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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2012年4月

2012/04/30

読む・読もう・読めば 117

5つの改憲案


憲法記念日を前に、各党派から憲法改正案が発表された。自民党の「日本国憲法改正草案」(4月27日発表)は2009年の同党改憲案を引き継ぐもので、完成度は高いがおそらく前回と同じく中曾根康弘さんが嘆くであろうように格調は高くない。起草委員長は中谷元さん。立ち上がれ日本の「自主憲法大綱『案』(4月25日発表)は、天皇を元首とする、国歌・国旗を明記する、自衛軍(自民党案では国防軍)を保持する、国家非常事態条項を新設する、地方は道州制をとる、などは自民党と同じだ。みんなの党は4月27日に渡辺喜美代表の記者会見で「党としての憲法改正に対する考え」を語ったというのだが、その全文は同党ホームページにも掲載されていない。国会を一院制にするところは自民・たち日とは異なる。そして4月27日にはまた民主・自民・みんな等の超党派議員10名による一院制議連が、憲法42条を改正して国会を一院制にする憲法改正案を国会に提出した。

いまぞろぞろと改憲案が出て来たのは、国会の憲法審査会での実質審議を開始させることを目的としたものであって、各党派間ですりあわせをしなければならないから大綱にとどめている、ということか。肝心の民主党は党内とりまとめさえ至難の業だから、当分は憲法改正に手を付けることはできない。そのあたりの事情が良く分かっているマスコミは、改憲案がぞろぞろ出てもその内容を詳しく報道することはしなかった。ただ重要なことは、ほとんどの問題で保守諸党が一致団結できるということであり、また3月10日に発表された大阪維新の会の次期総選挙公約「維新八策」のたたき台なるものに通じるところが多いということだ。

橋下徹代表が「あくまで維新政治塾の『レジュメ』」だと言っているものが、「維新八策のたたき台の概要」として報道されている。1. 統治機構の作り直し 2. 財政・行政改革 3. 公務員制度改革 4. 教育改革 5. 社会保障改革 6. 経済・雇用・税制 7. 外交・防衛 8. 憲法改正。大阪都構想から始まった橋下旋風だから1がまず優先されるのだろうし、6で脱原発を掲げるのも新鮮だが、基本は小泉政権の新自由主義改革を踏襲するように見える。「生まれてから死亡するまでに稼いだお金を使い切る」などという表現が曲者だ。7では憲法9条国民投票と日米同盟基軸を掲げ、8では憲法改正条件を国会の過半数に緩和する。週刊現代報道によれば、筆者は大阪府議会の浅田均議長だという。京大・スタンフォード大院卒、NHK、OECD勤務を経て府議会議員という切れ者だ。

次回総選挙の結果によっては維新を軸に改憲へのおおきなうねりが生ずる。小沢一郎さんの動きはまだ見えない。『一個人』6月号特集「日本国憲法入門」も好企画だが、日本国憲法の平和条項を守り育てることを主眼とする私たちの運動も、「9条守れ」の理念的な運動にとどまらず、政策や将来展望とからめた厳密な憲法論議ができるよう準備しなければならない。というところでコマーシャル。「日本国憲法の平和主義に関する政府見解の論理の変遷を国会答弁を中心に分析し、9条改憲策動への厳密な対応を考察する論文集」を私の事務所「編集工房【要】」の発行、日本評論社発売で4月下旬に刊行した。著者は明治大学の浦田一郎教授、書名は『自衛力論の論理と歴史――憲法解釈と憲法改正のあいだ』、定価5000円+税。高価な専門書で部数も限られているが、ぜひ図書館に入れていただくよう、ご協力ください。  (2012年4月30日)

