を考えていた伏見さんをはじめとした科学者たちの構想が実現せずに、大破局に至った現代日本の原発建設に功績があったのは正力松太郎である。
戦前の左翼弾圧に辣腕を振るった警察官僚から読売新聞の経営者に転じプロ野球の読売巨人軍を創設し、さらに政界に進出。A級戦犯に指名されるも無罪となり、初代原子力委員長ならびに初代科学技術庁長官となる。推進したのが原発であり、テレビ放送であった。
アメリカ国立公文書館に所蔵された秘密資料を解読した早大教授有馬哲夫が暴いたのが、正力はCIAからPodamのコードネームを与えられたエージェントであった事実。詳しくは『原発・正力・CIA: 機密文書で読む昭和裏面史』ISBN9784106102493 新潮新書 756円。
投稿: 小幡利夫 | 2011/04/05 13:32