読む・読もう・読めば 104
エール交換
東京電力は福島県と新潟県に原子力発電所を持つ。両県ともに東電の営業区域ではなく、東北電力の管内になる。東電が管轄外に原発を建設したのは、迷惑施設の建設を管内で断られ続けた結果だ。そして沖縄に米軍基地が集中するのも、たんに沖縄の「地政学的位置」からだけではない。
被災から3カ月目の6月11日、『河北新報』にすばらしい社説が載った。タイトルを「東日本大震災被災3カ月 東北の位置づけ変え自立を」という。冒頭、「中心にいると、周縁が見えない。国を治める者にとって地方は政策遂行のための客体であり、地元の意向はしばしば無視される。」とあり、「東北は国策に翻弄されている。過去も現在も望まない役割を背負わされ、日本を下支えしてきた。」とある。地方の怨念話かと思えば、これが違った。社説は続いて、沖縄の辺野古で基地建設に反対する人々による「米軍への思いやり予算を凍結し、被災地支援に充てよ」という署名運動を紹介する。そして「片や文字通り基地を提供することで日本の安全保障を支え、こなた電気や食糧、人材を首都圏に供給する『基地』として。沖縄と東北が戦後、たどった道は酷似している。」と続く。そして「地方を踏み台にした国の繁栄など私たちは望まない。」「大震災からの復興を歴史の転換点としたい。」と締めくくる。
6月17日の『琉球新報』社説「脱原発ビジョン 福島が日本を変える」は、冒頭で福島県の有識者会議「復興ビジョン検討委員会」が脱原発の姿勢を打ち出したことは「国内外で多くの人々の共感を呼ぶだろう。」と書いたのち、次のように書く。「電気は必要だが原発は来てほしくないという考えは、日米同盟は必要だが米軍基地は引き受けないという考えに通じる。」「エネルギーや基地など安全保障分野は、中央政府の責任だ。しかし日本政府は地方の意向を無視し、地方の犠牲の下に重要政策を遂行してきた。これは差別だ。」そして先の委員会の文書を引用しながら、次のように締めくくる。「沖縄を含め『ふくしまを愛し、心を寄せるすべての人々の力を結集』すれば脱原発は必ず実現する。」
こういう社説を、東京で読みたい。 (2011年6月29日)
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今日の労働問題に特化したミニコミ誌「POSSE」11号に哲学者の高橋哲哉がインタビューに答えて、こう語っている。以下引用: この問題(=3.11原発事故)は、構造的には、沖縄の米軍基地問題に非常に似ています。沖縄は県民所得が低いのだから、米軍基地を置くことで国からお金が落ち、振興政策が引き出せればよいのではないか、といった議論があります。NIMBY(not in my backyard)=「自分の裏庭には置きたくない」ものを、貧しい地域にお金で押し付ける、という点が似ているわけです。もちろん原発と違いがあります。沖縄の人々は米軍基地を誘致していません。沖縄戦後に米軍が居座って、「銃剣とブルドーザー」で土地を取り上げて基地を広げ、それが日米安保体制下、今日まで存続させられているのですから。しかし、中心部が周辺部を犠牲にして、お金で片付けようとする差別構造は、基地問題にも原発問題にも共通しているように思うのです。同誌には別に労働問題研究者の木下武男による「東電の暴走と企業主義統合」と題する全く新しい視点の刺激的な論考も掲載されている。多くの人々に読んでいただきたい。ISBN978-4-7726-8011-0、850円。
投稿: 小幡利夫 | 2011/07/02 17:15