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「平権懇」☆関係書籍☆残部僅少☆

  • ●大内要三(窓社・2010年): 『日米安保を読み解く 東アジアの平和のために考えるべきこと』
  • ●小林秀之・西沢優(日本評論社・1999刊): 『超明快訳で読み解く日米新ガイドライン』
  • ●(昭和出版・1989刊): 『釣船轟沈 検証・潜水艦「なだしお」衝突事件』
  • ●西沢優(港の人・2005刊・5000円+税): 『派兵国家への道』
  • ●大内要三(窓社・2006刊・2000円+税): 『一日五厘の学校再建物語 御宿小学校の誇り』
  • ●松尾高志(日本評論社・2008刊・2700円+税): 『同盟変革 日米軍事体制の近未来』
  • ●西沢優・松尾高志・大内要三(日本評論社・2003刊・1900円+税): 『軍の論理と有事法制』

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2012/06/05

5月27日 平権懇学習会の記録2

2012527日、「日本の住宅政策と3.11震災、生存権」と題して、文京区民センターで平権懇の学習会を開催した。会には、20人弱が参加した。最初に木下壽國会員から趣旨説明を兼ねた基調報告(既報)が行われ、その後に早川由美子監督作品「さようならUR」を上映、監督自身による解説と、質疑討論が行われた。「さようならUR」は、耐震性不足を理由に取り壊しが決まった、東京都日野市のUR(旧日本住宅公団)高幡台団地73号棟に住む人々を主人公に、住宅問題の専門家、UR、国交省なども取材、公共住宅の将来を考えるドキュメンタリー。予告編はhttp://www.youtube.com/watch?v=c7A2uPQ2Pm8 で見ることができる。

早川由美子さんのお話

 今日、私の作品を上映していただいた平権懇は、平和運動を中心に活動されているグループだとお聞きしました。私も今回の「さようならUR」というのは2本目のテーマで、1本目の作品は平和運動だったんですね。イギリスはアメリカと同じようにイラクとかアフガニスタンに兵隊を送っていたので、それに反対してイギリスの国会前で座り込みをしていた男性がいたんですけど、10年間1回も家に帰らなくて、国会の前の広場にテントを張って、それで抗議活動をしていた。たまたま私は通りかかって見付けて、「あ、こんなことができるんだ」と衝撃を受けて、それまでビデオとか映画とか全然勉強したことがなかったんですけれども、5万円ぐらいのちっちゃいカメラで1年半ぐらい撮り続けて映画にしたというのが、私の1本目の作品「ブライアンと仲間たち」なんです。

 なんで住宅問題を2本目に撮ったかというと、「ブライアンと仲間たち」は日本でけっこういろんなところで上映してもらえてたんですよ。「9条の会」とか、いろんな社会運動の人たちが上映してくれたんですけど、そういう上映会に私も行くと、社会問題にかかわる人たちの年齢層が高いなと思ったんです。労働問題でもそうなんですけど。なんでだろうと考えたときに、自分と同じ年齢とかもっと下の人たちというと、もう正社員ではなくて、たとえば家を買うとか、そういうのはほとんどもう無理な状態で、みんな派遣社員とか契約社員とか、時給いくらという生活をしていて、ふだんの生活でいっぱいいっぱいになっている。平和運動とか社会運動にわざわざ時間を割いて出かけていくということが、なかなか出来にくい状態であると思ったんですね。

 なので私は、平和運動とかももちろん大事なんだけれども、それ以前に、東京に住んでる人だともう給料の3分の1とか、中にはもう半分近くが家賃に消えている。それを何とかしないかぎり社会は変わっていかないんじゃないかと思ったんです。私自身は映像だけ作ってそれで食べていけてるかというとそれはなくて、居候生活をしているんですね。家賃は請求されているけれども払ってないので、好きなことをやっているという感じなんですけれども。そう考えてみると、やはり家賃の負担がないとか、12万円で済むような生活だったら、もっと人生の選択肢が増えると思ったんですよ。お金にはならないけどやりたいことをやるとか、地域の活動に参加するとか、家族との時間を増やすという、そういうゆとりが生まれてくる。それをいちばん生み出せるのはやっぱり家なんじゃないのかなあと、家賃の問題じゃないのかなあと思って、それで「さようならUR」というのを作りました。

