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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2012/05/31

「日本の住宅政策と3.11震災、生存権」報告(要旨)

「日本の住宅政策と3.11震災、生存権」報告(要旨)

木下壽國 

“建築”問題だけが、住宅問題ではない―――

 はじめに、住宅問題、住宅政策とはなにかということです。住宅問題とは、一般に、適切な住宅が適正な方法で手に入らないことというように解釈されています。ですから、それに対応する住宅政策とは、適切な住宅を供給することとなるわけです。これが従来の典型的な解釈といっていいでしょう。

 ところが、住宅問題というのはよくみると、いろいろあって、高齢であること、単身であること、子育て世代であること、外国人であることなど、あらゆることがらがすべて住宅問題になり得るわけです。

 最近、週刊誌やNHKなどで、空き家問題が取り上げられています。都会に住んでいる人が、田舎の実家を相続した。ほうっておくと傷んだりして、周りから苦情が出る。しかし取り壊そうにもカネがない、などというようなことです。総務省が5年ごとに行っている「住宅・土地統計調査」によると、こうした空き家がここ20年程の間に倍増したといいます。これからもこうした傾向は続きそうです。こうした人に住宅を供給しても、なんの問題解決にもならないわけです。ですから、どんなことが問題になっているのか、よくみることが大事です。住宅問題といっても、“建築”にかかわることばかりではないのです。従来型の住宅政策は、建築に偏りすぎていることが問題だと考えています。

住宅は、“商品”ではない―――

住宅はなぜ大事なのか、市場任せにできないのかというと、第一に、住宅が生活の福祉的基盤だからです。生存権に深くかかわっているからです。完全な商品と違って、持っていてもいなくても個人の自由というわけではありません。住宅の保障は、人間的な生活を保障する社会保障と相互補完的な関係を有しています。第二に、住宅は土地と不可分だからです。土地は、人が自由に作り出すことはできません。空や海の上に勝手に「ここは自分の土地だ」などと宣言するわけにはいかない。いまはやりのタワーマンションなどの高層化も、土地が限定的なところからくる現象です。ですから社会政策の対象とならざるを得ません。第三に、住宅は高額だからです。したがって住宅市場への何らかの公的介入がないと、必ず深刻な格差が生じます。放っておけば、問題は静かに深く潜行してゆきます。

また住宅問題は見ようとしないと見えにくいという性格を持っています。住宅に困っているいわゆる社会的弱者が声を上げたりすることはあまりないからです。私は、孤独死の取材で、市民団体の人たちと夜の横浜・関内のまちを歩いたことがあります。そのとき初めて横浜スタジアムを取り囲むようにして大勢のホームレスが寝ていることを知りました。隣は横浜市庁舎、目の前には高架のJR根岸線が走っている横浜官庁街の中心部です。そんなところに夜になるとホームレスが集まってきていたのです。

住宅を市場任せにしていたのでは、こうした問題を緩和したり解決したりすることはできません。

平和的生存権と生存権は複層的関係―――

私たちの「平権懇」は、平和的生存権の実現など、主として平和問題に取り組んでいるグループです。それがなぜ、一見無関係にも見える住宅問題を取り上げるのか、理念的に考えてみます。

日本国憲法は、前文とそれを保障するための各条項から成り立っています。前文に表現されている憲法の原理は、平和主義、国民主権、基本的人権です。このうち今日の話でとくに大事なのは、平和主義と基本的人権です。平和主義を保障しているのは第9条、基本的人権を保障しているのは第3章「国民の権利および義務」(第10条~第40条)です。この中には25条「生存権」も含まれています。

「平権懇」の会員でもある浦田賢治・早稲田大学名誉教授らによれば、平和的生存権の法的根拠は、憲法前文第2段「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、・・・」にあります。

一方、基本的人権とは、人間の自由、すなわち「思想・良心・学問の自由」などおよび「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(生存権)などの社会的経済的権利のことです。

平和的生存権と生存権とをわかりやすくそれぞれ「平和」と「人間の自由」とに置き換えてみます。そうすると人間の自由のないところに平和はない。逆に、平和のないところに人間の自由はない、という関係が成り立ちます。つまり両者はお互いに支えあう関係にあるということです。

つぎに平和的生存権自体、両者によって構成されているということができます。浦田名誉教授によれば、平和的生存権とは「平和」のうちに「生きる」というのが、その内容だからです。浦田氏は、「平和」も広い概念だけれども、「生きる」というのも広い。そこには、単に命を奪われないという受動的意味から人間的尊厳を保った生活を獲得するという能動的意味まで、さまざまな意味の「生きる」という概念があると述べています。ここでいう人間的尊厳が、基本的人権=人間の自由に相当することは明白でしょう。