2012/04/18

3月23日平権懇学習会の記録 3

原発を廃炉に! 九州原発差止め訴訟
質疑討論


A 確認ですけど、普通は訴訟って、問題を感じている市民がいて、弁護士事務所に行って、こういうことをしたいんだけど、それで始まるのが一般的だと思うんですけど、この訴訟は福島の事故をきっかけにして弁護士の先生たちが、これは何とかしなきゃいけない、それを市民も巻き込んで大きな運動にしていきたいということで始めた、ということでよろしいんですか。
長戸 運動は別にありましたけれども、裁判自体は弁護士が思いついて、だんだんと広げました。
A こういう形って、今までけっこうあったんですか。
稲村 今までにはそんなにないと思います。
A そういう意味じゃ、先生たちの熱い思いのこもった運動ですね。
B 運動だよな。
長戸 そうなんです、これは完全に運動の一環なんですよ。
B 原告の数が1万というのは、僕の感じだと、全国で集めるんだったら1万なんて感じではないと思うんですよ。現実に1000万人署名をやっているでしょう。イラク訴訟でも5000を超えていますね。
長戸 確かにそうだと思います。基本的に九州を中心に集めているんで。
稲村 いま原告団長は、1万人原告なんて言わずに10万人を目指そうじゃないかと言っています。それは決して夢物語ではなくて、現実的にたったの4、5ヶ月で3000人集まったということから、この裁判がもっともっといろんな人に知られれば、もっともっと原告が集まるんじゃないかということです。
 問題は法廷の位置ですよね。
長戸 玄海原発がある所の法廷(佐賀地方裁判所)になっています。
A 始めた当初、たとえば昨年末ですとか今年の1月末だと、まだ1000人ちょっとで、不安もあったわけですよね。それが具体的に増え始めてきたというのは、どういったところが要因だったのでしょうか。ひとつは、先ほど原告の費用を大幅に下げたということを言われましたけど、それ以上にもっと根本的なところで何か、いろんな人の思いがあったと思うんです。
稲村 やっぱりみんな潜在的に、原発止めたいと思っている方が多いということだと思います。第一陣提訴で1704名という数をマスコミに発表したときに、「それは弁護士が入って1704名なのですか」とか、「弁護士関係の団体が入っているんじゃないですか」という質問も受けたんですけども、決してそんなことはありません。本当に一般の方が多いです。普通に事務所に来られる一般の依頼者の方にですね、「ところでこういう裁判もあるんですけれども、ちょっと入ってみようとは思いませんか」、という声かけをしてみると、意外にみなさん、あ、それ私やります、というふうに、すっと入ってくださるんですよ。5000円という原告登録費用は、たぶん一般の方、普通の方からすると高いと思うんですけども、それでもみなさん入ってくださるわけです。たとえば保育園に持っていって、お母さんたちに、「こういう裁判があるからなってください」と言うと、みなさんが「入ります」と、すぐなってくださる。という意味で、潜在的にもうみんな原発を止めたいんだけど、具体的にどうしたらいいか分からない、だけど裁判だったらもしかしたら止められるかもしれない、という期待を持ってくださっているんだと思います。
長戸 集会でも、あまり動員しなくても人が集まって来る。おそらく市民のみなさんの意識がだいぶ変わっているというのが事実だろうと。
 原告団に入るときに5000円もらって、あとは団費とか会費とかはないんですか。
稲村 原告の人が払うのは5000円ぽっきりです。ただそれだと財政的に成り立たないので、原告でも原告でない人でも入れる「支える会」を作りまして、年会費数千円から1万円いただいて財政的基盤にしようとしています。
長戸 5000円は印紙代でほぼなくなります。原告を増やさないとひとりあたりの印紙代が下がらない。
B 福島の被害を前面に出しているでしょう。僕の認識では福島の被害は止まっていないという認識なんで、その点はどうですか。また被害という場合に、放射性物質による被害なのか、メンタルな面も含めての全体的な総括的な被害なのか。被害は外国にも及んでいますね。海はもう全然ダメ、垂れ流しですよね。作業員が着ている服を洗った水はそのまま垂れ流しですから。そういう全体的な被害はものすごい被害だと思うけれども、それをどういうふうに主張しようとしているのか。
稲村 いろんな被害あるというふうに私たちは考えていて、経済的な被害はもちろんだし、健康被害もそうだし、精神的な被害もそうだと考えています。地域のつながりが失われたというところは、とくに私たちは強調したいと考えていますし、これはもちろん主張・立証します。それから海の汚染のことについても、訴状では少し触れていますし、被害班という準備書面検討班ができているので、そこでこれから深めていくと思っています。
長戸 たしかに被害はまだ全然終わっていないんです。おそらく現時点ではここまでという主張が出てくると思います。
D 北海道の年配の男性の方が福島原発の差止め訴訟を起こしたときは、号機ごとだったんですね。今回は玄海原発のすべてということですが、全国に及ぶということになると、号機ごとでもなく原発ごとでもないのではないかという気がするんですけど。
稲村 それも確かに弁護団で議論になったんですけども、玄海原発も川内原発もまとめていいんじゃないかということですよね。
D 両方いくのも、競合するのかとも思ったんですが。
長戸 玄海のほうが先に動いて先に人が集まった。もともとプルサーマルの組織があったんですね。それ以外にも裁判を支える組織もいっぱいありまして、集まれる体制もあったんですけど、川内はあまりそういう体制ができていなかったんです。玄海が動いてから動き出したようなところがある。
D 1万人というのは、あくまでも玄海訴訟の原告ですね。
稲村 はい。
E 本気で私はこの玄海原発を止めたいですね。というのは、私は出身は佐世保なもんですから。松浦に近いところなので、原発から35キロぐらいですか。私はこっち(東京)に住んでいますけど、母親は向こうに住んでいますし、甥も姪もいて、事故があればたぶん直撃を受ける。本気で止めたいんです。何かの被害があってそれ対する裁判をやるのは聞いたことがあるんですけど、まだ実害がほとんどない時点で裁判をやって、端的に言って勝てるもんなんですかね。勝ちたいですけども。本気で。もし勝てなかったら、原子力村と言われている人たちに言質を与えることになる、勢いづかせることになるんじゃないか。もうひとつは、1万人も集まったのに変わらなかったとすると、やる気が落ちてしまうんじゃないか、マイナスになるんじゃないかという気もするんですよ。勝てる見込みはあるんでしょうか。
長戸 僕らが「勝てない」とは、口が裂けても言えません。勝ち負けは僕らの言うことじゃないんで。
E ただ法律的には、勝ちそうとか負けそうとかいうことは言えるでしょう。
長戸 法律的にはいろいろあるんですけれども、言い方を変えると、もし勝つとしたら、今しか勝てないと思います。
E 大飯だって再稼働しようと政府も言っているし。裁判官も向こうの人ばかりだから、政治のほうから変えるしかないのかなと。
長戸 これは運動の一環なんで、この人数によって政治が動いてくれれば、それはそれでいいと思っています。
B 脱原発になるまで裁判をなんとか維持して、ラグビーで言えばスクラムを組んだままずるずると押し合う、というような状況を作り出そうとしているんですか。
長戸 先のところまでまだ決めているわけじゃないんです。将来的に、この裁判がある程度見えたところで違う形の裁判を起こすとか、そういうやり方はあるかも知れません。まだそこまで明確には話し合っていません。
稲村 私の考えを言わしてもらうと、この裁判は最終的には勝つと思います。たしかに技術的にも難しいと思うし、もしかしたら第一陣は負けるかも知れない、第二陣は負けるかも知れない。だけどその次で必ず勝つ、いつか必ず勝ってみせるという意気込みではいます。これは弁護団の、水俣訴訟などをやってきた馬奈木昭雄弁護士が言っていたんですけども、私たちは絶対に負けない、なぜなら勝つまでやめないんだと。それは非常に大事なことだと思っていて、1万人で負けたら1万5000人集めます、私たちは。それだと時間がかかるじゃないかと言われるかも知れないけれども、そうやって負けても負けてもやるんだという姿勢を見せることで、政治を動かせるんじゃないかと思っています。それから、技術的な論争で負けるんじゃないかということもありますけれども、危ないものを危ないと常識的なことを言う。確かに今までの原発訴訟は負けが続いていますけど、2つは勝ってます。
 でも、最高裁でひっくり返されてます。
稲村 最高裁を動かすような書面を書くし、最高裁を動かすような人数を集めます。
長戸 私も負けるとは思っていないんですけど、我々が負けると思ったら負けますから。まあ、勝つまでやるしかないかなと思ってます。
B ひとつの大きな焦点は、今年6月に国のエネルギー政策が転換できるかどうかということと、福井の再稼働の問題ですね。活動家の人たちはみんな福井に行っていますけど。ここで再稼働を認めさせなければ、かなり押し込めると思うんですね。10万人集会を7月16日にやります。そういう意味では運動ではかなりやってるけど、国の政策を変えるような裁判はなかなか難しい。イラク訴訟だってずっと負け負けですもんね。負けないでずっと粘り強くつないでいかれるのかな、というのが僕の感じです。
長戸 今後まだ変わってくると思います。まだ先のことは考えていないんです。
 原告の数は集まると思うんです。ただ1000万人署名も1000万にいっていないから、なかなか厳しい。
稲村 イラク訴訟で負け続けていても、続けていく理由というのがありますね。
B 目標は平和的生存権の確立だから、それをやるしかないというか。平和的生存権を確立するためには、国連で「平和への権利」というのが人権委員会にかかるようになったでしょう。何十年もかかってですね。
