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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2012年3月

2012/03/30

読む・読もう・読めば 115

電子書籍

この4月2日、日本の大手出版社20社と産業革新機構、大日本印刷、凸版印刷は「株式会社出版デジタル機構(サービス名称:パブリッジ)」を設立する。産業革新機構は国営投資ファンドだから、国策として、ということになる。賛同出版社は274社に達した。100万点の電子書籍化を進めるというが、まだフォーマットポリシーも決まっていない。それでもやや拙速に出版デジタル機構が発足するのは、Googleなどの外国勢から日本の出版市場および著作権を守ろうということからだろう。いずれにしても今後、日本では怒濤の勢いで電子書籍が普及していき、書籍の制作・流通・保存の形態が大きく変わっていくことは避けられない。すでに活字本になっているものの電子書籍化も進むが、もっぱら電子書籍としてのみ発売されるものも増える。

消費者にとっては、同じ内容の活字新刊本、古書、電子本を、同じサイトから比較しながら利用方法に合わせて購入することができるようになるだろう。書店や図書館に行かなくても、家庭でも出先でもいつでも必要な書籍がダウンロードできるわけだ。画面で読む場合、単語にカーソルを合わせて辞書を引くことは今でも容易にできるが、電子本だと、多義語では「ここでは」どの意味かを示すようにすることもできるだろう。読み上げ機能が発達すればカーソルを合わせて音声を聞けるので、ルビ(ふりがな)もいらなくなる。障害者用の点字本や拡大字本も不要になるのか。

むろん「紙の」本や雑誌が消えることは当分は考えられないが、電子書籍化の波に乗り遅れた出版社、印刷所、製本所、取次、書店等の未来は暗い。だいたい出版デジタル機構で2大印刷会社が大きな顔をしているのは、書籍のデジタルデータを出版社でなく印刷所が保管しているからだ。出版社は単なるコンテンツ提供者になるのか。半世紀に満たない間に鉛活字から電算写植へ、DTPへと何度も頭を切り換えさせられてきた私ども編集者としては、私どもの仕事を支えてきてくださった書籍デザイナー、校閲者、そして印刷所の職人さんたちなどの処遇がいちばん気になる。町の文化センターとしての本屋さんは、すでに骨董品になってしまったし。  (2012年3月29日)

2012/03/16

読む・読もう・読めば 114

本屋さんの3.11


東日本大震災+福島原発事故から1年が過ぎた。いまだ生活再建の見込みが立たない被害者の方々のことを考える。私がそのような立場に置かれたらどうだろう。むろん、仕事をしたい、家に帰りたい、とは思うだろうが、まず当面は、無為に時間を消費せずに本を読みたい、という飢餓状態に苛まれると思う。書店にも図書館にもなかなか行けないのは辛い。日本書籍出版協会・日本雑誌協会・日本出版クラブの3者は大震災出版復興基金を立ち上げ、「被災3県の小学生や『震災孤児・遺児』への図書カードプレゼント、再開校される学校への図書支援など」の活動を行ってきたが、この1月末で222,560,117円の資金が集まったという。凋落著しい出版業界だが、これだけの底力はあるのだ。

3.11以後、東北の本屋さんたちはどうしたのだろうか。あまり業界外の人の眼には触れないだろうが、「人文会」という、いわゆる人文書を出版している20の出版社からなる団体の機関誌『人文会ニュース』111号に、紀伊國屋書店仙台店店長の後藤崇さんが「東日本大震災からの復帰とその道のり」という文章を書いている。

地震の「数分後には落下書籍で一面埋め尽くされ、通路の無くなった店内は停電で非常灯のみの暗闇に近い状態」になった。「四月に入るまで建物が耐震審査をパスできず、本格的な復旧作業開始は四月一三日まで待たされ」た。店舗の復旧作業はまず破損した書棚を修理しなければならないが、什器製作業者を入れた作業は「市内のホテルが一杯で予約が取れず延期」となり、さらに4月8日の震度6の余震で「店内の商品は再び崩れて通路を埋め」た。問題は、「書籍の新刊予約分と雑誌の定期購読分の確保」だ。「特に週刊誌の分冊ものは欠品すればコレクション自体が意味をなくしてしまいかねない」。幸いに紀伊國屋は全国チェーン店だから、「本部と新宿本店仕入部に依頼して」100%手当てすることができた。営業再開は4月28日。

全国チェーンの大規模書店でこうなのだから、街の本屋さんの再建は大変だろう。しかし後藤さんはレポートの末尾に、「従来動きの重かったハードカバーの人文書の巻数物などが営業再開と共に売れ始めた」とも書いている。結局、他人の不幸への便乗・同情本よりも、より深いところから世の中を読み直す本のほうが強いのだと思う。
(2012年3月16日)

2012/03/07

3月23日学習会 原発を廃炉に!九州原発差止め訴訟

平和に生きる権利の確立をめざす懇談会」3月学習会

原発を廃炉に!九州原発差止め訴訟

「フクシマを繰り返すな!九州発――この国から原発をなくそう!」

1月31日に1704名の原告が佐賀県東松原郡玄海町にある玄海原発の差止めを求めて佐賀地方裁判所に提訴しました。続いて,3月末には,鹿児島県薩摩川内市久見崎町にある川内原発の差止めを求めて提訴が行われます。