世界に目を移してみましょう。いま国連で「平和への権利」を日本国憲法のように法典化しようという動きがあります。国連人権高等弁務官事務所に長く勤務したスペインの弁護士カルロス・ビヤン・デュラン氏らが取り組んでいる運動です。国連に提出されている条文「平和に対する人民の権利の宣言草案」をみると、「序文」で、「暴力をなくし、すべての人権および基本的自由を尊重して、互いに平和に生きる」ことの確認を求めています。「平和」のうちに「生きる」ことの重要性がまずうたわれているわけです。

序文を支える条項として、「第9条 発展」では、すべての人が以下の諸権利を享受しなければならないとして、十分な食料、衛生、衣服、教育、社会的安全および文化などと並び「住居」を挙げています。

ここでも住居は、平和にとって不可欠な人権を構成する要素として位置づけられているわけです。

難しいことをいいましたが、私たちの生活を振り返ってみれば、よくわかると思います。つまり私たちが住む家もなく、生活が平和で落ち着いていなければ、とても腰を落ち着けて平和問題など社会的問題なんかに取り組むことはできないだろうということです。

日本ではなぜ住宅と人権が結びつかないのか

 住宅政策の歴史―――

ここまで住宅と人権との深い結びつきについて述べてきました。しかし、現実に目を移してみると、住宅が人権なんてだれも考えてないのじゃないかというような気もします。なぜでしょうか。そこで住宅政策の歴史を振り返って考えてみます。

日本で近代的な意味での住宅問題が発生したのは、封建社会が資本主義社会に移行する時期においてです。すなわち、江戸時代から明治・大正時代にかけてです(注)。近代的な都市化が大きな要因の一つでした。

(注)この時期の住宅問題と歴史的特殊性との因果関係については、以下を参照。

木下私家版「日本住宅政策の検証による基本視座――住宅問題の発見」

興味のある方には、コピーをお送りします。

英国では産業革命期に都市化が自然発生的に進んだのですが(F・エンゲルス「イギリスにおける労働者階級の状態」参照)、日本では絶対的政府によって強権的急進的に都市化が進められたために、労働者の住宅問題が激化しました。そのために、大正期にいたってようやく初の住宅法が成立したのです。

 戦後になると、住宅金融公庫法(1950年成立)、公営住宅法(1951年)、日本住宅公団(現・UR)法(1955年)ができました。日本の住宅政策3本柱です。

 これらは成立当初、その目的に社会福祉的な性格を掲げ、住宅に困窮する国民への住宅政策というそれなりの性格を有していました。しかし基本は、できるだけカネをかけずに住宅をどんどん建てようという“建設戸数主義”の性格が濃いものでした。戦後の社会を立て直す経済政策=景気対策の意味合いが強かったからです。

 金融公庫法が公営住宅法よりもさきにできたのも、同じ理由です。公営住宅を建てるとなると、政府により多くの資金が必要になるからです。とにかくカネをかけないで住宅をどんどん建てるには、比較的余裕のある裕福な層の懐を当てにして、政策を進める必要があったということです。

 それらに加えて日本住宅公団法をつくったのは、先の2つの法律だけでは、住宅をどんどん建てるには役不足という認識があったからです(注)。

(注)「3本柱」の成立過程については、以下に詳しい。

木下「第2章 公的住宅供給」『住宅政策と社会福祉の展開についての基礎的考察』(早稲田大学大学院社会科学研究科修士論文)

興味のある方には、コピーをお送りします。

 こうして建設戸数主義の住宅政策が展開された結果、“カネは建築についてくる”(ほとんどすべての住宅施策は、なんらかの建築がなされないと助成をしないことになっている)という性格がますます強まりました。また持家と公的住宅以外は、ほとんどなんの施策も考えられてきませんでした。最悪は民間賃貸アパートです。それでもアパートを建てる時にはオーナー向けのささやかな施策がありますが、住んでいる人には何の援助もありません。アパートの住人に援助しても、経済効果が期待できない、つまり建築業者などがもうからないからです。日本の住宅政策による支出は、住宅関連企業がもうかる場合にのみなされるといっても言い過ぎではないと思っています。結局資力のない人や、縁者の連帯保証が受けられない人などは、ろくな設備もない安アパートに住まざるを得ません。住宅問題には、階層性が深く表れるのです。新宿のアパート火災で亡くなった方の中に、生活保護受給者が何人もいたのは、こうした背景があるためです。

 こうして高度経済成長期から2000年代初頭にかけて建設戸数主義の住宅政策が行われてきました。ピークの70年代には180万戸の住宅が建てられました。しかし10年度には81万戸と半分以下になっています。これには、やはり小子化が影響していると考えられます。人口が減少してゆくこれからは、ますます住宅建設にブレーキがかかるでしょう。

