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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2012/06/25

ライターきのしたの“一言いわせて” 1

「東京スカイツリーからのぞく明日――スカイツリー その1

 開業からちょうど一カ月目の622日、私は初めて東京スカイツリーを見にいってきた。高いというよりも、でかい。やたらにがたいのいい、一言でいえばずんぐりと太った、巨大なパイプの塊というのが、第一印象だった。それは、テレビや新聞で見慣れていたすっきりとしたシルエットとはイメージをかなり異にする。スカイツリーのほぼ真下から見上げたのだから、それも当然といえば、当然なのだが。

 一躍有名になったスカイツリー駅ではなく、都営線の押上駅を出ると、ちょっとした広場だった。見物客らしい人たちがあたりに散らばっていたが、夕方だったせいなのか思っていたほどの人出ではない。肝心のツリーは、どこにあるのか。目の前にあるのは、都心ならどこでも見られるようなガラス張りの黒っぽい商業ビルだけだ。上のほうにユニクロのマークが目に入った。

 期待はずれの感を抱きながら、東側に廻ってみると、やあ、出てきた、出てきた。これがあのスカイツリーか。そのときの印象は、冒頭に述べた通りである。

 さらに進み、ツリーの根元あたりまで来てみたが、列をなしているような人は見かけない。ちょっと拍子抜けだ。雑踏警備で棒を振っている警備員に迷惑を顧みず、観光客の出足について質問してみると「行列ができたのは、出だしのときだけ」だという。

 やはり迷惑とは思いながら別の警備員にも聞いてみたが、答えは同様だった。最近では「込み合うのは、土日や祭日くらい」らしい。繰り返すが、ツリーは開業してからまだ1カ月に過ぎないのだ。にもかかわらず、客足はすでに遠のきはじめているということなのか。

ツリーの下部にある商業施設は外見から判断する限り、さすがにきれいでピカピカしているが、とくにこれといって目を引くところはない。さらに歩いてゆくとスカイツリー駅だ。その出口からツリー下部に通じる路地には、ほとんど人通りがない。完全な裏通りになっている。事実、こちら側には、従業員関係者の通用口や車両用道路が並列しているだけ。つまりこちらはスカイツリーという街区の完全な“裏側”なのだ。正面はさっき歩いて来た商業施設がある側ということになる。小規模の商業ビルならいざしらず、スカイツリーという一つのまちにこんなにはっきりと表と裏があるのはさびしい。たとえば、東京タワーは、下部にある施設の正面はあっても、東京タワーという施設そのものに裏表はない。どの方角からもその姿を楽しむことができる。

日本を離れてエッフェル塔の例を持ち出せば、違いはさらに明白だ。エッフェル塔は広々とした公園の中に建っていて、人々は塔に昇ったり、階段を下りたりするだけでなく、その周りに佇んだり思い思いに散策を楽しんだりしている。そこに塔の裏表はまったく存在しない。思い込みが激しすぎるといわれるかもしれないが、エッフェル塔は市民のアイデンティティの一部と化しており、市民と一体化しているように見える。ひるがえってスカイツリーは、とにかく施設に客を呼び込もうという思惑が勝ち過ぎているのではないだろうか。言い換えれば、そこにあるのはスカイツリーとお客さまという、一体化することのない2項なのだ。

さらにそれは街の作り方にも当てはまる。スカイツリーの新街区の景観は、周辺に以前から存在する街なみとは完全に断絶しており、連続していない。超近代的な新街区を取り囲む道路のすぐ外側に、むしろレトロと呼ぶほうがふさわしい対象的な商店街が並立するさまは奇妙とさえいえる。あの六本木ヒルズだって、周りから浮きあがってはいない。一帯の街並みにそれなりになじんでいる。過激な言い方をするならば、これは東京スカイツリーという都市計画の敗北なのではないか。

私はその朝「今日は休肝日にする」と決めた決意を機敏に修正し、適当な居酒屋をみつくろって入った。意思が弱かったからではない。これは、あくまで取材の一環なのだ。

店内には、すでにいかにも地元の顔なじみといった雰囲気の客が78人いた。いずれも年配者ばかりだ。相手をするのは、これまた年配の女性主人が2人。銚子を注いでくれた81歳とかいう片方の女性によると、目の前にスカイツリーが開業したというのに「新しい客はまったく来ない」。たしかにその日の先客たちは、昔からの常連ばかりといった風情だ。この店だけでなく、近所の店も繁盛どころかさびれるばかりだという。スカイツリーの商業施設に地元の店は出店していないのかと聞いてみたが、どうやらそういうこともなさそうだ。地元がスカイツリー開業の恩恵に浴しているようには、どうも見えなかった。

メディアには、スカイツリー開業のだいぶ前から、高揚感があふれていた。それらは社会的に八方ふさがりの今日にあって、どこか明日への希望と結びついていたのにちがいない。その心理は理解できる。しかし、現実のスカイツリーは、人々の期待にこたえられる存在になれるのだろうか。

居酒屋を出た時、ツリーは淡い青色にライトアップされていた。少なくともその美しさは本物のような気がして、心に沁みた。

(きのした としくに/ライター)

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コメント

新コラム誕生歓迎。健筆期待。 エディターおおうち

ご新規様歓迎です。参入・乱入・介入なんでもありですね。硬軟併せて、貴兄らしい感性を期待してます。

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