 新しいことを始めておられる、私がこれまで知らなかったタイプの運動が始まっているな、という感じがしています。新しいことですから、結果がどうなるか、これは予測あるいは希望の議論ですね。だから事実によって証明されなければ、本当にそれが実現されるかどうか分かりません、将来のことだと思います。ということを前提として次の段階のこととしては、これまで行われてきた裁判での主張と立証の積み重ねがありますから、その実績から推論するということができますね。
また観点を変えると、証明できないけれども、これをもって勝利とするという理論仮説を出す。たとえば私が経験したことで言うと、1960年代に教科書裁判、家永訴訟というのがあります。家永三郎教授が教科書検定で条件付き合格になったことに対して、処分取り消しを求め、プラス慰謝料を請求した。当時弁護士や学者等に相談なさったら、誰も裁判に勝つとは言わなかった。でも家永先生は「私は必ず勝ちます」と言うんです。「国民の法廷に歴史的な事実が出されます、それによって私はこの裁判に勝つんです」と。これは新しい理論なんですね。判決主文によって原告の請求の趣旨を認めるという勝ち方もありますが、それは問わない。密室で教科書検査官が検査しているという事実を、裁判所という公開の場、法廷を通して国民に示す、そのことによって私は勝つと言っているわけです。
 この会と関連して言うと、憲法論としてどういう主張をするかということです。平和的生存権というのは憲法前文に書いてあるとおり、「恐怖と欠乏からまぬがれ、平和のうちに生存する権利」です。たんに平和を求める、たんに生きるということではなくて、「恐怖と欠乏からまぬがれ」ということと結びつけて主張されている。この権利を実現するために、いま国連レベルでも人権理事会が取り組んでおりますけれども。
この裁判はみなさんが玄海原発の問題をとらえるだけでなく、それは全世界に向かって発信されるものであるように理解しております。この会の役割は非常に大きいということだと思います。
稲村 平和的生存権に関しては、私たちもその主張はしています。ここから先は私の個人的な意見なんですけども、憲法のなかに、将来の世代に負担を負わせないというのが条文でありますよね(第97条)。私は原発のいちばんの問題点は、将来の世代に負担を負わせることだろうというふうに思っています。それは事故が起こったらもちろんだし、通常運転しても結局、廃棄物という形で将来世代に負担を押しつけていくものである。しかも通常運転をすると周囲の白血病患者が増えるとか、免役疾患に陥る人の数が増えることが統計として有意に現れるという研究成果もあります。そしてその被害をいちばんに被るのは感受性の高い子供であるというような研究もあるわけで、私はやっぱり原発の問題というのは、将来の世代、まだ見ぬ世代に負担を押しつけるものだろうと思っています。ただ、これを裁判のなかで主張・立証するかというのは、因果関係の問題で難しい論点に持ち込むと思うので、それは確実にここで「言います」とは言えないんですけども。その意味で、これは人間が人間として生きるための権利を守るための裁判ではなかろうかと思います。その意味で、世界に発信するというのは、がんばっていきたいと思います。
 私の本業は書籍編集者なんですけど、今まで原発訴訟の記録を読もうとすると大変だったんですよ。訴状も判決文もなかなか簡単には見られない状況だったですね。記録集のようなものも非常にマイナーな出版社から非常に少部数出るだけで、国会図書館にも入っていないような例がたくさんありました。ついこの間、海渡弁護士が岩波新書を出されて、あれで初めて全容が分かるような本が出たかなというふうに思っています。今までの裁判、約20件あると思いますけれども、原発訴訟といいますと、数人あるいはせいぜい十数人の原告が、周りから鼻つまみになることを覚悟の上で、それでもがんばってやる、みたいな悲壮な覚悟での裁判でしたよね。今回の裁判のブックレットも読ませていただきました。なるほど、これくらい明るくやれる時代になったんだなあと感じました。とりあえず訴訟がどういうふうに進んでいくか全然分からないし、何年もかかるかも知れないし、入口でもう終わりにさせられてしまうのかも知れないし、それでもまた提訴されると思いますけれども。裁判で勝つのが先か、政権を代えて脱原発の政権をつくるのが先なのか、それぐらいの大きな話になっていくと思います。ですから、裁判もやっている、政治闘争もやる、現地でもやる、東京でもやると、その一環として、ぜひ大きなものに広げていただきたいなと期待しています。
 「九州発差止め訴訟」の九州「発」というのはどういう意味ですか。
長戸 これまでは1000人以上集めるという発想自体がたぶんなかったと思いますし、あとは国を巻き込む方法とかだと思うんですけども。主にその2点です。
 私の理解では、九州で我々はこういうでかいのをやった、だから今度は西から東に向かってどんどんと同じような裁判を始めろよ、という意味じゃないんですか。
長戸 団長はおそらくそう言って回っているはずです。
稲村 「九州発」の意味には、川内と連携を取るという意味もあります。連携を取って大きな団体を作って、とにかく大がかりにやろうと思います。いまうちの共同代表のひとりの板井弁護士は各地に行って、こういう大きな裁判をどんどん仕掛けてみんなで連携をし合おうというふうに宣伝をして回っているし、みんなを応援して回っています。これはまだ断定的な情報じゃないんですけども、関西の方でもこういう大きな訴訟を準備し始めていると聞いています。まだ具体的なことは分かりません。その意味で私たちは九州が、もしかしたらおこがましいかも知れないんですけど、まず最初に名乗りを上げて数千人単位で提訴をして、こういう裁判の形もあるんだよと全国に示していけたらと思います。
H 今後どいうふうに発展するか分からんというお話だったんですが、やっぱりどういうふうに持って行きたいのかというイメージみたいなものを持って、これを全国にどんどん波及させて、全国でそれを覆い尽くすという形になるのか。それとも九州のこれを全国に広げていくという形か。両方あり得ると思うんですけど、私のイメージだと、九州は九州でまずやって、それをどんどんと広げていく、それで全国を覆い尽くす。そのときに誰が原告になるんだと。九州では九州の人間が中心になって全国で入りたい人は入ってもいいけど、あくまで九州が中心だと。関西は関西が中心で全国の人がまた入ればいい。北海道は、泊は泊でやればいい。そういうようなイメージというのは、弁護団や運動体の中では話し合ってないんですか。
長戸 いまおっしゃっているイメージはみんな持っていると思うんですけど、それを具体的にこうやっていこうというところまでは、まだ行っていないんです。
 さっきEさんが問題を提起した切実な問題は、訴訟という手段で対抗できるのかという議論、根本的な議論なんですね。自分の親族がいつ原発の被害に遭うかも分からんと、そのときにこういう訴訟が実際に意味を持つのか、という質問がされたと思うんですよ。そのへんの議論をもう少しやったほうがいいと思う。被害を受ける陣族が身近にいたときに、それを差止めるような力が裁判運動にあるのかどうか。それにどう答えたらいいのか、私は答を持たない、運動をやるしかないかなと思うけど。
稲村 なんで裁判なんですかと、原告になろうかどうしようかと迷っている人からよく聞かれます。裁判をやるぐらいだったら運動をもっと一生懸命やればいいじゃないですか、そっちのほうが早道なんじゃないですかということもよく言われるんです。だけど私たちは、運動がいちばん大切なことではあるんだけども、運動では限界もあるのかなというふうに感じています。たとえば電力会社に情報を開示せよといったときに、運動だとどうしても逃げられてしまうことがある。裁判でもなかなか難しい側面もあるかも知れないけれども、裁判所を使って情報の開示を求めることができるし、求釈明、この点に答えなさいということで、裁判所の力を借りて相手に圧力をかけることができる。そういう意味で、裁判には力があると思っています。相手と対等の立場に立てるのかどうかというと、よほど強い運動体でないとおそらく勝てない。だけど裁判であれば、対等の立場に立てるし、情報の開示をさせることもできる。で、そうやって得た情報を運動体のほうに流せば、運動のほうがさらに力を盛り上げることができる。裁判が運動を助ける、運動が裁判を助ける、そうやって脱原発への道筋を作っていくことができるんじゃないかと思っているんです。だから運動しかないというのは、半分正解で、半分ちょっと違うんじゃないか。運動が大切だけれども、それをより円滑に進めるというか、より大きな力にするための補助輪のような役割に裁判がなれるんじゃないかというふうに思っています。
 それはそれでいいんだと思うけど、切実感ということでもうちょっと聞きたかったんですね。明日にも止めてほしいわけです、福島を見たら。過酷事故が起こる状況は玄海では高いわけでしょう、客観的には。だからその危機感に対してどう対応するかという。
 しかしそれは、この運動を起こした人に聞く問題じゃないと思う。聞いてはいない、ここで議論すべきだと言ってるのかも知れないけど、それはもう運動を進めていくなかでみんなで考えていくしかない。
長戸 運動としては、まず再稼働させないことがいちばん主になっていくんだと思います、現時点では。再稼働をしなければ、とりあえず最悪の危険は避けられる。
 私は法律の専門家じゃないんで、あくまでも素人として感じていることなんですけど、原発事故が昨年起きて、さまざまな論説がなされて、しかし今年に入って若干弱ったかなという気があったわけですね。そういう中で、具体的に裁判という形でひとつの運動を起こした。それがあるということ自体が非常に現状を具体的に変えていく、関与していく中で具体的な大きな要因になっているという気がしますよね。
 いま再稼働に反対するとか、いろいろな運動が原発のところであるわけですよね。その中でこの裁判を起こしたということが、運動の中でどういうふうな意味を持ってくるのか、どういう意味を持たせたいと思っているのか。
