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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2012/04/18

3月23日平権懇学習会の記録 1

原発を廃炉に! 九州原発差止め訴訟
報告1 稲村蓉子さん


司会・中杉 本日はお集まりいただきまして、ありがとうございます。本日は「原発を廃炉に! 九州原発差止め訴訟」「フクシマを繰り返すな! 九州発――この国から原発をなくそう!」と銘打って、今年の1月31日に1704名の原告で起しました玄海原発差止め訴訟について、弁護団の稲村蓉子先生にお話をいただきます。ちょっと遅れて事務局長の長戸和光先生も駆けつけていただくことになっております。では、よろしくお願いします。

稲村 みなさん今晩は。弁護士の稲村と申します。佐賀で弁護士をしています。私はまだ弁護士は2年目で、未熟な者ですけれども、九州玄海訴訟に関しては始まりの時から関わっていますので、どういうふうにこの裁判を進めていこうと弁護団が考えたか、どういう経緯で原告を集めてきたか、そういうお話ができると思います。
 さっそく現在に至るまでの経緯を簡単に説明しようと思うんですけれども、やはりきっかけは去年の3.11福島第一原発事故でした。九州では先行する原発訴訟が2つありました。ひとつが「玄海原発3号機を差止めるプルサーマル裁判の会」が起こした訴訟です。もうひとつが川内原発に関して温排水訴訟というのがありました。川内訴訟のほうはほとんど当事者訴訟だったと聞いています。プルサーマル裁判のほうは、大阪の冠木克彦弁護士が関わっておられまして、九州の弁護士は誰も関わってきませんでした。九州の弁護士に話が回ってきたこともあったようですが、弁護士のほうで原発の専門的・技術的な事柄に充分に対応できないと、断ってきた経緯がありました。ですが3.11を受けて、このままではいけない、やはり原発はなくさなくてはいけない、人類と原発は共存できないという考えを持ちまして、九州の弁護士が最初は数人で集まって、裁判をやろうじゃないかという話になりました。
 去年の夏ごろから話が始まりまして、9月4日に訴訟準備会を行いました。そのときに、どういう信念をもって裁判を起こしていくかと考えたときに、玄海原発だけ差し止めることでいいのか、という話になりました。玄海だから駄目だとか、新しい原発ならいいとか悪いとか、そういう話ではもう小さすぎるのではないか。やはり目標は全国から原発をなくすことではないかということで話がまとまりました。また被告は誰にするかということですが、今までの裁判では行政訴訟では国が相手になったこともありますが、原発の差止めを求める裁判では国が被告になってはきませんでした。しかし、それでは国策民営でやってきた原発政策を問うことができない、国の責任を問うことができないということで、国をも被告にしようということで、弁護団会議で話がまとまりました。
 それから、どうしてこれまでの裁判では20回以上も負け続けてきたのか、という話になりまして、それは今まで先駆的にやってこられた方たちの努力が足りないとか知識が足りないとかいうことでは絶対にない、やはりそれは運動の力が弱かったのではなかろうかという話になりました。もちろん、私たちは先駆的にやってこられた方たちはすごいなと思いますし、その後を追いたいと思っているわけですけれども、今までやってこられた方たちは多くて100人単位だったんじゃなかろうかと。100人単位の方たちが原発を止めるべきだ、なくしたいと、どんなに声高に叫んでも、しょせんは少ない人たち、変わった方たちがやっていることだと、世間からも裁判官からも思われてしまったんじゃないか。私たちはその壁を突破しようということになりました。3.11が起きた今ならばみんな原発に対して客観的に、安全神話に惑わされないで見られるんじゃないか。その力を後押しにして原告を最低1000人集めて提訴したら大きな力になるんじゃないかという話になりました。必ず原告1000名を集めて大きな裁判にしようということになりまして、ここから裁判の準備が始まりました。
 10月23日には「原発なくそう! 九州原発訴訟」の第1回市民集会を佐賀で行いました。準備期間がとても短かったですし、じつは400人の会場を準備して、果たして何人埋まるかと心配していたんですけれども、結果的には300人の方が集まってくださいました。ここで福島で「子供を放射線から守るネットワーク」代表である中出聖一さんという方と、福島から佐賀に避難して来られた木村雄一さんをお呼びして、お話をうかがいました。
