2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト

「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

« 7.29 ヴァインさんの話を聞く会 記録② | トップページ | 読む・読もう・読めば 108 »

2011/08/16

読む・読もう・読めば 107

復仇


『旧約聖書』詩編のうちでももっとも文学性が高いというか、誰の心をも打つのは、バビロン捕囚の悲しみを歌う第137のはじめの部分だろう。新共同訳による。「バビロンの流れのほとりに座り/シオンを思って、わたしたちは泣いた。/竪琴は、ほとりの柳の木々に掛けた。/わたしたちを捕囚にした民が/歌をうたえと言うから/わたしたちを嘲る民が、楽しもうとして/「歌って聞かせよ、シオンの歌を」と言うから。/どうして歌うことができようか/主のための歌を、異教の地で。」しかしこの詩は、激しい復仇の誓いで終わる。「娘バビロンよ、破壊者よ/いかに幸いなことか/お前がわたしたちにした仕打ちを/お前に仕返す者/お前の幼子を捕えて岩にたたきつける者は。」

広島・長崎の被爆者運動の中から、占領が終わった後になっても、日本も核武装して米国に仇討ちしようという声が公然と出てくることがなかったのは、まことに賢明なことだった。その道徳性というか志の高さが、たとえば広島の原爆死没者慰霊碑に「過ちは繰返しませぬ」と書いたことにつながると、私は思う。むろん、この表現が激しい論争を引き起こして今なお止まないのはよく承知しているけれども。

エラスムスは1516年にギリシア語原典から『新約聖書』をあらたに翻訳したとき、序文に次のように書いた。木ノ脇悦郎氏訳による。「私にとって、本当の神学者というのは、次にあげるような人の事なのです。……キリスト者というものはこの世の助けに信頼するのではなく、全く天に依存すべきであり、不正に対して仕返しをせず、悪を願う者にも善を願い、悪をなす者にも善をもって尽すべきだと教える者の事ですし、又すべての善なる者は、同じ身体の肢体として平等に愛され、護られるべきであり、悪い者がもし正されないとしても、寛容に扱われるべきであると教える人の事なのです。」いまは「天」を「国際法」に読み替えるべきだろうか。

アジア太平洋戦争が終わって66年目の夏だ。戦争による悪が正されるまでには膨大な時間が流れる。世代は移り復仇の念は止むことがない。許す、しかし忘れない、と言える、言ってもらえるようになるまで、まだたくさんの対話が必要なのだろう。
(2011年8月16日)

« 7.29 ヴァインさんの話を聞く会 記録② | トップページ | 読む・読もう・読めば 108 »

大内要三 コラム「読む・読もう・読めば」」カテゴリの記事

コメント

サッカー女子ワールドカップ決勝戦は日米決戦だった。そのときわれらが都知事は「今度こそ勝ってほしい」とのたまった。とんでもない発言だがマスコミは面白おかしく取り上げただけ。

戦中派の先輩の話を紹介しておく。曰く、8月15日は「終戦記念日」でいい。というのも、あの頃は勝とうが負けようが何でもいいから「終わって」ほしかった。まぎれもない敗戦だから「敗戦記念日」が正しいが、そう言えば「もう一度戦争をやって今度は勝ちたい」などというおかしな連中がでてくる。だから「終戦」でいいというのである。

なるほどと思う。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 読む・読もう・読めば 107:

« 7.29 ヴァインさんの話を聞く会 記録② | トップページ | 読む・読もう・読めば 108 »

無料ブログはココログ