稲村 今まで九州各地でバラバラに活動していたグループが集りだしたという側面はあると思います。この裁判の原告を集めるために同じチラシを配る。それを刷るために一カ所に会して会議を開いて、どうやったらこの裁判をもっと世間に知らせるかということで話し合いをする。そうすると当然そこで顔が繋がって、じゃあこの運動をするからそっちも協力してよとか、一緒に要望書を提出しに行ったりとか、そういうふうになっているので、この裁判はひとつの要になっているのかなというふうには感じています。
 私が考えていることを言わしてもらいたいんです、質問にも意見にもならないかも知れないんですけど。要するに原発を推進したい側と、それを押しとどめたいという側の、本当の論点はどこにあるのかということがいちばん気になっていることなんです。推進していきたい側がいちばん言いたがっていることは、彼等が考えている経済社会にとって原発は必要なんだと、いろいろ問題はあるかも知れないけど、必要なんだと。そういう中で原発反対の訴訟を起こすときに、こういう問題があるから危険なんだということを言っていくだけでは足りないんじゃないかと思うわけです。こういう問題があります、こういう問題があります、と今までも言ってきたと思うんですけど、それに対して原発を推進する側は、それに対してはこうやります、こういう対策を立てますということでやってきた。なかつ彼等としては、自分たちが考える経済社会にとって原発は必要なんだから、何が何でもやる。だから、ただ今ある危険性だけについて追及していくというやり方ではどうも分が悪いなという気がしていまして、もうすこし先まで踏み込んで、じゃあ私たちはどういう社会を作っていきたいのかというところ、原発をめぐる本当の論点がこれから解き明かされる必要があると思っているんです。それは裁判の場で議論されるようなことじゃないし、人によっても見方もたくさんあると思うんですけど。ただ、原発のない、その中で豊かに人が生きていけるような社会をある程度イメージを持って、そこまで踏み込んで裁判を闘えたら、少し今までと変わった地平が開けるんじゃないかという気がしているんですよ。
 いまAさんが言われたことと、Bさんが言われた国のエネルギー政策をどうするかということは、重なるところがあると思うんですけども。私は地球環境問題懇談会というところに所属していて、温暖化問題をずっとやっているんですけどね、そのときにやっぱりエネルギーをどうするのかという問題がある。ドイツやデンマークやのように自然エネルギーでいく国と原発の国と、どっちの道を行くのかで鮮明に分かれているんですよね。6月に日本の政府見解が決まっていくことになるんだろうと思うんですけど。
 将来的にはやっぱり経済成長の話になってくると思うんですよ。たとえば原発を推進する側がなぜ原発を必要とするかということを考えたら、やっぱり経済成長のために必要だというのが彼等の基本的な考えなんですよね。もちろん、儲けたいというのはありますよ。原子力村と言われている人たちの金もうけの話もあるけれども。じゃあ我々はその経済成長ではない豊かな社会をどう描けるかということが、これから本格的に問われなきゃならないものだと思っているんです。
 僕は突き抜けてまして、本当は電力会社はいらないんです。自然代替エネルギーだけでやってしまえば、送電線も発電施設もいりません。そうなると今の電力のシステムがまったく変わってしまうんで、彼等は今のシステムにしがみつきたいわけです。自分たちのオマンマの糧がなくなるわけですから。だからどうしてもそこにしがみつきたい。経済成長といまおっしゃいましたけど、本当は自然代替エネルギーにしたほうが経済は伸びるはずです。新たな産業が起こってきますから。だから経済成長というと、ある意味、向こうの論理にもう乗ってしまっている部分がある。電力会社はいらないです、本当に。自然代替エネルギーの技術が進めば。原発どころじゃないです。そう私は思ってます。
 先ほどの話にまた戻りますけど、運動ということはすごく分かります。ただ、1万人集めたら裁判に勝てるのか、という話なんです。原告の数で勝てるんならたくさん集めたほうがいいと思いますけど、裁判というのはそんながさつなものじゃないと、私は素人目でも思いますから。難癖つけてるように見えるかも知れないけど、僕もじつは応援したいんですよ。だから、きっちりやってほしいんです。緻密に、ちゃんと裁判をやってほしい。運動のひとつではなくて、裁判として。いかに地震国のこの日本で原発があることが非科学的なことなのか、非経済的なことなのか。経済コストなんか目茶目茶でやってますから。  
 脱原発弁護団との関係はどうなんですか。
長戸 全員もちろん入っているわけじゃないんですけど、連携はしています。私は日弁連の環境委員会なんですけど、ここは蓄積を持っているし、その伝手もいっぱい持ってますんで。当然そういうことは我々だけでは限界があるんで、日本中でやっている他の団体、同志から情報をもらいながら、当然勉強もしていかなければいけない。雑な裁判をする気はありませんから。
 立証責任を原告側と被告側のどっちが持つかということで、逆転できるような理屈を立てられるんですか。
長戸 それなりの準備をしていかないと変わりませんので。そこに持って行くための十分な研究と主張と立証は、当然、前提としなければ。その上で、そう変えるべきだと思っていますんで、訴訟としてはそこを目的にがんばりたいと思います。
 玄海原発では冠木さんがずっとやっていて、それと今の訴訟との相違点というのはどういうことなんですか。
稲村 冠木先生がやっていらしたのは3号機のプルサーマル使用の差止めだったんですね。私たちはその後、1号機から4号機まで全部の差止めを求めたので、対象とする原子炉が違うというところがまずひとつの違いです。ただ、後からプルサーマル裁判の方も全部の原子炉の操業を止めるということに請求の趣旨を拡張されましたので、この点ではもう違いはないわけです。あとは国を被告に入れているかどうかということです。細かい点を言えば、慰謝料を請求しているかどうかも違いますけど、いちばんメインはやはり国を被告としているかどうかということです。
 技術論をやらないというのも大きな違いなわけでしょう。
長戸 たしかに訴状の構成はだいぶ違うだろうと思います。
H 訴状を拝見していて、公害事件みたいないわゆる受忍限度論的な考え方を取るのか、そこらへんが分からないんですね。原発を作ること自体が、即、違法な行為だからと言うのは簡単ですけど、違法というわけではないわけですよね。公害型の事件だと裁判所が採っている考え方としては、受忍限度を超えるから違法になるんだという考え方ですよね。そういう形で考えているのか、それとも他の形で何らか考えているのか。被害がこんなにすごいぞということが、法理論的にはどういう構成になって差止めや損害賠償につながるのか、もうひとつ良く分からない気がするんです。
稲村 客観的には原発をもう立てたこと自体が違法行為、その存在自体が人類の生存を脅かすという点で危険な行為だというふうには私たちは考えているんですけれども。ただ訴状の構成としては、3.11で原発の危険性が明確になった、国がどれだけ対応が後手後手に回るのか、どれだけ電力会社を優遇してきたかということも明らかになった、だからその後も運転を続けることは明らかに違法だ、というような構成で書いているんです。
 不法行為で考えると、侵害行為があって損害がある。損害といっても福島の人たちじゃないから、こういう事故があることによる不安ですよね。建っていること、操業することが不安につながると。けれども故意過失なりなんなり、違法性がなきゃいけないわけですよね。何をもって違法というのか、そこのところの全体構成が、もうひとつ良く見えない気がするんです。福島でこんな大変なことがあったんだから、もう止めなきゃダメでしょうというと、もうひとつ情緒的に流れているような感じがするんですけど。
長戸 差止めの根拠は物件的請求権です。ということがまず前提であって、要請については、どちらが主張するものかというところで、その問題は意図的に落しました。被侵害利益があって、侵害行為があって侵害の事実があればいいという論法で書いてますので。それを今後、受忍限度論で書いていくのか、違うものかは、どこかで書かなければならないというのは、ご指摘としては必要だと思います。
 コミュニティの破壊の問題で生々しい話が今日の昼間あった。僕らはモニタリングの仕事を福島原発行動隊として受けるかどうかが議論になっていて。福島県川内村で帰村を村長さんが決めた。ほとんどの村民の人たちは、本音のところでは帰りたくない。本当に元に戻るなら帰るけど。たとえば一人で帰ったとしても、お店屋さんなど商売にならないわけですね。だからたとえ放射線量が低くなったとしても、そこでコミュニティが成立していかないと帰れないという実態があるわけね。じつは4月にあそこで選挙があるんですね、村長選挙。現村長の遠藤さんとは違う人が立っているんですよ。非常にコミュニティの破壊というのは深刻ですよね。除染をやってますけども、きれいにすればいいという問題ではないんだよね。昨日、いわきで岬学園という障害者施設の除染をやった効果を点検してデータを取って来たグループがあるんですよ。やっぱり除染の効果はあるんです、ある程度は。だけど、戻れるということと放射線とはイコールじゃないという、複雑な問題が生れてきている。どこまでを被害として裁判所に考えさせられるのか。
 それは損害賠償訴訟をやる場合に今までの公害裁判と違う点ですね。非常に被害が多様で複雑で、どういうまとまりでやっていけばいいのか。
いろんな意見がでましたけれども、がんばってほしい、というのが皆さんの本心だと思いますし、我々の問題でもありますので、さらにがんばっていただきたい、という言葉を申し上げて、今日の会を終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。

