読む・読もう・読めば 120
『国富論』を読む
アダム・スミスの主著を『富国論』として翻訳したのは石川暎作(M17年)であり、これを『富国論』として新たに翻訳したのは大内兵衛(S15年)だった。原題はAn Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations、初版は1776年だからアメリカ独立戦争中ということになる。大河内一男の解説(中央公論社『世界の名著』31巻)によれば、「日本くらいアダム・スミスが広く読まれている国も珍しい」、それは、昭和初期の思想統制下ではマルクス『資本論』を読み講義することが難しかったから、ということだ。たしかに商品、分業、地代、資本などの概念は、スミスを読んだあとでマルクスを読むほうが、最初から『資本論』に取り組むよりずっと分かりやすいだろう。労働価値説はスミスからリカードに引き継がれ、マルクスが完成させたという。だからスミスをマルクスの入門書として読んでいた時代があるわけだ。はるかな昔になってしまったけれども。
いま『国富論』を読んで興味深いのは、もともと倫理思想の研究者でもあったスミスが、イギリス帝国の脆弱性について深く洞察していたことだ。当時はまだ東南アジアとの貿易を独占したオランダのほうが英国より経済力は上だったし。というわけで、巻末で、次のように書いている。「グレート・ブリテンの支配者たちは、過去一世紀以上ものあいだ、われわれは大西洋のかなたに大帝国をもっているんだという想像で国民をいい気持にさせてきた。しかしながら、この帝国なるものは、いまにいたるまでただ想像のうちにしか存在しないものであった。」ここでいう「大西洋のかなた」はアメリカのこと。そして、「もし、大英帝国のどの領土にせよ、帝国全体をささえるために貢献させられないというのなら、いまこそグレート・ブリテンは、戦時にこれら領土を防衛する経費と、平時にその政治的、軍事的施設の一部なりとも維持する経費とから、みずからを解放し、未来への展望と構図とを、その国情の真にあるべき中庸に合致させるようにつとめるべき秋なのである。」強大な軍に支えられた帝国は長持ちしないと言っている。大英帝国興隆のときにそう言っている。国防費にかんする記述部分とあわせて、いま仲良く並んで没落しつつある帝国同士、米国と日本の政治家たちに読ませても仕方がないが、中国の次世代の人々に読ませたい。 (2012年6月30日)
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コメント
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訂正。2行目の『富国論』は『国富論』の誤り。石川が『富国論』と訳したのを大内が『国富論』とし、それが今も採用されているということ。しかしどちらも原題のニュアンスを伝えていないと思う。
投稿: 大内要三 | 2012/07/01 17:09
岩波文庫の水田洋監訳、杉山忠平訳の『国富論』解説によれば「道徳哲学者スミスはこの書物によって「経済学の父」となった。グラスゴウ大学教授を辞した著者は若きバルクー候の家庭教師として3年間の大陸旅行に出発。スイスではヴォルテール、パリではケネーらと面会し本書の構想を練る。・・・自由な経済活動が社会全体の幸福を最大化させる市場経済のメカニズムを解明、人類の未来を展望する新体系を創造し経済学の歴史の分水嶺となった」とある。有名な“見えざる手”という言葉は本書に由来する。
現在古書市場で1776年出版の初版2巻本は24,570,000円である。ドイツ語版、フランス語版、イタリア語版にならんで中国語版もあり、初版は上海で1902年(光緒28年)8冊が出版され、2版は1929年(民国18年)であった。それぞれの出版時期も興味深い。なお189万円、157万円という価格である。だれか買う?
投稿: 小幡利夫 | 2012/07/03 12:14