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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2011/05/29

読む・読もう・読めば 102

『平和への権利を世界に』を読む


国連人権理事会で「平和への権利宣言」をつくる運動が進められているという。スペインの法律家たちが2006年に始めた運動で、08年以降毎年、同理事会で決議が採択されているが、米国、EU諸国、日本は常に反対している。人権理事会で扱うべきテーマではない、という理由で。私たち「平和に生きる権利」をまさに人権問題として捉えてきた者として、日本国憲法前文に「平和のうちに生存する権利」が明記されていることを誇りに思う者として、日本政府のこの態度は残念だ。

「平和への権利」運動を紹介しているのは、この5月3日付で刊行されたばかりの笹本潤・前田朗編著『平和への権利を世界に』という本だ。かもがわ出版、本体1500円。スペインからの呼びかけ、国際的なNGOの運動、そして日本での平和的生存権をめぐる学説・判例が簡潔に記述されている。

「平和への権利」right of peoples to peaceは、「平和に生きる権利」=「平和的生存権」right to live in peaceとは微妙に違うし、「人間の安全保障」human securityとも違う。これらの概念はそれぞれの起源から、あるいはその実現をめざす運動の経験から、少しずつずれていて当然だ。けれども国家間の戦争が廃絶される時代に、国家の枠を超えた人々の運動のなかで、もっと交流があって良いと思う。

1973年9月11日のチリ・クーデタで殺された歌手、ビクトル・ハラの作品El Derecho de Vivir en Pazはまさに「平和に生きる権利」であって、日本ではソウル・フラワー・ユニオンほかが歌っている。ハラがキューバを歌い、ホーチミンを歌っているのは、「平和に生きる権利」の主張が受動的でも軟弱でもないことを知らせてくれる。 (2011年5月29日)

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大内要三 コラム「読む・読もう・読めば」」カテゴリの記事

コメント

「平和への権利」と「平和に生きる権利」の違いは判りやすくはないが、「平和」という言葉にも二つ意味がある。ひとつは戦争や紛争に対置される「平和」であり、もうひとつは“やすらかにやわらぐこと”(広辞苑)、“おだやかなこと、たいらかに治まること”(新漢語林)である。用例には「平和な家庭」とある。

英語のPeaceも同様で、よく知られているのが聖歌きよしこの夜のリフレインされる一節のSleep in heavenly peace、日本語では”眠り給う、いと安く“。 原詩のドイツ語ではSchlafe in himmerischer Ruhで、Ruheは後者の”安らかさ“の意味し、前者の意味の「平和」はFriedeと別の単語になる。

語源が同じなのが自由freiと友Freundである。ベートーベンの第九に連なる。

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