3月23日平権懇学習会の記録 2

原発を廃炉に! 九州原発差止め訴訟
報告2 長戸和光さん


弁護士の長戸です。いま稲村先生のほうから詳細な説明がありまして、あまり私がどうこう言う必要もないのかなと思っているんですけれども。私はもともと福岡で弁護士を始めて、佐賀に来たのが7年ぐらい前だと思います。そのころにプルサーマルの日本の最初の導入をする、しないという問題がありました。残念ながら導入されてしまったんですが、このときに佐賀県弁護士会で反対の会長声明を出した。たまたま反対の団体の方が見えられて、その後しばらくプルサーマルの反対運動に関わったことがありました。条例を作って県民が投票して決めようという運動がありまして、署名運動をして、実際に法定数まで達して議会に上がったんですが、議会ではあえなくはねられた、さらにその後、市民報告会が開かれまして、例のやらせの問題があった会ですけれども、みなさんが賛成しているということで、即座にプルサーマルが始まった。
このときにも私は少し関わっていたんですけれども、その後、裁判をする、しないという動きの中では内部的な問題もありまして、私もしばらく外れておりました。外れている中で例の福島の事故が起きてしまいまして、非常に後悔しました。今回の裁判の話が、稲村先生がいる事務所のボスである東島浩幸弁護士から話がありまして、もう逃げちゃいけないと思いまして、引き受けることになりました。事務局長という、ちょっと偉そうな役職に就いています。自分がそんなに力量があるとは思っていないんですけれども、地元、佐賀のほうでとりまとめはすべきだろうということで役職を引き受けて、これまで弁護団として活動しております。
これまでの経過は稲村先生のご報告のとおりですが、昨年9月4日の前に、いろいろこれまで佐賀で存在していた原発に反対する団体にはそれぞれ当たりまして、こういう裁判を起こすから協力してくれと説いて回りました。OKという方もいらっしゃったし、残念ながら先に動かれたプルサーマルの会とはちょっと違う形の動きになりました。特段もめているわけでもないんですけれども。
結局、数の力で変えていかなければ仕方がない、裁判所に対しても数の力を示して、考え方を変えていかなければならないという発想が最初からありました。1000人以上という目標が最初からあって、いつの間にか1万人原告でいこうという話になりました。1万人とは途方もない数字だと最初は思っていたんですけども、1回目で1704名、2回目で1370名、3000人を超えましたので、まあ1万人まではまだまだ遠いですけど、途方もない数字ではないんではないかと最近は思っておりまして、もうちょっと広げていきたいなというふうに考えています。
どうやってたくさんの原告を集めるかということでは、もちろんいろんな団体に働きかけをするというのはあるんですけれども、たぶんひとつの特徴は、原告ひとりの負担金をすごく減らしたことだと思います。通常の差止め訴訟だと、だいたい3000人ならひとり1万3000円の印紙代がかかるわけで、いろいろ事務手数料もかかりますので、通常この手の裁判だと最初に2万円ぐらいはもらっていると聞いていますけれども。弁護団内部でも、2万円いるとか、1万円は最低もらわなくてはとかいう説もありましてが、最終的にはひとり5000円で原告になれますということにしまして、原告の申込金はみなさん5000円しかもらっていません。支える会の組織を作るために会費を募っているところですけども、単純に原告になることについては5000円というふうにお願いしました。実際、そういう金額にしたこともあって、これだけの数が集まったんではないかと、ハードルをかなり下げることは人数を集める上では良かったと思っています。
もちろん、これだけ集まりましたんで、これからはこの人数をどうやって我々がさばいていくか、伝えていくのかという問題は残っておりますけども、出発点としてたくさんの方に幸いに参加していただくことができましたし、まだ今でも広がっていると思います。
もうひとつは、先ほど稲村弁護士から説明があったとおり、あくまでも原発を止めることが目的であって、個人の思想信条をいっさい問わずに入ってもらっています。ですからいろんな所属団体がありますけれども、所属団体に帰ってからみなさんにいろいろ話すのは全然かまわないんですけれども、内部ではいっさいそこは出さないでもらっています。反面これはもうひとつ我々弁護士側の問題もありまして、今までこういう原発とかをやっている弁護士というのはある程度、一定の層に固まっていると思われていたと思います。そうすると当然、集まって来る原告もどうしてもある程度固まった層になるんではないか。ですので、原告もいっさい問わない、弁護士も右から左まで関係なく入ってもらう、ということで呼びかけをして入ってもらっています。
私が事務局長をしている理由のひとつが実はそこにありまして、他の弁護士の方々はこれまで市民運動とかに、いろいろな形で関わった方が多いんですけれども、私の場合は、有明の問題にはある漁業団体の関係でずっとやっていた時期があるんですけれども、基本的には福岡では行政の顧問をしていまして、今でもどちらかというと企業側の仕事をすることが多い状況です。ただそういう人間が責任ある地位に立ってやるということが、弁護士を集めるなかでのひとつの象徴であろうと思いまして、それも含めて事務局長を受けたんですけれども。垣根を原告だけではなく、我々のほうも広げてこの裁判に取り組んでいこうというのが、この裁判の内容になっております。
弁護士もまだ充分に広がっていないところがありますし、原告の方々も、完全に何も書かれていない方々がいっぱい入って来ているかというと、まだまだだとは思っているんですけれども。これからどんどん浸透させて、我々受け入れ体制としても、いろんな人がいるんだから気にしなくていいよと、別に入ったからといって何か勧誘を受けたりするわけじゃないから、という意味で、どんどん入っていってもらいたいなと思っていますし。やはり1万人ぐらい集まると、もうちょっと違う展望が見えて来るのかなと最近は考えています。
で、ちょっと変わった訴状です、実際のところは。先ほど稲村弁護士からだいぶ説明がありましたけれども、今までの原発裁判とまったく違う訴訟を作ってみました。私が訴状について説明した文書がブックレットの中に入っています。これはもちろん裁判の目標ではあるんですけれども、我々の掲げる目標をそのまま訴状にしたものだと思っています。科学技術論争じゃなくて、起こった被害から、被害を理由にして原発を止めていくんだと。こんな被害を今後もう起こしちゃいけないということで、原発を止めたいという我々のきっかけですね、この裁判に対する。それを訴状にしたものと思っています。
で、国を入れるためにずっと書いているんですけれども。原発を止めるということの中に、玄海だけ止めればいいのかと、まあとりあえず佐賀県民としては当面安全かもしれませんけれども、しかし福島の被害は日本中、世界中に及んでいますので、ひとつを止めればそれでいいという話ではありませんので、原発自体を止めさせるためには国を巻き込まなければいけない。いろいろそれを考えた結果、差止めの被告にした上に、それだけでは逃がさないように、請求も付けている。要するに差止めの要件を満たさなくても慰謝料では国を逃がさないと。そういうやり方で請求の趣旨を立てています。
第二陣もまったく同じ訴状で押してまして、第三陣のほうは若干、慰謝料の起算点を入れるかも知れませんけれども、基本的にはずっとこの内容で提訴していきます。ただ、もちろんこの内容だけで勝てるという話ではないので、いま個別の論点についての検討班を組んで検討しているところです。科学論争をしたくないと言いましたけれども、しないで終わるとも思っていないです。個別の危険性というのも、玄海1号については日本中で言われている通りで、危険なものですから、その問題を当然言わなければならないですし、3号のプルサーマルの問題もあると思います。また2号炉も30年を超えてきましたので、配管等の老朽化もあると思いますので、そういったこともこれから論を深めていかなければならないと思っています。
もう第三陣の原告が集まり始めていると思うんですが、第二陣もじつは2月の終わりごろの段階で800人ぐらいだったんですね。これは1000人集まるかと思っていましたけど、気がついたら1300人を超えていました。ちょっと我々が補足し得ないような動きになってきてますので、三陣がどれくらい集まるか、まだこれからですけれども、うまくこの流れを途切れさせずに、どんどん広げていきたいなと思っています。

