読む・読もう・読めば 100
3.11で見えてきたもの
地震で雪崩れた書架から、懐かしい本たちが顔を出す。武谷三男さんの『原子力 闘いの歴史と哲学』(1974年、勁草書房)、堀江邦夫さんの『原発ジプシー』(1979年、現代書館)、剣持一巳さんの『ルポ原発列島』(1982年、技術と人間)、内橋克人さんの『日本エネルギー戦争の現場』(1984年、講談社)を読み返す。原子力発電は実用化するにはあまりにも未成熟・危険な技術であることについては、厖大な文章が書かれ、出版されてきた。プルトニウムが無害になるまで何万年も、どうやって誰が保管するのか。けれども電力消費地では便利な都会生活を維持するために、電力生産地では補助金依存の地方行政によって、人々は安全神話にだまされたふりをしてきた。我が亡き後に洪水は来たれ。
いま熟読しているのは吉井英勝さんの『原発抜き・地域再生の温暖化対策へ』(2010年、新日本出版社)。著者は京都大学工学部原子核工学科卒、衆議院議員。とても分かりやすく、何よりも地域からの視点がすばらしい。そして戦後日本のエネルギー政策に対米従属の歪みがあることもきちんと押さえられている。もう1冊、この著者は反原発の人ではないけれども公平に原発の問題点を指摘してもいる本として、本橋恵一さんの『電力・ガス業界の動向とカラクリがよ~くわかる本・第2版』(2010年、秀和システム)。
福島原発20キロ圏内が危険だという政府。50キロ圏内に記者を入れない内規を持つ朝日新聞。横須賀も危険だと逃げ出した原子炉を推進力とする米空母。笑うことはできない。10年後のことは誰にも分からないのだから。
福島県警のヘリが「原発爆発」を現認して緊急報告をしても3時間後まで無視した東電・政府。「原子力利用について着実に取り組む」とマニフェストに書いた民主党。地震・津波被害の「かわいそうな」国から、放射性物質を無断で海に流す環境テロ国家になった日本。政府もマスコミも信用できないとき、ネット情報が玉石混淆で飛び交った。今は何が玉で何が石だったか、少しずつ分かり始めている。石を流した人は流した相手に対してきちんと訂正・謝罪をしてほしい。そうでなければ、いわゆる風評被害の加害者のままになるのではないか。 (2011年4月28日)