印象に残っているのは、まず木村さんですが、この方は福島に仕事もあり、3月には生後2ヶ月のお子さんがいらして、家族で幸せに生活しておられた。ところが福島事故が起こったために、逃げようかどうしようかと迷われたそうです。それを親戚に話すと、「お前は福島を捨てるのか」と責められた。福島から避難するとなると仕事も捨てないといけない、親戚と離れなければならない、友人との関係も断ち切られてしまう。それでも木村さんはお子さんの健康のこと、それから奥様の健康のことを考えて、佐賀県の鳥栖に避難することを選ばれたそうです。親戚の方から背中から罵声をあびせられて、本当に辛かった、それでも避難してきて良かったとおっしゃっていました。涙ながらのお話になりまして、そのときに放射能の健康被害のことももちろんですが、地域のつながりを絶つというのはこういうことなんだなと、私は実感しました。
 また中出さんがお話ししてくださったことですが、福島で放射線の説明会があって、たとえばこの地域は線量が高いですよという話をすると、会場から悲鳴が上がる、あるいは怒声がとびかう。そして話ができない雰囲気になっていく。そういう雰囲気が今の福島にはあります、とおっしゃっていました。情報を隠そうとする、住民が無意識のうちに知らないでいようとしてしまう、そういうものを作ってしまうのもまた原発の恐ろしさだと感じました。
 11月13日には「さよなら原発! 福岡1万人集会」がありまして、1万6000人が集まりました。ここで九州玄海訴訟のブースを出して、原告募集を行いました。このころは実は原告がなかなか伸び悩んでいた段階で、果たしてこのままで1000人も集まるだろうかと心配していたんですけれども、12月28日の段階で1013名になりました。だんだん運動が浸透してきまして、12月に入ってからは一気に200人、300人と増えていきました。
 私たちは大きな原告団を作ろうと活動していましたので、各地域で原発をなくす団体を作りたいと考えていました。それでまず佐賀で作ったんですけれども、熊本でもそれまでの反原発運動の団体の方に集まっていただいて、連携を取っていただくようにしたとか、あるいは長崎でも「原発ゼロ長崎の会」を結成してもらって、そこでいろんな団体が集まって反原発の取り組みをする、というような会を各地で作っていただきました。
 そして、いよいよ1月30日の提訴前夜集会になるわけです。提訴前夜集会はほとんど広報ができていなかったので、集まるのだろうかと心配していたのですけれども、結局、300人を超える来場者がありました。この集会では、裁判というとどうしても固いイメージがあるということで、柔らかい構成にしようと思いました。今まで裁判を自分が起こすとは思いも寄らなかった人たちにも思いを伝えるものにしようということで、詩の朗読や福島の映像のスライドショー、それから歌を歌ったり、などのプログラムを取り入れました。福島の映像は、鳥栖で牧師をされている方が福島に何回も支援に行っておりまして、そのときの映像を持ってきてもらいました。映像の中で印象的だったのは、福島の小学生の男の子が、「こういうふうにしたのは一体誰なんですか、大人たちのせいでどうして子供が苦しまなければいけないのか」と問いかけたことでした。
 それからこの前夜集会では、これまで各地で公害や環境や平和の問題で闘ってこられた各訴訟団、原告の方たち、運動団体の方たちにも来ていただきました。壇上を一杯にして、みんなで連携して闘っていきましょうと、挨拶をしていただきました。
 公害の問題は、水俣の問題にせよ、塵肺の問題にせよ、いま九州では有明訴訟もありますが、諫早湾干拓の問題にせよ、結局、構造は全部一緒じゃないかというのが、私たち訴訟団の考え方です。国と企業がグルになって、というのは言い方が悪いですけど、一体となって、お金儲けのために立場の弱い人たちに痛みを押しつけているんじゃないか。福島ではお金が地元に落ちているから痛みを押しつけているのではない、という方がもしかしたらおられるかも知れないけれども、結局、立場が弱いところ、立場が弱い地域に原発が作られてきたという事実は、弱いところに原発というやっかいなものを押しつけたとも言えるわけで、その構造は公害と一緒だと思っています。
 1月31日に提訴の運びとなりました。提訴では結局、1704人の原告が集まりました。12月末の段階で1013名だったのが、1月31日には1704名と、劇的に伸びました。1704名という数字はものすごく大きな意味があると思っています。それは数の力はもちろんですけど、原告になるからには原告の費用としてお金をいただいているんです。なので、ただ署名をするだけとは全然、心の持ち方が違う。それも地元では非常に大きな企業である九州電力を相手取っていますから、当然大きな決断がいる。そうであるにもかかわらず1704名もの方々が、わずか3ヶ月余りの間に原告になってくださったというのは、それだけみんなが原発を望まない、原発が動くことを望まないということだと思っています。