3月23日平権懇学習会の記録 1

原発を廃炉に! 九州原発差止め訴訟
報告1 稲村蓉子さん


司会・中杉 本日はお集まりいただきまして、ありがとうございます。本日は「原発を廃炉に! 九州原発差止め訴訟」「フクシマを繰り返すな! 九州発――この国から原発をなくそう!」と銘打って、今年の1月31日に1704名の原告で起しました玄海原発差止め訴訟について、弁護団の稲村蓉子先生にお話をいただきます。ちょっと遅れて事務局長の長戸和光先生も駆けつけていただくことになっております。では、よろしくお願いします。

稲村 みなさん今晩は。弁護士の稲村と申します。佐賀で弁護士をしています。私はまだ弁護士は2年目で、未熟な者ですけれども、九州玄海訴訟に関しては始まりの時から関わっていますので、どういうふうにこの裁判を進めていこうと弁護団が考えたか、どういう経緯で原告を集めてきたか、そういうお話ができると思います。
 さっそく現在に至るまでの経緯を簡単に説明しようと思うんですけれども、やはりきっかけは去年の3.11福島第一原発事故でした。九州では先行する原発訴訟が2つありました。ひとつが「玄海原発3号機を差止めるプルサーマル裁判の会」が起こした訴訟です。もうひとつが川内原発に関して温排水訴訟というのがありました。川内訴訟のほうはほとんど当事者訴訟だったと聞いています。プルサーマル裁判のほうは、大阪の冠木克彦弁護士が関わっておられまして、九州の弁護士は誰も関わってきませんでした。九州の弁護士に話が回ってきたこともあったようですが、弁護士のほうで原発の専門的・技術的な事柄に充分に対応できないと、断ってきた経緯がありました。ですが3.11を受けて、このままではいけない、やはり原発はなくさなくてはいけない、人類と原発は共存できないという考えを持ちまして、九州の弁護士が最初は数人で集まって、裁判をやろうじゃないかという話になりました。
 去年の夏ごろから話が始まりまして、9月4日に訴訟準備会を行いました。そのときに、どういう信念をもって裁判を起こしていくかと考えたときに、玄海原発だけ差し止めることでいいのか、という話になりました。玄海だから駄目だとか、新しい原発ならいいとか悪いとか、そういう話ではもう小さすぎるのではないか。やはり目標は全国から原発をなくすことではないかということで話がまとまりました。また被告は誰にするかということですが、今までの裁判では行政訴訟では国が相手になったこともありますが、原発の差止めを求める裁判では国が被告になってはきませんでした。しかし、それでは国策民営でやってきた原発政策を問うことができない、国の責任を問うことができないということで、国をも被告にしようということで、弁護団会議で話がまとまりました。
 それから、どうしてこれまでの裁判では20回以上も負け続けてきたのか、という話になりまして、それは今まで先駆的にやってこられた方たちの努力が足りないとか知識が足りないとかいうことでは絶対にない、やはりそれは運動の力が弱かったのではなかろうかという話になりました。もちろん、私たちは先駆的にやってこられた方たちはすごいなと思いますし、その後を追いたいと思っているわけですけれども、今までやってこられた方たちは多くて100人単位だったんじゃなかろうかと。100人単位の方たちが原発を止めるべきだ、なくしたいと、どんなに声高に叫んでも、しょせんは少ない人たち、変わった方たちがやっていることだと、世間からも裁判官からも思われてしまったんじゃないか。私たちはその壁を突破しようということになりました。3.11が起きた今ならばみんな原発に対して客観的に、安全神話に惑わされないで見られるんじゃないか。その力を後押しにして原告を最低1000人集めて提訴したら大きな力になるんじゃないかという話になりました。必ず原告1000名を集めて大きな裁判にしようということになりまして、ここから裁判の準備が始まりました。
 10月23日には「原発なくそう! 九州原発訴訟」の第1回市民集会を佐賀で行いました。準備期間がとても短かったですし、じつは400人の会場を準備して、果たして何人埋まるかと心配していたんですけれども、結果的には300人の方が集まってくださいました。ここで福島で「子供を放射線から守るネットワーク」代表である中出聖一さんという方と、福島から佐賀に避難して来られた木村雄一さんをお呼びして、お話をうかがいました。
印象に残っているのは、まず木村さんですが、この方は福島に仕事もあり、3月には生後2ヶ月のお子さんがいらして、家族で幸せに生活しておられた。ところが福島事故が起こったために、逃げようかどうしようかと迷われたそうです。それを親戚に話すと、「お前は福島を捨てるのか」と責められた。福島から避難するとなると仕事も捨てないといけない、親戚と離れなければならない、友人との関係も断ち切られてしまう。それでも木村さんはお子さんの健康のこと、それから奥様の健康のことを考えて、佐賀県の鳥栖に避難することを選ばれたそうです。親戚の方から背中から罵声をあびせられて、本当に辛かった、それでも避難してきて良かったとおっしゃっていました。涙ながらのお話になりまして、そのときに放射能の健康被害のことももちろんですが、地域のつながりを絶つというのはこういうことなんだなと、私は実感しました。
 また中出さんがお話ししてくださったことですが、福島で放射線の説明会があって、たとえばこの地域は線量が高いですよという話をすると、会場から悲鳴が上がる、あるいは怒声がとびかう。そして話ができない雰囲気になっていく。そういう雰囲気が今の福島にはあります、とおっしゃっていました。情報を隠そうとする、住民が無意識のうちに知らないでいようとしてしまう、そういうものを作ってしまうのもまた原発の恐ろしさだと感じました。
 11月13日には「さよなら原発! 福岡1万人集会」がありまして、1万6000人が集まりました。ここで九州玄海訴訟のブースを出して、原告募集を行いました。このころは実は原告がなかなか伸び悩んでいた段階で、果たしてこのままで1000人も集まるだろうかと心配していたんですけれども、12月28日の段階で1013名になりました。だんだん運動が浸透してきまして、12月に入ってからは一気に200人、300人と増えていきました。
 私たちは大きな原告団を作ろうと活動していましたので、各地域で原発をなくす団体を作りたいと考えていました。それでまず佐賀で作ったんですけれども、熊本でもそれまでの反原発運動の団体の方に集まっていただいて、連携を取っていただくようにしたとか、あるいは長崎でも「原発ゼロ長崎の会」を結成してもらって、そこでいろんな団体が集まって反原発の取り組みをする、というような会を各地で作っていただきました。
 そして、いよいよ1月30日の提訴前夜集会になるわけです。提訴前夜集会はほとんど広報ができていなかったので、集まるのだろうかと心配していたのですけれども、結局、300人を超える来場者がありました。この集会では、裁判というとどうしても固いイメージがあるということで、柔らかい構成にしようと思いました。今まで裁判を自分が起こすとは思いも寄らなかった人たちにも思いを伝えるものにしようということで、詩の朗読や福島の映像のスライドショー、それから歌を歌ったり、などのプログラムを取り入れました。福島の映像は、鳥栖で牧師をされている方が福島に何回も支援に行っておりまして、そのときの映像を持ってきてもらいました。映像の中で印象的だったのは、福島の小学生の男の子が、「こういうふうにしたのは一体誰なんですか、大人たちのせいでどうして子供が苦しまなければいけないのか」と問いかけたことでした。
 それからこの前夜集会では、これまで各地で公害や環境や平和の問題で闘ってこられた各訴訟団、原告の方たち、運動団体の方たちにも来ていただきました。壇上を一杯にして、みんなで連携して闘っていきましょうと、挨拶をしていただきました。
 公害の問題は、水俣の問題にせよ、塵肺の問題にせよ、いま九州では有明訴訟もありますが、諫早湾干拓の問題にせよ、結局、構造は全部一緒じゃないかというのが、私たち訴訟団の考え方です。国と企業がグルになって、というのは言い方が悪いですけど、一体となって、お金儲けのために立場の弱い人たちに痛みを押しつけているんじゃないか。福島ではお金が地元に落ちているから痛みを押しつけているのではない、という方がもしかしたらおられるかも知れないけれども、結局、立場が弱いところ、立場が弱い地域に原発が作られてきたという事実は、弱いところに原発というやっかいなものを押しつけたとも言えるわけで、その構造は公害と一緒だと思っています。
 1月31日に提訴の運びとなりました。提訴では結局、1704人の原告が集まりました。12月末の段階で1013名だったのが、1月31日には1704名と、劇的に伸びました。1704名という数字はものすごく大きな意味があると思っています。それは数の力はもちろんですけど、原告になるからには原告の費用としてお金をいただいているんです。なので、ただ署名をするだけとは全然、心の持ち方が違う。それも地元では非常に大きな企業である九州電力を相手取っていますから、当然大きな決断がいる。そうであるにもかかわらず1704名もの方々が、わずか3ヶ月余りの間に原告になってくださったというのは、それだけみんなが原発を望まない、原発が動くことを望まないということだと思っています。