たまたま私が住んでいるのが日野市なんですけれども、住宅問題を調べているなかで、この高幡台団地も日野市にあって、立ち退き問題が起こっているというのを知りました。公共住宅というと庶民の味方みたいな感じですけど、それが、家が余ってると学者の人たちが言って、削減されていこうとしている。でも実際、家は数字上では余ってるけど、私の廻りとか貧乏な人たちにふさわしい広さと価格の住宅は全然足りてないみたいな。中途半端に豪華な住宅が余ってるみたいな状態、すごくミスマッチだと思うんですね。住宅は足りてるし、人口はどんどん減っていくんだから、公共住宅ももういらないみたいなことを言われるのは違うと思って、それでこの問題で映画を作ろうと思いました。

 でも、住んでる人は40年近くこの団地に住んでいて、そうすると70代とか80代の人がけっこういるんですね。インタビューさせてもらったときに、この問題だけじゃなくて、今までの人生とか生き方も聞いていったんですけれども、生まれたときに沖縄戦が始まって、東京に帰ってくるつもりがそのまま沖縄にいたとか、生まれたのが満州だったとか。それまで住宅って自助努力って言われてきて、私もそう信じ込んでいた部分があるんですけど、やっぱりそれ以前に、そのときの国がどういう状態なのかで、私たちの住む場所とか家とか人生というのが、すごく大きく決まると思った。それで私はUR対住民というふうな対立の映画ではなくて、やっぱり住宅っていうのはある程度国の政策とか、そのときの国の考え方によって決まってくるもので、それが回り回って私たちの今の生活にかなり影響しているんだよ、っていうことを言いたくて、事業仕分けとか、国の住宅政策にかかわる大学の先生とかも登場してもらいました。

 この映画のなかで中央大学の先生は、けっこうすごいことを言ってるんですけど、私は成蹊大学の出身なんですが、そのときの先生だったんですよ。法学部だったんですけど、先生の専門は憲法なんです。私はあまりまじめな学生ではなかったので、いったい先生が人権とか生存権とか、そういうことをどういうふうに説明していたかっていうことは全く記憶にないのですが。

 住宅問題の取材をしてみて、私がいちばん問題だなと思ったのは、追い出しというのはある程度強力に進めなければいけないわけですよね、出たくないという人も追い出していかなければいけないわけだから。そうするとやっぱりコミュニティを分断させるというか、団地内の人たちを対立する方向に持って行くのがいちばんやりやすいわけなんですよ。だから73号棟の人たちも、なんであの人たち出て行かないのとか、あの人たちが出て行かないから新しい建物が建たないみたいな感じで、出て行かない人たちが「変な人」扱いされていくみたいな構図があって。それってたとえば米軍基地を作るとか原発を誘致するとか、そういうときに地元の人たちが賛成と反対で分断されて、対立していくようになるのと全く同じ構図だなあと思って。そうやって日本の各地のコミュニティが破壊されていくっていうのが、いちばん問題というか、見ていて本当に悲しいことだなあというふうに思いました。

 去年の3月に73号棟の裁判が始まったんですけど、裁判はだいたい2ヶ月に1回ぐらいのペースなので、まだ続いているんです。次回は7月にあるんですけれども、良かったらぜひ傍聴に来ていただきたいと思っています。私のホームページ

http://www.petiteadventurefilms.com/ にも裁判の日程は書いてあります。あとは、ブライアンは去年亡くなってしまったんですけど、東京で追悼上映会が何回か、来月と再来月に予定されていて、それもホームページに載っているので、良かったら見に来てください。

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