 この1704名の内訳ですけれども、九州全県からはもちろん沖縄の方も入っていますし、関東、関西の方も入っておられます。20以上の都道府県の方がこの1704名の中に含まれています。
 その後の動きですけども、2月23日には九電本社に対して公開質問状を提出しました。とても簡単な質問です。「福島原発事故があって、原発に対する市民の信頼は揺らいでいます、市民に対してきちんとした説明会を行う予定はありますか、説明会をしようと思いませんか」という質問です。しかし今のところ九電は、書面での回答は控えさせてほしいと言っています。
 それから3月12日に第二陣を提訴しました。これは1370名の原告が集まりました。いま第1回公判の期日を調整中なんですけれども、私たちは今後も第三陣、第四陣と原告を募っていくつもりです。最終的には1万人原告を目指したいと考えています。
 どうして1万人も集めなければいけないのか、ひとりでも起こせる裁判を1万人集めなければいけないのかというと、それは大きな大きな原告団を作って、それを世論の力にしたいと考えているからです。裁判を起こすときにマスコミが一番に注目するのは原告の数です。当然、国や九州電力に対しても、これだけ多くの人がもう原発はいらないと望んでいるという大きなメッセージになるので、私たちは1万人原告を集めます。そして裁判で得た情報を運動のほうに還元し、運動をさらに強めていってほしいですし、運動が強くなればなるほど、裁判のほうもその力をもらって、さらに国や九州電力を追い詰めていくことができると、私たちは考えています。
 私たちが作ったブックレットがあります(『原発を廃炉に! 九州原発差止め訴訟』2012年2月、花伝社刊、800円+税)。もう読んでおられる方はお分かりと思いますが、これまでの裁判の訴状と違うな、という点があるんです。何かというと、原子炉の危険性といったことには一切触れていません。裁判の要件事実ですね、相手に請求をするときに必ず書かないといけないことの中に危険性が入ると思うんですけれども、その危険性をどうして詳しく書いていないのかということです。私たちは玄海原発の1号機が老朽化しているから危険だとか、あるいはMOX燃料を使っているから危険だとか、そういうことを言いたいんじゃないからです。私たちは専門的・技術的なことで原発が悪いと言いたいんじゃない。それで各原子炉の危険性には、あえて詳細には立ち入りませんでした。私たちの基本的な考え方としては、原発は存在そのものが危険なんだ、存在そのものがもう人類とは共存できない、という考え方です。
その代わり訴状の中でいちばん厚く書いたのは何かというと、福島の被害のことです。それをいちばん最初に持ってきました。それはまず3.11の事故をきっかけに私たちが福島の事故の甚大さに気がついて裁判を起こそうと決意したからでもあり、またいま被害が小さく小さく見積もられようとしているという現実があるので、その被害をきちんと捉えたいという気持ちがあったからです。これまでいろんな公害事件があったと思うんですけど、とにかく国が被害を隠そうとする、企業が被害を小さく見せかけようとする。そういうことがあります。おそらく福島でも同じことが起こっていくだろうと思います。いまいろんな報道がされていますけれども、結局誰も被害の正確な実態を把握できていないんじゃなかろうかと思います。私たち弁護団としては、裁判では福島の被害の実態を書面に残したり、映像に残したりして、きちんと捉えていきたいと考えています。被害をきちんと捉えることで、原発の恐ろしさや危険性を裁判所に伝えることができるだろうと思っています。今後、福島の避難者の方たちから聞き取り調査などを実施して、福島の避難者の生の声を裁判所に届けたいと思っています。
 これまでの原発訴訟では、まず原告のほうが原子炉の危険性を具体的に主張・立証して、すると被告のほうで安全性を主張・立証すると。被告の主張・立証が成功すれば原子炉の運転差止めは認められない。結局のところ原告のほうに立証責任があるんですけども、私たちはこれはひっくり返されるべきだと考えています。何故かというと、3.11事故で原子炉の持つ危険性はもう明らかになった以上は、被告の九州電力のほうが絶対に万が一にも事故は起こらないということを立証しない限り、原発は差止められなければいけないと考えています。被害論というのは、この主張・立証責任を転換させるという意味でも、大きな意味を持つと考えています。