 この1704名の内訳ですけれども、九州全県からはもちろん沖縄の方も入っていますし、関東、関西の方も入っておられます。20以上の都道府県の方がこの1704名の中に含まれています。
 その後の動きですけども、2月23日には九電本社に対して公開質問状を提出しました。とても簡単な質問です。「福島原発事故があって、原発に対する市民の信頼は揺らいでいます、市民に対してきちんとした説明会を行う予定はありますか、説明会をしようと思いませんか」という質問です。しかし今のところ九電は、書面での回答は控えさせてほしいと言っています。
 それから3月12日に第二陣を提訴しました。これは1370名の原告が集まりました。いま第1回公判の期日を調整中なんですけれども、私たちは今後も第三陣、第四陣と原告を募っていくつもりです。最終的には1万人原告を目指したいと考えています。
 どうして1万人も集めなければいけないのか、ひとりでも起こせる裁判を1万人集めなければいけないのかというと、それは大きな大きな原告団を作って、それを世論の力にしたいと考えているからです。裁判を起こすときにマスコミが一番に注目するのは原告の数です。当然、国や九州電力に対しても、これだけ多くの人がもう原発はいらないと望んでいるという大きなメッセージになるので、私たちは1万人原告を集めます。そして裁判で得た情報を運動のほうに還元し、運動をさらに強めていってほしいですし、運動が強くなればなるほど、裁判のほうもその力をもらって、さらに国や九州電力を追い詰めていくことができると、私たちは考えています。
 私たちが作ったブックレットがあります(『原発を廃炉に! 九州原発差止め訴訟』2012年2月、花伝社刊、800円+税)。もう読んでおられる方はお分かりと思いますが、これまでの裁判の訴状と違うな、という点があるんです。何かというと、原子炉の危険性といったことには一切触れていません。裁判の要件事実ですね、相手に請求をするときに必ず書かないといけないことの中に危険性が入ると思うんですけれども、その危険性をどうして詳しく書いていないのかということです。私たちは玄海原発の1号機が老朽化しているから危険だとか、あるいはMOX燃料を使っているから危険だとか、そういうことを言いたいんじゃないからです。私たちは専門的・技術的なことで原発が悪いと言いたいんじゃない。それで各原子炉の危険性には、あえて詳細には立ち入りませんでした。私たちの基本的な考え方としては、原発は存在そのものが危険なんだ、存在そのものがもう人類とは共存できない、という考え方です。
その代わり訴状の中でいちばん厚く書いたのは何かというと、福島の被害のことです。それをいちばん最初に持ってきました。それはまず3.11の事故をきっかけに私たちが福島の事故の甚大さに気がついて裁判を起こそうと決意したからでもあり、またいま被害が小さく小さく見積もられようとしているという現実があるので、その被害をきちんと捉えたいという気持ちがあったからです。これまでいろんな公害事件があったと思うんですけど、とにかく国が被害を隠そうとする、企業が被害を小さく見せかけようとする。そういうことがあります。おそらく福島でも同じことが起こっていくだろうと思います。いまいろんな報道がされていますけれども、結局誰も被害の正確な実態を把握できていないんじゃなかろうかと思います。私たち弁護団としては、裁判では福島の被害の実態を書面に残したり、映像に残したりして、きちんと捉えていきたいと考えています。被害をきちんと捉えることで、原発の恐ろしさや危険性を裁判所に伝えることができるだろうと思っています。今後、福島の避難者の方たちから聞き取り調査などを実施して、福島の避難者の生の声を裁判所に届けたいと思っています。
 これまでの原発訴訟では、まず原告のほうが原子炉の危険性を具体的に主張・立証して、すると被告のほうで安全性を主張・立証すると。被告の主張・立証が成功すれば原子炉の運転差止めは認められない。結局のところ原告のほうに立証責任があるんですけども、私たちはこれはひっくり返されるべきだと考えています。何故かというと、3.11事故で原子炉の持つ危険性はもう明らかになった以上は、被告の九州電力のほうが絶対に万が一にも事故は起こらないということを立証しない限り、原発は差止められなければいけないと考えています。被害論というのは、この主張・立証責任を転換させるという意味でも、大きな意味を持つと考えています。
 原告団・弁護団組織の体制なんですけども、原告団長は長谷川照先生にお願いしました。長谷川先生は元佐賀大学の学長です。弁護団はいま147名おりますけれども、これからもどんどん増えていく予定です。東京の弁護士もいらっしゃいます。代表は3名で、熊本の板井優弁護士、それから福岡の池永満弁護士、佐賀の河西龍太郎弁護士です。それから幹事長、副幹事長、事務局長などがおりまして、今日は事務局長の長戸和光先生も見えています。
 この訴訟が何をめざすかと言いますと、原発をなくすということだけで一致していきたいと考えていまして、思想信条だとか政党だとかは一切問わない。政党関係は実際に調査をしないので分からないんですけれども、宗教家の方たちがかなり多く入ってきてくださっています。やはり宗教家の方たちは命のことを考えておられるんだなあと考えるんですけど、キリスト教の方もいらっしゃいますし、仏教徒の方もいらっしゃいますし、みんな原発をなくすためにがんばりますというふうにおっしゃってくれています。
 私たちがこの運動をどうやって広げていこうかとしているか。まずいろんな団体に話をもちかけて、私たち弁護団は全国から原発をなくすことを目標にこの裁判を起こしました、ぜひあなたも原告のひとりになって力を貸してください、一緒に頑張りましょうと、原告を増やしてきました。それから地元で10人、20人単位で勉強会をするときは足を運んで、原発の危険性などの話をみんなで座談会のような形でして、原告を増やしてきました。いまは原告団運営委員会というのを各地で作っている途中です。佐賀にはもうあるんですけども、あとは福岡、北九州、熊本、長崎、大分に作っていっている途中です。
リーフレットも作りました。リーフレットの真ん中の頁に子供たちの行進しているイラストがあります。それは私たちのシンボルマークとして使っています。いま福岡で活躍されていますイラストレーターのいのうえしんぢさんに描いていただきました。左から右に向かって子供たちが行進しているイラストですけれども、左のドアには放射線のマークがついています。右のドアには再生可能エネルギーをめざすということで、双葉のマークがついています。左のドアから出る子供の表情は暗いんですけども、右に向かうにつれてだんだん表情が明るくなっていく、そういうデザインになっています。私たちは持続可能な社会、子供に負担をかけない社会をめざすべきだと思っていますので、このデザインをどこでも使って、原告になってくださいと呼びかけをしています。
まだまだ原告募集中なんですけども、これから第三陣提訴を5月末に予定しています、どうして5月末にしているかというと、先ほどもありましたように、川内原発訴訟をそのころに提起しようと考えています。私たちは玄海訴訟と川内粗放は兄弟訴訟だというふうに考えています。弁護団も重複していますし、九州という地区のまとまりもあります。
私たちは九州でひとつのモデルケースを作りたいと考えています。今まで原発裁判というのは各地で起こされてきたんですけれども、それが連携するということがあまりなかったのではないか。弁護士同士では連携していたのかもしれないけれども、原告レベルでは連携していなかったのではないか。また運動のレベルでも、おそらく強い連携というものはなかったのではないかと考えています。私たちはそれを九州で作り上げたい、ネットワークを作っていきたいと考えています。そして九州でネットワークを作ることができれば、それを全国で広げることができようと思っています。九州というのは、ある程度まとまりやすい地区でもありますし、きっとそれはできると私は思います。
これは私の個人的な考えですが、この裁判は夢のある裁判にしたいと思っています。よく原告になった人たちから、あるいは座談会で、原発をなくした後、玄海町をどうするつもりなんですかと言われます。つまり原発立地地域の玄海町では原発がなくなったら産業はなくなるじゃないかと。私たちは裁判で原発をなくせと言うからには、原発がなくなった後のことも考えていかなければいけないと思っています。そのためには、それは裁判で言うかどうかは別としても、玄海町にはこういう地域を活性化する方法がありますよと、たとえばみんながエコツァーでそこに行くとか、佐賀牛という特産品もありますので、そういうものを玄海町でアピールする、そうやって町を盛り上げていくこともできるんですよと、そういう話をしていきたいと思います。
この裁判は、全国どこの方でも原告になれます。玄海原発というのは日本のいちばん西側に位置していますので、もしここで事故が起こったら、偏西風に乗って日本全国が汚染されることになるわけですね。その意味では、東京の方も被害を被る恐れがある。恐れというか、間違いなく被害が起きます。ですので、ぜひここにいる皆さんにも原告になっていただければと思いますし、この場にいる弁護士の方は一緒に弁護団に加わっていただければと思います。