 住宅をどんどん建てるための「住宅建設5カ年計画」は05年度末で終わり、代わって「住生活基本法」がつくられました。しかしこれは「基本法」といっても、なにか崇高な、居住人権思想などの内容がうたわれているわけではありません。それどころか「住生活」という市場の中に、これまでのデベロッパーや住宅メーカーだけでなく、医療や福祉などの「事業者」や「関係者」もより幅広く呼び込もうというものです。

 住宅政策の3本柱のうち金融公庫は2000年代に入って、「独立行政法人住宅金融支援機構」という民間機関になりました。住宅に困窮する国民ではなく、民間金融機関をサポートする機関です。日本住宅公団は、「住宅・都市整備公団」、「都市基盤整備公団」と変わった後、最後には“公団”ではなくなり「独立行政法人都市再生機構(UR)」になりました。重点はそれまでの住宅の供給から都市の再開発事業に移りました。3本柱のうち、かろうじて原形を残しているのはいまや公営住宅だけとなりました。

 こうして住宅政策は大きくリストラクチャリング、再編されたのです。――住宅市場が縮んでゆく中で、住宅をどんどん建てる住宅政策は役割を終えたと言わざるを得ない。しかしせめていまある市場は関連企業がせいいっぱい確保したい。ただ、それだけではジリ貧なので、新たな市場づくりにも取り組んでゆこう――住宅政策の再編から、関係者のそうした思惑を読み取るのは、うがち過ぎでしょうか。

 住宅政策を振り返ってみると、もともと住宅と人権との結びつきが弱かった。政策の展開過程で公的責任がどんどん薄れ、結局はほとんど完全に市場化されてしまった。住宅政策とは、理念的にいえば住宅市場への公的介入のことなのに、それに背を向けるようなことがやられてきた。こう総括できると思います。つまり住宅が社会保障の一環ととらえられている欧米とは異なり、日本では、現実の住宅政策が人権とは正反対の方向に運営されてきた。そのことが、多くの人に、住宅と人権とはなんの関係もないと思わせる最も大きな要因になっているのだといえるでしょう。

今日の住宅問題と課題―――

 3.11大震災で多くの人たちが被災し、いまなお苦しんでいます。住居をめぐる悩みも深刻です。災害時の仮設住宅の根拠法は災害救助法、壊れた住宅(持ち家)の支援法は被災者生活再建支援法ということになっています。  阪神大震災以降、仮設住宅の建て方をめぐってはいろいろな進展がありました。ところが今回の大震災でも、行政側と住民との間で仮設住宅の設置の仕方などをめぐってあちこちで認識の不一致が見られました。建設した仮設住宅を今後、どう運営していくのかといった方針も政府に確固としたものは見られません。被災者生活再建支援法は、都道府県が「相互扶助」の観点から支援策を決め、それを国が応援しようというのが趣旨です。震災で国民が深刻な被害を受けた時、国が直接的にどう責任を持つのかという点は不明確です。災害救助法と被災者生活再建支援法の抜本的拡充は不可避です。

 住宅の供給や施設の整備といった建築のみに偏らない、総合的な生活擁護施策が必要となっています。住宅の供給は、どうしても住み手の需要(ニーズ)との間にミスマッチを生じさせます。住み手が住宅に求める要求は千差万別だからです。それを供給側が完全に満足させることは不可能です。そのためにも住宅に困窮するすべての人を対象にした家賃補助の制度が有効です。建築業者などを優遇する持ち家一辺倒の政策も見直す時期です。住み手が必要に応じて持ち家だけでなく借家も選択できるように、借家支援制度の充実を図るべきです。震災によって多くの持ち家所有者が二重ローンに陥っているのは、これまで政府によって取られてきた持ち家奨励策の帰結といえます。借家(ストック)の有効活用は、環境保護の観点からも重要なことです。高齢者や単身者、子育て世代、外国人などが自由にアパートなどと入居契約を結ぶことができるようにするため、連帯保証制度の確立は切実です。

 日本列島は地震列島でもあります。どこに逃げても絶対に安全というところはありません。自然災害は地震だけではありません。つい最近も竜巻によって関東北部では数百棟レベルの住居に被害が出たばかりです。東京も富士山が噴火すれば、甚大な被害は免れないでしょう。日本列島に逃げ場はないのです。だからこそ、いまのうちに人間の福祉的基盤である住宅について、きちんとした態勢を構築しておく必要があるのです。災害直後の即応体制や短期的施策、中長期的施策などというように体系的に整備しておくことが大事です。ところが実際は大地震対策というと、ドクターヘリだとか、帰宅対策などといった即応体制やマスコミ受けする施策(それは、それで大切ですが)ばかりが取りざたされがちな点に危惧を覚えています。

(きのした としくに/住宅政策研究者・ライター)

連絡先e-mail:ckz13610●moon.odn.ne.jp

「●を@に変えて送信してください」

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