 原告団・弁護団組織の体制なんですけども、原告団長は長谷川照先生にお願いしました。長谷川先生は元佐賀大学の学長です。弁護団はいま147名おりますけれども、これからもどんどん増えていく予定です。東京の弁護士もいらっしゃいます。代表は3名で、熊本の板井優弁護士、それから福岡の池永満弁護士、佐賀の河西龍太郎弁護士です。それから幹事長、副幹事長、事務局長などがおりまして、今日は事務局長の長戸和光先生も見えています。
 この訴訟が何をめざすかと言いますと、原発をなくすということだけで一致していきたいと考えていまして、思想信条だとか政党だとかは一切問わない。政党関係は実際に調査をしないので分からないんですけれども、宗教家の方たちがかなり多く入ってきてくださっています。やはり宗教家の方たちは命のことを考えておられるんだなあと考えるんですけど、キリスト教の方もいらっしゃいますし、仏教徒の方もいらっしゃいますし、みんな原発をなくすためにがんばりますというふうにおっしゃってくれています。
 私たちがこの運動をどうやって広げていこうかとしているか。まずいろんな団体に話をもちかけて、私たち弁護団は全国から原発をなくすことを目標にこの裁判を起こしました、ぜひあなたも原告のひとりになって力を貸してください、一緒に頑張りましょうと、原告を増やしてきました。それから地元で10人、20人単位で勉強会をするときは足を運んで、原発の危険性などの話をみんなで座談会のような形でして、原告を増やしてきました。いまは原告団運営委員会というのを各地で作っている途中です。佐賀にはもうあるんですけども、あとは福岡、北九州、熊本、長崎、大分に作っていっている途中です。
リーフレットも作りました。リーフレットの真ん中の頁に子供たちの行進しているイラストがあります。それは私たちのシンボルマークとして使っています。いま福岡で活躍されていますイラストレーターのいのうえしんぢさんに描いていただきました。左から右に向かって子供たちが行進しているイラストですけれども、左のドアには放射線のマークがついています。右のドアには再生可能エネルギーをめざすということで、双葉のマークがついています。左のドアから出る子供の表情は暗いんですけども、右に向かうにつれてだんだん表情が明るくなっていく、そういうデザインになっています。私たちは持続可能な社会、子供に負担をかけない社会をめざすべきだと思っていますので、このデザインをどこでも使って、原告になってくださいと呼びかけをしています。
まだまだ原告募集中なんですけども、これから第三陣提訴を5月末に予定しています、どうして5月末にしているかというと、先ほどもありましたように、川内原発訴訟をそのころに提起しようと考えています。私たちは玄海訴訟と川内粗放は兄弟訴訟だというふうに考えています。弁護団も重複していますし、九州という地区のまとまりもあります。
私たちは九州でひとつのモデルケースを作りたいと考えています。今まで原発裁判というのは各地で起こされてきたんですけれども、それが連携するということがあまりなかったのではないか。弁護士同士では連携していたのかもしれないけれども、原告レベルでは連携していなかったのではないか。また運動のレベルでも、おそらく強い連携というものはなかったのではないかと考えています。私たちはそれを九州で作り上げたい、ネットワークを作っていきたいと考えています。そして九州でネットワークを作ることができれば、それを全国で広げることができようと思っています。九州というのは、ある程度まとまりやすい地区でもありますし、きっとそれはできると私は思います。
これは私の個人的な考えですが、この裁判は夢のある裁判にしたいと思っています。よく原告になった人たちから、あるいは座談会で、原発をなくした後、玄海町をどうするつもりなんですかと言われます。つまり原発立地地域の玄海町では原発がなくなったら産業はなくなるじゃないかと。私たちは裁判で原発をなくせと言うからには、原発がなくなった後のことも考えていかなければいけないと思っています。そのためには、それは裁判で言うかどうかは別としても、玄海町にはこういう地域を活性化する方法がありますよと、たとえばみんながエコツァーでそこに行くとか、佐賀牛という特産品もありますので、そういうものを玄海町でアピールする、そうやって町を盛り上げていくこともできるんですよと、そういう話をしていきたいと思います。
この裁判は、全国どこの方でも原告になれます。玄海原発というのは日本のいちばん西側に位置していますので、もしここで事故が起こったら、偏西風に乗って日本全国が汚染されることになるわけですね。その意味では、東京の方も被害を被る恐れがある。恐れというか、間違いなく被害が起きます。ですので、ぜひここにいる皆さんにも原告になっていただければと思いますし、この場にいる弁護士の方は一緒に弁護団に加わっていただければと思います。

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