2012/04/17

読む・読もう・読めば 116

「あたご」出動せず


 4月3日、あたご事件控訴審の第2回公判が開かれた。たいへん残念なことに私は傍聴に行けなかったので、唯一公判の様子を報道している「しんぶん赤旗」記事を参照する。この日、2人の検察側証人が出廷した。日當博喜・海上保安大学副校長は、清徳丸の損傷部分を再鑑定し、横浜地裁が「あたご」側の無罪を認定した際の衝突角度が実際にはあり得ないことを証言した。また横須賀海上保安部の救難専門官は、地裁判決の元になった清徳丸の航跡図を再計測すると、同船の最高速度を超えていると証言した。このように地裁判決の根拠が崩れたことに対して、弁護側は長時間にわたって証人を尋問し、裁判長が「重複や的外れだなどとして再三注意する場面」があったという。次回公判は5月15日。

 ところで、13日の北朝鮮ミサイル実験に際して、自衛隊はイージス艦「きりしま」「みょうこう」「ちょうかい」を出動させて、日本領に落下する場合は搭載するSM-3ミサイルで迎撃する体制をとったが、舞鶴の「あたご」は出動しなかった。「あたご」「あしがら」の2隻は優秀なレーダーを持ち敵ミサイルを捕捉できるが、BMD機能、つまりミサイル迎撃能力を持たないからだ。防衛省は今年度の重要施策として、イージス艦6隻すべてのBMD機能付加完了を挙げている。
 防衛省は斎藤治和・航空総隊司令官を長とするBMD統合任務部隊を横田に編成した。同部隊の編成は2009年の北朝鮮ミサイル実験の際に続く2度目。東北大震災で「トモダチ作戦」が行われ日米共同調整所が置かれたにもかかわらず、今回の共同行動には疑問が残った。米軍は横須賀のイージス艦「シャイロー」ほかを出動させ、ハワイから海上設置型のXバンドレーダーを移動させたが、これらがどこに配備されたかは発表されていない。また米軍嘉手納基地のSM-3部隊がどう動いたのかも不明。北朝鮮ミサイルが空中で砕け散り落下する様子を捉えたのは韓国のイージス艦「世宗大王」だった。ただし破片の回収は困難のようだ。
 防衛省は出動したイージス艦護衛のため各2機のF15戦闘機を付けたほか、輸送艦「おおすみ」が宮古へ、「くにさき」が石垣へ、航空自衛隊のPAC-3部隊を輸送した。PAC-3の配備はこのほか沖縄本島に2、首都圏の市ヶ谷、習志野、朝霞の、計7カ所だった。不測の事態に備え派遣された陸上自衛隊救援隊の員数は、石垣に450、宮古に200、沖縄本島に200、与那国に50だった。
 「光明星3号」なるものの打ち上げ実験に北朝鮮が使った費用は8億5000万ドル、中国産トウモロコシを国民全員が1年間食べられるだけ購入できる金額だという。打ち上げに使った3段ロケット「銀河3号」はテポドン2ミサイルと同じものと思われる。3代目襲名祝いが北朝鮮国民の犠牲のもとに行われたことは痛々しい。南西重視にシフトしつつある防衛省の動きを促進してくれただけだ。
他方、北朝鮮侵攻の共同軍事演習を繰り返してきた日米韓に北朝鮮を非難する資格はないが、その日米韓共同作戦がいざというときにうまく発動しそうにないことも、今回明らかになったのではないか。もともとミサイル防衛といっても、発射後数分以内に迎撃することなど至難の業だから、今回は迎撃失敗の場面がなくて幸いだったかもしれないし、迎撃に成功しても破片が日本に落ちてくるなら意味がない。  (2012年4月16日)

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