福島原発事故の以前から,全国各地で原発差し止め訴訟が繰り返されてきました。九州原発差止め訴訟は,これまでの原発訴訟をどこが違うのでしょうか。

それは,個々の原発の差止めを目的とするのではなく,九州電力のみならず国を被告として,国の原子力政策の転換を求める訴訟なのです。

九州では,水俣訴訟から有明海訴訟まで多くの公害,環境事件において,単に被害の救済のみならず,国の政策を変えてきた実績があります。

原告数を1万人,1万5000人,2万人と増やし,さらに全国の原発においても原発をなくす運動と一体となった訴訟を起こしていってほしいとの思いをこめて「九州発」と提唱しています。

3月23日の講演会は,「原発をなくそう!九州玄海訴訟弁護団」の中核を担う佐賀県から若手の弁護士が講演します。

九州以外の方も原告になれます。また,その他の地域でもどうやって国の原子力政策を転換させて原発をなくすことができるか,皆さんで討論しましょう。


日  時  平成24年3月23日 午後6時~午後8時

場  所  たんぽぽ舎  〒101-0061 東京都千代田区三崎町2-6-2ダイナミックビル5F
       http://www.tanpoposya.net/main/index.php?id=336  TEL: 03-3238-9035

講  師  原発をなくそう!九州玄海訴訟弁護団  稲村蓉子弁護士

お問合せ 杉山 隆保 Email:nora@cityfujisawa.ne.jp   

主催    平和に生きる権利の確立をめざす懇談会
http://heikenkon.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/323-c182.html

2012/03/02

読む・読もう・読めば 113

あたご事件控訴審傍聴記1

イージス艦「あたご」の2自衛官を無罪とし、衝突の原因は漁船「清徳丸」が直前に右転したことにあると判定した昨年5月11日の横浜地裁不当判決から9か月余。東京高裁で2月23日、控訴審の初公判が行われた。平成23年(う)第1545号、第12刑事部に係属。井上弘通(裁判長)、山田敏彦・佐々木直人の3裁判官の合議。海難審判や地裁公判では傍聴券の抽選が行われたが、今回はそれもない。それだけ世間の関心は薄れてしまったということだ。しかし私たちは、軍艦が民間船を追い散らすような、軍事優先の海を許したくない。いつまでもあたご事件を追及し続ける。

広い第102号法廷の傍聴席は報道陣や関係者を含めても30人余で、空席が目立った。自衛隊側からは舩渡健前艦長など、被害者側からは遺族関係者3名が傍聴席に並んだ。13時30分開廷。後瀉桂太郎(元航海長)・長岩友久(前水雷長)の両被告への人定質問。2人は判決確定を待たずにすでに自衛隊に復職している。

続いて控訴趣意書提出。検察側は吉田幸久検事ひとりだけ(吉田幸久検事)で、要旨を読み上げることもしない。控訴趣意書は公表されないから、傍聴人にはまったく話の筋が見えない。報道が、たとえば日経新聞が「検察側は『一審判決が独自に認定した清徳丸の航跡は、不自然な方向転換をしなければたどりえない極めて不合理なものだ』と強調。あらためてあたごに回避義務があったと主張した」と書き、あるいは神奈川新聞が「検察側は『原判決は明らかな事実誤認がある』と、一審判決の破棄を求めた」と書いているのは、渡された報道資料をもとに書いているのであって、公判では検事は何も語っていない。

続いて被告弁護人(地裁と同じ峰主任弁護士など5人組)が激しい調子で答弁書要旨を読み上げた。控訴趣意書は原判決の不合理を具体的に示していない。検察の清徳丸航跡の特定法は、誘導尋問によるものだ。証拠の取捨選択が恣意的だ。検察は必要な捜査を怠り虚偽の主張を重ねている。棄却を求める。

検察側は新たに5人の証人調べを申請、被告側の全不同意で、打合せのためいったん休廷。14時45分再開。結局、3人の証人調べが採用された。私たち平権懇主催の2回のあたご事件集会に参加・報告してくださった、日本海事補佐人会会長の田川俊一弁護士は、検察側が証人申請をしたにもかかわらず留保となった。採用された証人に対しても、検察側の主尋問が各30分要求であるのに対して、弁護側の反対尋問は各120分。嫌がらせに近い。次回以降、3回の公判が予定されている。4月3日、5月15日、5月30日、いずれも13時30分から。

地裁では公判前整理により、あたごの見張りの不備と、清徳丸の航跡に争点が絞られた。事故当時仮眠中だった艦長も、証拠隠しの疑いのある海上自衛隊幹部も責任を問われなかった。あたごが事故直前まで清徳丸の存在に気づかず、海上衝突予防法に定める避航船(衝突を避けるため進路を変える義務のある船)であるにも関わらず進路を変えなかったことは明らかであるのに、その責任は問われなかった。だいたい、大事な若い跡取りを乗せた漁船が、わざわざ軍艦に体当たりするように進路を変えることなどあり得るだろうか。事故直前の清徳丸の航跡には決定的な証拠が何もないのだから、大状況、すなわちあたごが避航船であることを重視した、常識的な判決が下されるべきだったと思われる。今回、井上裁判長はどのように裁くのか、引き続き注目したい。   (2012年3月1日)

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