ライターきのしたの“一言いわせて”
ライターきのしたの“一言いわせて”
木下 壽國
JR脱線事故と井手氏と国鉄改革と
かつて国内の小さな通信社に在籍していたころ、最も熱を入れた取材の一つが国鉄改革だった。八重洲口鍛冶橋交差点のそば、いまは高層ビルの建っているあたりに立派な国労会館(国労本部)があって、私は連日のようにつめていた。夜を徹して組合員の動きを追ったこともある。ど新人だった私が少しは記者仲間からも認められるようになったのは、この仕事を通じてだったといえる。
いまはもう取り上げられることもほとんどないが、国鉄改革は当時もっとも社会的関心を集めるできごとだった。テレビも新聞もメディアは長期にわたり連日のようにこの問題を大きく取り上げた。関連文献に目を通してもらえればわかってもらえるだろうけれども、現場ではすさまじい人生の愛憎劇が繰り広げられた。それを身近にいて見続けた私は「これは本当に戦国時代ではなく、現代の話なのか」と青空を見上げながら何度も思ったものだ。誇張ではない。実際にそう感じたのだ。
日教組、全逓と並んで総評ご三家の一角を占めていた国労(国鉄労働組合)は、“たたかう労働組合”だったことに加え国鉄改革に真っ向から反対したこともあり、「国家的不当労働行為」のターゲットとされ、政府や国鉄当局から徹底的な弾圧(組合つぶし)を受けた。北海道や九州では、心を引き裂かれる思いで、家族を地元に残し本州への広域配転に応じた組合員も大勢いた。有名な「人活センター」も国労などの分裂を狙った露骨な組合差別だった。労働者の間では「(職場を)去るも地獄、残るも地獄」とささやかれた。職場で最大最強だった国労は、結果として完全な少数組合に追い込まれた。
その改革を国鉄内にいて主導したとされるのが、松田昌士、葛西敬之、井手政敬という、いわゆる「国鉄改革3人組」だった。国労の中では「3馬鹿」と呼ばれていた。
そのうちの1人、井手氏の姿を久しぶりに新聞紙面で見かけた。JR福知山線脱線事故をめぐる7月6日の強制起訴裁判の初公判の記事だ。それによれば、井手氏は強制起訴の段階になって初めて被害者の前に現れた。「これまで、JR西日本の幹部が何度頼んでも、毎年4月25日の追悼慰霊式や被害者説明会に出てこなかった」(7/6「朝日」夕刊)という。同氏は、公判で事故への謝罪は口にしながら、起訴内容については否認した。遺族の1人は「申し訳ないという言葉が空々しく聞こえた」と述べている。遺族の心の痛みをわがこととして受け止める良心が、同氏にははたして残っているのだろうか。
思い返せば、国鉄改革を成し遂げ、JR会社の幹部に就任したころ、同氏は絶頂の時期にあったのかもしれない。労働者の人権を踏みにじり、困難な国鉄改革を成就したことで、おおいに意気軒昂だったのだろう。しかし、新しく発足したJR西日本では調子に乗ってもうけ本位の経営に走り、悲惨な事故を引き起こす誘因をつくったと推察される。その責任者としていま法廷に引きずり出されることになった。天網恢恢疎にして漏らさず。いわばこれは同氏の人生にとって、遅れてやってきた国鉄改革の総決算なのだ。負わなければならない責めは大きい。
とげのあるまなざしで同氏を見つめているのは、事故の被害者らだけではない。国鉄改革のあらしの中で人生を翻弄されもみくちゃにされた人々の苦痛に対しても、この際、同氏は真しに向き合うべきだ。そのすべてを償うことなど、とうていできることではないが、少なくとも心に降ろすことのかなわぬ十字架を背負って、残り少ないだろう人生を歩いてゆかねばならない。
(きのした としくに/ライター)
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コメント
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「国鉄改革のあらしの中で人生を翻弄されもみくちゃにされた人々の苦痛に対して」責めを負わなければならなかった人物はもう一人いるのではないか。当時の動労中央本部委員長の松崎明氏である。革マル派結成時の副議長(議長は黒寛)で、国鉄分割民営化に対して雇用確保を理由にそれまでの反対姿勢を翻して協力し、国労の反対運動に止めを刺したのは明らかな事実である。氏は2年前に没し、それが「転向」だったのか「偽装転向」だったのか真相は墓場まで持って行ってしまった。第三者・傍観者なので主観的に当否を語ることはできるが、しかしあえて死者を鞭打つことはしたくはないというのもある意味では実感である。
投稿: 小幡利夫 | 2012/07/25 11:39